137 四人目のゴッド級
「あー疲れたぜ…」
「平民の方々にはやはりパーティーよりもこういう酒場を貸し切りにして差し上げた方が宜しいんではなくて?陛下のお気持ちも分からなくはありませんが…」
「そうだな、どんちゃん騒ぎ出来る方が有り難い。まあ普段オレたちが食えないメシ食えるのは経験になるけどよ」
「そうですね…私はどちらでも良いですが、酒場の方が楽しさはあります」
「わたくしはどちらも行きますが…こちらは気楽ですわよね」
話しながら入ってきたのはギルバート、ラロロイ、そして謁見の間で『天遣い』冒険者の先頭にいた女性…キーラだった。
そういえばサイが入店した時に、後で3名と言っていたな、とミッツはパイナップル炭酸水を飲みながら思い出した。
「よう、来たか」
「おうサイ。パーティーは終わったぜ、いつも通り混ぜてくれや」
「そのつもりだ。このテーブルの3席を空けてある、早く座れ」
「おうっ!マスター、オレはエール!」
「私は薬草ワイン」
「わたくしは季節の果実酒を」
手慣れた様子でギルバートとラロロイとキーラは注文をしていく。
3人は一息つくと、顔を覆うベールを外したキーラが向かいに座っているミッツに笑顔を向けた。
「ミッツさまですわね?謁見の間ではお顔しか見られませんでしたので自己紹介させて頂きますわ」
「あ、お願いします」
「わたくし、キーラ・クリアノイズと申します。『天遣い』ゴッド級冒険者で、パーティ『羽根の導』のリーダーです。あとクリアノイズ侯爵家の長女ですわ。貴族ではありますが、平民の方々とこうして気楽に過ごすことも好きですの、よろしくお願いしますわね」
「どうも、ミツル・マツシマです。渡り人のビショップ級で、パーティ『世界の邂逅』のNo.2であり末端です。地球でもここでも爵位なんてもんはない平民ですわ」
キーラが丁寧に裾を摘んでお辞儀をし、握手を求める。
握手に応じ、ミッツはまじまじとキーラを見る。
キーラ貴族ということもあるのか、どことなく気品を感じる雰囲気と立ち姿にベール、そして動きやすそうなワンピースタイプの冒険者衣装の女性である。
金髪は緩い巻き髪で、頭の後ろでお団子にされている。
そして、ワンピースの上部を含め、とても、悲しいまでにスレンダーであった。
「貴族令嬢と普通に話すんはこれで三度目やな、あ、三度目です」
「公の場でなければ敬語は不要です。わたくしは常にこの喋り方ですので悪しからず。それにしても、わたくしより前に貴族と交流が?あ、いえ、クエストで会うこともありますわね」
「クエスト抜きにしても三度目やで。言うても1人は元貴族らしいけど」
「……ああ、ダルダットとフィルバーツか」
「そそ、スコティちゃんとサリヤさんね」
サイが思い出して、ミッツが首肯する。
スコティ・ダルダット。狼吼里フェリルの領主であるダルダット侯爵の一人娘である。先祖はスコティッシュフォールド。現在ロリコン貴族に付け狙われている疑惑が極めて高い。
サリヤ・フィルバーツ。こちらは元子爵令嬢で現在は小人族の婚約者と共にのんびりとナルキス村で暮らす女性である。
モフモフカフェの調理スタッフのパスティ兄妹、いや三つ子に会いに、時々2人でミチェリアへ訪れてくれる常連さんだ。
ちなみにモフモフカフェの常連さんには常連の証である『肉球手形』というものが与えられている。
自分の好きな獣人スタッフの肉球もしくは手形を形どった木製のストラップで、常連さんがカフェに来店した際にそのスタッフがシフトにいれば、常連さんの傍でべったりとくっついてくれるというシステムである。
まあつまり、キャバクラの指名みたいなものである。発案者はもちろんミッツ。
そんなわけで常連さんとなったサリヤも『肉球手形』を持っている。
「フィルバーツ…。あら、フィルバーツ子爵のことかしら?」
「知ってはるん?」
「良い意味も悪い意味も知ってますわ。確か…子爵が男爵家の令息を夜這いをしかけたという噂が出ていましたわね」
「きも…」
貴族らしい話が出たところで、マスターが飲み物を運んできた。
「はいよお待たせ、エール大に薬草ワインに果実酒ロック」
「「「ありがとう」」」
「ロック?え、ロック?」
どうでもいいが、クリアノイズ家の領地はウイスキーの名産地でありクリアノイズ一族は酒豪でもある。
「じゃあ四頂点が久々に全員揃ったってことで…乾杯!」
「酒だー!」
「祝福を」
「呑みますわー!」
「統一感ないなー」
そうして各々が食事と雑談をぼちぼち進め、ミッツもすもも炭酸水を頼んだところで、気になったことを聞くことにした。
「そういや、なんでみんな冒険者なったん?特にキーラさんとラロロイさん」
「なんだ突然」
「いやだって、貴族とかハイエルフとかやったら別に冒険者やることあらへんやん。あっ事情あったら無理に聞くつもりないから」
「構いませんよ。私は…500年前、シャグラス王国が建国する前からの冒険者でしてね。ある方たちを探しているのです」
「冒険者制度ってそんな昔からあったんや」
「いえいえ、冒険者制度自体は1500年ぐらい前からありましたよ。ユラ大陸に文明が出来たのはもっと前です」
「へぇ〜…。で、誰を探してはるの?」
ラロロイはちょっと遠い目をしながらワインを口に含む。
「ハイエルフの長を。エルフ族の初代女王でして、エルフやハイエルフの中でも長寿で高貴な存在なのです。しかし、700年程前に突然消えてしまったのです。従者も一緒にね」
「あらま」
「エルフ族といえどずっと若くあるわけではないので…彼女は今、2800歳ぐらいのはず。生きておられれば、外見は初老のお婆さんになっていて不思議ではない。従者のアルドさまも2400歳ほどなので、ハイエルフのお爺さん…いえおじさんになっているかと」
「エルフのお婆さんとおじさん」
「同胞は300年ほど探して諦めましたが、私は探す途中で冒険者になり、今も彷徨いながら探しているのですよ」
「ほあー、従者さんはアルドさんで、エルフの女王さんは何て名前?」
「ナージェードさまです。エルフの森のナージェードさま」
ラロロイが500年以上探しているのに自分が見つけられるわけないとは思いつつ、一応ルーズリーフに書き込んでおいた。
もしかしたら精霊の瞳が良い仕事をするかもしれないし。
「で、キーラさんはなんで?」
「ちょっと!ラロロイのお話の後にわたくしの理由なんて霞んでしまいますわ!?」
「ええからええから」
「…わたくしは、貴族である前に1人の女の子でしたの。冒険譚に憧れる、少しお転婆な女の子でしたわ」
「あ、それで冒険者になりたい、と」
「そ、そうですわ!お父様にはもちろん反対されましたが、実力を見せつければよろしくて?と思って、ゴッド級にまで登りつめましたわ!」
「おお、めっちゃすごいやん」
むん、とキーラが力こぶを作るポーズを取る。細腕で力こぶはほとんど見られなかったが、ゴッド級であるからには相当な苦労と確固たる実力があるのだろう。
「ついでにギルさんは?あとサイも」
「オレ?オレはまあ、貧乏暮らしでよ。力だけはあったから金を稼ぐのに冒険者はちょうど良かった。ファジュラでは……ああ、オレはファジュラ国の生まれな。あっちじゃダンジョンがいくらでもあるからよ、潜って殴って、そしたらいつの間にかキング級にいてよ。こうなったらテッペン目指すしかねぇだろ?」
「うわかっこよ…。冒険者らしい理由やの。しかも夢叶えとるし」
「へへ」
「えーと、サイは?なんで冒険者なったん?」
「んー?ノーコメント」
サイはふわふわ笑いながらエールを飲んでいる。
まだ秘密ということらしい。
「お花を摘んで来ますわー」とキーラが席を立った隙に、ギルバートとサイがミッツの肩を掴んで小声で会話を始めた。
「今の内に言っておこう。キーラの二つ名は『崖の貴婦人』だ。だが本人の前で絶対に言うな」
「『崖の貴婦人』?えらい固そうな名前で…」
「まだゴッド級でなかった頃に断崖絶壁から落ちて、無傷で這い上がってきたことが由来、とされている」
「されている」
「表向きの由来がそれな。本当の由来は、ほら、見事に胸が、その、な?断崖絶壁だろ?」
ギルバートが胸部辺りで手をくるくる回す。
はっきり言ってしまえば、貧乳である、と言いたいらしい。
「まあ…せやな」
「その由来をあいつも知ってはいる。が、からかって直接言った冒険者が翌日ぼっこぼこにされてギルド前に放置されたことがあってな。犯人は分かっていないことになってる」
「怖」
「だからまあ、言ってやるな」
「はーい」
ミッツはしっかりとルーズリーフに記載した。
記載ついでにラロロイの二つ名を聞いていないことに気付く。
「ラロロイさんの二つ名は?」
「私ですか?『星を辿る賢者』と呼んで頂いてます。賢者などとお恥ずかしいですがね」
「ラロロイはぴったりじゃないか」
「そうだぜ」
「えーと、『銀の魔王』に『黒染め男爵』、『崖の貴婦人』、『星を辿る賢者』。すごい。賢者と魔王だけ異様にかっこええ」
「そうなんだよな。オレ、男爵なんだよな。オレだってせめて公爵とか王とかのが良かった」
「黒染めの王って悪役感半端ないからそのままでええんちゃう?」
キーラが入口近くのトイレから出てきた時、ちょうど酒場の扉がまた開いた。
キーラは音につられてそちらを見る。
「こんにちは、いやもうこんばんはかな?」
「いらっしゃい、と言いたいとこだが今日は貸し切りだぜ」
「そうみたいだね、でもピピビルビから話を聞いたから来てみたのだよ」
「あら、ライスターさまではありませんか」
下半身が魚の男性が、店に顔を出した。
魚の部分は水球に浸かり、ぷかぷかと浮いたまま店へと入ってきた。