120 王族不定期令
「言葉を話す魔物ぉ?」
「そんなのがいるのか」
「なんか辺境町エルファダに来た冒険者が話していたらしいぜ?本当かどうかは知らないがな」
ミッツたちが競売都ベリベールから帰還してしばらくすると本格的な夏に入り、夏でも生活のためにせっせと動くミチェリアの冒険者たちの間である噂が広がっていた。
ついでにミチェリア名物のモフモフカフェも、オークションで大分稼いだミッツがカフェの店の広さと客足と業績を伸ばしていたが、これはまた別の機会に語るとする。
冒険者たちが語る噂はミチェリアだけでなく、前線防壁に接している全ての辺境町で噂が流れているようだ。
サイとミッツも冒険者ギルドでまったりと食事をしつつ、噂に耳を傾けている。
「魔物ってのは動物がこう…目が赤くなるやつだろ?俺はよく分かってねぇんだが」
「俺もよく知らないが、そのはずだよなぁ。目が赤くて攻撃的なやつだろ?たまに目が赤い普通の動物とかもいるけどよ」
「喋るってことは動物じゃなくて、まさか人間とかってことか?」
「んなわけないだろ、聞いたことねぇよ。幻獣とかドラゴンじゃないのか?」
「ということは〈良き隣人〉世界の獣が無法帯にいただけなのかな」
「彼らは魔物にはならないんじゃなかったか?よく知らないけど」
「へぇ喋る魔物、ほんまにおるんかな」
「…動物が言葉を話すわけないだろう」
「ドラゴンとか神獣の一部は喋るやん」
「それはまあそうなんだが…魔物になった高位幻獣とかだろう。そんなものいるかは知らないが、確認出来ていないことはまだまだ俺たちにもあるだろうし」
「無法帯も広いしなぁ。俺全然知らんけど」
喋る魔物の話題を肴にしながら食事や酒を楽しんだり、クエストの確認をしたりする冒険者たちの前に、ミチェリアのギルドマスターであるクロルドがやってきた。
「野郎ども、全員はいないだろうがここにいる奴だけでもよく聞いてくれ。ギルドマスターである俺からの言葉だぞー、割と大事なことだから大人しくして聞いておけよー」
ギルド奥から疲れた顔をしたギルドマスターのクロルドが現れ、その手にはルーズリーフが握られている。ミッツのルーズリーフは今日もミチェリアの冒険者ギルドや商業ギルドで愛用されていた。
クロルドの様子を見て、その場にいた冒険者たちは少しだけ声を抑えてクロルドに注目する。
「えー、先ほど、シャグラス王国内全ての冒険者ギルドに通達された王族不定期令だ!」
「マジで?もうそんな時期?」
「いや時期は不定期だから関係ないだろ。だが前からそんなに経ってないだろうし、何かやばいことでも起きたのか?」
「静かにしろ、読み上げるぞ。
今現在ビショップ級以上、並びにD級以上の冒険者!その中でも最寄りの冒険者ギルドでギルドマスターが見込みのある者を選出し、王都にある城へと登城させよ!以上!」
クロルドの発言を聞いた冒険者はざわざわと隣の冒険者と言葉を交わしている。困惑はしているようだが混乱はあまり起きていないようだ。
「サイ、これはどういうことや?何かあったん?」
「あ?……ああ、ミッツはまだ半年前に来たばかりの渡り人だもんな。これは不定期に冒険者を城に集める…そうだな、報告会のようなもんだ」
「そうだ、サイの言う通り。国王陛下もしくは王族から何かしらを伝えたい時や最近の報告をしたい時に、実力のある冒険者を集めるんだ。2年に一度だったり半年に一度だったり、大して時期は決まってない」
「へー、定例会…やあらへんな。『不定例会』ってとこやな」
「そう。だから『王族不定期令』と俺たちは呼んでる。まあつまり、シャグラス王国全域の俺たちギルドマスターが、その時ギルドにいる冒険者の中から何人か良さそうな奴を選抜して送り出すってことだ」
「へえ」
「俺たちも報告内容は詳しく分からんが、『契約者』であるかどうかは関係なくバランス良く選んで寄越せってよ。まあこれもいつもの通りだ」
クロルドは手元のルーズリーフを見た。そこには冒険者としての強さと名前が羅列されている。
「んで、ミチェリアの冒険者ギルドから行かせる奴をさっき選んだ。8人の予定だ」
「仕事が早いなぁ、さすがギルドマスターだ」
「というか…まず1人は確定してる。何関係なさそうな顔してんだ、サイ!」
クロルドが、酒場でミッツと食事をしていたサイを指差す。
モフモフカフェ発祥の挽肉ノッキをもぐもぐと噛んでいたサイは、しっかり味わってから飲み込むと口を拭いながら返事をする。
「やっぱり?俺行かないとダメ?」
「ったりめーだ!他の四頂点は全員選ばれていると連絡があったからお前も行くんだよ!というか、いつも選ばれてるだろ!?はい1人目!サイ・セルディーゾ!決定!」
「まあ行けと言うなら行くけどよ。一応、『獣使い』の代表みたいなもんだし」
サイは了承の返事をすると、ふと考えてミッツに向き直った。
「ミッツ、そういう訳だからお前もついでに王都着いてくるか?」
「え?ええの?」
「同じパーティだし、王都まで往復だけでも2ヶ月はミチェリアから離れることになる。ソロ活動も出来るだろうが、一緒のが安心だろう?」
「確かに。何事もあらへんかったら、モフモフカフェも俺おらんでも回せるしな」
「サイ、その心配はいらんぞ」
「あ?」
クロルドが疲れ目をほぐしながら手元のリストを眺めつつ、話を続ける。
「ビショップ級の『獣使い』ミッツ、いやミツル・マツシマ。お前も選ばれし冒険者だおめでとう」
「は?俺?」
「強さはともかく、まあ渡り人だし。何かしらの件で糸口になったらいいと思ってな」
「なるほど」
「いつかは王都に行くようにって言おうと思ってたからちょうどいい。陛下も気になってはいたらしいからな」
「あ、そうなん?」
「渡り人が保護されたら、大体は国…まあ陛下に謁見して貰うことになっている。お前の場合は保護したのがゴッド級という、ある意味保護を任せられ得る身分の持ち主だったから特にすぐ謁見とはならなかっただけだ」
「はー、なるほどなぁ。そもそも俺、サイのとこに精霊に運ばれんかったら無法帯で野垂れ死んどったかもしれんしな」
「そういうわけでパーティ『世界の邂逅』二人とも王都行きだ」
ギルド酒場のステーキを飲み込みながら、なんとなく王都に行くことが決定したとミッツは自覚した。