124 王都観光
無事に門を抜けたミチェリア冒険者一同は、クロルドが予約を取っていると伝え聞いた宿へと向かった。
王都シャグラードの中でも中級ぐらいの『3つ星宿 ウィスタリア』は庶民街と商店街のちょうど間にあり、王城にもほど近い良き宿である。ウィスタリアのオーナーは辺境町ミチェリアの冒険者ギルドからの連絡を受け、きちんとパーティ分の客室として3部屋を予約としてくれていた。
ミッツも双子も他のメンバーも、すぐに買い出しなどへ繰り出したかった。が、いくら冒険者が旅慣れていて途中からミニソファがあったとはいえ、1か月の旅は誰でも身体が疲れている。一同は誰もが客室へそそくさと入り、その日はゆっくりぐっすり身体を休めることになった。
翌朝、王城に集まる召集日は明後日ということで1日フリーとなった。
召集の前日、つまり明日は各自武器の点検や城へ行くのに恥ずかしくないよう服装と体調を調える日である。
『フィフィフィ』の双子は行きつけの店へ行くと露店通りへ早速乗り出し、『不屈の峠』のメンバーは全員好きな所へと散った。
モモチはまだ眠いのか、ミッツのリュックで眠ったままである。
「サイはどないすんの?」
「俺は…特に行きたいところはないな。ミッツはどうだ?気になるものはあるか?」
「いや全部気になるけど場所もなーんも分からんし、なんか目立つ観光名所とかあるん?」
「んー、色々あるが。王城は明日行くからいいとして。…シャグラード歴史博物館、クラウス大庭園、噴水広場、露店通り、王都市場、シャグラード大遊戯場、単純に美味い物巡り、大通り……あと何だったかな」
「あ、図書館!図書館あるんやろ、それ行きたい!渡り人の文献とかあらへんかな?」
「は?あるけど、なんで?」
「いや俺、地球に帰るん諦めてへんからな?あっ!それで思い出した!えーと宇宙人の!ピピピピピ?さんに会えるかな?」
「ピピピピピ?……ああ、渡り人のピピビルビ殿か。あの方なら確かに王都にいるな。図書館の裏に屋敷を持っているはずだ」
とりあえず図書館は後回しでまずは観光することにした。
「そういやべリベールで会ったお姉さん、王城におるんやっけ?」
「おお、フィジョールのことか。予定が合えば観光をとは言っていたが…まああちらも筆頭薬師の仕事で忙しいだろうし、俺たちの本命の用事も終わってない。無事終わってから門番にでも話を通して貰おう」
「せやね、お互い微妙な予定やもんな」
ウィスタリアを出て朝の活気に溢れた王都内を歩く。昨日の夕方頃に着いてからウィスタリアまでの道も、ミチェリアより賑わっていたが、朝はそれ以上の賑わいであった。
「まずどこがいいかな、この近くだと王都博物館だな。あとクラウス大庭園も近いか、いや図書館行くのであれば逆方向になるな。ふむ、露店通りが一番近いか」
「露店通りって食べ物とかある?」
「もちろん。他には生活用品とか装飾品があるが、やはり食べ物が一番人気があるからな。そうだ、そこで朝飯にしようか」
「お祭りの屋台みたいなもんかな?ほんなら露店通りで!そのあと適当に連れてってーや」
「よし分かった」
ウィスタリアを出てからしばらく歩くと、露店がずらりと並んだエリアへと出てきた。朝からでも人がいっぱいで、どの露店も活気に満ちているが一番混んでいるのは飲食系の露店である。
ミッツがキョロキョロしていると、声をかけられた。
「あー、サイさんとミッツくんだー」
「本当だ!さっきぶり!」
「おう、双子も朝飯か」
「というよりー」
「好きなもの食べに来た!」
「僕たちねーこの露店の串焼きー」
「大好きなんだよ!」
「「ねー!」」
顔を見合わせてニコニコと告げる双子の後ろで、照れた様子のおばちゃんが串焼きをどんどん焼いている。
照れ隠しなのか嬉しかったからなのか、双子を呼び寄せるとそっと小さめの特上串焼きを渡してくれた。ちなみに特上串焼きは一本400ユーラである。
「へえ、美味しいんやね。俺も食べよかな!お姉さん一本ちょうだい!」
「お姉さん!?アタシが!?やだねぇどう見てもババアだよ何言ってんだいもう!奢るから大きいの持っていきな!」
「マジで?おおきに!うわ旨っ!塩味効いとる!」
どこからどう見てもおばちゃんであったが、お世辞とよく分かる言葉に気をよくした。
普通の豚の串焼き一本180ユーラであるが、おばちゃんはブランド豚であるゼクラード豚の特大サイズを渡した。特上串焼き (特大)一本800ユーラである。
「えっ特上の特大!?ずるい!」
「お前たち、さっき特上の小さい串焼きを貰っていただろう。あれもお礼だろ?」
「全然違うよサイさんー!あれはー特上の端っこをくれただけだよー!」
「アタシだって若く見られたらとても嬉しいんだよ。あとこの坊やには何か恩を売っておいていい気がしたんだよ。アタシらに無い何かを感じる」
「この人、ちょっと鋭いな?」
「確かにちょっと鋭いな。おばちゃん今度辺境町ミチェリア来ぇへん?モフモフカフェ優待券渡しとくわ」
「モフモフカフェ!?あの王侯貴族ですら陥落させる庶民の味方で魅惑のモフモフカフェかい!?」
「モフモフカフェのこと、どないな感じで王都に伝わっとるんや…?」
興奮するおばちゃんはともかく、せっかくなのでサイも串焼きを買って味わった。しばらくすると双子は他の行きつけの店へ行くと言って手を振り去った。
サイとミッツも、他の露店も巡って腹拵えをし、露店通りを後にする。隈なく見回ったが米の形跡はなくミッツはちょっと舌打ちをした。
他にもちょいちょいと食べて腹ごしらえをしたサイとミッツはてくてくと歩いていく。
次に案内されたのは門から王城にかけての『大通り』であった。ミッツは単なる道だろうと思っていたが、道というよりかは歩行者天国のような、憩いの場となっているようだった。
吟遊詩人が物語を語っていたり、大道芸を披露する曲芸師が観客を大いに楽しませたり、恋人同士がゆったりとベンチでお喋りをしたり、子供が遊んでいたり、それぞれが楽しく過ごしていた。
サイ曰く、この大通りの正式名称は『べべロスの故郷路』。どうしてそんな名前なのかは後でのお楽しみだと言われたので、ミッツはルーズリーフの一部分を空白にしておいた。
王都の地面の材質は基本的に石やレンガ、所によっては木といった、辺境町ミチェリアなどと変わらない。しかしこの大通りだけは白い材質である。コンクリートのようなのっぺりとした感じではあるが、色合いはもっと柔らかな白である。
ふとミッツたちの前を走っていった女の子が目の前で転びかけた。
慌てて駆け寄ろうとするミッツであったが、女の子が転んだ地面が突然ぐにゃんと柔らかくなり、女の子は無傷で地面にぽよんと受け止められた。
女の子は平然と起き上がると、先にいた母親の元へ笑顔で走って行った。
ミッツはぽかんとしながら女の子の転んだ地面を触ったが、地面は元通り固くなっていた。
「いやどないなっとるん?」
「不思議だよなー。歩いてるぐらいではただの地面なのに、衝撃を受けそうになると柔らかくなるんだよ。だから子供たちもここで遊ぶんだ、安全だし」
「へ、へぇ〜。原理どないなってんの?」
「いや俺らも知らん」
地元住民、いや国民も知らないことは仕方ない。ミッツはそう思って何も気にしないことにした。
次に案内されたのは『噴水広場』。
王都シャグラードに点在する広場で、全部で8つある。シンプルにど真ん中に噴水がある広場で、各広場で噴水の彫刻デザインが違う。
ミッツはとりあえず噴水を記念に撮っておいた。
「8方向にあるから単純に、北の噴水とか南西の噴水とか方角で呼ばれているぞ。ちなみにここは南の噴水広場だ」
「ほんまに単純やな」
「正式名称はあるんだが、ほとんど誰も覚えていないんだ。俺は覚えてるけど」
「覚えとるんかい」
「覚えているが、使うことは滅多にない。ちなみに王都伝説で『噴水広場は9つある』、『噴水はもう1つ存在する』というのもある」
「都市伝説とか七不思議みたいやなぁ」
他にも『王都博物館の展示物には夜な夜な動く甲冑がある』、『王都市場には腐ることのない生魚がいる』、『幻の王子が実は存在する』、などの与太伝説があるとミッツは聞いた。
信じるかどうかはあなた次第。
「随分庶民的な案内になってしまったが、そろそろ図書館に行くか」
「やったー」
「でもその前に昼飯食べるぞー。ちょうど良い時間だし」
サイとミッツは再び大通りへ出て、近くのカフェでランチをすることにした。
王都のカフェをさりげなく敵情視察し、ランチセットのパスタや飲み物を味わい、うちの店のがええな、と再認識して満足そうに頷いたミッツであった。