147 最後の試練
【よくぞ来た!この俺様が!この抜け道の!最後の試練!その守護者である!!】
「自己主張つよっ…」
【さあ俺様…いや俺様たちに打ち勝ってみせよ!】
問いかけの試練部屋から走ることしばらく。辿り着いた行き止まりの扉を蹴り開けて、中へと転がり込んだ。
中は石造りの広く丸い部屋となっていて、1人の騎士のような男が中央に立っているのに気付いた。
可愛らしいひよこの彫られた盾、そして柄がひよこの頭になった剣を構えた眼帯甲冑の青年がこの部屋の守護者らしい。甲冑の隙間から包帯が見え、どことなくイタイタしい姿にミッツは勝手に心が抉られた。
盾に刻まれたのがひよこで良かった。サービスエリアとかお土産屋で売られているようないかにもなドラゴンが刻まれていたら、ミッツの心の傷はもう少し深かっただろう。
あと剣もひよこで良かった。こう、ドクロとかが絡みついた造形の剣ならミッツはこの場で崩れ落ちていたかもしれない。
ミッツはお多感な年頃にして、黒歴史に嵌まっていたことを客観的に理解してしまえる高校生なのだ。まだちょっと抜けきってないが。
試練の部屋に全員入るなり叫んできた守護者は、12人に分身した。
12人、すなわち臨時パーティの人数である。
【ここでは俺様たちをソロで倒してもらうぞ!】
「うざいけど、この程度なら私たちで倒せそうよね!」
「そうだな!」
冒険者たちはそれぞれの武器で着々と分身たちを倒していく。3分後には全ての分身を倒すことに成功した。倒されたひよこ騎士たちはその瞬間にふっと消えていく。
トムも中級とはいえ兵士の鍛錬を毎日受けている立派な兵士である。一番遅かったがなんとか倒すことが出来た。
「もう終わり?ずいぶん呆気なかったね。ちょっと物足りないぐらい」
「そうだな、まだ1番目の小鳥の方が苦戦したぜ。物足りないがこれで先に進めるな」
【…ほう、連戦がお好みか?】
「!?」
全員倒して消えたひよこ騎士は、いつの間にかまた中央に立っていた。1人ではあるが、無傷である。
そのひよこ騎士はまた12人に分裂し、冒険者たちの前へと躍り出た。
【そう!この俺様たち、可愛いマリエッテさま親衛ひよこ騎士団は!不死鳥のごとく無限に在り!そして蘇るのだ!】
「ずるい!」
「先に説明しろ卑怯者!」
「時間返せ!」
【素直な罵倒である!だが俺様たちを倒さねば先へは進めぬぞ!ここは耐久の試練の部屋!さあ、それぞれの前に俺様が1人現れ続ける!粘り強く戦え!】
そうひよこ騎士が告げると、またも12人に分裂し、ソロバトルを仕掛けてきた。
各自撃退してはまた現れるひよこ騎士たちに、冒険者たちも段々と疲れてくる。
「くそっ!多い!」
「こんなとこで無駄な体力使いたくねぇよ!」
「全くだ!」
「つか無限に存在するとか言ってなかった!?そんなの倒しきれないじゃん!」
【ふははは!ではヒントをやろう!この俺様たちはとある魔道具から生み出されし存在!その魔道具を止めねば永遠にお前たちを足止めするぞ!止め方は…『一撃でも当てる』、だ!】
「魔道具……あれですか!」
魔道具と言われて、全員が周りを見渡す。
壁の近くで戦っていたチャトラが、何かが壁に掛かっているのを見つけた。
チャトラが目の前の守護者を手早く倒すと、壁にある大きな鳥の壁掛け紋章に斬りかかった。そう、チャトラはエルフだが片手剣使いである。
そもそもエルフは別に弓しか使わないわけじゃない。普通に大斧もぶん回すエルフもいる。がっつりステーキに食らいつくエルフも冒険者ギルドで見かけることがある。
その事実を知った数ヶ月前のミッツは、少しだけしょんぼりしていた。
キング級であるチャトラは剣の腕もなかなかである。振りかぶった剣は、そのままレリーフにまっすぐ襲いかかった。
カキンッと音がして、レリーフには剣が届いていなかった。レリーフの周りに薄くベールのような物がかかっているのが、剣が当たったことで分かるようになっている。
「なっ!?結界か!」
【ちなみにそのレリーフは濃密な聖属性魔法しか効かぬぞ!】
「はぁ!?くそが!聖なる燈火!」
悪態をつきながらチャトラは聖属性魔法を当てたが何も起きていない。エルフが放てる聖属性魔法を出来るだけ圧縮したのに。
チャトラ相手のひよこ騎士は失笑した。
【馬鹿め、エルフのそんな小さな魔法でなんとかなると思ったか】
「あああ腹立つ!んだよお前!オラァッ!」
チャトラが苛立って無限湧きひよこ騎士を斬りまくっている。
エルフっぽい丁寧口調が剥がれていることから、どうやら素は口が悪いらしい。
そんなチャトラの様子を見つつ、ミッツはモモチを肩に乗せながらスマホ魔法でひよこ騎士を倒していた。
「『もしもし、燃やして』。うーん、エルフでもあかんのか。あっモモチ!?」
「きゃむー!」
モモチがミッツの肩から飛び降り、てってっとてっとてっ、小さなあんよをせっせと動かしてレリーフに近付く。
壁の前に到着すると前足を壁について、後ろ足を精一杯伸ばしてレリーフに顔を近づける。
レリーフに濡れた鼻をふんふんとこすりつけると、プチフェンリルの鼻の水分で濡れたレリーフは一際輝いた。
ちなみに犬の鼻が濡れていると元気な証拠と言われているが、あれは鼻で匂いを感じ取りやすくするために濡れている、もしくは犬がペロペロ濡らしている、とされる。そうして匂いが感じ取りやすいと拾っちゃいけないものも判別つきやすい。つまり、拾い食いなどもしにくく、元気というわけらしい。
だからと言って鼻が乾いていても一概に風邪とは言えない。単に濡らしていないだけかもしれないし。
鼻も濡れているしご飯もモリモリ食べる。モモチは今日も元気である。
モモチの体調は置いといて、レリーフはまだ光っている。
【なに!?まさか、フェンリル種か!?】
「おっ、復活したんかいな。そう、神狼王グランドフェンリルの魔力から生まれたプチフェンリルのモモチや」
「きゃむふん」
【なるほど、グランドフェンリルの子であれば聖属性も備えているな。何せ聖属性の魔力から生まれたのが初代のグランドフェンリルであるからな】
「そうなん!?いや聖属性っぽいとはちょっと思っとったけど!」
「そういえば…フェンリルは体液が聖属性の素材だと聞いたことがあるな…」
「マジで?寝てるモモチのよだれ結構ダダ漏れやねんけど、もったいないことしとるんかな」
【…まあなんだ、レリーフの魔法が解かれた以上戦うのは無駄である。ひよこ隊、全員集合!】
戦っていたひよこの騎士も含めて全ひよこ騎士が集まり、1人になってから跪く。
【見事、これにて試練は終了だ。助っ人としてお前たちを認めよう】
「それは良かった。ではさっさと出口を開けてくれるか?」
【いや、少し待て。見てもらうべきものがある】
ひよこ騎士はそう言うと、冒険者を一度壁際に集める。
おとなしくゾロゾロと壁際へ移動すると、ひよこ騎士が説明を始める。何故かその後ろでは分裂したひよこ騎士が2人、大きな布を持ってごそごそと準備をしていた。
【抜け道にいる全ての守護者は情報を共有することが出来る。そして王城のことを把握することも可能であるのだ】
「それは知らなかった」
【故に、サイ。お前、いえ、貴方のことも我々はある程度知っているつもりだ】
「…へえ?」
サイから少し殺気が出た。あまりに一瞬だったが、横にいたミッツはバッとサイを見た。
しかしサイはいつもの様子である。きっと気のせいだとミッツは前を向いた。
【ああ、勘違いしないで貰いたいが、我々はこのことを言いふらすことなぞ考えてもいない】
「そうか。なら良い」
【だが、いずれ隠したことは暴かれるぞ】
「…分かっている」
サイとひよこ騎士本体が話し終わると、後ろの分身2人が布を設置し終えたのか本体の所へと戻ってきた。
いつの間にか地面に突き刺さった槍が2本、その2本を繋ぐように大きな布は結ばれている。ピンと張った布に、ミッツは何か既視感を抱いた。
「では、手短かに今の王城のことを教えて貰おうか」
【うむ。ではとくと見るが良い。断片的だが、昨日から今日までの王城の様子である】
ひよこ騎士が指を鳴らすと、大きな布に動く絵が映された。王城の庭園が映っている。
冒険者たちがどよめく中、ミッツだけは既視感の正体が分かって納得していた。
これは、映画などを映すスクリーンのようなのだ。
あの、あれ、パリピがキャンプ地で仲間と一緒に映画見るために持っていく奴だ。偏見にも程があるな、とミッツは自己反省した。
「映画とか動画みたいやな」
【君は確かチキュウの渡り人だな。いかにも。これは英雄ユーヤから聞いた技術、『動画』を我ら抜け道の守護者なりに再現したものである。これはスクリーンというものだ】
「そうそう。外で映画見る時とか講堂で映像見る時とか、こんな感じやわー」
【技術名を、Syugo Tube】
「アウト!アウトやでそれ!版権問題やぞ!」
【俺様たちの世界に版権なるものは存在しない。故に無効である】
「くそっ!言葉、いや世界の壁が!…まあそもそも、別に俺が開発したわけでもないし、ええか」
そんなこんなで、スクリーンにある映像が映し出された。
ギルバート、ラロロイ、キーラに守られた王族と宰相、騎士たち、そして薬師のフィジョールが、とある部屋で敵に抗っている場面が冒険者たちの目に写った。