139 呼び出しと異変
「え、呼び出し?」
「そうですの!昨日の夜遅くに伝達がありまして、王家からの呼び出しは流石に拒否出来ませんわ…」
「すぐに用は終わるとは思うからよ、ちょっと適当にぶらついててくれや」
「おそらくいつもの用件でしょう」
朝、ウィスタリアのロビーでギルバート、ラロロイ、そしてキーラが並んで待っていたので、声をかけたサイとミッツはそんな会話を交わした。
今日はモモチもいたので、ミッツはモモチをラロロイとキーラにとりあえず紹介する。
モモチは初めて会うラロロイとキーラにふすふすと興味津々で、キーラは貴族令嬢には見えぬほど顔をニヤつかせながら撫で回している。ラロロイもキーラ程ではないがニコニコと顎をくすぐってやり、懐から干し肉を取り出している。
ギルバートも久々に会ったモモチのほっぺをむにむにぐりぐりと摘んで遊んであげた。
「うりゃうりゃ、お前ちょっと大きくなったかー?」
「きゃむむふふきゃふん」
毎日見ているミッツとサイはその言葉で、成長に気付いた。プチフェンリルのモモチは、生まれたての頃はラブラドールの子犬ぐらいだったのが今やセントバーナードのちょっと大きくなった子犬ぐらいになっているのだ。着実にすくすく育っている。まだギリギリ肩に載せられる。
一通り構い倒した後、ミッツは4人に問いかけた。
「いつもの?」
「いつも王族一家がゴッド級の話を聞きたがったり、ゴッド級でしか解決出来ないような極秘のクエストを伝えたりするんだよ」
「王妃殿下が公務などでおられない時は、サイも声がけされておりますのよ」
「へぇー」
ここでも王妃の謎の『獣使い』嫌いが発揮されているようだ。
ちなみにゴッド級全員が必要なぐらいの激やばクエストなら、呼び出しの後で四頂点の誰かがサイへ連絡を入れるらしい。
「まあいつものなら丸一日もかからないだろう。一応何日かは滞在しても良いようミチェリアに伝えてはいるし、いざとなれば明日に観光でも良い」
「せやな」
「さっさと話して、大遊技場行こうぜミッツ!オレ、お前に見せたいんだよ。大遊技場の奥にいる虹色爆毛ライオン」
「えっ何それ見たい」
「うーん、それじゃあ終わったら昨日の酒場来てくれよ。マスターなら待ちあわせに使わせてくれるだろ。あっ、王城行くならついでにフィジョールに声かけて来てくれよ」
「了解ー」
気になる言葉を残して、3人は城へ向かった。
とりあえず虹色爆毛ライオンがとても気になるが、大人しく待つことにする。
ウィスタリアを出た2人は、市場へまたご飯を食べに行くことにした。
市場に行く途中で、ミチェリアからのメンバーである『フィフイフィ』の双子、その10秒後には『不屈の峠』の3人がたまたま通りかかったので、全員で朝ご飯を食べることを提案した。全員に即了承を得られたのでぞろぞろと歩いて行く。
しかし、今日は市場もカフェも人がいっぱいでなかなか空いている店がない。そう、今日は世間的には休日、日本でいうところの日曜日である。王都の住民は優雅に朝を外食する者も多かった。
仕方ない、とサイは全員を連れて木漏れ日フクロウへ向かった。当然店は『CLOSE』の木札がかかっていたが、問答無用で扉を開けた。
「マスターおはよ、何か朝飯作って」
「お前うちのことなんだと思ってんだよ……作るけどよ」
「あ、俺パンケーキ作ろか?」
「パンケーキとはなんぞや!?食い物か!?俺は渡り人の奇跡をここで見られるのか!?」
「俺、そんな風に思われとるんか…なんや照れくさいなぁ」
卵や小麦粉…薄力粉があることを確認しながらミッツはマスターへ教えていく。
正直、ベーキングパウダーが欲しいところである。ないのかな、ベーキングパウダーみたいなご都合異世界産物。
そんなことをぶつぶつ言いながら、卵黄、牛乳、砂糖、ちょっとだけお塩を混ぜる。ミッツは片手で卵が割れる系男子だが、焦らなくていい。
その間にマスターにはふるいを持たせ、薄力粉を細かいものだけにしておく。その薄力粉を混ぜていたところにぶちこむ。
別のボウルで卵白を泡立てながら砂糖を少し加え、あとは嫌なことを忘れるためにストレスを全てボウルと泡立て器にぶつける。
ネチネチと言ってくる嫌な教師、モラハラかましてくる上司、コンビニで傘を買った瞬間に降り止む雨、バイト先で先輩に媚びるあざとい女、温暖化、近所でミントを庭に直植えするおっさん、なんでもいいのでストレス発散しよう。
ミントのおっさんは町内会と市と弁護士に訴えよう。たぶん勝てるぞ。
そうしてストレスを封じ込めたメレンゲを卵黄のボウルへ合流させたら、もったり混ぜる。
そして混ざったものを温めたフライパンに入れ………る前にフライパンを濡れ布巾で一度底を冷やす。それから生地を入れ、いい感じに両面を弱火で焼く。
そしてパンケーキを皿に5段重ねにし、学生鞄から取り出した生クリームを盛り付ける。そして蜂蜜をかける。
後はこちらを凝視してくる冒険者たちに提供するだけである。
「「「ふわふわ〜!美味しい〜!」」」
「双子が三つ子になったな…」
「女子とお子様舌ダブルスがシンクロするぐらい美味しかったんだろうね。いや、美味しいよ本当に。卵の味もしっかりしているし、こんなに膨らむものなんだね」
「ほんま?俺ホットケーキミックス無しで作ったことほとんど無いからちょっと不安やってんけど、俺としては納得しとらんのよな…。膨らみが足らん…。でもこれは美味しいから、マスターの仕入れが上手いんやろ」
「よせやい照れるぜ。ところでパンケーキってことは、これはパンなのか?ホットケーキミックスとは?」
「え?あー、うーんややこしいか、ごめん名前ホットケーキにしといて」
まだまだ子供である双子からおじさんであるティックまで、嬉々としてパンケーキを食べている。夢の蜂蜜たっぷりふわふわ5枚パンケーキ、いやホットケーキである。
モモチもはぐはぐと砂糖控えめのホットケーキを食べている。
「美味いならなんでもいい。ミッツ、ミチェリアに帰ったらまた作ってくれ。なんならミチェリアに帰るまでにも作っていいぞ」
「それは良いね。『不屈の峠』から食材を提供しよう」
「ぼくたちも!『フィフィフィ』も食材買うから!」
「はいよー。野営ではさすがに作るの面倒やから、王都におる間に作り置きしといて学生鞄入れとくわ」
「略すな略すな」
ついにストレージバッグを略し始めたミッツは久しぶりに料理出来たことが嬉しく、マスターにいくつかレシピを書いて渡している。
「マスター、これ。ホットケーキのレシピ、あとお酒のおつまみになるようなやつ。たぶんユラ大陸でも作れるんちゃうかな、知らんけど」
「え、そんな…いいのか?何々、ホットケーキ、揚げ海老、揚げ塩イモ、無限キャベツ、茹で塩豆……こ、これは…ふむ!こんなところでにんにくを!?こっちは…なるほど!」
「ミッツ、いいのか?いくつか商業ギルドには言ってないのでは?」
「ミチェリア帰ったら言うわー」
「こんなにいいのか!?あ、いやもちろん試作して、ミチェリアの渡り人レシピということを掲示して、客には提供するけどよ!」
「ええよええよ。マスター、ええ人ぽいもん」
食べて少しのんびりさせて貰いつつ、3人を待つ。何故かズルズルとミチェリア組も滞在しているが、ミッツも暇なので、7人で冒険者トークを楽しんでいた。
そのうち昼ごはん時になったので、ミチェリア組はそのまま木漏れ日フクロウでごはんを作ってもらった。
しかし、明光星が1つになっても四頂点の3人が酒場に現れなかった。いつもならもう戻ってきてもおかしくない、とサイは言う。
「おかしいな、余程やばい案件でも頼まれているのか?」
「雑談に花咲いてるんじゃない?ほら、渡り人の話題なんて尽きないじゃん」
「まあそれはあるかもな」
「あ、花で思い出した!私、この路地のアクセサリー屋で可愛い花のピアス見つけたんだった!今買ってくる!」
「ああ、行って来い行って来い」
「というか僕たち、別にゴッド級と約束はしてないからお暇するべきかな?」
「え、今更やん。あの3人来たら挨拶だけしぃや」
「それもそうだな」
木漏れ日フクロウをノルリエが飛び出して行った。
その1分後、ノルリエが飛び込んできた。
「早っ」
「ピアス売り切れていたのか?残念だったな」
「ち、ちがう!たいへん!サイさん!」
「!?」
息を切らしたノルリエの様子に、冒険者たちは身構える。
今回、王城へ集められた冒険者は町ごととはいえそれなり以上に腕の立つ冒険者ばかりである。ゴロツキに絡まれた程度では騒がないので、相当まずいことが起きていると考えるのが普通だ。
こう、例えば猟奇的殺人とか。
「ノルリエ、何があった?」
「王城!なんか変!」
「王城?」
全員で一斉に武器を持ち、木漏れ日フクロウを飛び出る。マスターも様子見がてら施錠して着いていくことにした。
木漏れ日フクロウは酒場であるので、近所に迷惑がかからないよう防音魔法がかけられている。その影響で気付かなかったが、路地や道では人々が立ち止まって王城を指差しては何か興奮したように叫んでいた。
「なんだ、あれは…」
「黒い、結界…?」
「いや!結界もあるが、中を何か飛んでいる!それも大量に!」
巡回中だったらしい兵士や騎士が走り回って、念の為に屋内へ入るように住民たちへ呼びかけている。
サイはその中の数人を呼び止めた。
「おい!俺はゴッド級冒険者サイ・セルディーゾだ!こっちにキング級も何人かいる!何があった!」
「へ!?ゴッド級!良かった、いやよくない!我々にもさっぱりで!ついさっき、あんなのになったんだ!」
「とにかくあんたらも冒険者ギルドへ!王城がああなって、結界らしいやつは騎士団本部とかも囲んでしまっているんだ!冒険者ギルドに集められる奴は集めることになってる!頼んだ!」
そう叫びながら騎士と兵士は野次馬の住民たちを帰るか建物へ避難するように叫んで走って行った。
野次馬も気味の悪い光景に、我に返ってさっさと帰宅していく。王城近くの住民は離れた知り合いの家や宿へ避難すると行って、どんどん解散していった。
「ノルリエ、あのタイミングでピアス買おうと思ってくれて助かった」
「そ、そうだね…!にしても、何があったんだろ…」
7人は屋内へ避難する人々を避けながら、黒く染まった王城を見上げた。
ミッツは鑑定のつもりはなく、ただ現役高校生の好奇心だけでスマホのカメラを起動させた。
王都観光中は素直に案内されているだけで忘れられていたスマホのカメラ画面には、こう書かれていた。
◆シャグラス王城◆
申し訳ありません。現在表示出来る情報がありません。異変が治まってから、再度の鑑定を推奨致します。
現在、内部の生存者数は不明。