118 モモチさま握手会
握手会本番のために冒険者ギルドの職員と暇そうな冒険者が行動していると、あっという間に宵待星が空に現れる頃合いとなった。
冒険者ギルドの隣にある会館、その2階の大会議室には様々な獣人が既に集まっている。何ならあの拡声魔法の後、数分後に先祖化して走ってきた者もいる。近くに泊まっていた貴族と商人、中級エリア近くに住む獣人たちだった。
サイとミッツとモモチは集合の様子を隣の小会議室から見守っている。フィジョールはさりげなく着いてきて整列の手伝いをしてくれていた。
「獣人諸君!来た順に並びたまえ!」
「身分関係なくお並びください!」
「どの順番であってもどんな身分であっても、この握手会でモモチさまと会える時間は変わりません!全員等しく1分です!」
こうして、競売都ベリベールに住む全ての獣人、オークションのために来ていた全ての獣人が集まった。
「今のところベアートも含めて157人、ですね」
「割と多いな」
「獣人の貴族や商人、あと冒険者も混ざってます」
チラリと小会議室から顔を出していると、列に並んでいる冒険者と目があった。
スズメ系獣人とネズミ系獣人の冒険者二人は目を見開いた。
「あ!サイさんにミッツさん!」
「すげー!本物ッス!てことはその部屋にモモチさまが!?」
「ん?サイ、知り合い?」
「いやいやいや俺らが一方的に知ってるだけッス!こんなD級ごときがゴッド級と知り合いなんて烏滸がましくてクチバシが割れても言えないッスよ!なんたって神狼王様の救世主と最強冒険者ッスから!あと俺ら、モモチさまご誕生の時にちょうどフェリルにいたんスよ!祠の下で祈ってた群れにいたッス!」
「お、おう」
「口が裂けてもって、鳥の獣人やとクチバシが割れてもって言うんや…」
「やべー!会話してる!おっと俺らが独占しちゃ後ろの肉食どもに咥えられちまうぞ!」
「そッスね!ではアクシュカイ!楽しみにしてるッス!神狼王様に栄光あれ!」
「神狼王様に栄光あれ!」
「待って何その合言葉みたいなの!?初耳やねんけど!?」
『神狼王様に栄光あれ』は獣人冒険者の中で既に定着しつつある合言葉である。これを言わなければその者はグランドフェンリルの復活を未だ知らないということになり、知っている冒険者が詳細を教える。ということにいつの間にかなっている。らしい。
しばらくするとモモチをサイに預けて小会議室から出て来たミッツは、説明を始めるベアートを補助するために横に立った。
「さて、これで全員だと思うので改めて、冒険者ギルドのベアートから説明いたします!
そもそも握手会とは、ここにおられるモモチさまの契約主ミッツさんの故郷…異世界チキュウにおける交流活動の1つであるそうです。あいどる?や演者、有名人が応援してくれる一般人と直に言葉を交わしたり出来る。そんな交流なんだそうです」
「アイドルってのは、えーと、広く親しまれとる…えー…歌手とか演者のことやな。ファン…一般人が普段応援して金銭を貢ぎ…ちゃう、貢献してくれとるから定期的に労おうってわけや」
今よく知られている握手会は商品を買って参加券を手に入れることが多いが、今回はターゲットが獣人に絞られているし、特に金銭を要することもないのでその辺りの説明は省いた。
獣人格差、身分格差、ダメ絶対。
「これから皆さんには1分だけ、横の部屋で自由にモモチさまとふれあって頂けます。握手会の通りに握手をするでも良し、お言葉を聞いて頂くも良し、許しを得て撫でるも良し。モモチさまが嫌がること以外は大丈夫そうです」
「モモチは基本的になんとなく言葉の意味が分かっとるから、変なことは通用せんと思っといてな」
「ふふふ、嫌ですねミッツさん。そんな準神の直系に何かしでかそうとか、そんな恥さらしが獣人にいるわけないじゃないですか!」
「せやったなぁ、ははは」
あははうふふと笑いながら、まあつまりはそういうことだぞと獣人たちに圧をかける。
獣人たちは全員微塵もそんな考えはないため、朗らかに笑っていた。
万が一、ここに『神狼王の子供だから高く売れるぞ』などの考えを持つ盗賊が押し入ったとしても、一瞬で八つ裂きにされるか、一瞬で粉砕骨折させられるか、一瞬で噛み千切られるだけである。
こうして、握手会の文化は発足したのである。
「モモチさま…モモチさま…」
「きゃわ…」
「モモチさまだ…お会い出来て…この都の住民で良かった…」
「くぅん…」
あるベリベール住民は50秒を肉球の握手に徹し、残り10秒でモモチへの生誕祝いを言ってから部屋を出た。
モモチは握られながら微妙そうな顔で相づちを打っていた。
「モモチさま…本当によろしいのですか!?」
「きゃむ」
「ああ…!では失礼して…すぅーーーーーーー…」
「きゃわわ…」
ある元マッサージ屋の女冒険者はモモチの許可を得てお腹に顔を埋め、しっかりと吸いながら肉球マッサージを施した。
ちょっとだけ尻込みしていたがモモチも肉球マッサージは割と気に入っていたようだった。
「はぁ…!モモチさま!是非、是非ミッツ様と共に我が領地へお住み下さい!そして私の屋敷で思う存分自由気ままに着飾りを私自ら」
「当て身」
「ぐああああ!」
「主人が大変失礼しました。きっと激務で頭がイカれてるのでしょう。大丈夫、記憶はきちんと操作しますので、では」
「何のどこが大丈夫なんや?」
ある服飾好きで有名な獣人貴族は出会えた感動のあまり自分の領地への永住を執拗に提案し、後ろに控えていた獣人従僕に担がれて出て行った。従僕自身はちゃんと制限時間全てをモモチとの交流に使った。
順調に握手会が進む中、獣人がちょっと途切れた時にミッツはモモチをサイに預け、握手会の続きを任せてどこかへ去った。おそらく休憩、もしくは神狼王様の救世主と崇められるのに疲れての逃走であろう。
サイもなんとなく解るので、そっとモモチを抱えて次の獣人を待った。
ちなみに握手会を終えた獣人たちは元の大会議室で『もしかしてもう一度挨拶とかあるのでは?』とそわそわしながら誰も帰っていなかった。
モモチとの握手会が150人を越え、残り数人という所でミッツが炊飯器を抱えて戻ってきた。
「あ、全員まだおる?良かったわー」
「ミッツどこ行ってたんだ…ん?それ確か…チキュウの魔道具?」
「せやせや、ちょっと冒険者ギルドの厨房借りとってな。いやー普通に使えるわ、良かった良かった」
炊飯器がピーピーと鳴り、ミッツが蓋を開けると甘い香りが漂ってくる。
「ほな、今日出会えた記念に」
「何?」「何だ?」「あ、ミッツさんからいい匂いする」
「なんちゃって簡単シフォンケーキ焼けた!みんなで食べよ!」
「お前またチキュウのレシピ増やしたのか……これもモフモフカフェ、いや商業ギルドか?」
「シフォンケーキなぁ…炊飯器あるから簡単レシピのは作ったんやけど、チキュウで炊飯器なしで作ったこと…あるにはあるけど……あとめっちゃめんどい」
「めんどいのか」
「めんどいけど、また食べれるんやったら協力は惜しまんかなぁ」
全員に行き渡るように小さく切り分けたシフォンケーキをもくもくと味わいながら食べて、参加獣人も手伝いの人間たちも大いに満足出来る結果となった。
尚、この出来事によって、『握手会の後はみんなでお菓子を食べる』というルールも何故か追加されていくことになる。
そろそろお開きということで、ミッツがまたモモチを両腕で抱え上げ、獣人たちもまた再会出来ることを祈りに込めて膝をつく。
「だからそれ何なんだよ」
「もしかしてミッツくんの故郷の神を称えるポーズとかかい?」
「ちゃうけど。でもせっかくやから話しとこか」
握手会を締め括る言葉と共に、ミッツはあの有名なライオンの王子が成長する物語を語ることにした。
「えーと、この物語に出てくる動物に優劣をつけとるわけでなく、完全に作り話ってことを頭に入れといてな」
「?」「はーい」
「ほなお話ししよか。えー、ライオンキ…んん……名前変えとこ、『獅子の王子様』。昔々、ある世界あるところに動物たちの王国がありました…」
─中略─
「──そんなこともあり、ライオンの小さな王子は立派な王となり、この動物の王国はより一層の発展と、王とその家族の愛で包まれ平和を取り戻したのでした。おしまい」
所々とシナリオを改変しつつ、登場動物みんなをハッピーエンドに導いた物語に仕立て上げて〆た。
獣人は全員泣きながら拍手をしている。会場にいる人間も涙ぐみはしなくとも異世界の物語を聞けて満足そうに拍手を送った。
「というわけでこのポーズは、次代のライオンが生まれた時にするヒヒのポーズでした」
「称えているのは称えているな」
「良かっだ!良がっだぁ!」
「黒いライオンも辛い目にあったから暗い道を辿ることなったんだなぁ…」
「ハイエナたちも環境が環境だっただけで、本当は賢く生きていけるはずなんだよな…!」
「あいつらが改心してくれて良かった…!」
ミッツ改訂版ではあの黒ライオンもハイエナたちも本当に改心したし、先代王の父ライオンも実は生きていたことになっている。
とてもじゃないが実は何匹か亡くなった、改心はしていない、など言えるはずもなく、ミッツは本来の物語を心に秘めておくことにした。たぶんそれが一番平和である。
尚、この物語も獣人たちの間であっという間に広がり、獣人格差のない平和へと繋がっていくことになる。