148 王城異変の直前で
前日の昼前にまで時間は戻る。
王城に呼び出しを受けた四頂点の3人は、王族に会うより先に国王公認筆頭薬師のフィジョールへ伝言をすることにした。
どうせ後で誘って出かけることになるのだから、本人にも先に言っておいて、すぐに出かけられるようにしようということだ。
王城に着き、早速門番の兵士に薬師のフィジョールにと伝言を頼んだ。
兵士はしばらく考えて、少しだけ場を離れるとフィジョール本人を連れてきた。先ほど、ちょうど近くを歩いていたのを思い出したらしい。
王城勤めの国王公認筆頭薬師であるフィジョール・マキシは男装がよく似合うとされている人物である。実は本人に男装という自覚はあまり無いのだが、苦笑いして黙認はしている。
細身のシュッとした黒のパンツときっちりとした白シャツ、やや使い込まれているが清潔感の保たれている国王公認印の刺繍入りの白衣、薬師の資料を入れたシンプルな鞄を持っていた。
シンプルだが、妙に似合っている。遠目に見ると本当に細身の青年に見えなくもない。
「私に用というのは…って、クリアノイズ嬢!いや、四頂点の方々!」
「その通り、今は冒険者として来ておりますの。畏まらなくて大丈夫ですわ。ああ、ギルバートたちに敬語も結構よ」
「そうだぜ、特に偉そぶる必要ねぇよ」
「ええ、私も通常の対応で構いません」
「は、ではお言葉に甘えて…」
フィジョールは片膝をつきかけた態勢を戻し、姿勢を正した。
「それで、四頂点の方々が薬師ごときの私に何か?薬の依頼なら薬師ギルドか国王を通して…」
「違う違う、個人的な用件なんだよ。あんた、ゴッド級のサイとビショップ級のミッツと知り合いで、今日お茶にでも行く予定だとか?」
「ああ、そうだが」
「オレたちもあいつらと出かけたくてよ…。もしあんたが良ければ、オレたちも一緒に行っていいか?そしたらあんたもオレたちもあいつらも、約束を違えねぇで済むし」
「えっ、私は構わないが…むしろこっちが邪魔にならないかい?」
「いいえ!そんなことないですわ!」
キラキラとした目で、キーラはがっしりとフィジョールの手を掴む。
傍から見たら、貴族令嬢の冒険者が素朴な好青年に告白でもしているかのようだ。どちらも女性だが。
「わたくし、かの薬師フィジョールさまに会ってお話ししたいことがいっぱいありましたの!なんなら個人的にお茶会を開いてご招待したいとも思っていましたわ!ご迷惑でなければのお話ですが!」
「そうなの?クリアノイズ嬢にそう言われるとは光栄だな」
「貴族令嬢でフィジョールさまのことを悪く言う者はいませんわ………って、どうぞ!どうぞキーラとお呼びくださいな!わたくしたち、王族の皆さまに呼び出されていますの。その後で王城前で落ち合いませんこと?」
「え?私も陛下に呼ばれている所だったんだ。せっかくだから一緒に行こうか、ク、キーラ嬢」
「ええ!そうですわね、では参りましょう」
そういうわけで、4人は騎士に声をかけて改めて王族の待つ部屋へと案内してもらうこととなった。
王族直属の騎士3人による案内で、王族の居住階層へ来た4人は、王族共用の談話室へ入るように促された。
部屋はシンプルながら高価な調度品が程よく置かれており、大きな鏡が嫌味なく掛けられている。鏡はギルバートが写ってもまだ余白があるぐらい大きく、額は透かし彫りや繊密な彫刻が施されている。おそらく国宝級であろう。
そんな部屋のソファには既に現王族が全員ゆったりと座っていた。護衛兵士たちが警護のために部屋に数人きっちりと立っているが、圧迫感はない。むしろ今入ってきた冒険者3人の方が圧迫感がある。特にギルバート。
案内してきた騎士たちは一礼すると、部屋の入口近くの壁際で待機した。
「おお、よく来てくれた。おや、マキシ薬師も来てくれたか」
「ごきげんよう陛下。四頂点との話を聞いていることがダメでしたら出直しますが」
「いや、ちょうど良い。共通で話しておきたいことがある。本当ならば四頂点全員に話しておきたいのだが…」
暗にサイも呼ぶべきだったと言葉に含ませながらエルバート国王はアメリア王妃をチラっと見る。
視線を感じたが、ふん、とアメリア王妃はそっぽ向いて扇で口元を隠した。
「まあ最近はこの通りである。後でセルディーゾにも伝えておいてくれぬか」
「分かりました。ここにいる我々4人、このあとサイとミッツと共に王都観光をする予定ですので、その時にでも個室で話しておきます」
「うわ、羨ましい」
「私も城下へ行きたいですわー」
「ぼくもです!」
「こらこらお前たち、午後は剣術の予定であろう」
度々王城からお忍びで抜け出すことはなんとなく認められている系王族の王子たちは、観光と聞いてキャッキャとはしゃぐ。しかし予定があるそうなので合流は無理そうだった。
「それで話とは?」
「うむ、昨日『リフレイン』について発表したのを覚えているな?」
「ええ、一部で流行している占いだとか」
「オレは聞いたことなかったけどな」
「わたくしもです」
「…実は、私は陛下から『リフレイン』関係のある依頼を受けていてね」
フィジョールが持っていた鞄から小瓶を取り出した。
中には黒い粉が少しだけ入っている。
「粉?」
「これは陛下から預かっていたものでね。簡単に説明しても?」
「頼む」
「ええ。この小瓶の粉は、廃人となって死んだ『リフレイン』の信者から押収したものなんだ。元々は『黒いヤギ』の刺繍の小袋に入っていた」
「『黒いヤギ』…、占いの信者が持っている装飾の目印でしたわね」
「そう。それでこの粉が出てきたから、私が陛下直々に命じられて今まで調べていたというわけさ。結果から言うと…これは、魔石だ」
「魔石?」
「正確には魔石の粉末、だね」
魔物が心臓とはまた別に持つとされる魔石は、冒険者の証などに加工されたり魔道具の核にされたりするものだ。
どう考えても食用には向かず、食べたところでどうなるかも試すわけにもいかないので、謎がまだ残る石である。人体実験はあまり推奨されない国なのだ。
「死体も調べていくつか分かったことがあります、陛下」
「何か分かったのか。さすがマキシ薬師だ」
「まだ全てを解明したわけではありません。ですが…おそらくこの信者、|魔石の粉末を体内に取り入れています《・・・・・・・・・・・・・・・・・》」
「何!?」
「体内からこの粉末と同じ反応が得られました。これは間違いないです」
ざわりと部屋にいる全員がどよめく。
「おそらくなんですが、この魔石の粉末、信者全員に配られて、信者はこれを摂取していると思います。定期的にか不定期にかは知りませんが。彼らが凶暴化したり廃人になるのは、これが原因の可能性は十分にあります」
「信者は『黒いヤギ』を装飾にしてるっつーことは、このヤギが信者の証になってて、ヤギの装飾品の中に粉末を入れてやがるってことか」
「ふむ。この信者は小袋に入れていたが…それ以外にも装飾品はいくらでもある。粉であれば色んな持ち方をしていてもおかしくはないな」
「魔石の粉末…そんな分からないものを飲むだなんて…恐ろしいですわ」
キーラとメノーラ王女はふるふると震え、アメリア王妃は目を見開いている。
男性陣とフィジョールは険しい顔をしている。
「それで陛下、これは私から質問なのですが」
「む?何かあったか?」
「この小瓶、私が預かるまでに何か触りましたか?」
「いや?王都に到着してからは王族専用の保管庫に仕舞い、それからそのままをマキシ薬師へ託したが、何かあったか?」
「そうですか…。実は、ちょっとおかしいんです」
「おかしい?」
フィジョールは鞄から紙を取り出すと机に並べ、全員に見えるよう提示する。紙は調査結果が纏められていて、様々な数字や数式が書き込まれている。
「押収されて王城へ運び込まれたのがこちら、この量です」
「ふむ、私も見ていたので間違いないな」
「それで、こちらが薬師室へ持ち込まれた際の量です」
エルバート国王が見ると、首を傾げる。
左右の数字を見比べ、変動しているのが分かった。
「何度量ってもこの量だったのです。もしかして全て渡すのがよくないと判断して陛下があらかじめ少量採ったのかと思っていたのですが」
「いや、私は薬師たちを信頼しているから全てを渡したはずだ」
「そうですか…ではこの少量はどこへ?盗難だとしても王族の居住エリアへ侵入するのは相当難しいと思いますが」
「ふむ…妙な話よ…」
盗難疑惑が持ち上がったところで、扉が素早くノックされて騎士が入ってきた。
「ご無礼を、陛下。急ぎの案件です!」
「聞こう」
「王城を、コウモリのような魔物が取り囲むように飛んでいます。それも百どころではなく、万単位で!」
「何!?」
四頂点の3人は各自武器を手にし、警戒態勢を取る。
護衛の騎士と兵士も剣に手をかけ、王族一家は緊張感を持ち、エルバート国王の言葉を待つ。
「べべロスの壁はどうなっておるんだ!ドラゴンの攻撃すら弾くと聞いておるのに!」
「それが、コウモリたちは突然王城の敷地内で現れたようで」
「我が敷地内で?」
「はい。まるで、ここで発生したか、召喚されたかのように」
「追加で報告!王城を囲むように結界で覆われている模様!」
「何だと!?」
騎士とエルバート国王のやりとりを聞いている最中、ラロロイが急にキョロキョロと周りを見る。
「ラロロイ、どうした?」
「ギルバート。キーラ。すぐに動けるようにしておきなさい。野良精霊たちが酷く怯えています……何が起こっても不思議でないと心得よ」
「…分かった」
「分かりましたわ」
四頂点の中でも最高齢で経験豊富のラロロイの発言は優先されやすい。
ギルバートとキーラ、そして王族と騎士たちがそれぞれ契約天使や悪魔を喚び出そうとした時、声が聞こえた。
【白の園を閉じ込めて、黒の園を作ろう、血の園を祝おう、呑め、喰え、奪え】