119 高いものって怖い
握手会が終わって獣人たちが阿鼻叫喚しつつも解散となった翌日、ラフレ夫人たちと共にミチェリアへ帰還することとなった。
ちなみに早朝からサイを叩き起こしたミッツは、オークション戦利品のタケノコを腕に抱き締めながら市場を駆け回ったが、やはり米は見つからなかった。とても強い舌打ちをして、今回の米捜索を打ちきったのであった。
ミチェリアに帰り次第、灰汁抜きを簡単にしてから焼きタケノコをショーユヤシで味付けして1人で楽しむ予定である。タケノコは有限であるし、なんとなくユラ大陸の人々の口に合わないような気もしたのだ。
ノッキを使ってのタケノコグラタンもいいなと思っている。うっかり青椒肉絲も食べたいと思ってしまったが、作れてしまっても白ごはんがないので、記憶からすぐに消した。
ベリベールの門の前には獣人冒険者やベリベール住まいの獣人たちがガヤガヤと集まっている。8割方、目に涙を浮かべてこちらを祈っている。
露店商のハイエナ系獣人店主もその中に混ざって「また何か見つけたら確保しておきます!またモモチさまと共にいらして下さい!」と叫んでいる。またベリベールに来てもええな、とミッツは思った。
そんな獣人の中で、なんとなく気まずそうに混ざっていたフィジョールは、サイとミッツを見つけると近寄り、声をかけてきた。
「やあ、おはよう。昨日は貴重な体験をありがとう」
「あ、お姉さん!おはようさん!こっちこそ観光案内とかおおきに!」
「オークションでも世話になったな」
「構わないよ。それに私もシャグラスの天の雫が手に入って嬉しいさ。…特級薬草の生花は手に入らなかったがね」
「やっぱり欲しかったん?」
「そりゃあエリクサーは何度か作ったことがあるし、私ならそこらの薬師より安定して作れるよ。昨日のサブマスターなんかより断然作れる」
「うーん棘がある」
国王公認筆頭薬師であるフィジョールは今現在、薬師のトップであると言える。若いながらも調剤のすごい才能を持った彼女はエリクサーの精製に携わったことも何度もあるので、自信を持ってこんなことが言えるのだ。
「ほな、これあげる。案内代な」
「ん?」
はい、と手を出されたので反射的に手を出したフィジョールは、気付けば手に特級薬草の生花の鉢が握らされていた。
出品された特級薬草の生花より少し小さいが、ガラスのように透明な葉や白く透明な花は間違いなく本物である。
「…………は?」
「いや、俺も神狼王様の復活祭おったし。摘んだはええけど、まあオークションに出し過ぎんのもインフラかなぁって言われたんや!」
「ミッツは1つだけ摘んだのだが、俺はまだ特級薬草の生花をいくつか持っていてね。オークションの主宰側との話し合いの結果、とりあえず1つだけ出品で様子見をすると決まったんだ」
「え……それなら…本当はまだあると…?」
「あるにはあるが、まあ、今回一気に出してはパニックになるだろう?またいつかのオークションに出す予定だ」
「でもお姉さんには世話なったし、これも縁ってことで。俺摘んだやつあげる」
「………いやいやいやいや!受け取れるわけないだろう!?特級薬草だろ!?しかも生花!オークションに参加していたなら分かるだろうが、少なく見積もっても1億は下らないぞ!競売額を忘れたのかね?!」
「ほな要らん?」
「むっ……むう…!」
悩むフィジョールは頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、苦悶の表情の末に答えを絞り出した。その間、生花の鉢はしっかりと抱えていたままだった。
「…では…今回はありがたく受け取るよ。ただし!早急に冒険者ギルドの君たちの口座に適正額を振り込ませて貰おう」
「別にええのに…、ああいや、受け取らな薬師としての沽券に関わるんかな?」
「そうだね」
「それやったら、エリクサー出来たらそれちょっと分けて貰う、とかでもええ?」
「ふむ…、ではそれも考慮しておこう!私の手に入る限り、最高の素材を使ってエリクサーを精製させて貰おう!ただ、先に陛下へ献上してからになるがね」
フィジョールはエリクサーを精製次第、何本かをミッツたちの元へ送ることを約束した。
それとは別にフィジョールが口座にお金を振り込む気満々であることを知ったのは、ミチェリアの冒険者ギルドで自分たちの口座に1億ユーラが振り込まれていると確認する頃であった。
「サイさん、ミッツさん。そろそろ行きたいわ、よろしいかしら?」
「すみません、ラフレ様。では参りましょう」
「お姉さん、獣人の皆!ほなまたねー!えっと、星の御加護があらんことを!」
「またどこかで。星の御加護があらんことを」
「ああ!星の御加護があらんことを。…そうだ!いつか王都にも来たまえ!ミチェリアからでは少し遠いかもしれないが、予定があえば案内もしよう。王城の門番にも君たちのことは伝えておくから連絡は通るはずだ!」
「ほんま?楽しみやわ」
「ミッツ、本当に出発するぞ。護衛に戻ろう」
「あっほんまや。さよなら!」
こうして競売都ベリベールを去ることとなった。また一週間をかけてミチェリアへと戻る予定である。
「ちなみにミッツ。ダンジョンなどで見つかる小瓶のエリクサーの末端価格は3000万ユーラほどだ」
「えっ」
「国王公認筆頭薬師が最高峰の素材で直々に作るエリクサーは………まあ目算5000万からじゃないかな」
「わあ……ちなみにエリクサーに必要な他の素材って…?」
「俺も薬師ではないから詳しくはないが……、1つ目…一角虹馬の涙」
「ユニコーンおるんや」
「ああ。生息域がかなり狭く、涙を見せることがあまり無い。誇り高い神獣だ」
「なんやっけ、ここのユニコーンもあの、処女大好きなん?」
「……まあ、そうだな。チキュウにユニコーンはいたのか?」
「架空」
「またか…。そうだ、ユニコーンは処女、特に少女や少年が好きで、涙の入手方法としてまず協力してくれる者を見つけるところから始まる。方法自体は秘密だ」
「はー」
「んで2つ目、溶岩蜘蛛の糸だったかな?」
「うわ暑そうな名前」
「こいつは珍しい生物というわけではないんだ、個体数はその辺の蜘蛛と変わらない。ただ生息域がファジュラ国にあるヴァルデイダ山というクソ暑い火山の山頂なだけで、尻から紡がれる糸が採取後もずっと熱いだけで」
「えー……、え?山頂にしかおらん、潤沢な個体数…?………待ってそれ、山頂に蜘蛛びっしりってこと…?」
「3つ目がエルフ族、それも純粋なエルフかハイエルフの髪」
「一番簡単そうで一番面倒なやつやん」
「よく分かったな、その通りだ。エルフは誇り高き種族だからな、まず自分たちでエルフの元へ行って誠心誠意お願いしなければならないのが基本だ。あ、髪と言っても1本とかではない。30センチほどの長さを一房、なので長髪のエルフを探すこととなる」
「面倒やなー、普通そこは不死鳥の羽根とかちゃうの?」
「あ、それは4つ目だ。俺が知ってる素材はそのぐらいだな」
「面倒やなぁ」
簡単なエリクサー素材講習を話しながら、サイとミッツ、ラフレ夫人の乗った馬車は再びミチェリアを目指すこととなった。
その後の護衛中、特に何事もなくミチェリアまで無事に戻った一行は冒険者ギルドで護衛クエスト達成の手続きをし、ラフレ夫人はご機嫌に屋敷へと帰って行った。
報告を済ませ、色々と察して既に呆れているナビリスに手続きを完了して貰った。
「ちゅーわけで今回は特に騒ぎになったりしとらんよ」
「思いっきり獣人文化やらを増やしておいて何をいけしゃあしゃあと…」
「ナビリス、これがミッツだ。諦めろ」
「まあそうなんですけど…!でもまあ悪いことではないですよねぇ。もっと普通に冒険者活動出来ないんですか?」
「自分で言うのも何だけどめちゃくちゃ強いゴッド級冒険者、突然現れた異世界の少年、よみがえった準神の子供が一緒にいて普通の冒険者やれると思ってるか?」
「思わないですけど、この前のスライム討伐は割と普通だったじゃないですか」
「そのスライム討伐出来るようになったのもミッツの影響だぞ?」
「そうだった…!」
ナビリスが頭に手を当てながらうんうんと苦悩している隙にさっさと定宿ライラックへと戻り、久しぶりのまともなベッドを堪能する二人であった。