136 木漏れ日フクロウとドラゴニュート
城から出た冒険者たちは迷うことなく、ある場所へと向かった。徒歩15分。
王城エリアからは少し離れ、市場に近い場所に酒場や雑貨屋がごちゃごちゃと並んでいる。並んだ店の中にある酒場らしい店へ、サイを先頭に歩いて行く。
周りをよく見たら、昨日ミッツと共に来ていた場所であった。
『木漏れ日フクロウ』と書かれた、フクロウを形どった看板を掲げた店の扉には『貸し切り』と書かれた木札があった。それを無視して扉を開け放つと、ミッツが思っていた通りの酒場が見えた。普通の酒場である。
中へ入ると、ドワーフ族の男が客のいない店内を走り回っていた。店内はそこそこ広く、テーブル席がいくつかとカウンター席もある。
「マスター、予約!獣!冒険者!38名!後で3名!」
「来たな!入れ入れ、用意はちゃんとしてあるぞ!」
どやどやと冒険者たちが入って行くと、各々好きなテーブルへと分かれて行った。カウンターに向かう冒険者もいる。
ミッツはサイに手招かれて、奥のテーブル席についた。5人分の椅子はあるが、何故か誰もこのテーブルには近寄って来なかった。
フィフィ双子もさり気なく隣のテーブルにつき、話せる位置にいるが同じテーブルにはつかなかった。
「ん、ああ。気になるか。このテーブルは後で埋まるんだ」
「あ、そうなんや。んで、この店はみんな常連なん?なんか慣れとる人多いけど」
「ここは客の9割が『獣使い』の酒場なんだ。『獣使い』が不定例会から追い出されたら、大体はここで慰労会というか、まあ飲み会をするんだ」
「マスターは『悪魔憑き』だけど、『獣使い』になりたかったんだってー」
「マスターは『悪魔憑き』だけど、相性の良い悪魔がいなくてまだ契約してないし、もこもこした動物みたいな悪魔が良いんだってー」
「「そんな悪魔、なかなかいないのにねー」」
「うるせぇな!心の傷広げんな!余所行ってくれていいんだぞ俺は!」
マスターが言い返しながら飲み物を聞いて、すぐに飲み物を運んでいる。同時におつまみになる豆なども持ってきていた。他に店員はいないらしく、マスターのワンオペ状態である。
ミッツも適当に選んで、さっさとグラスを持つ。
乾杯の音頭をとるのがサイ、かと思いきや別の冒険者がよいこらしょと椅子の上に立つ。どうやら飲み会の時は乾杯をとる者が決まっているらしい。サイは当たり前のように足を組んでそちらにワインのグラスを向けている。
「えーでは、堅っ苦しい場所からの手っ取り早い解放を祝って」
「不敬じゃねえか」
「不敬上等!というか、おれら『獣使い』が敬うのは王妃以外じゃ!」
「そうだな!」
「「「王妃以外の王家に!」」」
「「「かんぱーい!!!」」」
乾杯を済ませると、冒険者たちは飲み物を傾け、おつまみを食しながら雑談を始める。
ドワーフのマスターはどんどんと作っていた料理を厨房からテーブルとカウンターへ運んで来る。低い身長だががっしりとした腕で、手早く運んでは戻ってを繰り返している。意外と俊敏である。
どうやら昨日、サイが店を予約した時に料理をお任せで頼んでいたようだ。
あらかた運び終え、好きに食べて飲んでいる冒険者を確認すると、マスターは椅子を持ってサイとミッツのテーブル近くに座った。手にはエールが注がれた特大ジョッキが握られている。ドワーフにとても似合っていた。
「今回はどうだったんだ?」
「いつも通りだぜ?と言いたいところだが、王妃殿下は今回少しだけ迷っていたな」
「迷ってた?」
「こいつを残そうとしていてな。結局キッパリ断ったが」
「ども」
サイが隣で林檎酒に挑戦していたミッツの肩を掴んで引き込む。ミッツは酒場のマスターにぺこりと首だけでお辞儀した。
ミッツは16歳で日本では未成年であるが、シャグラス王国の飲酒出来る年齢は15歳から。今だけは日本の法律から解き放たれている。童顔のせいでこちらでも未成年と思われかけているが、今だけは成人している。許して欲しい。
林檎酒ならアルコールちょっと弱いし甘い、と思って挑戦し、思ったよりイケるなぁと思ったが1杯でやめておくことにした。万が一帰れた時に呑兵衛になっていたらちょっと怖いし。
よく思い出したくもないが思い出したら、実の両親はよく酒を飲んではミッツに暴力を奮っていたし、家の片隅にはハイボール缶やビール瓶の山があった。あとアル中気味だったと思う。酒に強い体質を遺伝しているかもしれない。
「こいつはミッツ。俺と今パーティを組んでいる『獣使い』のビショップ級だ」
「あぁ?ソロのお前がパーティ!?ビショップ級と!?」
「ただのビショップ級なら組まねぇよ。こいつ、渡り人」
「渡り人…?…まさか!ミチェリアの!?」
「知ってるのか?」
「俺、有名人?」
「飲食店業界で知らねぇやつはいねぇよ!あ、俺はこの酒場『木漏れ日フクロウ』のマスターでオウル・バッカスだ!ドワーフだ!名前で呼ぶ奴はそういねぇから、マスターでいいぞ!」
マスターは椅子から降りて、ゴツゴツした手で握手を求めてきた。ミッツも立ち上がって握手に応じた。
「炭酸水!アイス!味付きノッキ!クッキーを型取るアイデア!全部、ミチェリアにいる渡り人からもたらされたって噂だ!王都でも流行の兆しは見えている!なんだ、冒険者だったのかよ!」
「どうしよ、事実や」
「料理人かと思っててよ。中でもノッキとシロップ炭酸水はうちでも扱ってるぞ!おかげで子連れの客にも楽しんで貰えるし、何より家内と娘がシロップ炭酸水が好きでな!……そうだ!冒険者ども、酒飲めねえ奴と未成年いたな!」
「「うぃー」」
何人かがジュースか水を片手に、フォークを咥えながら手をあげる。
「酒のような爽快感を味わえる飲み物があるぞ!」
「「お酒みたいなの?飲みたーい!」」
「本当か!?俺あのシュワシュワは好きなんだが酒精がダメでよぅ!」
「俺もだ!酒精のないやつがあるなら飲みたい!」
「私は…どちらもダメだからこのままでいいわ」
「まあその辺りは個人の自由さ。よし、飲みたいやつはこっち来い!味を選ばせてやる!」
マスターはカウンターの内側に回ると、氷冷室からフルーツシロップをいくつか取り出して嬉しそうに説明している。
カウンターに集まった冒険者は10名程度で、種族は人間だったり獣人だったり様々だった。
その中に一際大きい冒険者がいた。おでこのツノと爬虫類のようなしっぽがとても目立っている。
「あ、え、ドラゴン?!」
「違う違う、あれはドラゴニュート。ちょっと違うが、言うなればドラゴン系獣人のような種族だな」
「かっけー!…ドラゴニュートいうたら、あれちゃう?狼吼里フェリルの神狼王復活を知らせて回ったっちゅう…」
「おおそうだ、よく覚えていたな。ライラム!それ受け取ったらちょっと来てくれ!」
ライラムと呼ばれた大きい冒険者はすもも炭酸水を手に、のしのしとやってきた。
ドラゴンのツノを生やした生え際から真緑の短髪をオールバックにし、2メトーはある筋骨隆々の体は岩のようでありながらしなやかでもある。ドラゴンのしっぽは深緑のウロコがキレイに生え揃っている。
そして顔がワイルドイケメンの類。ゴッド級のギルバートとはまた別のワイルドさである。
「おう、サイさん。何か用か?」
「ちょっとこいつに紹介したいだけだ。ライラム・ドット、キング級冒険者だ」
「紹介って、このちびっこいのにか?」
「ライラム、このちびっこいのがミッツ。ビショップ級で狼吼里フェリルの救世主」
「この竜人ごときの不快で失礼な発言を撤回させて頂きたい、フェリルの救世主、ミッツ殿よ」
ドスッとその場で片膝を付くと、5秒前の発言を速やかに撤回して頭を垂れた。
話を聞いていた獣人冒険者もわらわらと近寄ってスライディング片膝付きをしてきた。キュキィィと木の床板から悲鳴が上がったので、素直に膝痛そうとミッツは思った。体育館とかで転んで膝擦るとめっちゃ痛いよね。
「え、ええ?」
「ミッツも覚えていた通り、フェリルでの神狼王の復活を3日で王都まで広めたんだよな」
「その節は大変、類い稀なる奇跡を起こして頂き…」
「あの、普通に喋って貰えたら助かるんで…あと普通にしてくれたらええですわ」
「そうか?なら普通に」
ライラムは立ち上がると獣人冒険者たちも立ち上がった。ライラム以外は離散させたが、各自席に戻ってからもキラキラした目でこちらを見ている。
「もう紹介されたが、俺はライラム。緑のドラゴニュートの1人で、キング級冒険者で。まだまだ若い163歳だ」
「あ、ドラゴニュート族は獣人の中でも長寿だぞ」
「へー……どこが若いか基準分からんけど、どうも。ミツル・マツシマ、冒険者名はミッツ。フェリルでうっかり神狼王を復活させた渡り人や。先言うとくけど、プチフェンリルのモモチは宿でお留守番や」
「………くっ…知ってた…!冒険者は王城に契約獣を連れ込めないもんな!だが挨拶だけしたかった!」
ちょっと悔しそうである。心なしか、キラキラした目で見ていた獣人冒険者たちも耳を垂れてしっぽをしょんもりさせている。
「俺ら、少しは王都にいる予定だから明日以降で時間があれば触ったらいいだろう」
「それはそうなんだがよぉ、ミッツ殿、いやミッツさん、あれはやらんのか?」
「あれ?」
「モモチさま握手会。ベリベールでやったんだろう?」
「知られとるぅ…」
競売都ベリベールで行った握手会は、獣人たちに広く知られているらしい。
「王都におる獣人ってどんぐらい?」
「ベリベールの5倍ぐらいじゃないかな」
「そのぐらいかな」
「半日やと無理かぁ。サイ、どんくらい王都におる?」
「5日ぐらいかな。双子もそのぐらいいるだろ?」
「「そのぐらいいても文句言われないんじゃないかなー」」
「でも帰って報告もしないとだけどねぇ」
「そだねー」
「んー、ほな…3日以内にゲリラ開催っちゅーことで。冒険者ギルドからまた発信してもらお」
「分かった。周りに噂だけバラ撒いておこう」
ライラムは約束を交わすとがっちりと握手をし、ドラゴンのしっぽをぶんぶん振りながら自分の席へと戻って行った。
ミッツとサイが落ち着いてトマトノッキに手を伸ばした時、貸し切りであるはずの酒場の扉が開かれた。