143 潜入パーティを待ちながら
「抜け道の件は置いておくけど、何故、編成してすぐに潜入しないの?」
「どうしたシェラ」
「どうしたも何も…。みんな思ってることを割と暇になった僕が代表して聞いてるんだけど」
現在、王城エリアを覆う結界の周りには戦闘力のある冒険者、結界の外にいた騎士と兵士が中の様子を出来る限り見張っている。何かあれば冒険者ギルドまで誰かがすっ飛んで来てくれる。
魔法の得意な者は時々、結界を何とか出来ないかとぶつけているが、特に揺らぐこともなく依然として不気味な様子のまま。見える範囲で、王城の外に動く人影はもう見られない。コウモリはいっぱいいる。
『不屈の峠』と『フィフィフィ』の5人も結界を見張ってきた後で、今は冒険者ギルドに戻ってきていた。
ちなみにミッツは、木漏れ日フクロウへ忘れ物を取りに行っている。
「こっちがすぐに手を打とうとすることは、敵が想定することだろう。それに夜は魔物の一番元気な時間帯だしな、朝に賭ける方が良い」
「敵が想定する?あのコウモリたちにそんな知能があるとは思えないけど…」
「…ああ、そういうことか?」
「ティック?」
ミチェリア組の中でティックだけが納得したように頷いた。
「トムも言ってただろう?結界の構築の直前に声が聞こえたとさ」
「言ってたね」
「普通に考えて、結界魔法を発動した奴の詠唱だろ」
「そう、まさかコウモリが唱えることはないだろう。そして結界魔法は基本的には自分の周りに張るものだ」
「つまり、大量のコウモリ共をけしかけ、尚且つ王城のどこかへ忍び込めて、そんで王城一帯を結界で覆えるような奴が、あの中にいるっぽいってことだ。単独犯なのか複数犯なのかは分からんがな」
「なるほど…」
「ティック、結構頭脳派よね」
「ノルリエお前な…、俺は一応ベテラン冒険者だぞ?多少考えて行動しなきゃならん時だってあるし、だいたい!脳筋の冒険者が多すぎるんだよ!」
「えへへー」
「褒めてねえから」
「あ、サイさん、聞いていい?」
「答えられることなら」
「王城の中は無事なのかな…」
「王様たちは無事なのかな…」
「んー…、おそらくな。少なくとも四頂点は無事だよ」
「「なんで分かるのー?!」」
「これだよ、これ」
サイが右耳を指差す、ゴッド級とS級の証である特殊なチャームがピアスとして揺られている。今この世界に4個しかない。
真ん中に丸い透明な宝石、その周りを『天使』の羽、『悪魔』の羽、『精霊』の羽を模した飾りのチャームは全員の視線を受けてキラキラと光を反射していた。
「この証は特別でな、ミッツのスマホのように通話こそ出来ないが、誰かが死んだりやばいことになったら、他のゴッド級たちに知らせられるようになっているんだ」
「そうなの!?」
「実際、俺が2年ぐらい前に旅をしていた頃、異常に耳たぶが熱くなった時があってな。まあ…キーラが大量の大サソリに囲まれてパニックになってただけらしいんだけど。だが自分でどうにか殲滅出来るんなら、ややこしいことしないで欲しいよなぁ」
「……あの、それってよ…『ファジュラ西オアシス巨大クレーター事件』…?」
「ティックさん、年下から1ついい事を教えよう」
「お、おう」
「余計な詮索をしない方が身の為、という時もある」
「あっはい」
ファジュラ西オアシス巨大クレーター事件。
一昨年、浪漫の国ファジュラの東西南北にある大きなオアシスの内、西オアシスの隣に突然クレーターが出来た。それも町2つは余裕で入る大きさである。
当時の冒険者たちに激震をもたらしたこの事件は、魔物によって出来たもの、冒険者が殴って出来たもの、神々からの啓示、との3つの見解に分かれて人々は物議を醸した。つまり詳細は未だ発表されていない。
なんとなく真実を知ったその場の冒険者たちは黙って聞かなかったことにした。ゴッド級とはいえ、まさかあのか弱そうな綺麗な貴族令嬢が虫が嫌だったからクレーターを作ったなんて、まさかそんな、ね?
「あと聞きたいのは、僕たち『悪魔憑き』『天遣い』は何故行ってはいけないの?僕はキング級で、魔法だって弓だってそこそこに強い自覚があるよ?」
「それは俺も聞きたかった。俺だって斧の腕はなかなかイケる方だぜ?」
「まあ懸念事項というかな」
「懸念?」
「目撃情報で、天使と悪魔が戦った情報がないだろ?たまたま見なかっただけで、城内ではいたかもしれない。しかしそれは推測でしかない」
「うん」
その場にいた『天遣い』『悪魔憑き』たちは頷く。
「例えば天使と悪魔と獣と精霊を召喚し、連れて行って結界内へ潜入し、もし天使と悪魔だけが結界の効果で即座に強制帰還にでもなったらどうする?その『天遣い』たちは、天使たちとの共闘も視野に入れているのにさ」
「…確かに。肯定も出来ないし否定も出来ないね」
「だから確実に目撃のあった獣と精霊は連れて行こうと思ってな。もしこいつらも強制帰還になったとしても、想定に入れて魔法や剣で戦う。だから、『獣使い』の中でも魔法をそこそこに使える奴を選んで貰ってる」
そうゴッド級に言われ、『天遣い』と『悪魔憑き』は全員とりあえず納得した。
「サイ、戻ったでー」
「きゃわーん」
「おう、忘れ物あったか?何を忘れたんだ?」
「ペンケース!レシピ書いた時に出したままやってん!」
取りに行っていた忘れ物のペンケースの中身を一応確認するミッツ。
ガシャガシャとペンなどを机に出していると、モモチがフンフンと匂いを嗅いでいる。
その中でモモチが何かをぱくりと咥えると、ピィピィと音がした。
「あっモモチ!めっ!ペッしなさい!」
「なんだ?何の音だ?」
「これ?学校の守衛室に住んどったコーギーのロンたんと遊ぶために持ち歩いとった笛」
「また新しいことを聞いたな。その箱は筆記用具を入れるものではなかったのか?」
「ペン以外にも入れることはあるでー」
笛は体育教師が吹くようなやつで、モモチはプーピーと器用に笛を吹いて楽しそうにしている。ちょっと場が和んだ。
とはいえ非常事態であるし、ギルド内で遊ばせている場合ではないので笛をそっと取り上げた。
「きゃわー」
「モモチあかんで。今はそんな遊んどる場合ちゃうねん。コウモリもいっぱいおるとこに行かなあかんねんで。なんでか俺も行くことなったからモモチも行かなあかんねん」
「わふ?きゃわわ?」
「いや…そうよ、そうやよモモチの言う通りやわ、なんで俺も行くんよ」
「お前のモモチはユラ大陸生まれの常時連れ歩きだから、消えることないなって思った。あとお前のスマホ魔法は色々使えるだろ。精霊の瞳もな」
「…なるほど?いやでも、俺ビショップ級やで?それに…」
チラリとモモチを見る。
ミッツからまた奪い返してぷぴぷぴ吹く笛をまたそっと取り上げる。
「俺はともかくモモチは戦闘経験そんなに無いで?確かにこんなふわふわむちむちまるまるふっさふさ綿あめボディの愛されるべき可愛くて偉大なるグランドフェンリルの後継のクソ可愛いプチフェンリルやけど、せいぜい引っ掻いたりする程度で…」
「すごい褒めるじゃないか」
「事実やもん」
「きゃむっ!」
「モモチ?」
モモチは笛をまた奪うと、とことことギルドを歩いて中央へ座り、笛を鳴らす動作と同時に白い体を淡く輝かせた。
しかし、こちらに音は聞こえて来ない。
「あの契約獣何してんだ?」
「さあ…?さっきまでピーピー吹いてたが」
「モモチ、何して…」
「ただいま戻っギャアアアアアアア!」
「耳がぁ!耳がぁぁッ!何だこの音!?」
「えっ何?」
ちょうど戻ってきた冒険者3人組の内、犬系獣人と鳥系獣人が耳を押さえて蹲った。人間の冒険者はその後ろで訳が分からず突っ立ってオロオロしている。
よく見れば、ギルド内にいた獣人たちが一斉に反応して各々耳を押さえていた。
「どないしたん!?」
「ど、どないしたもこうしたもねえ!その犬っころの音を止めろ!」
「耳が…耳……おい待てお前犬っころじゃねぇぞその御方、準神の御子モモチさまだ!」
「へ?あっ!?ほんとだ!申し訳ありません!何でもないです!なんか神々しい音に聞こえてき……ぐっ…」
「あ、倒れた」
「ピヨリドーーーーーッ!!」
鳥系獣人は倒れた。ピヨリドという名前らしい。特に覚えなくていい。
犬系獣人も倒れそうだがなんとか踏ん張っている、が結局人間族の冒険者に支えられて涙目になっていた。
「にしてもすごい音だったな…」
「音?何か音していたか?」
「いや、わたしには聞こえなかったけど…」
「何を言う!あんなにキーンと甲高い音が響いていたというのに!」
獣人たちは全員が甲高い音が響いたというが、他の種族には全く音が聞こえていない。
この食い違いに、渡り人が気付いた。
「あっ!まさか、超音波か!これやったらあのコウモリに効くかもしれへん!」
「ちょうおんぱ?」
「えーと、人間の聴力では聞き取られへんぐらい高い音?みたいな。地球では田畑の鳥獣除けに使われることもあるで」
「…モモチ、今編み出したのか?その超音波を?」
サイがモモチに問いかける。
お座りしたモモチは小首を傾げていて、ミッツは普通に可愛くて写真を撮った。
「あ、なんか鑑定されとる。超音波魔法の残滓?」
「読み上げろ」
「あ、はい」
◆超音波魔法(残滓)◆
プチフェンリルのモモチがたった今生み出した新しい魔法。風属性と聖属性の複合魔法。聖属性を乗せた超高音を周囲に放つだけだが、野生動物や魔物の鼓膜にダメージを与える。モモチは術者なので影響は無い。
「モモチ!今作ったんか!俺らの話聞いて!?」
「きゃふん!」
「よーしよしよし!偉いでぇ!」
わしゃわしゃと撫でてやる。お腹も出してきたのでお腹ももちろん撫でる。
その後ろでは倒れた獣人冒険者や獣人兵士がギルド奥へと運ばれていった。
「ギルマス」
「なんだ?」
「編成条件に、『獣人以外』を追加する」
「…コウモリ対抗手段はありがたいんだがなぁ…」
そう呟くと、ベイラッドは手元のリストにいた獣人冒険者たちの名前を、二重線で消した。