145 小鳥さん小鳥さんお外へ出られない私の代わりにお腹いっぱい食べてお水もたくさん浴びて自由に羽ばたいてちょうだいな
王家の抜け道、第35番。
『小鳥さん小鳥さんお外へ出られない私の代わりにお腹いっぱい食べてお水もたくさん浴びて自由に羽ばたいてちょうだいな』
ふざけた名前のように見えるがれっきとした王家の抜け道の1つである。
サイによると王家の抜け道には1つ1つに名前がついており、その名前に沿った内装や罠が仕掛けられている。
その通り道を順序通り抜ける王族と関係者には何も起こらず、抜け道を逆走してくるような王家の血筋以外の邪な心を持つ者にはえっぐい罠を、緊急時に逆走してくる助っ人などには少しだけの試練を課すらしい。
「そう、俺たちは邪な心を持たない緊急時の助っ人の逆走に当たる。よって、特別なキーワードと共に少しの試練を途中で受けることでこの道を抜けることが出来る」
「そんな道が…」
「ちなみにこの『小鳥さん小鳥さんお外へ出られない私の代わりにお水もたくさん浴…………面倒だな、『小鳥の抜け道』と略そう。ここは、小鳥が大好きだったが病弱であまり外へ出かけられなかった王女の要望で、鳥に関する罠や試練がある。らしい。王女の名前は俺も知らない」
「へー」
「俺が知ってる他の抜け道で印象深いのだと…『この偉大なるヴァローン様が通るかもしれない虹と薔薇の洪水いやこれこそが私の愛の路』、これは数代前の王弟ヴァローンが作った抜け道で、中は…あの、まあ、愛が溢れてるな…」
「俺ら一般人が見られへんのにそんな気になるような言い方せんといてくれる?」
「ナルシストが作ったとしか思えないネーミング」
「試練は俺も知らないんだが、罠の1つに…四方と天井を真っ赤な薔薇で敷き詰めた部屋にぎゅうぎゅう詰めのほぼ全裸マッチョの群れに放り込まれる、という恐ろしいものもあるらしい」
「それは地獄」
「逆にちょっと見たい。見るだけでいい」
「一部の輩にはご褒美のような…」
「これは酷い」
呑気に会話しているように見えるが、抜け道を走っていたサイたちは少しだけ休憩を挟んでいるところだった。
抜け道内は普通に声を出しても地上に声が届かない構造になっているらしいので、普通に喋っている。気配は隠密魔法で隠されているから、気付かれそうなことさえしなければ割と自由に行動出来る、はず。たぶん。きっと。
詳しくは王城設計者と抜け道責任者に聞いてほしい。一般人がアポを取るのは果てしなく難しいし、そもそも誰が責任者なのかは知らないが。
今は急がなくてはならないのは分かっているが、休憩も大事であることをよく分かっている冒険者は誰も反論せずに従っている。
兵士トムもリーダーでありゴッド級であるサイに従っている、というより王都勤めの兵士は20分走りっぱなしと背負った重責に押しつぶされそうになってるので、休憩に入った途端真っ先に座り込んでいた。鍛錬は普段からきちんとしているが、こんな緊張感の中で行われるものではない。
その休憩がてら、サイは抜け道の知識を伝えていたのだった。
はい、と手を上げたのは『非契約者』の1人フルッタ・パーチ。A級で暗器使いのボクっ娘斥候職である。
「特別なキーワードって何?」
「噴水で俺が呟いたアレだな。すまないが教えるわけにはいかない」
「まあダメ元で聞いただけだし、さっきもうまく聞き取れなかった。ボクの耳でも聞こえなかったし」
フルッタのような斥候職はあらゆる状況下で様々な音を聞き取るために特殊な訓練を積んで、人間以上の聴力を身につけるようにする。獣人とまではいかなくとも耳が良く、斥候職で、モモチの超音波魔法にギリギリ耐えられる人物だったので今回の臨時パーティに加えられた。
彼女も訓練をしているので、少し離れた噴水にいる人間の小声ぐらいなら楽々聞き取れるはずなのだ。
「もー!斥候職として自信なくしちゃう!これがゴッド級の実力なの!?」
「おう、ゴッド級だぞ」
「A級のボクが聞き取れないなんて!…いや違う、聞き取れないというより、阻害されてる感がある!」
「へえ?」
「ていうかよく見たらなんか気配もちょっとぼんやりしてる!ボクそういうの苦手!」
「やはりか。私もなんとなく気配を掴み損ねているのだ。閉鎖空間ではより一層そう感じ取れる。しかし決して邪な感じはないのだ」
ずいぶん素直な発言をする斥候職だった。
そのフルッタに同意したのは、サイとミッツ以外で唯一臨時パーティにいる『獣使い』でキング級冒険者、アルテミリア西森のチャトラだ。名前が示す通りエルフの冒険者である。
言葉遣いもなんとなくミッツが想像するエルフっぽい。
「ほう、よく分かったな、さすが腕の立つ斥候職に、気配に敏感なエルフ。俺は普段から常に気配をぼかしている」
「え、そうなん?俺最初からずっと一緒やから全然分からんわ」
「それにしても、何故そんなことを?」
「ゴッド級になると色々あるんだよ」
「へー」
「っと、そろそろ行こう。このあとすぐ、試練がある部屋に辿り着く」
先ほども言っていたように『小鳥の抜け道』、いや全ての抜け道には試練がある。罠もあるが今回は省く。
今まで走ってきた通路は至って普通の石造りの地下通路といった感じだったが、ここから少し違ってくると思う、とサイは言う。
再び走っていると、突然行き止まりになった。正確には通路の行き止まりに鉄の扉が現れた。
恐らくこの先が1つ目の試練というものだろう。
「さて、試練の内容は俺もよく知らん。ただ扉の先には試練を司る守護者がいるらしく、その守護者が課す試練に合格すれば通してくれるそうだ。では、開けるぞ」
そうして、1つ目の試練が始まった。
扉の向こうは広い部屋のような空間になっていた。
そこそこ広く草木が生い茂り、天井はとても高く、地下なのにそよ風とぽかぽかな気温で、まるで草原のようになっていた。草原にしては狭いので、小さな原っぱぐらいだ。部屋一面に原っぱが広がっているので箱庭のような感じがする。
冒険者たちが全員入ると鉄の扉は消え、原っぱの中央にポンと何かが現れた。
現れたのはさっき噴水で穴を広げてくれた、でかい小鳥にちょっと似ている小鳥だった。
あの噴水のでかい小鳥を更にでかくして、石で出来ていた体を普通の鳥にしたような、そんな存在だ。縦も横も、ざっと2.5メトーはある。
でかくて緑色の小鳥は小さな、いや小さくもないがその図体にしては小さな羽をパタパタさせてこちらを見ている。
【侵入者でちゅ?賊でちゅ?いや、試練の扉を開けたということは助っ人でちゅかね。もうなんでもいいでちゅ、ここを通りたくばボクちゃんを倒すでちゅ!それが試練でちゅ!】
「でっか!」
「喋った!」
「おお、これが1つ目の試練の守護者、いや守護小鳥かぁ」
「小鳥…か?」
「大きささえ無視すれば、まあ小鳥か…?」
「可愛い小鳥だな!」
「言ってる場合か!私たちは助っ人よ!早く行かないといけないの!通してちょうだい!」
【倒すでちゅ!殺る気で来いでちゅ!】
「話聞かねー小鳥だな!!!」
「なあ、あれ小鳥なん?大きいのに小鳥とは…?」
でかい小鳥は冬のふくら雀のように体を膨らませた直後、部屋中に暴風を撒き散らした。
ミッツの疑問はその暴風で後回しにされ、冒険者たちは咄嗟に散開して武器を構えた。
ゴゴゴ…という音が似合うでかい小鳥は、自分の周りに人の顔ぐらいの岩をたくさん風で浮かべて、キッと冒険者たちを睨みつける。
その表情は、あまり怖くない。大きくても小鳥だからね。
もう一度話し合おうとした冒険者の顔の横を、岩の1つが掠め飛んで行った。
冒険者の後ろの壁に激突し、頬に一筋の傷を作られた冒険者は唇をひくひくさせている。まるでアニメの王道みたいやな、とミッツは思った。
「いや…あの…」
【次の試練へ行くならこのボクちゃん……マリエッテを守る大きい小鳥ちゃんをやっつけるでちゅ!やっつけられるのでちたらね!判断はボクちゃんがするでちゅ!】
「あ、王女の名前マリエッテなんだ…」
ノルリエやフルッタが話しかけてもろくに応答はなく、そこからもう話さなくなった。
でかい小鳥は、風属性の魔法と浮かべた岩や石をどんどんと放ってくる。
『非契約者』の1人が思わず叫ぶ。
「…これっ!擬似ダンジョンのボス部屋じゃねえか!!!」
「おう、そうだ」
「聞いてない!」
「ダンジョンのようだとは言っただろう」
「それだけでこんなダンジョンのフロアボスみたいなのが王都地下にいるなんて思わんわ!」
「あのな、王都地下なんて限られた空間しかないんだから、異空間…擬似ダンジョンを作るしかなに決まってるだろうが。辿り着くまでに2時間かかるような長い地下通路がいくつもあってたまるか!ただの抜け道に擬似ダンジョン化の魔法をかけてるんだ!」
「なるほど!」
「それにさっきお前らも走ってきた地下通路!途中でぐねぐねしていたり異様に長距離まっすぐだったりしたろ?地下を空間魔法で広くして、そこへ道を作ってるんだよ!」
「なるほどー!」
飛び交う岩をいなしながら、冒険者たちは思ったより面倒そうな潜入作戦に少しだけ後悔を覚え始めた。