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獣使いたちの冒険者記録  作者: 砂霧嵐
王都召集、魔が喋る
141/172

141 平凡な兵士の白昼悪夢

王城エリアと住民から呼ばれるエリアは、広くゆるい円形の敷地である。

真ん中に王城があり、少し南西側に騎士団本部。王城の少し東南側には兵団本部がある。王城の真裏には従者や王城メイドたちの専用寮や施設があり、王族の衣食住はここの者たちで支えている。


その日、中級兵士トム・ダッケルはいつも通りに王城の隣にある兵団の鍛錬場の周りを巡回していた。

何が起きてもある程度対応出来るようにと必ず2人一組で行うように定められている巡回は、王城の安全のために必要なことである。


例え、王城から少しだけ離れた兵団本部の建物の更に外れにある、王城エリアのギリギリ圏内にある鍛錬場の裏の巡回であろうとも。


「あー、怠いっすねー先輩ー」

「そう言うな、ダッケル。これも立派な仕事である。という会話を昨日もしたのでは?」

「昨日は冒険者がいっぱい来た日じゃないっすか。めっちゃ強いやつが集まって、賊もしばらく警戒すんじゃないっすかね」

「そう言ってだらける兵士がいるから、賊も油断を突いて侵入する。なんてこともあるのではなかろうかね、と俺は思うなぁ」

「それはー…あり得なくないっすねー」


先輩兵士と歩きながら鍛錬している兵士を見つつも、トムは周囲をちゃんと警戒していた。だらけているように見えるが根は真面目なのだ。文句を言いながらブーツの先で小石を蹴ってはいるが。

下級兵士から中級兵士へ昇格したばかりのトムは、その達成感から少しだけ兵士に慣れたという余裕を作ってしまっていた。


それ(・・)にまず違和感を感じたのはトムではなく、先輩兵士だった。


「ん?なんだ?」

「へ?」

「あれ。上空の」

「上空?…あー、コウモリっすかね?結構いるっすねー」

「…いや、さすがに時間帯にしては…多くないか?」


王都でコウモリを見ることはあるが、大抵は夕方から夜にかけてのことが多い。

後ろ暗いことが多い輩の集まりやすい洞窟街ベランザだと常に見かけるが、洞窟ならではの光景なので、やはりこの明るい時間帯の王都で見かけるにしては珍しい光景である。


「あ、降りてきた」

「…いややっぱり多いぞ!」

「うえっ!?何匹、いや何千匹いるんすかアレ!」

「千どころか!万はいるんじゃないか!?」


コウモリたちは王城エリアをぶわっと覆い、一部のコウモリは鍛錬場へ急降下してきた。

鍛錬場には兵士が数十人、素振りや簡単な試合をしていて、さすがに異様な光景には気付いていたので即座に警戒態勢へと移っていた。


これが普通のコウモリであれば、何の心配もいらなかった。コウモリに殺られるような兵士はあまりいない。甘ったれた貴族のコネ兵士やコネ騎士でも、野生の獣ぐらいなら倒すことは出来る。たぶん。

ナイトパレードにいたあの嫌味な騎士でも、イノシシぐらいなら頑張れば倒せる。たぶん。いや訂正、イノシシだと死ぬかもしれない。


ましてや今鍛錬場にいたのはほとんどが平民出身の兵士、いくら多いとはいえコウモリ相手ならばかすり傷程度で戦闘を終えたであろう。


「天使召喚!」

「悪魔召喚!来てくれ!」

「ちょうどブラッシングしていて良かった、行け!!エリザベート!」

放たれる雷電(サンダーアロー)!」


ところが、契約している天使たちが召喚に応じられることはなく、魔法と既に喚ばれていたワーウルフのみがコウモリを攻撃した。数匹のコウモリが落ちただけで未だ多くのコウモリが襲い向かっている。


この場にいたワーウルフのエリザベート (♀)はコウモリに噛みついたが、別のコウモリに襲われ、甲高い鳴き声をあげながら還っていった。


召喚しようとしていた『天遣い』に『悪魔憑き』は、コウモリに群がられ、途切れた悲鳴をあげた直後には突然干からびて(・・・・・)倒れた。

ワーウルフ(エリザベート)の契約者は慌てて再召喚しようとしたが、彼も襲われて倒れてしまった。


「先輩!なんかやべーっすよ!」

「…ダッケル、こちらに!」

「先輩!?」

「シッ!静かに!」


先輩兵士はその光景を見ていたトムを引っ張り、近くの茂みへと押し込んで、自分も茂みへと潜り、簡単な隠蔽魔法を使った。


密閉される緑(グリーンクローズ)…、これでこの茂みはしばらく見つからないはず。魔法は通じるようだし、声は潜めてなら喋って良いぞ」

「先輩、なんなんすかアレ…!なんで俺らだけ隠れて!」

「馬鹿ダッケル、さっき干からびたやつを見なかったのか?あいつは中級兵士の中でも上位戦績だぞ、俺らでどうこう出来る状況ではない。それより、様子を見て上官に確実な情報を提供する方がよほど有意義だと思うぞ」

「た、確かにそうっすけどー…」


茂みからはなんとか外の様子を伺うことが出来た。


コウモリに魔法を当てた『非契約者』兵士を見て、『天遣い』たちも即座に魔法攻撃と武器での攻撃に切り替えて立ち向かっていた。

コウモリは数匹は殺られ、その倍の数で襲う、を繰り返して兵士の数を減らしている。

遠くからも混乱の声が響いているので、王城の周辺で何かが起きているのは確かであった。


「なんなんすか…なんなんすか!」

「俺にも分からない…!混乱し過ぎて逆に頭が冷えているほどだ。わめいても解決はしない、落ち着け」

「そ、うっすね、はい」


しばらく様子を伺っていると、2人の背筋がぞわりとした。

何が起きるのかと身構えていると、突然茂みの中央に赤黒い線が現れ、線に気付いた先輩兵士は咄嗟にトムを茂みの外へと突き放した。


「先輩!何するんすか、ってなんだこの線?」

「馬鹿ダッケル!分からんものに触るな!」

「先輩?」


先輩兵士に近寄ろうとして線を右足が越えた時、2人の耳には声が聞こえた。

歌のようにも聞こえる、落ち着いた中に氷のような冷たさを秘めた男の声は、エコーがかかったように王城エリアに響き渡る。


【白の園を閉じ込めて、黒の園を作ろう、血の園を祝おう、呑め、喰え、奪え】


その直後、線から上空に結界が形成され、トムの右足は切断された。隠蔽魔法で覆われていた茂みも切断され、魔法が解ける。

先輩兵士は何か叫んだがトムは痛みで倒れ込み、先輩兵士に声を返すことが出来ない。


トムが痛みで気を失いかけて咄嗟に気つけ薬を噛み、朦朧とする中で最後にはっきり見たのは、茂みから転がり出た先輩兵士の腕に抱えられた見覚えのある右足用(・・・)の兵士ブーツ、腕が血まみれの先輩、そして、血に反応して向かってくるコウモリの群れだった。



そこから先は意識がふわふわしていたが、身体がどこかへ運ばれ、大勢から何かを大きな声で叫ばれていた気がする。


トムが次にはっきりと意識を取り戻した時、最初に見たのは木造の天井と、冒険者ギルドの証であるバッジをつけたギルド医療スタッフだった。

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