150 行く者去る者
【以上が昨日の夕方やや遅くまでの出来事。この後はずっと膠着…いや、今は王族側がやや不利だ】
「早く!言えよ!状況が!やばいってよぉ!!!」
映像が終わった瞬間、サイは無言で体育座りの状態から手を使わずに足だけで立ち上がる。ダンサーとかがよくやるよね、あれどうやってんの?
立ち上がったサイは俊敏な動きでひよこ騎士の元へ走り、ガクガクとひよこ騎士の肩をひっ掴んで揺さぶって叫んだ。
ぐらんぐらん揺すられながらもひよこ騎士は冷静に返事をする。
【実力がなければ通せぬし話せぬのが守護者のルールなのだ】
「それはそうだけど!そうなんだけど!」
「サイ、責めとる場合ちゃうで。ラロロイさん怪我しとったやん」
「そうだよ!なんでラロロイさまが怪我してんだよォ!」
「あんたはもうキャラ作るのやめたんかいな」
エルフとしてラロロイを慕うチャトラもビャッと駆け出して、ひよこ騎士をガクガクと揺さぶる。チャトラは普通に立ち上がっていた。
最初の頃はちょっとエルフっぽくしようとしていたらしいが、さっきの戦闘で諦めたようだ。緊急時にキャラ作りしている余裕はない。
【俺様も知らぬ。だが、あのハイエルフが構築している結界、かなり高度な術式と見受ける】
【そうじゃな、エルフ族が主に取得するとされる星属性の結界じゃ。そこへあの男が何らかの干渉をしておる。術式を通じて攻撃を術者へ送り込まれておっても不思議ではない】
「そうか…あのデカいのもなかなかの使い手ということか………って、あんたは!2つ目の試練の魔法使い!?」
「出た!クソなぞなぞの魔法ジジイ!」
「何しに来た!なぞのジジイ!」
【酷い言われようだな、爺さん】
【ううむ、問いかけを新しくするべきかの……と言っておる場合ではない】
いつの間にかひよこ騎士の横にいた、2つ目の試練の魔法使いが咳払いをしつつ真剣な顔で冒険者たちを見る。
【たった今、キーラ・クリアノイズが魔力切れで倒れかけた。既にあの紋様の侵食は半分に来ておる】
「先言えよぉ!!」
【言うために我、急いでこっちに来たんじゃがの】
【なんでそれで爺さんじゃなくて俺様が揺さぶられんの?】
魔法使いの代わりにまた揺さぶられるひよこの騎士。解せない顔をしている。
【呑気に言うてはおられんことになったからの。ここからの迷路を一直線にしに来た】
「はい?」
「め、迷路?!」
「え、あの迷路弄られるのか?」
冒険者たちが困惑すると、サイだけが迷路という単語にはっきりとした反応を返した。
最後の試練の部屋から先は魔法で作られた迷路になっている。この迷路はどの抜け道にも共通しており、どんな抜け道も出口から入ると最後は迷路に行き着くのだ。えぐい罠を掻い潜ってきた侵入者も、試練を乗り越えてきた助っ人にも、同等に降りかかる傍迷惑なものだ。
ただし王族が抜け道を正式に入口から使う場合、何故か迷路は省かれることになる。詳しくは分からないが王族の血に反応して本当の緊急時は魔法で出来た迷路が消えるとかどうか。真実は分からない。
全ての抜け道の最後が何故迷路になっているのか、それは単純に初代抜け道設計者が性格が悪かっただけである。遊び心だと本人は言っていたとか、いないとか。
しかし侵入者を振るい落とす意味では理に適ってると言えなくもないので、抜け道を作る者たちは迷路をうきうきで作ることを慣習としている。
ここがまた地味に面倒で、サイの計算していた2時間の内の1時間弱はこの迷路に費やされる予定だった。「急いでいる時に余計なことさせるんじゃねぇよこっちも緊急時だろうがよ」とサイは全てが終わった後にぼやくことになる。
魔法使いが試練の部屋の出口を開けると、ここからでも割と面倒そうな迷路になっているのが見えた。冒険者たちはパッと見える複雑そうな道にしかめた顔を隠さなかった。
魔法使いはそんな冒険者たちに苦笑いすると、スッと先を指差した。
【我は魔法で出来た存在。戦闘に力を割くわけでもない、純粋なマリエッテさまの魔力の塊。我の存在のほんの一部をちょこっと使ってしまえば、同じ魔法で作られた迷路なぞ、一時的に空間を歪めて一本道にすることが可能じゃ】
「そんなこと出来んの!?」
【出来るとも。さすがにここから一瞬で籠城しておる部屋まで行かせることは出来ぬ…いや出来なくもないが、まあ置いておく。だが伊達に魔法使いとして作られておらぬ。綺麗な一本道を構築してやろうぞ】
「おおー!さすが姫さんの作った魔法使い!」
「マリエッテさまありがとう!」
「空間魔法…!すごい、私たちエルフでもなかなか出来ぬというのに!」
【爺さん、それは…】
何かを言いかけるひよこの騎士とそれに気付いたサイを、魔法使いは目配せで黙らせた。
魔法使いが何やら詠唱をすると、出口から見えていた迷路の道がぐにゃぐにゃと歪み、一気に素朴な一本道へと変わった。
【さあ行け。走れば10分ほどで着くじゃろ。サイよ、終点がどこへ繋がっておるかはお前が知っているな?】
「………はい」
【よろしい。では…王家を頼むぞ】
「…ん、では行くぞ。もうすぐ出口…いや抜け道の入口だ!ここから先は地上になる。つまり結界の内側へ入ることとなる。『獣使い』は契約獣の召喚を今の内に!『非契約者』はいつでも戦えるように武器や魔法発動の準備をしておけ!」
「「おう!!」」
そう言うとサイは室内戦に有利そう、尚且つコウモリの天敵っぽいという理由により簡易召喚で双頭ワシを、そして単純に遠距離攻撃役としてライトグリズリーを呼んだ。
コウモリ対策はモモチの超音波魔法があるのだが、万が一効かなかった時の為である。ライトグリズリーは敵に光魔法をぶつけまくって撹乱させる、地味に嫌な攻撃をするグリズリーだ。一応呼んだだけ。
あと本契約を交わしているカーバンクルのララスも一応喚び、首に巻きつける。そして腰の短剣をしっかり確認する。
ミッツはそのままモモチを抱えて、スマホを右手に握った。そして今はまだ周りにいる野良精霊たちにしっかりとスマホの周りにいるようにお願いした。着いてきてくれなかったら、精霊スマホ魔法を使うミッツは魔法を使えないかもしれないし。
ここまで着いてきている野良精霊たちはミッツの首元やリュックに潜り込んだ。
モモチはとても張り切っていて、首にはミッツが譲った笛が掛けられている。コウモリ対策はバッチリ。
エルフのチャトラも契約獣を召喚した。潜入するにあたって選ばれたということもあり、室内でも十分に戦える小型の幻獣であるエメラルドマーモセットを喚び出した。
額にエメラルド石が露出して生えているマーモセットで、そのエメラルドから様々な魔法を繰り出してくる。ちいちゃくて可愛い。そして割とつよい。
残りの冒険者たちは全員が『非契約者』であるので、武器を構えたり魔法触媒をしっかり再確認している。
兵士トムは、とりあえず自分の剣を見た。少し曇っている、量産型の兵団の備品剣である。昨日巻き込まれるまではこんなことになると思っていなかったので、こんなことなら普段からもっと研いでおけば良かったと思った。
冒険者たちは確認を終えたことを確認しあうと、守護者たちの前を走り抜けて部屋を出て行った。
後に残ったひよこ騎士と魔法使いのところへ、最初の試練部屋のでかい小鳥がのしのしとやってくる。
入口にぎゅむぎゅむと体を押し込み、すぽんっと抜けた小鳥はぽよんぽよん急いで来たらしい。
【ちゅ、ちゅ!冒険者たちの見送りに間に合わなかったでちゅ!】
【残念であったな!俺様たちが代わりに見送ったぞ!】
【くぅ〜!でも試練は全部クリア出来たのでちから、きっと王家も助かるでちゅ!良かったでちゅ!】
【少々気が早いが、そうだなぁ。爺さんが賭けた成果が出るといいな】
【……】
【まったく。何が『我の存在という魔力のほんの一部』だよ、かっこつけやがって】
【えーそんなこと言ったでちゅ?かっこいいでちゅねぇ。ボクちゃんも次言う機会あったら使いたいでちゅ】
【お前はそんなこと出来ないだろー】
でかい小鳥とひよこ騎士は会話を少しすると、おもむろに頭を下げた。
黙ったまま迷路だった道を見つめる魔法使いは、ひよこ騎士たちを見ない。
【爺さん、長きに渡る守護者の番、ご苦労だった】
【この抜け道はたぶん閉められることになるでちゅ。ボクちゃんたちももうすぐ消えるでちゅね】
【爺さん。昔の渡り人ユーヤの言っていた宗教?では…死んだ後に行く世界というのがあるらしい。そう聞いたことがあるぞ。俺様たちみたいな魔法で出来た存在もその世界とやらに行くかは知らねぇけどな】
【ボクちゃんたちは命こそないでちが感情はあるでちゅ!そんな世界があるなら、守護者同士でまた会いたいでちね!人たちがやるような飲み会とかパーティーとかをやっても楽しそうでちゅ!】
【そうさなぁ。そんなわけで爺さん、またな】
【ボクちゃんたちも、きっとすぐに追いかけるでちゅ】
小鳥と騎士が頭を上げる時には、既に魔法使いの翁は魔力の粒子となって消え去った後だった。