112 競売都ベリベール
打ち合わせを終えた翌日、2日後に控えた護衛クエストのためにサイとミッツは旅支度を進めていた。
「そういや何気に他の大きい町行くん初めてやな」
「あー、そうか、ミッツはミチェリアと村ぐらいしか知らないか。ベリベールは町ではなく都だから…そうだな、ミチェリアが5つ分ぐらいの広さか」
「おお…」
「まあミチェリアも辺境町の中では中規模だからな」
「へー!王都はどんくらいの大きさなん?」
「んー…ベリベールが3つぐらいかな」
「想像つかへんなー」
食料品などをしっかり買い込み、武器の手入れなどもばっちり終了させているとあっという間にクエスト開始日となった。
ラフレ夫人の許しもあり、というより絶対条件でモモチも連れて行くことになっているのでモモチもミッツの肩に乗っている。
出立は明光星が3つ出てしばらくしてから、つまり朝ゆっくりめということだったので、特に早起きすることもなく、ライラックの部屋はいつも通り取り置きして貰う約束をしてミチェリアの北門へと向かった。
北門前で暇潰しにモモチと戯れること10分、領主であるチュルノ伯爵の紋章が彫られた馬車が2台やってきた。
「おはようございます、ラフレ様」
「おはようさんです、今日からよろしゅう」
「おはよう、サイさんにミッツさん。一週間よろしくね」
馬車から降りることなく窓から声をかけてきたラフレ夫人に挨拶をし、夫人の護衛となる私兵10名とも挨拶を交わした後、ベリベールへと出立となった。
ミチェリアからベリベールまでの道のりは大街道を進むことになる。途中に立ち寄れるような村や町はなかなか無く、ラフレ夫人は馬車内にある簡易ベッドで、私兵と冒険者はその周りで野営をして過ごす一週間となっている。
馬車内の護衛は私兵が行い、サイとミッツは馬車の外を警戒しつつ馬車の周りを見張る行程となっている。
サイはいつもの八脚大馬に乗り、ミッツは冒険者ギルドで借りてきた小柄の馬に乗って、馬車に並走、時折追い抜いて先の安全確認をしている。
そこに加えてサイが簡易召喚で小回りの利く魔コウモリを馬車とミッツに張り付かせているので、万が一の時にも大丈夫なようにしている。ミッツは初めて、『人を守りながら周りを警戒する』という経験をしているので最初はミッツも守られているのだ。
ミチェリアを出発して2日も経つとミッツもちょっとずつ護衛任務に慣れ、周りを警戒しつつ野生の動物を観察したり、精霊と話し合って危険がないかを確認したり出来るようになった。
「少し慣れたか?ならミッツ、ちょっと先に行って危険がないか見てきてくれ」
「はーい」
「どうだった?何か問題は?」
「特に何もあらへんで」
「そうか」
「強いて言うたら、スライムゼリーを12個ゲットしてきたくらいやな」
「大問題じゃねえか、この先にスライム何匹いたんだよ」
「37匹」
このように、先に危険を排除する余裕も出てくるようになった。
このスライムゼリーはその日の夜、ミッツが持ち込んでいたイチゴシロップと融合したイチゴゼリーに進化し、交代で休憩に入る私兵10人と冒険者2人のおやつとして胃の中にこっそり仕舞われた。
道中で悪天候に会い、1日だけ延びてしまったこと以外は特に事故・事件もなく、ラフレ夫人のいる馬車にモモチが連れ込まれてわしゃわしゃされたりしつつ、無事に競売都ベリベールへの入場門へ並ぶこととなった。
競売都ベリベールは王国内にある都の中でも大きい都である。
都の中心にある大きな高級オークション会場を基礎に、放射線を描くように建物が並び、その周りに住居がある。住居よりもオークション会場や宿が多い。
まさしくオークションのための都である。
高級オークションの前々日に着いた一行はひとまず旅の疲れを取るために、チュルノ伯爵の予約していた宿へ行くこととなった。
5つ星宿 カサブランカはベリベール中央近くの一等地にあり、王国内屈指の高級宿で、貴族や大商人の泊まる最高峰のサービスを提供する宿である。チュルノ伯爵はこのカサブランカに私兵と冒険者であるサイとミッツの部屋も取ってくれていた。
相部屋ではあったがこれも報酬の一部であるので、2人は遠慮なく部屋でのんびりさせて貰うことにした。
「ラフレ様、俺たちの部屋までありがとうございます。ミチェリアに帰ってから伯爵にも御礼を言わせて下さい」
「いいのよ、これも報酬ですから!この都では護衛任務はうちの私兵がするので、お二人はゆっくりして、明後日のオークションで皆様の度肝を抜いてちょうだい!」
「あ、はい」
二人が出品することを知っているラフレ夫人は伯爵夫人らしからぬワクワク感を持っていた。こんなはしゃぐこともあるんだなぁ、と思いながらサイとミッツはとりあえずその日は部屋で休むことを選んだ。
翌日、カサブランカのサロンでラフレ夫人や私兵と朝食を共にした二人は競売の申し込みをしに行くことにした。
中央近くにあるカサブランカから歩いて割とすぐにある高級オークション専門施設は、ミッツがこの世界に来てから初めて見る大型建造物である。
ベリベールのど真ん中にあり、黒塗りの壁で覆われていながら威圧感を与えないよう繊細な紋様が刻まれた豪華で巨大な建物、『ベリベールオークションハウス』は国立のオークション専用建築物としてはシャグラス王国で最も大きく最も歴史がある。
「おお~、でかいなぁ」
「オークション専用施設としては最大だからな。シャグラス王城の次に大きいんじゃないかな」
「へー、甲子園何個分やろ」
「こうしえん?」
「もしくは東京ドーム何個分やろ」
「とうきょーどーむ?」
【質問を受け付けました。甲子園球場約1.5個分です】
「へー!結構大きいやん!」
【ちなみにグラウンド面積だけで比較すると、甲子園球場は東京ドームよりやや大きいです】
「えっ!ほんま!?やったー!」
「何が?」
スマホが勝手に反応をし、ミッツが関西人になんとなく分かる喜び方をし、サイが困惑している間に、ベリベールオークションハウスの入口へと着いた。
前日になって飛び入り参加の申し込みは様々な者が出来る。とはいえ、ちゃんとした身分を保証された者でちゃんと高級オークションに準じた、貴族に見せて恥じない品物を持ってきた者にのみ申し込みが受け付けられる。
きちんと鑑定された物が申し込みを許されるので、サイとミッツも身分証明である魔石を見せて中へと入った。
中の会議室のような部屋へ通されると、早速ミッツが学生鞄からサイの分の特級薬草を取り出す。
鑑定魔法を使えるスタッフたちが鑑定を行うと、悲鳴をあげて感想を騒ぎ出した。
「ま、まさかこれは…!特級薬草でございますか!?」
「信じられない!まさかこんな瑞々しい生花で見られるなんて!旅先のファジュラで見かけた時でも少し萎れていたのに!」
「そういえば王都のオークションで少し前に乾燥特級薬草の出品がありましたな!」
「あ、それ狼吼里フェリルで一緒に採取していた冒険者だろうな」
「あの人らも生花採取しとらんかった?」
「お前と違って俺たち他の冒険者、いや王族であっても時間停止のストレージバッグなんてなかなか持ってねぇよ」
「あっせやな」
まだざわついているオークションスタッフの前に、ミッツが鉢植えのシャグラス産天の雫を取り出すと、鑑定していたスタッフが息を止めた。
「ぐっ」
「ぐ?」
「ぐあああ!なんですかこれ!?支配人!支配人ー!!!」
結局、サイとミッツがオークションハウスから開放されるまで、3時間ほどかかってしまった。
なんとなく疲れてしまった二人はベリベールの散策を諦め、翌日のオークションに備えてカサブランカでゆっくりすることを決めた。