135 謁見からの解放
「陛下、話は済んだかしら?」
ずっと黙っていたアメリア王妃がエルバード国王に問いかけた。
アメリア王妃以外の王族が話し合っていた間もじっと前を見据え、やっと話し出した今も淡々とエルバート国王を見ている。
その様子に王子王女はビクリとし、ガルーダ王子は俯いてしょんぼりとしてしまった。
「ん……ああ、大体な。随分と脱線してしまったな、ミッツよ。貴重な話を聞かせて貰った」
「モフモフカフェのことでええんなら、いつでも報告させて貰いますわ。何せ、えーと、あれ、『王族認めとるで紙』くれとりますから」
「ミッツ、『シャグラス王族公認状』だ。王族しか合ってないぞ」
「あっそれそれ。あれ店内にあるから、強引な貴族を追っ払えて便利なんすわ。俺の知らん内にいつの間にかあったんやけど」
「父上、すみません。どのみち必要かと思って、この前僕が許可の判を押しました」
「許可は良いが、強引な貴族についてはまた改めて報告をするように」
「陛下、また脱線しておりますわ」
「おお、すまないな」
「終わったのでしたら、あの者たちをさっさとお帰しになって」
あの者たち、とアメリア王妃は袖から取り出した扇で『獣使い』の列を指す。
扇は位の高い貴婦人が使うに相応しい、シルクで華やかなレースに彩られたものではあったが、その持ち主の目は憎々しさで溢れている。
「アメリア…どうしてもか?集まってくれた冒険者には王城で英気を養って貰おうと簡単な立食パーティーをいつも開くではないか。『獣使い』は私とガルーダを除いて、このところ参加したことが全くないぞ」
「そのような穢らわしい者たちなぞ、本来であれば王城にも入れたくありません!何度貴方とガルーダが『天遣い』か『悪魔憑き』であればと思ったか!この際、無能者でも構わなかった!私がもし女王ならばこの国からとっくに排除しておりますわ!」
「アメリア!いつからそのようなことを!」
国王と王妃が言い合いに発展して剣呑な雰囲気が漂った。
問題発言を連発していたが、中でも無能者はとてもよろしくない。ラロロイは感情をうまく隠したが、『非契約者』たちからは少し殺気が漏れている。
無能者は、数十年前までユラ大陸に蔓延っていた『非契約者』の差別用語のような言葉である。200年程前の考えは、『良き隣人』と契約出来ない者は無能である、が主流だったので、無能者と呼ばれていた。『獣使い』がまだマシな時代もあったのだ。
平民が使うスラングでもあったが、貴族でも使う者がいる。
数世代前にはシャグラス王国で使われることはほぼ無くなったが、こうして使う人がまだ少なからずいる。
歴史とはそう簡単に変わらない。
そんな剣呑な空気の中、サイ、続いて『獣使い』冒険者たちが胸に手をあてて略式の礼をとった。ミッツは訳が分からず、それでも慌てて周りに倣った。
『非契約者』たちはハッとして『獣使い』たちを見、殺気を放ってしまった冒険者は慌てて冷静になった。
「陛下、ご配慮ありがとうございます。しかし我々も不定例会が終わったのであれば引き上げる所存でした。どうか案じられぬよう…、皆様でご歓談ください」
「むう…分かった。後で『獣使い』たちで楽しめるよう、冒険者ギルド本部か、いつものところにでも金子を送らせるとしよう」
「出来ましたら冒険者ギルドではなく、『木漏れ日フクロウ』という酒場に届けて頂けると幸いです」
「木漏れ日フクロウ、いつものところだな。相分かった、宰相、頼む」
「このあと届くように手配します」
礼を解いた『獣使い』たちがさっさと出ていこうとしていると、アメリア王妃は少しだけ考えて声を出した。
「…いえ、待ちなさい、『獣使い』の渡り人」
「はい?」
「『獣使い』とはいえ渡り人、それも貢献している者。ならば、心底嫌ではありますが、もてなすべきと考えますわ。チキュウでの話も聞きたいから、お前だけ残ってパーティーに参加しなさい」
「え、嫌ですけど」
断るとしてもキッパリノータイムで断ると思ってなかった周りは驚いた。
「だって俺、なんやかんや言われてもやっぱり『獣使い』やもん。付加価値があるから仕方なく誘われるん、気分悪いわ」
「なっ!付加価値などと!」
「だって、俺が元々この世界の住民でたまたますごいことした『獣使い』、やったら誘わへんやろ?ただ俺がちょっと迷いこんだ珍しい人間やから興味持っとるだけで」
「それは…」
「それに、なんや王妃さまドロドロしとるし、怖いわ」
「は!?なんですって!」
「あー渡り人権限があるかは知らんけど、嫌なことは俺は嫌って言いますさかい。万が一俺の可愛い可愛い契約獣のモモチと契約解除せぇとか言われる前に俺も退散します。すまんやけど、王様、失礼します」
「…ああ、行って良い」
「お待ちなさい!あまりにも不敬ですわ!」
「すんませんねぇ、俺は未成年の渡り人なんでこっちの法律も礼儀も知らんのですわぁ」
女性に対してドロドロしている、なんて王侯貴族からは考えられない発言と適当な言い訳をして、ミッツは冒険者たちの列に続いて歩く。
ミッツが出口でさっと振り返ると、精霊の瞳でじっとアメリア王妃を見つめた。
何度見ても、扉が閉まるその瞬間まで、アメリア王妃の体は黒いドロドロ包まれていた。
謁見の間の扉が閉められると同時に、サイはミッツにちょっと注意した。
「ミッツ、婦人に対してドロドロしてるはちょっと不敬だぞ」
「だってほんまのことなんやもん。なんや黒いドロドロがぶわぁって感じするもん」
「そうかそうか、まあとりあえず王城を出るぞ」
「あっその前に目、偽装してもろてええ?」
「…そうだったな。そこの騎士、他の『獣使い』冒険者を城門まで送って待たせておいてくれ。そっちの騎士は空き部屋を少し貸してくれ」
「「はい!」」
サイとミッツは案内された近くの小ホールで精霊ブレイアを久しぶりに喚び出し、ミッツの目に偽装を施して貰った。
特にミッツは分からないが、ブレイアとサイがうむうむと頷いているので、王城に入った時と同じ色になっているのだろう。ホールにあった鏡で見て、黒い目になっていると確認出来ると安心した。
日本人はやはり黒い目である。いや、そんなことなかった、たまに茶色の目もいる。いや、最近の日本人は様々な民族の血が入っているので、青い目もいれば緑の目がいてもおかしくない。カラコンもいる。
今はグローバル社会である、別に悪いことじゃない。ミッツのいた児童養護施設には隔世遺伝で目の色が違うからと捨てられた同期もいたので、ミッツは差別しない。
例えその目の色が不倫相手の青だったから公園に捨てられた子が、児童養護施設を出てから腐に目覚めて今は壁サークルになったみおちゃんで、自分も題材のひとつにされてしまった過去があったとしても、だ。
「ヒカルくん(ミッツが施設を出るまでの名)を参考にした貧乏男子と金持ち同級生男子の純愛プラトニック本、まあまあ売れたんや。今度この売上で焼肉行こうや。奢るで!」と、笑顔で事後報告と食事のお誘いをご丁寧に頂いたが、何故か嬉しいという気持ちは芽生えなかった。
ちなみに焼肉は行った。食べ放題飲み放題の未成年プラン、3000円也。
ホールへ案内した騎士に、ついでとばかりに国王公認筆頭薬師フィジョールへの連絡を頼んだ。王都へ来たら案内してもらうという約束をしていたので、一応知らせておこうと思ったのだ。
しばらく待たせてもらい、戻ってきた騎士から『すまない、今日は忙しい。明日の午後なら空いているから、少しだけお茶でもしようじゃないか。王城で待っているよ。』と書かれた羊皮紙メモを預かった。
これで用事は終わったので、騎士の案内で城門の冒険者たちと合流することとなった。
「お待たせ皆。では、二次会するぞ!」
「「おー!」」
「いつもの店だ!」
「「やったー!」」
「俺、初めて不定例会参加したんで、その店が楽しみです!」
「私も!」
「おお初めてだったのか!なら楽しめよぉ!いい酒結構揃ってるんだぞ!」
いつもがいつも同じメンバーというわけではないので、今回初めてその店に行く者もいるらしく、ミッツは気兼ねなく参加出来そうだとほっとした。
周りが既に仲良いグループで固まっていたら、なんとなく気まずい雰囲気になるからね。