130 ジャグラス王国の王族一家
「『獣使い』が嫌い?王妃さん、いや王妃さまが?まあでも冒険者の間でもなんやまあまあ嫌われとるやん、そないに不思議でもないんちゃうの?」
「公的な場で呼ぶ時は王妃殿下と呼ぶようにな。その王妃殿下なんだが、夫である陛下も第三王子殿下も『獣使い』なんだよ」
「そう。でも陛下と第三王子はいいんだってー」
「あくまでその他の『獣使い』が嫌いなんだって」
「よく分かんないよねー」
「「ねー」」
双子が仲良く左右に首を傾げる横で、サイが思いついたように提案する。
「ついでだから今の王族について、この待機中に少し叩き込んでやろう」
「御手柔らかに。ちゅうか今?今頃?」
「うっせぇな、礼儀とか伝えるのが精一杯でちょっと忘れかけてたんだよ」
ミッツは新しいルーズリーフを取り出し、一番上に『シャグラス王国の王族』としっかりめに記載した。
「まず今代の国王陛下である、エルバート・シャグラス国王。国王、すなわちこのシャグラス王国で一番偉い御方だ。さっきも言ったが『獣使い』で、神獣フェニックスと契約なさっている。国王で尚且つ神獣クラスと契約されているので、エルバート陛下がおられる間は『獣使い』に対する国内の差別はまだマシだ」
「そうなん?」
「そう、昔もっと嫌われていた時代なんて、閉鎖的な村とかだと『獣使い』の赤ん坊が生まれたら母子共に…なんてこともあったらしいからな」
「へぇ、怖」
「あと陛下はねー、足がちょっと悪いんだよー」
「完全には治せないんだって」
「だから杖を使っていらっしゃるよー」
「ほほう。車椅子とかないんか?」
「クルマイス?なんだそれ、椅子なのか?」
反応からして車椅子の存在がなさそうなので、また近々商業ギルドといつもお世話になってる職人たちのところへ行こうと決めた。
ついでにある乗り物も提案しようと思っている。これは前から作って欲しかったので、ちょうど良い機会である。
「まあいいか。では、次。エルバート陛下の妻であるアメリア・シャグラス王妃殿下。本人は『非契約者』。結婚前は公爵家の次女だった。さっきも言ったが『獣使い』を嫌っていることを公言されている。本当なら俺たちを城に入れることさえ嫌なんだろう」
「はー」
「なんで嫌いなんだろうねー、理由も言ってないのにー」
「なんか急に公言したよね、理由も聞いてないけど」
「え、そうなん?」
「ああ…。数年前に突然、嫌いになったと仰られたらしくな。だから元々、ちょっと肩身が狭い俺たちは、エルバート陛下によってイメージアップした、と思ったらアメリア王妃によってイメージダウンした」
「プラマイゼロやないか」
「そうだな。そんな王妃殿下だが、家族は別らしい。陛下と第三王子は『獣使い』でもギリギリいいらしいぞ」
「ええー…」
少しだけ憂いの表情を浮かべつつ、サイは次に王子たちの説明を始めた。
「次、ラウール・シャグラス第二王子。『非契約者』で、魔法にかなり優れている。国内の視察や慈善活動にも力を入れていて民からの人気も高く、王太子最有力とされている、実力のある御方だ」
「次期国王がラウール殿下なら安心だよねー」
「次期国王がラウール殿下って安泰だよね!」
「そうだなぁ。ああ、もちろん他の王子に王女も優秀だぞ?」
「へえ。暴君とかそんな時代やのうて良かったわ」
王妃の話より柔らかくなった顔でサイはミッツに説明を続けている。
双子も王子の話になってからより笑顔になった。相当王妃のことが苦手らしい。
「ラウール殿下の弟が、ガルーダ・シャグラス第三王子。『獣使い』でガーゴイルと契約されている。非常におとなしく、趣味は王城の庭園で花を育てることだそうだ」
「ガーゴイルも獣か精霊扱いなんや…?」
「あ?ガーゴイルは遺跡などを守る土属性の守護特化型の大型精霊だが?」
「精霊なん!???魔物ちゃうの!?」
「ちげーよ!エルフとか精霊女王に怒られんぞ!チキュウでは魔物だったのか?」
「架空のな!」
RPGとかアプリゲームでのガーゴイルの概念を思い込んでいたミッツは、ガーゴイルの下にきちんと『守護特化の精霊』と書いた。
そういえばスライムも最初は弱い魔物だと思っていたなぁ、と思い出した。今思えば、ナイトパレードが起こる以前にスライムに会うことがなくて良かったと思う。ナメてかかってえぐいことになっていたかもしれない。
「んで唯一の王女、メノーラ・シャグラス第一王女。『天遣い』で、ラウール殿下とガルーダ殿下の間に生まれている。兄妹仲はみんな良いな。甘やかされ過ぎず、厳し過ぎずってとこだ」
「へー、仲がええのはええことやな」
「まだまだ若いから結婚など考えなくてもいい、ずっと城にいてもいいんだよ。そう王子が冗談で言うほど仲が良い」
「ちょっと仲良しすぎるやないの」
「僕たちの方が仲良いもんー!」
「そうだよ!僕たちの方が仲良しだよ!」
「「ねー!」」
「兄妹と双子を一緒にするんじゃねえよ」
「いや双子やからって必ずしも仲良しなわけちゃうで、サイ」
王族について軽く説明が終わったところで、双子は知り合いの冒険者を見つけたということで会話を抜け、挨拶へ向かった。
ミッツはルーズリーフを見て整理をしている。
「んー、あれ?第二王子に第一王女に第三王子?」
「そうだが?」
「王女さんは間の子?」
「そうだ。年齢順にラウール殿下、メノーラ殿下、ガルーダ殿下だな」
「てことは、第二王子が長男?第一王子にはならんの?」
「「あっ」」
さり気なく王族についての説明を聞いていた若い冒険者たちがざわついた。
庶民出身が大半を占め、尚且つ若い冒険者となると、特に詳しく王家について知らないこともある。先輩にわざわざ聞くような機会も少ないし。
なのでせっかくだからとサイたちの説明を聞いていた若い冒険者たちも、ミッツの疑問で自分たちも疑問に思ったのだ。
「そういやなんでだ?」
「なんだっけ、なんかあったか?」
「普段ラウール殿下としか、いやぶっちゃけ名前呼ぶ機会もないし…王子としか呼んでなかったから…。そういや第二王子だったなー」
「じゃあ第一王子は別にいるのか?亡くなったとか?」
「亡くなったら国が喪に服すだろうし、さすがに俺らも知ってるんじゃないか?」
「そうだなぁ」
「それはね、第一王子本人が消息不明だからですよ」
待機部屋の『非契約者』側から近付いてくる者がそう教えてくれた。
女か男か分からぬ、いや性別など気にもならないほど整った顔をした者の耳はしっかりと長く尖っている。どうやらエルフ族らしい。
「久しいですね、セルディーゾ」
「これはこれは。本当に久しぶりだな、ラロロイ」
「今はソロではないのですか、随分と親しい友人が出来たようで。この老エルフの身からして嬉しい限りです」
「はは、俺ら人間族からは老いてすらいないように見えるんだがなぁ?むしろなんか若返ってない?まあいいや。こいつとは、友人というか保護者というか相棒というか。どのみち仲良くはしてるがね」
一房にまとめた新緑の長髪をたなびかせながら、厳かな雰囲気のエルフはにこにことサイとミッツを眺めている。自分を老エルフと呼ぶということは、相当に年齢高いと推測される。
胸にミッツは見慣れた、サイの耳にかけられたものとほぼ同じデザインのアクセサリーがネックレスとしてかけられていたので、ミッツはハッとした。
見慣れ過ぎて忘れていたが、ゴッド級の証をつけていてサイと親しそうに話すことが出来る者なんて限られている。
「始めまして、セルディーゾの友人。私は不可視の里のラロロイ。僭越ながらS級冒険者として『非契約者』の頂点の座を賜る者。どうぞよろしく、ラロロイとお呼びなさい」
女のような男のような、どちらとも言えずどちらとも言えるような、老若男女問わず美しいと思えるような顔でふわりと笑って自己紹介をした。
周りの冒険者たちも顔を赤らめながらチラチラと見てきているので、己の美的センスは間違ってないとミッツは自覚出来た。
「…そういや…それ、ゴッド級とS級の、えー、あれ、めっちゃ強いでって印やったな?」
「そうだが、何だと思ってたんだよ」
「あまりにも見慣れ過ぎて忘れとった。お揃いやなー仲良しかなー?、て一瞬思ったわ」
「お前な…お前だってビショップ級の証持ってるだろうが」
「見慣れ過ぎて装飾品か思ってた、うっかりさんやわ」
「うっかりさんにも程があるだろ、しっかりと持っておけよ。それ、道端とかで見つかったら最悪死亡したのかと思われるかもしれないんだから」
「あ、そういう判別方法あるんや…」