138 吟遊詩人魚ライスター
「お邪魔するよ、貴き聖女さま」
「わたくしはよろしくてよ。それで誰に用事かしら?」
「んー、渡り人にね」
そんな会話をしたキーラは人魚を連れて、戻ってきた。
「どうも、新緑の賢者さま」
「ええ」
「獣の王さまも、久しぶり」
「その呼び名だと俺がすごい獣人族だと言うように聞こえるんだがな」
「ははっ失礼。でも改める気は今更ないよ。ここに渡り人がいると聞いてね、ボクは一目見たくなったのさ」
独特の呼び方をされて各自適当に返事をしている。一応知り合いではあるらしい。特に嫌そうな様子はない。
「相変わらずそう呼ばれるのね。わたくしは聖女ではありませんのに」
「うーん…、私も賢者というほどでもないんだが」
「2人とも、今その立場に一番近しいと思っているからつけたあだ名だよ。あっ、そこの狂戦士も久しぶり」
「誰が狂戦士だ。なんで聖女に賢者に王で、オレだけただの戦士なんだよ」
「ただの戦士じゃないよ。同郷の幼馴染のよしみでつよーい狂戦士に格上げしてあげてるんじゃないか。それに暴れるサマはまさに狂戦士といっても差し支えない、嗚呼、叙述詩が1つできそうだ!」
「よし分かったその叙述詩買ってやるオレの狂戦士っぷりをお前に叩き込んでやろう」
「やめてやめて、ボクの歌うことしか出来ないか弱い体がすり身になっちゃうよ」
同郷らしくフランクにギルバートと話した人魚の男は両手を軽く上げながら笑っている。ギルバートも本気ではなかったので、軽く肩を叩く程度にした。
そんな人魚は、ミッツと目があった。
「えーと、獣の王さま。彼が?」
「そうだ、渡り人冒険者ミッツ」
「人魚や…」
「ふふ、そうだよ。人魚族を見るのはボクが初めてかな?」
紺色のつるりとした下半身を水球内でビチビチと動かしてみせ、自己紹介をする。
「ボクはライスター・メッサーハ。ファジュラ国の都アベニアール出身のサメ系人魚、そして今はユラ大陸を旅する根無し草の吟遊詩人さ。ああ、人魚は基本的にみんな『非契約者』だよ」
「ライスター!お米の人!」
「おこめ?」
「なんでもあれへん。つか、サメって人魚になるんや…?」
「海の生き物で人間族みたいな知能や体も持っていれば、人魚族だね。んー、魚の獣人といった感じ?」
「はー、色々あるんやなぁ。あっ、俺はミツル・マツシマ。冒険者ミッツで活動しとる。『獣使い』でビショップ級、ここに来てからずっと一緒におってくれてるサイとパーティ組んどる。よろしゅう」
「へえ!孤独な獣の王さまに仲間が!詩にしていい?」
「恥ずかしいからやめろ、俺も狂戦士になるぞ」
「すり身はやだなー。獣の王さまのいないとこで勝手に歌うよ!」
「勝手に歌うんなら許可を取ろうとすんな」
ちなみにサメはれっきとした魚の仲間である。卵を産むサメは全種の3割程度だが、それでもサメは魚らしい。ただし普通の魚と違って、サメの骨は全て軟骨で出来ている。
一方でシャチやイルカは哺乳類である。
あとサメのすり身は、そのままちくわやはんぺんにもなる原料である。おいしい。
三重県伊勢市ではサメを塩干ししたものをタレに漬けた、さめのたれというものが有名である。お伊勢さんに捧げる神聖なものでもある。おいしい。
詳しく知りたいなら調べてみてほしい。おいでよお伊勢さん。お参りの後はおかげ横丁のおかげ犬くじも引いて帰ろう。おかげ犬は可愛いぞ。あと出来たての某あんこ餅を食べよう。
脳内でサメに関する情報を再生したミッツは、急激にちくわも食べたくなった。あとタレ繋がりでうな丼も食べたくなった。
誘惑を頑張って消し去ったミッツは、咳払いしてライスターに問いかける。
「それで、俺に何か用事?」
「そうそう。ボクは渡り人を語り継ぐことをメインとした吟遊詩人でね、色々ミッツに関する話を聞けたらなぁと思って」
「俺の話ってもなぁ、特に目新しいことないんちゃうのかな」
「お前、それはいくらなんでも謙虚過ぎる」
「それはオレも思うぜ」
「私も思います」
「あ、わたくしはあまり知らないのでミッツさんの話を聞きたいですわ」
相棒であるサイの言葉に、ナイトパレードのことを知るギルバートと精霊の瞳持ちであることを知るラロロイが続いた。
納得いかないながらもミッツはルーズリーフを開き、時系列順にユラ大陸でやってきたことを話す。
・まず気付いたら精霊に担がれてサイの元にいたこと
・『獣使い』と診断されて冒険者になり、サイが保護者兼相棒になったこと
・異世界チキュウから持ってきたお菓子や紙が無限に湧き出ること
・狼吼里フェリル領主の子供の誘拐を阻止し、獣人たちの信仰深き準神を復活させたこと
・ナイトパレードを予言し、その中でスライムの討伐方法を見出したこと
・今やミチェリアの名物となったモフモフカフェを設立したこと
・ミッツ自身の生い立ちとそのせい……おかげで精霊の瞳が開花したこと
・競売都ベリベールにて匿名のどでかいオークション出品をしたこと
それらをライスターは手持ちの分厚い手記に纏め上げ、ほくほくとした表情で懐に仕舞った。
どっさり貰ったルーズリーフも丁寧に鞄へと入れた。
「ふー…。いやはや、なかなかに色々やってるね。歌がいっぱい作れそうだよ」
「それほどでも?」
「半年ぐらいで起こす騒動の数ではないな」
「準神を復活させたのがすごいですわ」
「いや……それは精霊王の加護的なもんを貰っとったから…たまたまいけただけやし…」
とても、精霊王がショタコンだったおかげとは口が裂けても言えない。精霊に熱狂するエルフ族も店内に何人かいる中ではとても言えなかった。
「ではお礼に、渡り人たちの語りでも」
「おお、それは是非お願いしたいわ!ピピちゃんから大体は聞いたんやけど逸話があるんやったら知りたい!」
「ふふ。では…誰にしようか?さすがに短時間で全てを歌うのは難しいよ」
そう言いながらライスターは背中に掛けていた楽器を取り出した。
小さなリュートのようなソレをぽろろんと鳴らし、ミッツの選択を待った。
「何それ?リュート?ウクレレ?ギター?マンドリン?ウード?琵琶?」
「待って、そんなに似たような楽器で種類があるの?…これはリュートだよ。渡り人がリュートっぽいと呼んだからリュートという名前になったとされている」
「リュートではないんかいな。俺も詳しくはないんやけど」
「言ったのは海賊紳士バルバーロだったかな」
「おお。ほな、そのえーと、海賊王で」
「海賊紳士ね」
ユラ大陸では音楽は然程発展していない。だがライスターは地球のプロにも匹敵するぐらいの楽器の腕前を見せ、その曲に合わせてバルバーロに関する詩を語った。
海賊船長バルバーロ・アデッロは、気付くと海にいた。いや、先ほども海にはいたが潮の香りが全く違う。それに愛船が浮いたと思ったらすぐ着水したのである。
海は凪いでいたし周りに軍も、よその海賊船も、敵影どころか船1つなかったのに。
着水の衝撃で愛船に何もないかを確認すると同時に、大切な船員たちがいないこと、潮の香りがそもそも嗅いだことがないこと、さっきまで陸が見えなかったのに目視で陸を確認出来たことに気付いてしまった。
更に、海面と青空に見たことのない生き物を見、星が昼間から見えることを知った。
これは、明らかに異常である。さすがにバルバーロは冷静でいられなくなったが、聞こえた言葉で冷静さを取り戻す。
「アデッロ、ここはわたしたちのうみではないわ」
その声はあり得ないところから、知らない女の声で聞こえた。
しかしバルバーロは何故かその声を知っているような気がしたし、船首から聞こえていても不思議には思わなかった。
「レディ、貴女は、私の愛しのアヴェントゥラかい?」
「そうよ、わたしのいとしいアデッロ」
「そうかそうか。ここはどこなんだろうな、アトランティスかな。でも君が一緒ならまあ、なんとかなるか」
「そうね、わたしはアデッロとずっといっしょよ!」
「ありがとう。アヴェントゥラ……うぅん、アーヴィとでも呼ぼうかな」
バルバーロが船首から下を覗くと、自慢のアヴェントゥラ号に取り付けていた人魚の像と目が合った。
銅像だったはずの人魚は微笑みながらバルバーロを見上げ、バルバーロは疑うこともなく微笑みを受け入れた。
こうしてバルバーロは1人、いや2人でひとまず陸を目指し、そこでようやく異世界に来てしまったことに気付くのであった。
「……というわけで、アーヴィの操る船と海賊紳士バルバーロは当時貰った港町で蔓延っていた悪漢をぼっこぼこに打ちのめし、港を襲おうとしたクラーケンと巨大ハーピーと魔ウミヘビをまとめて縛り上げて王族へ献上したりしましたとさ」
「いや最後。最後や…何?」
「他にも、マレナ洞窟のグランドリッチ戦伝説とかあるけどまた今度ね。ボク、今日は夜に貴族のお屋敷でクラウスの語り弾きの予約入ってるんだ」
「うわ…気になる…」
「ふふ、またどこかで会えたら語ってあげるよ。と言ってもしばらくは王都にいるのだけれど」
リュートを仕舞うと、ライスターはぷかりと浮いた。
「新しい渡り人にも出会えたことだし、親しみを込めてあだ名をつけよう」
「それって獣の王とか、新緑の賢者みたいな?」
「そうそう。んー……、じゃあ獣の救世主で」
「獣の王に獣の救世主かぁ、俺とサイで主従みたいやな」
「お前はパーティメンバーで俺の相棒だからな」
「よせやい照れるで」
特に照れた様子もなく返答したミッツと四頂点は、水球でぷかぷかと浮いて出て行くライスターを見送った。
気付くと結構な時間になっており、未成年冒険者も眠たそうにしていることもあって解散することとなった。
冒険者たちは各自、代表であるサイと四頂点に礼をしてから酒場を出ていく。
「そんじゃ、俺たちもウィスタリアへ戻るか」
「せやねー」
「あ、サイにミッツ!お前ら明日は暇か?オレは大遊技場行く予定なんだけどよ、行くか?」
「お待ちなさい、わたくしも大庭園にお誘いするつもりでしたのよ」
「それなら私も博物館に興味ないか聞くつもりでしたよ」
「え、全部行ってへんし、全部気になる」
「昨日は市場と図書館しか行けてなかったもんな」
「せやせや。あ、でもフィジョールお姉さんの約束あるやん」
「そういえば。どうしようか、断る?」
うーんと悩むと、その名前にキーラが反応する。
「フィジョールさまというと、あの薬師の?」
「そうだ。明日午後にお茶でもどうかと誘われていたんだった。キーラ、知り合いか?」
「一方的に知っているだけでしてよ。でもお話はしてみたいと思っていましたの!もしフィジョールさまが良ければ一緒にいかがかしらね?」
「その辺は明日直接聞いてみようか」
「ところでなんで知ってるん?貴族ネットワーク?」
「ねっとわーくが何かは知りませんが、わたくしたち令嬢だけに限らず、王都に住む女性の中でフィジョールさまはちょっとした有名人ですわよ」
「あ?そうなのか?」
「何故?」
「そっ…それは…」
男たちに問われてなんとなくもじもじしてしまったキーラに、ミッツはピンと来た。
「ああ、もしかしてアレ?男装の麗人的な?気取っていないけどさっぱりした態度がまた堪らへん、みたいな?」
「そう!そうなのですわ!愛ではないけど恋してるみたいな感じですの!従姉はすっかり初恋を奪われてしまってますの!」
「うーん、罪作りな麗人」
翌朝、宿ウィスタリアのロビーで落ち合うことにした5人は解散することとなったのだった。