151 ユラ大陸信仰事情
「ねえ、後ろの守護者の魔力、1つ消えてんだけど。何かあったのかな」
「お前それは言わないのがお約束ってもんだろ」
「え、どういうことっすか?」
「俺も理解してねーんだけど」
「あー…、まあつまり、だな。あの魔法使いだよ」
冒険者の1人からの素朴な質問にサイは走りながら答えた。
気配に敏感な斥候のフルッタとエルフ族のチャトラはうんうんと頷いている。2人も察していたらしい。
「さっきの魔法使いの存在全ての魔力をこの一本道の創造に使ってくれたってことだ。あんな馬鹿みたいに広い入り組んだ道を全て消して1つの道だけにするなんて、エルフ族の魔力をもってしてもなかなか出来ることじゃないからな。ハイエルフなら…ギリギリってとこかな」
「ええっ!?それって…」
「そう、あの爺さんは存在自体が高品質な魔力の塊、肉体から毛先まで全てが魔力で出来ている、ある意味作られた存在だ。加えて『魔法使い』として存在するように作られているから濃密な魔力の集合体だよ。ハイエルフの数年分放出した魔力ぐらいはあると思う」
「そうだったのか…」
「まあその魔力という存在をこの道に費した。つまり、もういないってことだ。後でみんなで手でも組もうな」
「まああの爺さん、存在自体が魔法だから特にゴーストにもリッチにもなったりはしないだろうけどね」
「気持ちだよ、気持ち」
しばらく走り、突き当たりに光が見えた時にサイが一度全員の足を止める。
「フルッタ、消音魔法をかけ直してくれ」
「はい!忍び寄る猫!」
「あ、俺からは甘味補給な。はいチョコ」
唐突にみんなにチョコを配るミッツ。
こういう時は甘いものが欲しいものだ。少なくともミッツは。
「では最終確認だ。その前に…ここは既に地上になっているが、『獣使い』の召喚の調子はどうだ?」
「モモチは特殊例やからずっとここにおるで」
「きゃわん」
「私の方も大丈夫です」
「そうか、俺も3匹とも元気に存在しているから、ひとまず結界によって強制退場は無さそうだな」
サイもチョコを口に放り込み、もごもごしながら話し始める。
その首元に巻き付いたカーバンクルのララスがヨダレを垂らしながらじっと見つめているが、サイは無視した。可哀想なのでミッツはララスにも双頭ワシにもライトグリズリーにもエメラルドマーモセットにもチョコをあげた。
どうでもいいが凶暴なグリズリーが大事そうに小さいチョコを齧っている様子は少し微笑ましい。やる人はいないと思うが、地球のクマに勝手に餌をあげてはならない。味を覚えちゃうからね。
「まず、ここから見えるあそこ、光見えるな?あれが抜け道の入口に当たるところ。偶然にもあの入口は、今立て籠もってる部屋の鏡でな」
「そういや動く絵にも鏡あったな」
「というかあの部屋、抜け道あるんじゃんよ」
「陛下が知らない抜け道だったのかね…」
「そう、その陛下も抜け道入口だと知らないであろう鏡をぶち破って雪崩れ込む予定だ」
「「ぶち破るんだ…」」
ちなみに国宝指定物だぞ、と言うと全員黙った。渡り人である硝子細工公キャメロンによる超大作だ。鏡はガラスと銀で出来ているからキャメロンも作れたのだろう。
シン…とした静寂が耳に痛い。国宝をこれからぶち壊すと言われると、人間そりゃ黙り込む。エルフとドワーフもいるが。
「大丈夫、俺がぶち破るから。大体、そんな国宝を抜け道の出入口にする方がおかしい」
「それは確かに」
「だろ?話を戻すが、雪崩れ込んだ後はまず王族と四頂点とその他の安否確認と安全確保をする。俺が指示するから補助魔法の得意なやつはラロロイの結界補助、そして次に攻撃魔法の得意なやつはあの大男とコウモリに総攻撃だ。あと、踏み込むまでは一応無言で。あの鏡は特殊で裏から中の様子が見えるんだ、何かあれば手振りで知らせるからな」
「「わかった」」
「それぞれのグループのことを『補助』と『攻撃』と呼ぶから、各自の得意な方で動いてくれ」
マジックミラー仕様なんやな、とミッツが1人納得していると、『非契約者』の女冒険者がおずおずと手を挙げる。
「あの、私は回復が得意なのだけれどキーラさまの回復をしても良い?私も貴族の端くれなのだけれど、キーラさまが回復出来ればラロロイさまの助けにもなると思うの」
「貴族だったのか。それでいい、助かる。ではあなたのことは『回復』で呼ぶから、そのつもりで。基本的にはキーラとラロロイ、他に怪我人がいればそちらを優先してくれ」
「わかったわ」
「ミッツ、お前はモモチをしっかり腕に抱えておくように。モモチはコウモリ対策のあの超音波魔法な。2人合わせて…『救世主』と呼ぶ。その後はミッツ、『攻撃』に移動して行動だ」
「救世主……」
「お前はフェリルの救世主で、モモチは獣人の救世主候補だろ。あ、モモチに笛を咥えさせといてくれよ」
「もう咥えとるで」
「きゃぷぴ」
モモチが笛を咥えたまま返事をしたので、ちょっとだけ笛が鳴った。
ちょっとだけ場が和む。
「あー、トム、あんたは俺たち冒険者が部屋へ雪崩れ込んだ後……まあ、抜け道近くでそのまま待機。混戦になった場合、部屋にある程度の安全が確認出来たら抜け道に王族を押し込むから、四頂点3人と共に抜け道を逆走。守護者たちの協力を得て頑張って走れ」
「うええ……責任重大じゃないっすか…」
「まあ、その場で鎮圧出来れば要らない工程なんだけどな」
「出来ればそうなることを植物神ドルドナーに祈るっす」
トムはそう言って軽く祈りを捧げた。トムの地元は植物神ドルドナーを信仰しているらしい。
「じゃあワシは戦神グジャラに勝利を祈るか」
「わたしは知恵の神メティオラ様に成功の祈りを」
「私は時神クーロリアへ幸運を願う」
各自、それぞれ信仰する神へ祈る。
エルフのチャトラも地元で信仰する時神クーロリアへ祈っている。それを見た契約獣エメラルドマーモセットも真似して祈りのポーズをしている。非常時ではあるが、可愛い。
ユラ大陸の人々が祈っているため、ミッツだけが祈っていないことになっている。かと思えばそうでもなく、サイも祈るパーティメンバーを眺めていた。
「えーと、サイは神頼みせぇへんの?」
「あ?…あー、さっきちょっと祈った」
「ふーん。サイは誰を信仰してんの?」
「えっ……………えーと、そうだな…どの神も素晴らしいな、うん」
「そんな浮気を咎められとる旦那みたいな…」
「強いて言うなら……父…なる神…万能神ゼノンかな…」
サイが言うには、神は何らかをそれぞれ司るタイプの神らしい。雌雄の概念があり、男神が8柱、女神が6柱存在するという。当たり前のように単位が柱なんやな、とミッツは思ったが黙っておいた。でも人によっては1人2人と数えたりもするので、その辺りはちょっとアバウトである。
男神は万能神ゼノン、地神ポルノック、癒神ローロア、空神アーパウラ、戦神グジャラ、植物神ドルドナー、愛神ビザエロ、水神ネイラード。
女神は運命神アリアーゼ、時神クーロリア、風神ハピュラス、豊穣神ハーヴェジル、知恵神メティオラ、鍛治神ジェオララ。
全員等しく実体を持ち、ユラ大陸の遥か南にある『神ノ島』に住んでいるらしい。何なら一部の神同士が夫婦だったり、兄弟だったりもする。神託や伝えることがある時は分身をユラ大陸へ寄越すそうだ。こちらからの連絡はそう繋がらない。
ミッツはルーズリーフに書こうと思ったが、この暗めの通路でその情報量を速記するのは難しかったので後で聞き直すことにした。
「サイさんの育ったとこ、珍しいね。万能神ゼノンを信仰してるだなんて」
「なくはないけど、確かに珍しいわね」
「え、そんなもんなん?万能神って言うからにはめっちゃすごいんやろ?みーんな信仰しててもおかしないんちゃうの?」
「その逆よ。全てにおいて司る神を信仰するなんて、恐れ多いじゃない?」
「えー、そんなもん?」
「我々なんて1つ秀でていれば充分な存在じゃない。私の村は運命神アリアーゼ様信仰だから、古くからおまじないとかが人気よ」
「ほえー」
「あ、でもサイさんって綺麗な銀髪よね。地元にも銀髪いた?だから万能神ゼノンの信仰なの?」
「どゆこと?」
『非契約者』の1人が教えてくれる。
「万能神ゼノンに限らずなんだけど、神々の髪は銀髪、もしくは銀の入った髪色をしているの。髪の一部だけが銀とかもあるわね。私も王都の行事で遠くから見たことあるけど、ゼノン様はとびっきり綺麗な銀の髪なのよ」
「さようじゃ。だから人間族や亜人が銀髪だとちょっと一目置かれるという風習の残る村もあるのじゃ」
「そうそう。私のようなエルフも、ドワーフも、もちろん獣人も、銀髪の方を見かけると少し神聖な思いを抱きますよ」
「ふーん」
祈り終えた冒険者たちがわらわらと会話に入ってくる。
「ああ、あと神々にも血が通ってるらしいんだけど、血も銀色らしいんだよ。見たことないけど」
「ワシも見たことないけど」
「私もない」
「というか神様が血を流すとこなんてそう見るわけないよねぇ」
「確かに!」
「同じくゴッド級の皆さんも血を流すところは見たことないな」
「伊達に神様を賜ってないよなぁ」
「「すごいなー」」
「いや俺だって怪我することぐらいあるわ。ま、俺は冒険者になってから一度もそんなヘマしてないけど」
「「うわ腹立つけど納得ー!」」
神々の血云々から、話は各々の信仰する神に移る。
「ワシの町はもう廃れてしもうて無くなってしまったが、戦神グジャラは今でも信仰しておるぞ。ワシの生まれた町はドワーフが多くてな!ドワーフの象徴じゃったからの!」
「ミッツくんはどなたを……って、そうよね、渡り人だったわよね」
「んー、強いて言うなら……人が神に至ったみたいな存在を信仰する学校におった…て説明でええんかなぁ」
その言葉にピクリと反応したのはサイだった。
それに気付かず、冒険者たちはそれぞれの信仰する神について述べている。
「って!!そんなこと話してる場合じゃない!!ラロロイさまたちを助けに行くんだろ!」
「あっ」
「そら行くぞ!いや行きますよ!お待ち下さいねラロロイさま…!」
「チャトラさん、あんたもう素でええで」
会話を止めたのはチャトラだった。エルフっぽさをまた出そうとしているが、もう既に剥がれているので無意味である。
「ミッツ」
「ん?」
「…ミッツのいたチキュウでは、人は神になれるのか?」
「神…というか…説明難しいけど、厳密には人の身で悟りを開いたんやな。真理を自力で見つけたみたいな感じ。でもそういう存在の伝承は世界各地にあるし、俺は信じとるけど、ほんまに見たことあるって人は滅多におらんで」
「へぇ」
「あ、でも俺が知らんだけで世界には色んな神話とか伝承とかあるから……人が神さんになった話は絶対あると思うで!ゲームとかであった気ぃするもん!逆に神さんが人になる話ももちろんあったし!」
「そうか…いや、聞かせてくれてありがとう。では、走るぞ!」
そして冒険者たちは救助へと向かった。