117 異世界式交流会、またの名を握手会
ミッツが買い取った異世界家電シリーズを学生鞄に詰め込み、しばらくしてからハイエナ系獣人の露店商店主が走って戻ってきた。
後ろには少し身なりの汚れたハイエナ系獣人が老若男女関係なく10人ほどいる。
「おお…!本当にプチフェンリルさまじゃ!」
「このお方がモモチさま!可愛らしいわ!」
「プチフェンリルさまだ!」
「ありがたや!ありがたや!」
モモチ…と抱えたままのミッツは獣人に囲まれ、両膝を地面につける祈りを捧げられていた。狼吼里フェリルでもよく見た光景である。ちょっと懐かしい。
「ワシの知っとる近所の獣人で暇そうな連中をとりあえず連れてきたんじゃ。この辺りはハイエナ系獣人がそこそこ固まって暮らしておるんじゃ。あっ!他種族の獣人も知り合いにおるんじゃが連れてきても良いか?!」
「それはええねんけど…」
「モモチさまへの過干渉がいかんのは伝え聞いておる!獣人にとっての常識じゃ!じゃがワシら、このベリベールを旅立ち、狼吼里フェリルの神狼王様やミッツさんの元へ旅をするなんてとてもじゃないがなかなか出来ん!生活もあるし、体力も金もない!最悪、巡礼途中で死んでしまう!」
「おおう」
「仲間に一目でも見て貰いたいんじゃ!頼む!」
「あ、いや、別にあかんわけちゃうんやで。ただなぁ」
「な、なんじゃ?」
少しだけ考えるミッツ。獣人たちは不安そうにミッツを見つめている。
サイとフィジョールは既に獣人たちの意識の外にいて、どうなるのかとりあえず眺めることしか出来なかった。
「サイ、ベリベールに冒険者ギルドあるん?」
「あ?もちろんあるぞ。狼吼里フェリルにもあるんだから」
「せやったな。ハイエナのおっちゃん、ベリベールにどんくらい獣人おるん?」
「え?ううむ、全員は知らんが……おそらくベリベールの人口に比べたら少ないとは思うぞ。ワシが知っとる獣人は初級エリアの裏路地…まあこの辺りじゃな、大体30人くらいか。この都全体でも100人おるかどうか、かな。流石にどこにおるかは把握しておらん」
「んー、ほな冒険者ギルド行ったら都中に拡散出来るんかな?」
「何をだ?」
「ふっ…愛されるべき存在がおって、各地に崇拝者がおって、会いたがっとる人がおる。そんな時にやるべきこと、決まっとるやろ」
ミッツはモモチを両手で掲げながら、告げた。裏路地に明光星の明かりが差し込みミッツとモモチを照らし、獣人は全員また祈りに伏した。
「決まっとるやろ、握手会や!」
「それはよく分からないが、その抱え上げるのはやらねばならんのか?」
「今度、子ライオンが王様になるまでの成長物語をじっくり話したる」
別に決まってはいない。
が、こうしてユラ大陸初の『握手会』という文化が発足した。
「ちゅーわけなんすわ、冒険者ギルドからなんか、こう、今日、今から情報拡散とか発信とか出来まへん?」
「なるほど。ところでミッツさんは私のことをどうご覧になってます?」
「めっちゃ可愛いクマの受付嬢やと思ってます」
「正解です、この私の責任をもってこれからギルドマスターに直訴して拡声魔法の使用をもぎ取ります。絶対です。クマ系獣人はやると決めたら絶対にやるんです。獲物は絶対逃がさない。魔ミツバチの巣は見つけ次第ミツを回収することが特技です」
「うーん説得力ある」
中級エリアにある冒険者ギルド ベリベール支部で対応したクマ耳の大きな獣人の受付嬢はミッツとモモチを見て、まず最初にカウンターを回り込んで来て、両膝をついて祈りを捧げた。
ミチェリアでは最早慣れ過ぎていたが、どうやらモモチはミチェリア以外でちょっとした信仰対象になっているらしい。
冒険者ギルド間で回っている情報ですぐにピンと来た、とクマ受付嬢は笑いながら言っている。
奥から呼んで来たギルドマスターに許可をもぎ取りつつ、ミッツとモモチとサイ、なんとなく着いてきてしまったフィジョールは奥の部屋へと通された。
クマ受付嬢、改め受付責任者でもあるベアートは興奮を抑えながら、荒ぶる体をギルドマスターに押さえられながらメモを準備した。
「では…『握手会』について少し詳しくお願いします」
「まあ単純なことやねんけどね。」
簡単に知っている握手会について説明をしていく。
本来、かどうかはともかく、握手会とは有名アイドルやイケメン俳優とファンとふれあうために作られた機会の1つである。
ファンはアイドルや俳優と会えて少ない時間だが言葉を交わせる。アイドルや俳優は普段応援してくれているファンに交流することで感謝を伝えている。たぶん。
そうやって経済は回るのだ。たぶん。
これは一種の崇拝行動とも言える、とミッツは考えた。ちなみにミッツにアイドルなどの推しという概念はあまりない。強いて言うなら犬や猫と戯れたり動物園に行ったり、そういう推しならいる。
「そんな感じやねん、握手会とは」
「なるほど、『推し』……なんとなく分かります」
「分かるか?」
「分かるのかい?」
「分かるの?ベアートさん」
サイとフィジョールとギルドマスターのツッコミは流し、ベアートは頷きながらメモをまとめる。
「そんで俺が言っとる握手会のやり方やねんけどな」
「はい」
「まずモモチに会いたい獣人を全員、広い部屋とか場所に呼ぶねん」
「神狼王様の御子に会いたくない獣人は獣人ではないですよ」
「そっかぁ、まあそれはおいといて。列にちゃんと並んで貰て、モモチに一人ずつ会って貰う。一人ずつ会う時は、こう、仕切りの向こうに呼んでから会うんや」
「半個室で面会、といったところですか」
「まあそうやな。そんで…せやな、1分は自由にふれあって貰おかな。ずっとおてて握手するんも良し、撫でるも良し、拝むも良し、話しかけるんも良し。モモチはなんとなく人の話は理解しとるし」
部屋中の視線を集めたモモチは胸を張ってふんふんとドヤ顔をしている。
「きゃんっ」
「やだモモチさま賢い…」
「この握手会においてのルールは単純や。身分関係なく。みんな仲良く。モモチの嫌がることはせん。以上」
「嫌がることをする獣人はもう同胞からもボコられるので大丈夫です」
「ではこの隣にある会館の会議室2つを今から手配します」
「は?ベアートさん、その会議室ってこれから使」
「は?ギルマス、我々獣人の悲願をそんないつでもどうでも良い会議で潰す気ですか?」
「ど、どうでもよくはないよ!定例会だよ!?」
「明日でよろしいでしょう、どうせいつも同じことしか報告ないのですし。王族でもいるなら話は別ですが、こちとら準神の御子様を迎えてるんですよ」
「きゃむ?」
「うっ……分かったよ…」
「というわけでこの後拡声魔法も使いますので」
「はい…」
ベリベール冒険者ギルドの力関係がなんとなく分かった瞬間である。
【皆様、オークション並びに日々の生活をお騒がせして申し訳ありません。冒険者ギルドのクマ系獣人ベアートから、競売都ベリベールにお住まいの獣人の皆様に大事なお知らせがございます】
昼下がりのベリベールに突然響く拡声魔法にベリベールの住民と来訪者は、なんだなんだと動きを止めた。
【現在、狼吼里フェリルで御生誕されたプチフェンリルのモモチさまがベリベールにいます!というか私の目の前におられます!】
その言葉が響いたと同時にどこからともなく動物の歓喜の遠吠えが聞こえてきた。ように思う。割と近くから複数ヵ所で聞こえてる気がする。
【契約主であるミッツさんの御厚意で!この度!交流会を設けて頂けることになりました!】
遠吠えの他にも鳴き声が増えた気がする。
【というわけで!この後、宵待星が出てから『握手会』というものを開きます!場所は冒険者ギルド横の会館!参加条件は獣人であること!参加費は無料!ルールは『モモチさまにもミッツさんにも危害を加えぬこと』!詳しくは現地で!】
動物の鳴き声は感極まっている。気のせいじゃない。
【あ、ごめん。これ俺の声聞こえとる?そう?えー、獣人やったら住民でもオークションに来とる獣人でもかまへんからね】
【なんと慈悲深い、さすがモモチさまの契約主。それでは獣人の皆さん!お待ちしてます!絶対来てね!】
こうして準神の子、プチフェンリルのモモチと会える握手会は開催されることとなった。