149 王城異変の渦中にて
「!! 閉じられる朝の星檻!」
その声が聞こえてまず反応出来たのはラロロイだった。
ハイエルフに恥じぬ高度な魔法を瞬時に発動すると、王族の周りだけでなく部屋全体に光の膜ができた。
基本的にはエルフ族が使える星属性、その中の結界魔法の中でもかなり上級相当に値するもので、長方形の形を保ちながら広い談話室を寸分の隙間無くきっちりと覆った。多少のことではびくともしないだろう。
「ラロロイ、悪い…」
「気を取られました…不覚ですわ!」
「いえ、大丈夫です。それよりも今の声は…」
「そうだ、なんだ!今の声は!」
「分かりません!」
「詠唱のようなものか…?ええい、ラロロイが結界を張ったからと皆、気を抜くでないぞ」
エルバート国王の言葉に改めて構えると、まずギルバートとキーラが異変に気付いた。
「おいキーラ…お前天使喚び出せるか!?」
「ギルバート、あなたもですの?何度やっても、喚び出しに応じませんの!いえ、違いますわ、これは……繋がりを阻害されている!」
「なんと!…本当だ、ファズマ……私のフェニックスも喚び出せぬ!」
「陛下!ご無事ですか!」
『非契約者』以外が召喚に何度か挑戦していると、既に開け放たれている扉から新たに騎士たちが飛び込もうとして来る。が、ラロロイの張った結界にぶち当たって慌てて扉から離れた。顔から激突したのでめちゃくちゃ痛そうである。
その顔を確認した騎士が同僚たちであると頷き、ラロロイがさっと結界の一部を開けて騎士らを招き入れた。
「ずみまぜん…ぼう、報告じまず…」
「…そなた、大丈夫か?」
「ぢょっど、無理…説明頼むわ…」
「分かったから端っこに行って冷やしとけ。鼻血めっちゃ出て怖いから」
激突した騎士はハンカチで鼻を押さえながら壁際に下がり、それを見たキーラは回復魔法をかけに駆け寄る。
なんとなく羨ましい気持ちを抑えつつ、別の騎士が談話室外の報告を始めた。
「私たちはそこの窓からコウモリたちの様子を確認していました。つい先程、あの妙な声の後すぐ、突然黒い結界のようなものが王城を囲みました!」
「何名か結界を出ようとしていたようですが、誰も出られず、入って来る者もいなかったです。おそらく出られないし入られないのかと」
「地上ではあのコウモリに攻撃…血を吸うような動作を取られた者が干からびるのを確認しました!」
「何!?」
「その後、王城の門が閉められたようでコウモリの侵入は無さそうです。あと俺の悪魔が喚び出せません!」
「僕のクムト…契約獣リングベアーも喚び出せないです!」
「私のシャドウキャット、マイちゃんは常日頃から愛でるために喚び出していますので、ここにいます!でも戦闘力はいまいちありません!」
『獣使い』で常時召喚派の女性兵士がシャドウキャットの腋に手を差し込んで持ち上げて、猫ちゃん特有の胴体が何故かちょっと伸びるのを見届け、やはり新たに召喚出来ないことを確認した。
そんな中でガルーダ第三王子があっと声を出す。
「あ、あの!ぐっくんは庭園にいるよ!」
「ぐっくん…ああ!ガルーダ殿下のガーゴイルのグングニールか!それであのグングニール殿は…」
「や!ぐっくん!」
「失礼、ぐっくん殿はかなり強いでしょう?繋がりはどうですか?」
「うーん。戦わせたことないけど、消えてはない!なんかすごくコンコンってされてる…ような気がする」
「コウモリにたかられてるのかな」
「ガーゴイルからは血吸えないし体も硬いからな」
一応念の為、ギルバートが常備している魔物除け薬をフィジョールが薬効成分を増幅させる魔法をかけ、部屋の四隅に撒いている間に、王族と四頂点の3人、そして騎士たちは話し合うことにした。
「とりあえず整理しよう。現在は昼過ぎ、夕方近く。全員魔法は使えるが、新たに『良き隣人』世界から契約した者を喚び出すことは不可能」
「敵はコウモリ多数、そして…あの謎の詠唱を唱えた者。他にいる可能性はないとは言えないわね」
「外に連絡は取れぬのか…」
「異常には気付いてくれているでしょうが、あの結界が突破出来るものかどうか…」
「私も結界をいつまでも張れるわけではございません。何も起きなければ3日ぐらいは張り続けますが。この部屋、隠し窓や隠し扉…抜け道はないのですか?」
ラロロイが軽く手を上げて尋ねると、エルバート国王は難しい顔をする。
「ない……と思う。少なくとも私は先代から聞いておらぬ」
「全ての抜け道を把握しきれていないんですよね…我々王族でも」
「いかんせん、多過ぎての…。私でも37の抜け道を覚えるので精一杯である」
「どんだけあんだよ」
「全てを正確に知っておるのは、庭園にいるとされる黒の門番犬だけだ」
「あれ、都市伝説じゃねえのかよ…」
どこの世界にも都市伝説や伝承というものはある。
その中で王都の都市伝説の1つ、『城の凶暴番犬』はシャグラス王城の庭園のどこかに契約主のいない幻獣ケルベロスが隠れ住んでいる、というものである。
建国前から住み着いていて、王都の全てを知り尽くしているとされている。たまに目撃されたり会ったりする人がいるため、本当にいるとされる。
「まあ私も会ったことはない」
「私もですわ」
「僕も」
「わたくしも」
「僕はあるけど抜け道のお話は聞いたことないよ」
「今の王族はほぼ会ったことなし、聞いたこともなし、と。そのケルベロスとやらに協力を仰ぐのは…無理そうだな。下手したら今頃コウモリに殺られてるかもしれねぇ」
「仮にも門番と呼ばれるだけの実力があるし、認識阻害の達人、いや達犬だからな。隠れきってくれるといいのだが…」
「へえ、ハイエルフの術。これはまた面倒な」
「誰だ!?」
新たな声に、部屋の扉近くにいた騎士が即座に身構えた。
扉の前にはいつの間にか黒いローブにフードを深く被った人物が2人立っていた。おそらく両方男で、平均ぐらいの背と大きい背が並んでおり、大柄な方は肩に大きなコウモリを乗せている。
「主様、この部屋の結界、少し面倒」
「うーむ、エルフを連れて来れば良かったかな」
「朝までに、ワタシ、解く」
「そう?じゃあ頼むね。外の連中もここの人族たちもしぶといだろうから、油断しちゃ駄目だよ」
「はい、主様」
背の高い方の男はコクリと頷くと、扉に面したラロロイの結界に手を向ける。
すると結界にじわりと黒い紋様が浮かび上がった。禍々しい蔓のような紋様は結界に食い込むように存在感を放つ。
「これは…キーラ!補助なさい!結界の術式に侵入されている!」
「え!?ッ差し伸べたる手!」
聖属性の補助魔法がラロロイの結界にぶつかると、黒い紋様の広がりが少し遅くなる。
キーラはそのまま手を組み、祈るように魔法でラロロイの結界を補強し続ける。
「聖女、もどき」
「おやおや、こんなに力を持つ者がいたとは。しかし、その力も立てこもるのであれば無尽蔵とはいかないよね」
「主様、あとは、ワタシが」
「頼んだよ、僕は少し休むからね。まだまだ外は疲れる」
「はい、主様」
主様と呼ばれた男は肩のコウモリを大きい男に預けると、廊下の先へと消えて行った。
後を追おうにも、王族を守る結界を解除するわけにはいかない。それ以前に、この目の前の大男が簡単に通すとは思えない。
「この部屋から、出さない」
「くっ、ギルバート!部屋からは貴方を出すことは出来ませんが、こちらからの攻撃は魔法も物理も通ります!ただし接近戦は避けなさい!」
「分かった!暴るる拳燥!」
ギルバートが拳を振り下ろして魔法による衝撃を飛ばす。
結界をすり抜けて男に当たる直前で、肩のコウモリがバッと翼を広げた。その翼は一際大きくなって男を覆い、ギルバートの魔法はぱちんと掻き消された。
「あの翼、魔法を消す効果でもあるのかしら」
「分かりません…、ですが2つ言えることはあります」
「なに?」
「1つは、この件、かなり厄介かもしれないということ」
黒い紋様はじわじわと広がってきている。
なんとかラロロイとキーラが押し返しているが、これでは1日と保たずに結界が侵食されきってしまう可能性もある。
もし結界が完全に大男によって侵食されてしまえば、結界は完全に消えてしまい、後は結界を張ることに集中していたせいで疲労しているラロロイとキーラが倒れ、ギルバートがほとんど1人で対処しなければならなくなる。ちなみにこの部屋にいる騎士や兵士はあまり戦闘力に加算されていない。守られる対象である王族も省く。
「そりゃオレでも分かってる。もう1つは?」
「ここに、我々だけで良かったな、と」
「……ああ、それはそうですわね」
「そりゃそうだな。良かった」
ラロロイに言われたキーラとギルバートは納得したように頷いた。
「こういう時、オレたちの中ではサイが一番何とかしてくれるよな。いや、いてくれた方が何かと手っ取り早く終わっ……いや…あいつも召喚出来ないしな…」
「そうですわね、でも何とかしてしまいそうですわ。ゴッド級の証も危機の知らせを出していないですし、わたくしたちが無事であることは分かっていますわよね」
少しだけ2人の表情が柔らかくなったところで、ラロロイは俯いて呟いた。
「サイ、出来れば早く何とかして頂きたいものです…」
部屋にいる全員からは見えていなかったが、ラロロイの腹からじんわりと血が赤く滲み出していた。