116 ベリベール観光
「ありがとう!ミッツくんが声をかけてくれなかったら彼女…あのサブマスターに負けるところだったよ」
「勝ち負けとかあるんや…」
「彼女とは腐れ縁でね。学院時代から向こうが突っ掛かってくるから自然と競い合っているよ」
王都薬師学院での思い出を淡々と語ってくれたが、ミッツの脳内では女子大や女学院やオフィス内で成績争い、お局バトルをする女同士の怖い争いに変換されていた。
まあ、つまり、いかにフィジョールがヅカ男役のような見た目をしていても、女同士の戦いは怖いのだ。これ以上は触れてはいけない。割愛する。
オークションで目当ての植物を競り落とせたラフレ夫人とは一度合流したが、植物の保護をするためにいそいそと宿カサブランカへ戻って行ったため、今日半日はフリーとなった。
どうするか話し合った冒険者二人、そして流れで一緒にいたフィジョールはそのまま観光へ向かうことにした。オークションで寝てしまったモモチはリュックの中でお昼寝である。
国王公認筆頭薬師であるフィジョールはベリベールによく来るため、そこそこ都を案内出来る程度には詳しいのだ。
オークションハウスを出て、フィジョールはまず競売都ベリベールの造りを案内し始めた。
競売都ベリベールはオークションハウスを本当に中心にして成り立っている。地球でいうドーナッツ、いやバームクーヘンのように、3つの円形の層に分かれている都と言える。
まずオークションハウスや高級宿カサブランカもある『高級エリア』。高級オークションに関係する建物と上位貴族も満足出来る施設の集中する場所であり、競売都ベリベールのきらびやかな中心地であることは間違いない。
オークションハウス周りから少し離れた円形に広がる建物エリアは嗜好品を扱っている『中級エリア』で、下位貴族や裕福な平民向けのオークションを行っている。
そこから更に離れた通りや庶民的な建物は『初級エリア』と呼ばれ、雑多で賑やかな雰囲気である。ベリベールの住居の8割はこのエリアに存在している。
治安が比較的悪い所もあるが、王都シャグラードにあるスラム街や犯罪者の住む街なんかの100倍マシ程度の治安である。
高級エリアはもう堪能しているので、一冒険者である二人は初級エリアへと案内して貰うことにした。
「あー、なんや落ち着くな。こう、庶民的な感じが」
「そうか?あ、ミッツ。あれが初級オークションだ」
「あそこは平民向けのアクセサリー店だね。主に駆け出しの職人や見習いが作った物をオークションへ出しているんだ。初級オークションならこの辺りの店でいつでもどこでもやってるよ」
3人が見ている露店では、いくつかのアクセサリーをオークションにかけて競り合っているようだった。
「野花モチーフのペンダント!クズ宝石を上手いこと使って野原に咲く花をイメージした作品だ!200ユーラから!」
「うーん、500」「よし、800!」
「他にいないか?…よしそこの兄さん、800ユーラだ!」
「やった、妹にあげよう」
「買ってくれてありがとなー!」
店員の横にいた職人らしき青年がお礼を言っている。
「職人や見習いなどの製作者本人が売り込みに来ていることはよくあるよ。ここで高値がつくと自信もついて、を繰り返して職人として成長していくことが多いかな」
「へー、ほなナルキス村の人らもかな?」
「ミッツ、あそこの実力は本物だが交流が苦手だからこそあの村に引きこもってんだぞ?」
「あ、せやな」
装飾品を扱う通りを抜けて次に向かったのは、生活に欠かせない物を扱う市場。もちろん大体の店でオークションをしているが、普通に販売している店もある。
「青港町アルドローザの直送魚いらんか!シロイワシ1キロから1000ユーラだ!」
「不冬森ジャジャルバの完熟バナナはいらんかね!」
「服飾都レスリーヌのお手頃シルクが届いたよ!平民向けのシルクはなかなかないよ!うちはオークションしないから値段は応相談!」
「あー衣食住に関わる市のオークションってことやね。普通に市場…競りって感じ」
「何か欲しいか?」
「うーん、めちゃくちゃ欲しいってわけでもあれへんなぁ」
冒険者でもあるし自分の身は守れるということで、治安が微妙なところにもやってきた。マニアックな物が多数扱われる裏路地はディープなオークションが楽しめる。
「この辺は…まあマニアックな?」
「そうだな、あまり一般人は来ないかもしれない。専門的な物やよく分からない物をオークションにかけているかな。あとはオークションではない店ももちろんあるよ」
「ほー」
ちょっとだけベリベールの陰のような場所を歩いていると、露店がいくつか開かれている通りへとたどり着いた。
何かよく分からないヌメヌメした瓶詰めが売られていたり、売っているものはまともなのに店主がずっとブツブツ呟いていたり、少しだけ近寄り難いかもしれない。
「…ああ!?」
「どっどうした?」
「あ、あれ!嘘やんこんなとこに!?」
突然叫んだミッツは端にある古びた露店に並べられたガラクタのようなものへ全力で走り出した。
地面へ敷かれた布の上には、釜のようなものや円盤のようなものがある。
「なんだこの釜?錬金術師の釜か?」
「それにしては…やけにこう、変わった形だな」
「錬金術師!?おるん!?いやそれは後で聞くわ!」
ハイエナ系獣人の店主が突然走ってきたミッツとその仲間たちにびっくりしていると、ミッツが早口で話しかけた。
「おっちゃん!これ、これもあれも全部オークション!?」
「え?ああ、この店にあるものは初級オークションでも誰にも買われなかったもんじゃ。確かダンジョンやらで発掘されたもんらしいが、全部よく分からないものじゃろ?だからワシも格安で売っとるんじゃ。この通り誰も来ない寂れた店じゃがな」
「か、格安!これ全部!」
震えるミッツは眺めることしか出来ない二人の存在を忘れ、店主に食って掛かる。
「おっちゃん、これとあれと…ええい、全部!これ全部でいくら!?」
「ぜ、全部!?この商品らをか!」
「せや!」
「いや、1つあたり1000ユーラもせんしなぁ、ざっと2万ユーラじゃないか?数があるし」
「はあ!?2万ユーラ!?」
「ワシにも家庭があるからこれ以上はまけんぞ!」
「ちゃうわ!逆、逆!安過ぎ!こんだけ出すわ!」
ぢゃり、と露店の敷物に置かれたのは10万ユーラ分の硬貨であった。
ぎょっとする3人は慌ててミッツに話しかける。
「な…え?」
「ミッツくん!?多い!多いよ!?」
「ミッツどうした?なんなんだそれ」
「家電量販店かて安売りでもこんだけあって10万円で揃えられへんねんから!これでええ!おっちゃんは儲ける!俺は普段無駄遣いせんから金ある!俺は買えて嬉しい!はい終わり!回収してええか?」
「い、いいのか?!ワシはいいが…」
「かまへん!それに…」
錬金術師の釜だと言われていたものを抱え上げた。ミッツが上部の一部を押し込むとパカッと蓋が開き、中が見えるようになった。
明らかに釜のことを知っている様子である。
「これ!熊印の最高級炊飯器!米が立つようなプロの炊き方が簡単に出来る優れもの!米ないけど!ホームベーカリー機能付き!スポンジケーキも焼けるんちゃうか!?魔力で動くんかな!?」
「す、すいはんき」
「こっちはキャープのナノイオン搭載ドライヤー!濡れた髪を乾かす道具で、温風寒風機能はもちろん!乾かすと同時にしっとりうるつやの髪にしてくれるやつ!」
「しっとりうるつやだって!?」
「あの丸いんはお掃除ロボット!ボタンひとつで床を勝手に掃除してくれる優秀な子や!そっちには普通のコードレス掃除機あるわ!」
「そ、そうじき…?勝手に掃除?」
「ミッツ、まさか…!」
「せや、ここに売られとったもんの8割が…地球の道具や!」
「ということは…異世界産の魔道具になっている可能性が!」
「ある!」
「「なんだって!?」」
その場にいた全員が驚きのあまりぎゃいぎゃい騒いでいると、リュックで寝ていたモモチが声にびっくりして起きて肩にもぞもぞやって来た。
「きゃわん?」
「あ、モモチ起こしてしもた?」
「…も、モモチ…?あんた、まさか渡り人か…?」
「へ?うん、せやで」
異世界の魔道具に驚いていた店主が、更に驚いたようにモモチを凝視している。
「ということは!あの神狼王の御子様のモモチさまか!!?」
「あ、そうか。店主は獣人だもんな」
「神狼王?」
「お姉さんには後で説明するわ」
「そんであんた!あんたは神狼王様の救世主のミッツ様か!」
「ミッツでええよー」
「そんな、ではせめてミッツさんと呼ばせておくれ…ハッ!こうしてはおれん…!ちと待っていておくれ!」
店主は先祖化してハイエナになると、どこかへ猛ダッシュして行った。