140 今、分かること
冒険者ギルドは、非常事態の際に戦闘経験者が集まる場所として、ユラ大陸全域では常識となっている。辺境町ミチェリアのナイトパレードでも戦力は冒険者ギルドに集まっていたので、ミッツもなんとなく理解出来た。
昨日すぐに帰還せず王都に留まっていた冒険者たちだけでなく、元々王都にいた冒険者、謎の結界のせいで王城に近付けない騎士や兵士が冒険者ギルドに集まっていた。
「あっギルマス!サイ・セルディーゾが来たぞ!」
「おおっサイ!助かった、お前さんだけでもいてくれたら士気もまあまあ上がる!」
「まあまあは余計だ」
「冗談だ、めちゃくちゃ上がる。おい冒険者!兵士!騎士!ここからはギルドマスターである俺とゴッド級のサイが指揮をとる!この際、いがみ合う場合じゃねえのは分かるな!?」
「「「はい!」」」
サイとミチェリア組はギルドへ入ると、一度別れることにした。サイはミッツを連れてギルドマスターの元へと急ぐ。
フィフィ兄弟と『不屈の峠』の3人は他の冒険者に混ざり、情報をかき集めたり避難誘導に参加することにした。
「とりあえず座れ。っと、そっちが渡り人か?自己紹介をしている場合ではないが、今はまだ情報が集まりきってないからな。手短かにしておこう」
「ども」
「俺は冒険者ギルド王都本部のギルドマスター、及びサーフ子爵家が当主、ベイラッド・サーフだ。ベイラッドでもラッドでもベイでも好きに呼んでくれて構わん。ギルマスでもいい。だが今の時間はサーフとは呼ばないでくれ」
「なんで?」
「ベイラッドは元々サーフ家次男ということで家から離れてギルマスをやっていたんだ。だが実家であるサーフ子爵の当主を急遽受け継ぐことになったんだよ。しかしギルマスを中途半端に辞めることも出来なく、そのままギルマスを続けている。だから、ギルドマスターとして活動する時間帯はサーフ子爵とは切り離して活動しているから、ベイラッド個人として扱って欲しいんだそうな」
「へー、勤務時間中は社長、帰ったら一介のパパって感じでええんかな。まあええわ、よろしゅう。俺はミッツ。半年前にサイに拾われた渡り人ですわ」
「こんな時じゃなけりゃゆっくり話を聞きたかったんだが、情報が来たようだ」
ベイラッドの視線の先には、開けっ放しになったギルド入口で息を切らした兵士たちがちょうど到着していた。
「とりあえず確実な情報です!」
「おう!」
「王城を囲むのはたぶん結界の一種、詳細は不明。中にも入れず、おそらく出ることも出来ないタイプです。しかし内外の音は聞こえたので、生きている者がいれば会話は出来るかと」
「外に出ようとしたらしき兵士が結界ギリギリのところで干からびているような状態で目視出来ました!」
「中を飛び回っているのは、おそらくコウモリのような生物!詳細は不明!」
「結界ギリギリまで近づいて、咄嗟に触れてみた騎士の指が防具ごと削れました!触れるのは危険かと!」
そう言う兵士の後ろを、手を庇いながらギルドの奥へと速歩きで進んでいく騎士がいた。
片手は白い布で覆われて赤く滲んでいたので、指が削れた騎士本人だろう。慌てて応対したギルドスタッフによって案内され、医務室へと消えて行った。
その後すぐ、別の騎士たちが現れた。
「続報です!結界内の生きた騎士から少しだけ分かったことが!混乱しながらでしたので、ズレた情報かもしれませんが念の為!」
「なんだ、言え!」
「はっ!いつの間にか王城エリアに結界が形成されて、コウモリのような生き物に同僚が襲われたと同時に干からびていったということ!あと、コウモリのような、ええいコウモリと呼びます!コウモリと同時に謎の人影も見たと!」
「彼は、私の同僚は…、その直後、我々の目の前でコウモリに襲わ、おそわれっ、ひ、干からびました…!うぅぅ…っ!」
「コウモリは我々を見た後、兵団本部へと向かいました!おそらく、結界の外へは出られないものかと……あっ!あのコウモリ、目が赤かったです!魔物かと!」
「彼女は何故泣いている?いや、目の前で同僚が亡くなればそうもなるか」
「いえ……その同僚と彼女は、その、恋仲でして…近く結婚を控えておりました…」
「……そうか、貴重な情報だ。彼に敬意を後で送ろう。とりあえずギルドで顔洗って少し休め!おい、2階の休憩室へ案内してやれ!」
報告の途中で泣き崩れてしまった女騎士は他の騎士に支えられながら、まずは洗面所へと案内されていった。
ミッツは兵士と騎士の言うことを走り書きでルーズリーフへと書きつけていた。実は速記も出来るのだ。資格も持っている。資格はとても大事。
今分かっていることをまとめると、突如として王城を中心としたエリア全てを謎の黒い結界が構築されたこと。そして内部には魔物化したコウモリと思われる生き物がひしめいており、襲われると干からびて死んでしまうこと。
そして、既に相当な数の犠牲者が出ていること。
恐らく強力な吸血行動によるものと思われるが、詳細はまだ何も分からない。
「別の情報です!渡り人のピピビルビさまに聞いてきました。王都の壁は外部からの攻撃には耐えるようですが、内部で起きたことには対応外だそうです。見解として、王城に潜入、もしくは招き入れられてから敵意を現したのではないかと」
「なるほど…」
「あとピピビルビさまは、近隣から避難してきた多数の住民を匿い、更に愛用機?の、えー何だっけ、対星間機体用非常用バリア?で屋敷を守るのでこちらには来られないと」
「それでいい」
緊急事態ではあるが、その愛用機からのバリア展開はとても見たかったミッツである。まだ愛用機を見ていないからね。
ちょっとだけ気持ちがぐらついていると、また兵士が駆け込んできた。
「加えて続報です!結界内、現在、天使と悪魔、そして神獣や幻獣の召喚が出来ない模様!」
「はあ!?」
「様子を伺っていましたが、『悪魔憑き』も『天遣い』も魔法か剣で抵抗していました!召喚しようとして首を振り諦める者がいたので、可能性は高いかと」
「最悪…っ!」
「ただ、既に召喚されていたらしき幻獣、あと精霊の姿はなんとか目撃出来たし、魔法の発動も見られたので!おそらく生存者はいます!城の中まで見れたわけではないですが。あ、天使と悪魔の目撃情報は今のところないです!」
思っていたより悪い状況に、冒険者ギルドの中にいた者たちは騒然となってしまった。
追加で分かったのは、元々召喚されていたらしい幻獣や神獣と精霊はまだ結界内で謎のコウモリたちに抵抗しているらしいこと。天使と悪魔は結界外からでは確認出来なかったことである。
残念ながら、全て目撃情報なので推測していくしかない。
『天遣い』と『悪魔憑き』は、必要な時にならない限り契約天使たちを呼び出したりしない者がほとんどである。特に王城勤めのエリートたちともなれば、その傾向が何故か強い。そう考えると、天使と悪魔が王城に今いる可能性は低い。
幻獣や神獣は『獣使い』が常日頃から毛並みを手入れしたり構ってやったりすることがあるので、『天遣い』『悪魔憑き』よりも召喚している可能性が高い。
ミッツだって、モモチが準神グランドフェンリルの魔力から生まれたとかいう特殊な個体のフェンリルでなく、普通に『良き隣人世界』の獣と契約をしていたとしても、常日頃から喚び出して構っているはずだ。
要は、契約獣バカが多い。
『非契約者』は特に召喚することもない、というより出来ないので地道にコツコツと鍛錬をしている。おかげでフィジカル勝負だと強いのは大抵『非契約者』たちである。魔法使いとして強いのも『非契約者』。契約を抜きにして戦えば、強いのは彼らである。
「おいおい、なんにせよ戦力として冒険者をかき集めなけりゃならんのか!昨日上位のやつらは何人か帰ってしまったぞ!」
「王城には王族や騎士がいるのはもちろんだが、下男やメイドたちみたいな非戦闘員もたくさんいる!なんとか王城内で無事にいてくれりゃいいんだが…」
「その前に、サイ殿以外の四頂点はどうされたのです!!まだここにおられぬのか!」
「…王城だ」
「はい?」
冒険者ギルドや結界外にいた騎士の中でも偉い立場の人々が、いつの間にかベイラッドたちの周りで議論を交わしていた。
その中の1人が四頂点について問うと、そのゴッド級からぽつりと返答があった。
「俺以外の四頂点は、朝、王城へ呼び出されたと言うことで話し合いに向かったんだ。あの結界の中、あの王城の中で、王族の近くにいるはずだ」
「そ、それは…!」
「良かった、陛下たちは無事の可能性が高い!」
「ただし召喚が出来ないのであれば、ギルバートの切り札である融合は使えないだろう。キーラの十八番である天使との共鳴讃美も使えないはずだ」
「えっ、…あっそうか!天使と悪魔が喚び出せないのか!」
「まあ不足の事態にも対応出来る程度に、あいつらも魔法とか肉弾戦とかである程度は戦えるだろう。あと、陛下のフェニックスも普段は召喚されていないはず。一方でガルーダ殿下のガーゴイルは庭園にずっといることが多いから、もしかしたら喚び出されたままかもしれないが…」
「今ここから見て、フェニックスが召喚されている様子はないもんな。フェニックスぐらいの獣が召喚されていたら、さすがに状況はマシだろうし」
そう話していると、また騎士か兵士が駆け込んで来る音が聞こえた。
ギルドに駆け込んで来る兵士が3人、しかし情報提供のためではなさそうな様子だった。
女兵士2人に担がれる形で、ボロボロになって右足が無くなっている兵士が見えたからだ。本人は意識朦朧という状態で、担がれた腕はだらんとなって今にも危険な様子である。
「すみません!治癒術士を呼んでください!彼は結界傍の茂み近くで倒れていたのです!右足喪失、出血多量!手持ちの気つけ薬でなんとか意識を保っているところを発見しました!」
「何か結界内のことを知っているようなのですが、痛みのせいで意識が朦朧として、上手く話せないようで!」
「誰か上級治癒術士を!奥にいるはずだ!貴重な情報提供者かもしれん、絶対に死なすな!重症用の医務室はこっちだ!」
ベイラッドは立ち上がりながら指示を出し、慌てて3人の兵士を自ら医務室へと案内していった。
その後をサイたちも着いて行き、ミッツは念の為、学生鞄からある薬を取り出しておいた。