134 王国からの渡り人報酬
「報酬?俺が?」
「お前以外にこの場に渡り人はいないぞ」
「おらんけどや」
そもそも身寄りのない渡り人には最低限の生活保障が与えられるらしく、そこに加えてユーヤやミノリ、キャメロンたちのような、シャグラス王国や他国に利益をもたらす渡り人には別途報酬を渡すらしい。
つまり、ピピビルビの渡り人講座で挙げられた名前は、基本的にユラ大陸に貢献した者の名前である。全員が全員、国に貢献出来るわけではないからね。
「うーん、例としてどんな?」
「過去に報酬を渡した渡り人のか?そうだな…、英雄ユーヤには王都から少し離れた町に小さな屋敷と菜園を貰いたい、あとは当時の第二王女ファウーラを嫁にしたい。そう報酬を願ったと記録されているな」
「王女さんを!?」
まさに古くからある勇者もののテンプレでミッツはびっくりした。スローライフに王女と結婚。とても王道だ。
「王女というか、ファウーラは元々バグレー王国の革命派であったシャグラス公爵の娘だった。英雄ユーヤと共に愚王を倒した仲間の1人の聖女、そしてユーヤの恋人でな」
「ほほう、英雄譚とラノベにようある恋愛」
「バグレーの愚王討伐後に誕生したシャグラス王国のの初代国王がシャグラス元公爵で、次女ファウーラは父親の娘であるから必然的に第二王女となり、そのファウーラをユーヤは欲したとされている」
「ほー!」
「聖女であり王女と英雄の婚姻は当時の王家としても願ってもない話だからな。おまけに2人は相思相愛だったという。父親として断ることはなかったらしく即座に許可が降りたそうだ」
「へー!でも俺は恋人とかおらんしなぁ」
「渡り人ピピビルビには王都の図書館裏に屋敷が欲しいと言われ、あとは定期的なベベロス鉱石壁の点検と引き換えにのんびりとした暮らしを要求したそうだ。本人もそう言っている」
「唯一ずっとおる渡り人やもんなぁ、ピピちゃん」
「ピピちゃん?随分可愛らしい呼び名だな、もう会ったのか?」
「一昨日、図書館行った時に会えたんですわ」
「そうか、それは良かった。渡り人同士にしか分からぬこともあるだろうし、たまに会ってやってくれ」
「はあ」
「渡り人クラウスと渡り人キャメロンは、2人共同じ要望であったな」
「ん?」
「『精霊信仰の国がある?エルフがいる?ならばアルテミリアに行ってみたい!』と、違う時代に来たのに全く同じことを言ったと記録にある」
「…あー、イギリス人やからかな?」
「なので、シャグラス王国の住民権とアルテミリア国への移住推薦状を渡した。あの国は渡り人に寛容な故、受け入れられた。2人共、自由気ままにどちらの国も行き来しておったらしい」
「次は渡り人ミノリ。彼女は菓子のレシピを己なりに及第点となるよう伝え、報酬として『カカオ』なるものを要望したらしい」
「カカオ!チョコレート食べたかったんやろか?でも小さい女の子にチョコレートの作り方なんて分かったんやろか?」
「食べたかったのかもしれんな。しかし今でもカカオらしいものは見つからず、そうしている内に彼女は亡くなってしまったのだ」
「ミノリちゃんのお墓ってどこにあります?俺、魔道具の無限菓子袋あるんでチョコレートお供えしたいわ」
「最後に渡り人バルバーロ。彼は港が欲しいと言ったので、爵位と北にある港町を領地に渡した。それに金銭を少しばかりだ」
「足洗った海賊っぽいわー…」
「と、こんな感じであるな」
「妖精世界ピオライアーの双子妖精は、その世界から来たのが初めてだということで記録に残っただけであるな。名前も分からぬし、すぐに亡くなってしまったようだし」
「ああ…残念やったなぁ」
ざっと歴代の先輩たちの報酬を聞き、ミッツは腕組みをして考え込んだ。そして1つ、閃いた。
「うーん、あ。カカオで思い出した。俺が今欲しいもの、あるっちゃありますねん」
「ほう?申してみよ」
「米」
「コメ」
オウム返しのようにエルバート国王が繰り返す。
ちなみにユラ大陸にオウムはいるが、カラーバリエーションがえぐいことになっている。300色ぐらいはいる。
「ユラ大陸にあるんは知ってるんですわ。孤島?連邦?」
「ミッツ、孤国連邦な」
「サイおおきに。孤国連邦のトキョ国にあるらしいんですわ、茶色い穀物やねん」
「ふむ」
「その米が、現地の人に迷惑にならん程度に、いっぱい欲しいです。一応ミチェリアの商業ギルドのタレゾさんには探しといてって言うたんですけど、今のところ音沙汰ないんで」
「分かった。シャグラス王国の勅命として米を確保しよう。商業ギルドとも連携を取らねばな。商業大臣、後は任せるぞ」
「かしこまりました。ミッツ殿、目処がつき次第ミチェリアへ連絡しますのでしばしお待ちを。必ず手に入れますので」
「やった!おおきに!」
「さて、他にはないか?」
「えー」
「ミッツ、モフモフカフェ関連でも布関連でもいいんだぞ。穀物だけではさすがに王族の立つ瀬がないぜ?」
「サイの言う通りである。ここにいる冒険者たちにも示しがつかん」
冒険者たちも滅多に見ることが出来ない渡り人への報酬授与の場面に出会えたことで、静かに興奮して見守っている。
「うーん、モフモフカフェなぁ」
「私も是非とも訪れてみたいんだが、何しろ国王であるからな。気軽に行きたいが、そうもいかぬのだ。まあそのうち視察でたまたま、本当たまたま辺境町ミチェリアに行こうと思っておるのだが」
「どう聞いても仕組まれた偶然ですやん……あっ」
ミッツはちょっと思いついた。どちらかといえば思い出した、の方が正しい。
「む、何かあったか?」
「えーと…無理やもしれんのですけど」
「無理なら無理と言う。構わぬ、申してみよ」
「ユラ大陸で、でっかい水槽って作れます?」
「水槽?ガラスの容器ということか?」
「そう」
「水槽は人魚族の町や港町で使われるからな、あるぞ。硝子細工公キャメロンの集大成の1つである」
「キャメロンおおきに…!ほな、ミチェリアにでっかい水槽付きの建物欲しい!水槽の横に階段つけて、あと滑り台もつけて…水槽2つ作ってガラストンネルも作って行き来出来るようにしても…、あ、今のモフモフカフェと距離離れてても構へん!」
「何を考えておる?」
ミッツの脳裏には今、修学旅行で行った北海道の有名動物園が蘇っている。
ガラス越しにシロクマが水へダイブし、ペンギンが空を飛び、アザラシがスーーーーーッと上へ消えていく、おそらく皆知っている動物園だ。
「モフモフカフェ2号店!水生動物専門のカフェを作るんですわ!ペンギン獣人もカピバラ獣人もおるしカバ獣人もおるし、今度アザラシ獣人とマナティ獣人がはるばる遠い町から出稼ぎに来てくれるらしいねん!」
「えっ!本当に!?アザラシ獣人とマナティ獣人!?」
「あの珍しいマナティさんがモフモフカフェに!?素晴らしいですわ!お兄様!絶対また行きますわよ!」
「ああもちろんだ!僕も2号店には個人的に出資していいかな!」
「私も!私もしますわ!」
「あっ。いずれモフモフカフェ3号店も考えとりますんで、その時はよろしゅう」
「「3号店!?それは何の専門!?」」
「兄上!姉上!ずるいです!ぼくもモフモフカフェ行きたいです!ねこさんとふれあえるんでしょう!?美味しいものが食べられるんでしょう!?ずるいです!」
「お前たち、バレているお忍びとはいえあっさり公言するでない。あとガルーダも連れて行ってやれ」
「はい父上」
「ガルーダ、今度一緒にこっそり行きましょうね」
「はい!ちなみに姉上のお気に入りはどの獣人さんですか?」
「私はクマとカピバラと犬が好きですわよ!もちろんねこさんも可愛いわね。あとロイヤルプリンアラモードパフェが絶品でしてよ!」
「ロイヤルプリンアラモードパフェとはなんですか!?」
「私たち専用の甘味なのだと、元執事のスタッフが申していましたわ」
マナティはこちらの世界でも珍しいらしい。ラウール王子とメノーラ王女がガタガタと玉座から立ち上がりそうな勢いで、ミッツに問いかけた。
ガルーダ王子はまだ幼いためか、上の兄妹に誘われていなかったことを抗議している。その場で今度連れて行くことを約束していた。
あと、ミッツの知らない内に王族専用メニューが出来ている。
最近はミッツがメニュー開発に関わらなくても、接客のプロたちと厨房のプロたちが勝手に作り出している。たまにミッツが行くと、事後報告で全て知らせてくれる。
ミッツは来る日が分かったら連絡をして貰えるように伝えた。さすがに王子と王女だと分かった今、他の客がいる状態で入店させるのはもう心理的に無理である。
後日、王城から連絡を受けたモフモフカフェスタッフたちが気絶しなかったのは、このやりとりがあったと事前にスタッフたちへ説明があったおかげである。
一気に年頃らしくなった子供たちを、苦笑しながら宥めたエルバード国王はミッツに約束をした。
「では、トキョ国の穀物コメ、そして特注の水槽付き店舗をミチェリアに、ということで今回は良いか?」
「俺としては十分やねんけど、そもそもミチェリアに建てれるとこあるんかな…?」
「む、そうだな。宰相、ならびに関連する大臣たちよ。エルバード・シャグラスの権限と王令により、辺境町ミチェリアの面積を北側に…そうだな、今のミチェリアの領土の半分ほどを新たに拡張、整備せよ」
「「はっ!」」
ミッツの目の前で拠点の町の拡張があっさり決定した。
カフェを増築、いや増設したいというささやかな願いのせいで町が広がることに驚いていると、満足そうな国王は笑いながら言った。
「少し辺境が開拓されるだけだ、気にすることはない」
「えー…」
「あ、それともう1つだけ」
「はい?」
「そのロイヤルプリンアラモードパフェというのは、今食べられぬのか…?王都にモフモフカフェの支店を作らぬか?」
「当店はいかなる身分と事情があれど、自分の決定だけで無理な案件を受け付けることはありません」
すらすらと標準語で答えたミッツだったが、帰る前に学生鞄にあるはずの作り置きプリンとホットケーキとアイスを献上して帰ろうと決めた。