128 王城へ行く途中でする話ではないよね
ごめんなさい、5割方Gのおはなしです
観光と図書館講座の日の翌日、つまり王城へ行く前日、ミッツはサイに連れられて高級服飾店や高級品を扱うエリアにやってきた。
ミチェリアで買っている、いつも着ている冒険者服よりも更に良い生地の冒険者服を購入することが出来た。
サイも同じく良い生地の冒険者服を購入し、ミッツに声をかけていくつかの店へと立ち寄った。すぐに戻ってきたので話をしただけだろう。
宿であるウィスタリアへ帰ると少しだけ王城での絶対的マナーを学んだ。
「いいか?王城の物には触らない」
「いや、そらそうやろ。壊しても洒落ならんし」
「王城の者は全員貴族だと思え」
「貴族やのうても目上の人には行儀ようするで」
「言葉遣いも丁寧にな」
「俺の関西弁は染みつき過ぎとるけど、ちゃんと礼儀正しくは使うつもりやで」
「お前、やれば普通に話せるだろうが。あっ、あと基本的に契約獣や契約天使を王城内で出してはならない。有事は別。なので常に連れ歩いてるお前は、モモチを留守番させること」
「はーい、モモチー明日お留守番やでー」
「きゃーん」
このように、ほとんど日本の学生なら普通に常識として考え得ることばかりだったので、ミッツはたぶん大丈夫である。サイは改めて日本の教育にびっくりしていた。
ちなみに平民出身の冒険者や商人だと、こういうことが出来ない者もたまにいる。
警備のこともあるので、みだりに戦力となる者や物は持ち込まない。これもだいたい常識である。
その翌日、王城へ向かう当日の昼、明光星が2つになる頃が召集時間である。
ミチェリアの7人はウィスタリアのロビーで合流した。ロビーでモモチを預けると、まず冒険者ギルド本部と王城へ徒歩で向かう。
冒険者ギルド本部は王城の近くにあり、ミチェリア以上の堅牢で立派な建物にミチェリア以上の活気が満ちている。
今回は辺境町ミチェリア代表として来たのでこれから王城へ向かう、という報告をしに来ただけなので直ぐに出ることになった。
ギルドを出て周りを見ると、他にも強そうな冒険者がいっぱい王城へ向かっている。他の冒険者ギルド支部から送られてきた冒険者であろう。
ふと周りを見るとやたらと視線を集めていることに気付いた。主にサイが見られている。
ゴッド級であるということは、冒険者の中で最も顔を知られていることでもある。要するに有名人である。
サイを純粋に尊敬する目もあれば、一目で『獣使い』だと分かる為に嘲る目もあった。
王都は辺境町よりも差別意識が高いようで、ミッツはミチェリアに来て間もない頃を思い出した。ちょっと懐かしい。
あの頃に『獣使い』とミッツをちょっとバカにしていたミチェリアの一部の冒険者たちは、ナイトパレードを経てミッツのことを認め、モフモフカフェが出来てから本格的に土下座して謝ってきたので、一応和解はしている。モフモフカフェにも入店を許可した。
ただ私怨として、獣人たちには若干の塩対応をとってもらっているが、それが気まぐれな動物っぽいと却って逆効果になっている。
「お猫様に顔を踏まれたい」「マラミュートに膝へ全体重をかけて座って貰いたい」「怪我をしない程度にクマさんにビンタされたい」「いや多少なら怪我してもいい」「猫ちゃんにひっかかれるなら本望にゃんにゃん」などの感想をギルド酒場で交わすマゾが増えた気もするが、きっと気のせいだ。
そんな空気の中で声をかけてくる者がいた。
ナイトパレードで活躍し、モフモフカフェのオープンを楽しんだ後に浪漫の国ファジュラへ戻って行った『悪魔憑き』ゴッド級冒険者のギルバートだった。
「おう、サイ!ミッツ!息災だったか?」
「む、ギルバートか」
「あ、ギルさんやん、お久しゅう!2人とも元気やったで!そっちこそ元気やった?何しとったん?」
「まあまあだな。あれからファジュラでずっと『でっかいサソリモドキ』を駆除しまくってたぜ……やっと片付いたところでな、そろそろモフモフカフェに行きてぇって思ってたとこだったんだ。この召集が終わったらオレもミチェリアに着いていくからな!」
「それはいいが、『でっかいサソリモドキ』……ああ、『大サソリ』か。繁殖期だったのか、そいつはお疲れ様」
「おう。オレが戻ってしばらくしてから繁殖期に入ったらしくてな、いやほんと参った参った」
「でっかいサソリ?サソリモドキ?怖いなぁ、毒もすごいんちゃうん?地球のサソリは処理したら食べられるやつもおったけど、食べられるんかな」
サソリを動物園やテレビでは見たことがあるミッツはのほほんと尋ねると、ゴッド級である最強冒険者2人はすごく嫌な顔をしつつ教えてくれた。
ちなみに一緒にいたミチェリア冒険者5人もとても嫌な顔をしている。ノルリエは大サソリを思い出したのか、肩を擦っていた。
「えっサソリを食べ…いやそれはいいや。サソリには毒があるのはチキュウも一緒なのか。だが大サソリには毒はない。ないが、こう、なあ?」
「うーん…、毒はないんだが…あまりにも禍々しい何かを発している。食べる気になる奴は…いるのか?あと魔力とかそういうのではなく、こう、何か嫌な感じが…」
「はあ」
「そもそもサソリっぽい色とツヤをしているから大サソリと呼ばれているが、カタチがちょっと違うよな?サイ」
「いや、サソリよりもツヤがある。嫌なツヤなんだが、こう、黒光りというか」
「分かります…、大サソリってサソリと違ってハサミはありませんが生理的に近寄りたくないですよね。あっ、僕はキング級のシェラです、お久しぶりです」
シェラは思わず会話に入ってしまったことを謝りつつ、自己紹介もする。
ついでとばかりに他のミチェリア組も自己紹介を済ませる。
「おう、覚えてる、覚えてる。同じ『悪魔憑き』のキング級はさすがに覚えてるぜ。他のやつらも今覚えたぞ!」
「「わあ!嬉しいー!」」
「そりゃありがたいな。ゴッド級と顔見知りだと嬉しいもんがあるぜ」
「私も覚えてもらえるとかラッキー!ありがとうございます!」
「それにしても…大サソリか、あいつら本当に近寄りたくねーよな。でも繁殖期はすっげー増えるからどのみち駆除はしなきゃならんし、本当に嫌なんだよ」
「増えるとなったらやばいもんな…なんであんな増えるのか分かんねーし。ハサミは無いが這った跡はヌメヌメして触るとかぶれるし…」
「繁殖期っていつ来るか分かんないもんね…調べようにも、誰も調べたくないから全然情報集まらないし…。私も100万ユーラ貰っても大サソリの死体を調べたくない」
「同じく」
「俺も」
「僕も」
「ハサミが無い…黒光りのツヤ…繁殖…?」
ミチェリア冒険者組とギルバートが話している内に、ミッツはとてつもなく嫌な予感がした。嫌な想像もした。
そしめ否定して欲しくて、スマホを取り出した。こんな時のスマホである。
「もしもし!『大サソリってもしかして、あの、ゴキ!?』」
【地球のゴキ…しかるべき隠語を検索……、検索完了、台所の黒き害虫と生態は少し異なりますが、その通りです】
「うっわ、やっぱり…。見かけへんなぁって安心しとったんやけど……大きいんか…」
「大サソリの生息域は一応ファジュラ国だけ、のはずだ。それをお前、さもどこにでもいるかのような、お前」
「地球では温いとこやったらどこでもおってん」
「「「ヒェッ」」」
「小さいねんけど、こう、スキマからカサカサと…。殺虫剤吹っかけても…すぐ耐性つけるらしいし……『家で一匹見つけたら百匹おる』って言われとったし…」
ミチェリア代表組と周りにいた冒険者たちはその説明に息が止まりそうになる。
今までのスライムが物理的天敵ならば、でっかいサソリモドキは心理的天敵なのだ。
【ユラ大陸のゴ、大サソリ、は大きさが人間族の子供ほどです。攻撃力はあまりないです。地球のゴキ、黒い虫は主に熱帯地域や暖かいところに生息していますが、ユラ大陸の大サソリは砂漠や乾燥地域で生息しています。地球の個体とユラ大陸の個体を比較して何より大きく違うのは、這った跡にぬめりけのある分泌液を流すことです】
「えっ」
【この分泌液は人間族や亜人族、魔物にさえ皮膚炎症をもたらしますが、これはただの副作用であり、この分泌液の恐るべきポイントは…分泌液にタマゴが含まれているということです】
「た、タマゴ…!?」
【はい、目に見えないぐらい小さなタマゴです。コックロー、いえ、大サソリの体内で1日に生成される分泌液に含まれるタマゴは約100個とされており、その中の7割が確実に孵化し、約3日で成虫になります】
「「「キャアアアアァーーーッ!!!??」」」
スマホの周りで聞いていた冒険者とうっかり説明を聞き入った冒険者は想像し、あまりの衝撃の事実に甲高い悲鳴をあげてしまった。
ちなみに8割方、野郎である。
「な、なんだと!?タマゴ!?あいつらの這った跡に!?」
「一匹あたり100個!?そりゃ繁殖が止まらねぇはずだ!なんてこった…!」
「うわゾワゾワする…!ここにいるはずもないのに!」
「本当にいないよな?誰も持ち込んでないよな?」
「そこの冒険者!これから城行くって時になんて情報を!」
やんややんやと騒ぎ立てる冒険者。
「俺かてこんな騒ぎになるなんて思っとらんわ!もしもし!『地球の駆除方法と変わらんの?地球で効くものは効く?』」
【基本的には潰すしかないです、殺虫剤などを再現出来れば効きますが現状での再現は不可能です】
「よっしゃ、それ分かったらええ。よく聞け野郎ども!ええこと教えたる!ゴ、大サソリ避けに適した香辛料があるで!」
「「な、なに!?」」
「クローブや!スパイスのクローブ!あれにはゴキ避けの効果がある!少なくとも異世界ではそうやった!よって!来て欲しくないとこに大量に粉末を撒くなり吊るすなりしたらええかもしれん!」
「クローブ…!」
「俺そんなスパイスあるの知らなかった…」
「ただ大サソリが嫌うってだけで討伐は出来へんからな!」
「「ええー…」」
冒険者たちからの敵意は削ぎ落としたが、冒険者たちの気分もちょっとだけ削ぎ落としたミッツであった。
しかしこの情報のおかげで新たな駆除方法も生まれたので、決して無駄ではなかった。
【あと食べられます。えびせんべいのような味で栄養はあります。分泌液は人体に悪影響なので摂取はオススメしません】
「い、いらん!いらん情報!流石に食べへん!」
この情報で冒険者たちの気分は更に下がった。