127 宇宙人による歴代渡り人講座
「というワケで渡り人に関してお話しするヨー」
「はーい」
「なんで俺もいるんだ?別にいいんだが」
「サイ様はともかく、是非参加したいとは言いましたが、本当に私も参加してよろしいのでしょうか」
「ピピちゃんがええって言うてたし、ええんちゃう?」
王都図書館ラプラスの1階にある小さい会議室へ入ったピピビルビは並べられた机の前で歴史書とくたびれた羊皮紙を持って立っていた。羊皮紙は自前の渡り人メモらしい。
並べられた机にはミッツ、サイ、そして図書館司書であるビドワードが座っている。机には筆記用具と羊皮紙が置かれていたが、さり気なくもない動作でミッツが羊皮紙をルーズリーフと取り替えた。
ルーズリーフを手にとって眺めているピピビルビとビドワードはさておき、渡り人講座は始まった。
「まず最も有名な渡り人ネ。渡り人英雄のユーヤ。地球のニホンジンという種族で、記録上では一番最初で最強の渡り人だヨ。『非契約者』で、戦闘に関するスキルを持ってたヨ」
「ああ、己を召喚した愚王を討ち取った英雄だな」
「ソウ。その件で大陸一だったバグレー王国は滅亡、渡り人ユーヤは最強の英雄として崇められたヨ。えーと実家はボクシングという格闘技を教えるジムという施設を経営してたみたい。シャグラス建国後は冒険者などにはならず、『スローライフをするんだ!異世界スローライフはラノベの定番だからな!』と言って、のんびり過ごしたヨ。フルネームは…えーと、コレコレ。直筆のサインだヨ」
ピピビルビがくたびれた羊皮紙を見せてくる。確かに『黒川優也』と、少し雑な日本語でサインっぽく書かれていた。
その横に『最強の俺参上!』『異世界転生とかハーレムも夢じゃないな!』とか書かれていたが、ミッツは武士の情けで見ないことにした。
松島家は武士の家系じゃないけど。どちらかといえば商人の血が流れているけど。
そもそもミッツは松島家の実子ではないけどもだ。
「黒川、優也。こっち風に言うたらユーヤ・クロカワやな」
「クロカワと読むのですね、我々にはユーヤとしか名乗っておられませんでしたので…今回分かって良かったです。覚えておきます。更に付け加えるならばこの王都図書館の創設者はユーヤ様でございます」
「あ、やっぱり?」
「ミツル様は何故分かったのですか?渡り人の皆様には何かしらの予知能力などがお有りなのでしょうか…?それと、横に書かれている文字列は何かお分かりですか?」
「いや、まあ、えーと、色々あるんや、うん」
たぶん少し厨二病だったという予想、いや事実をどう話していいかも分からないし、説明出来たとしても武士の情けで伏せようと決めたミッツであった。
別に武士でも商人でもないけど。冒険者だけど。
「次の渡り人、庭園の改革者クラウス。クラウス・ジョンソン。地球のイギリスジンという種族で、庭師だったとか。この大陸にガーデニングという文化をもたらした渡り人だヨ」
「ほう」
「彼もワタシを見て『宇宙人!グレイ!』と叫んでいたヨ。懐かしいなァ」
「あー…せやろなぁ」
「彼は王国中に庭園を作ったり旅行したりして、最期は王都に大庭園を作り上げ、完成を見届けて亡くなったヨ。クラウス大庭園って名前になってて観光地になってるヨ」
「私もお会いしたことがあります。大庭園はエルフであれば一度は見るべき場所である、というエルフもいる程に素晴らしいですよ」
「へぇー。○ばなの里みたいなもんかな」
ミッツは関西で有名な植物園を思い浮かべた。
「次、彼もイギリスジンだネ。硝子細工公キャメロン。キャメロン・クロール。ガラスの製法を広めた男。ワタシの愛用機の割れてしまった窓に代用品としてガラス窓を嵌めてくれたのは今でも嬉しかったナァ。今もまだ割れてないヨ」
「はー、そらすごい。強化ガラスかな?」
「彼もワタシを『グレイ!アメリカに降りたのと同族か!?』って言ってたヨ」
「あー」
「ワタシたちはアメリカなんて知らないけどネ。それはともかく、この大陸にガラスがあるのはキャメロンのおかげだネ」
ミッツのモフモフカフェのガラス壁もキャメロンのおかげである。
ガラス技術のおかげで今日も猫系獣人はひなたぼっこ出来るし、お店は明るい。ミッツは心の中で感謝した。
「次、菓子の作り手ミノリ。アイカワミノリって名乗ってたから、ミノリ・アイカワってことだネ?9歳のおチビさんだったヨ。それでもクッキーやいくつかのお菓子の作り方をこの国に教えて、たった数年で亡くなっちゃったんだ」
「ミノリ様は…よく咳をなさっていましたね。定期的に病院にいたということで、何かご病気をお持ちだったのだと思うのですが」
「ビドワードさんも会ったことあるんや?」
「ええ、ミノリ様は確か200年ほど前にこの王都の道に突然現れまして、何が起きているのか分からず泣いておられたところを巡回中の兵士が保護したのです。その時、私も傍にいました」
「同じ渡り人ってことで城にワタシも呼ばれてネ、会いに行ったら『宇宙人さんだ!!ここ宇宙なの!?』って言われちゃったヨ」
「そら小さい子やったらびっくりするわなぁ」
ミッツは、ミノリが小麦アレルギーであった可能性とアレルギーの簡単な説明をした。
「アレルギー、そのようなものが…」
「ワタシの星ではない生理現象だネ。ギャパス星雲圏の食糧は基本的に全て等しいし、あまり食べなくても生きられて力尽きるまで戦えるように遺伝操作されているから」
「なんや怖い話聞いたような…まあええわ、次の渡り人は?」
幼女の話を聞いていたはずが、何故か宇宙人の生態の話でオチてしまった。
ミッツは話をそらした。
「えーと、次で地球の渡り人は最後だヨ。海賊紳士バルバーロ・アデッラ、種族はイタリアジン。大航海時代という戦乱の世からやってきた、しがない海賊の船長という職業だって」
「大航海時代の海賊の船長はしがないことないんやけどなぁ。いやしがないんか?俺詳しくないけどイタリアって大航海時代に関係あるんか…?」
「なんか、家出して海賊になったと言ってたヨ。彼は乗っていた海賊船ごとユラ大陸近くの海に落ちてきてネ、その時の乗組員は全員いつの間にかいなくなったらしい。おそらく…バルバーロと海賊船だけが渡れたんだろうネ」
「え、ほな他の海賊らって…海に投げ出されたんか?」
「タブン。それで、一緒に来た海賊船が魔道具化していたんだヨ。そろそろ足を洗おうと思っていた矢先のことで、これ幸いとユラ大陸で船製作の技術向上と漁業技術の強化を伝えたんだヨー」
「へー。海賊船の魔道具ってなに?」
「意志を持つ海賊船だヨ。船首の像が生きた像になって、船を自由自在に操れるようになったんだ」
「えっすご、ええなー」
「バルバーロはもう亡くなったけど、海賊船はまだ現役のハズだヨ。確か」
ミッツの見たいものがまた1つ増えた。生きた海賊船とか見たいに決まっている。
「で、地球以外の渡り人は3人確定だヨ。まずワタシ。説明省いていい?」
「うん」
「ありがと。最後、妖精世界のピオライアーという世界からは双子の『妖精』を名乗る2人が落ちてきたヨ。残念ながら妖精世界とユラ大陸の環境が違い過ぎたらしく、翌日には喋ることが出来なくなってネ…。1ヶ月間で衰弱しちゃって、亡くなっちゃったんだ…」
「…そうか、そないなこともあり得るんか…。地球と変わらん環境でほんまに良かった。その双子の妖精は残念やったな…」
ピピビルビは羊皮紙をくるくると巻いて筒へと仕舞った。大方話し終えたらしい。
「後は……、本当に残念な話なんだけど、落ちた場所が悪かったり、悪いやつに好きなように扱われて死亡したりすることもあったみたい。記録に残らなかった渡り人というのは複数存在しているヨ」
「どんな時代でも色んな奴おるからな…」
「ワタシだって魔物に食い殺される可能性だってあったしネ!」
「ピピちゃん食われるかなぁ!?」
銀の肌と痩せた体の宇宙人を見て地球人は素直な意見を述べた。
「まあワタシが知ってるのはこんなところかナ。もし細々した話を聞きたかったら吟遊詩人たちに聞くといいヨ。面白おかしく細かな話を聞かせてくれるはずヨ。そうだ、吟遊詩人ライスターはまだこの王都にいるハズだヨ、彼は渡り人の歌をよく歌うからオススメ」
「出たライスター。米の名の人」
「人じゃなくて人魚な。そういや南の噴水広場にはいなかったな」
「コメってニホンジンみんな言うネー」
「存在すんのは分かっとるんや…!孤国連邦に!トキョ国に!」
「あっあるの?それは初めて知ったヨ。いやー進歩したネー」
「他人事や思いよってからに…!くそぅ!ピピちゃんかて故郷の味恋しい時ぐらいあるやろに!」
「ワタシ、故郷の味は無味だったし、別に食べなくても生きるモン」
「せやった…!」