123 王都シャグラード
「着いたよ、あれが王都シャグラードだ。1ヶ月ご苦労様、ミッツくん」
「1ヶ月旅するってこんな…やっぱ疲れるんやなぁ、途中まで腰痛かったもん、しばらく馬車旅はええわ。いや旅もしばらくええわ…。お伊勢参りとか東海道中膝栗毛とか、昔の人はすごかったんやなぁ。よう知らんけど」
「俺たちに意味は全く分からないが、途中でコットンシープのミニソファを作り出した奴のセリフではないな。まあ、そのおかげで俺らも楽だったが」
「あのミニソファ、もっと早く欲しかったなぁ…」
「「ねー」」
「全くだ、俺みたいな中年冒険者には特に飛ぶように売れるだろうに」
「ミニソファ……座椅子やけどまあミニソファか、そっか、せやな」
出発から1週間ほどの地点、大街道沿いの大草原にいた野生のコットンシープたちがもこもこメェメェぜぇぜぇと夏の暑さで参っているのを見かけた。換毛期にうまく毛が抜けなかったらしい。
ついでに長旅などしたこともない現代日本人のミッツの腰と尻も限界を迎えかけていた。
この世界の一般馬車にスプリングやサスペンションなどほぼないようなものだ。おまけに貴族用の馬車でないと座席は木製だったり、申し訳程度に藁が敷かれたりするぐらいである。
ラノベの如く『電車』などを流行らせようか、ミッツはちょっと悩んだ。しばらくしてからミッツは大陸中に新たな交通手段を本当に広めることになるが、この時は何も想定していなかった。
話は変わるが、腰痛は本当にとても恐ろしいものである。ナメてはいけない。
椅子から立ち上がろうとした瞬間コキンッという軽い音の後に「ぃっ…ぎぐおおぅぅ…!」と呻き声をあげて崩れ落ちる養父の様子を見たことがあり、腰痛の怖さを知っていたミッツは「あかん、このままやと俺も腰痛なるわ」と旅の途中で危機感を持った。
なのでちょうどよくクッションの代わりになりそうな光景を見た瞬間、「あっ!野生のコットンシープが現れた!」と意気揚々とコットンシープたちの毛刈りをしようと突然提案し、コットンシープ牧場の息子であるシェラが毛刈りの指導をちょっとウキウキしながら始めた。
ついでに他の冒険者も体験した。楽しかった。
結果的にコットンシープたちはスッキリし、ふわふわメェメェとお礼のような鳴き声を合唱しながら大草原をとっとことっとこ歩き去って行った。
残された大量の羊毛の山とミチェリアで大量買いしていた布を使った座椅子を人数分作って配って、全員の腰は守られた。今後、各自のミニソファは愛用品となる。
八脚大馬たちにもヨ◯ボーのようなでかいコットンシープクッションが与えられ、人間以外も残りの旅程を快適に過ごすことが出来た。
途中で大街道に大雨が降り注いだり、程々に馬車のスピードを出したり、大街道途中の砂漠地帯で大量発生していた砂漠固有種である砂漠スライムを討伐したり、砂漠で仕留めた砂漠大牛を野営地でバーベキューしたりして1ヶ月は過ぎていった。
ミッツはどんな環境でも、何気に楽しんでいた。ただ、バーベキューでオリジナルのタレを取り出して全員でお肉を味わっている時にうっかり白ごはんが恋しくなってしまったことに本気で凹んだ。早く白米が、食べたい。
この1か月の感想を言いながら、ミチェリアの馬車はゆっくりと王都を囲う壁の南側にある門へ、明光星がまだ出ている夕方前に着くことが出来た。
さすが王国の中心となる都とあって、門の前には長い入場列が出来ており、貴族と庶民とで列が分けられているがどちらも長くなっている。
大型馬車は貴族や商人でない限り、基本的に門の前にある預かり場へ預けることになっている。普通の馬車ならともかく、大型馬車を全て入れてしまうと通行の邪魔に、つまり渋滞が出来やすくなるためだ。
なのでサイたちも大型馬車を預けると八脚大馬や他の契約天使たちを帰し、庶民列の最後尾に並びながら王都シャグラードの説明をミッツにすることにした。
王都シャグラード。シャグラス王国のほぼ中心地にある、文字通り王国の中心となる都にして王族が住む都である。
王族の住むシャグラード王城を真ん中に楕円形に広がる王都を、不思議な素材で出来た高い壁がぐるりと覆っている。今までミチェリアやべリベールを見てきたミッツは石やレンガの壁しか見て来なかったが、本当に見たことのないツルツルとした深い青の壁は、まるで宇宙船の中にでも入るかのような印象を受けた。
宇宙船も見たことないが。
王国の中心地であるということは、住む者も多いということである。庶民も貴族も王都シャグラードが一番多い。
まず南側の門から王城まで、シャグラードで一番大きな通りが貫いている。有事の際は騎士団や兵が通りやすいように、ということらしい。
王城の北側には屋敷が並ぶ貴族街があり、その手前には高級感のある店が建ち並ぶ。庶民は立入禁止というほどではないが、一部の敷地は防犯上の理由により立入禁止になっている。
王城の周りは騎士団本部や兵団本部があり、警備も兼ねられる。冒険者ギルド本部と商業ギルド本部もやや近くにある。
そこから南側は、庶民街と商店街と観光名所が混同して存在している。王都で一番賑わっているエリアとも言えるが、西側の宇宙船もどき壁沿いには治安の悪い場所がある。
地元庶民もあまり近寄らないそこは俗に言う『貧民窟』であり、経済的余裕のない者や訳ありの者が住んでいる。裏稼業の拠点もあるとされていて、気軽に取り壊しも出来ない。
ミッツも出来るだけ近付かないように言われたので、「まあ俺の地元にも似たようなとこあるわ」と頷き返し、「戦争もない魔物もいない平和な国だったんだろ!?」と返された。
どんな世界、どんな国にも表があれば裏もあるのだ。ミッツの地元はまだ可愛いもので、地球全体を見れば戦争をしている国もあるし暮らしが酷いところもある。
「まあつまり、普段俺たちが行くのは大体王城から南側ということだ。貴族に用がなければ北側に行くことは…まあなくはないが、南側で大方のことは出来るさ」
「なるほど…」
「む、そこの冒険者たち!列が進んでいるぞ、前に詰めろ」
喋りながら並んで1時間ほどして、少し進んだ頃に列の様子を巡回していた兵士が声をかけてきた。
一同は素直に前へ詰めたが、サイはそれまでの穏やかな雰囲気からちょっとだけ表情を変えた。
「ん?おお、これはサイ・セルディーゾ殿ではありませんか!王城から聞いております、『王族不定期令』で来られたのですな?」
「いかにも」
「確か明々後日と聞いておりますぞ!ふむ、お連れの冒険者はそちらの…6人でよろしいですか?」
「ああ。計7人だ」
「でしたら列を抜けて私の後ろに続いてください。『王族不定期令』の任務がある、すなわち陛下の一時的な直属の部下となりますので優先して案内いたします!」
「そうか」
「ああ!ゴッド級のキース様とラロロイ様は既に王都に入られております!ギルバート様は明日ご到着と聞いておりますよ」
「そうか」
兵士の後にぞろぞろと続いて門まで歩いて行く間に、ミッツはこそっとサイに聞いてみた。
「なあサイ、あの人知り合い?」
「あ?いや?初対面だが」
「なんか…ちょっとピリピリしとらんかった?反抗期?」
「誰が反抗期だ。あー、その、俺は王都に来るのが、いや違う、王城関係者が少し苦手でな…まあそれとクエストはまた別の事情だ。気にするな。あの兵士は大丈夫だから」
「そう?ほんならええけど…何が大丈夫なん?」
列から抜けて5分程歩くと、宇宙船もどき壁をくり抜いたように作られた門に辿り着いた。
一同は兵士に冒険者証明となる魔石を見せ、いくつかの質疑応答を終え、門をくぐっていく。
「さてミッツ、とりあえず俺たちは言わなくてはならないことがある」
「えっ何?」
「あ、そうだ。ミッツくんはもちろん初めてだもんね」
「「そういえばー!」」
「そうだったな!では我々は言わねばなるまい!」
「え、ほんま何?」
ミッツ以外がふりかえると、誰からともなく声を揃えた。
どこか誇らしげに、歓迎と労いを言葉に込める。
「「ようこそ、シャグラスで最も偉大なる王都シャグラードへ!」」