111 伯爵夫人の護衛クエスト
厄介指名クエストを全て終えたサイとミッツは1週間ほどのんびりした生活をしていると、冒険者ギルドから連絡を受けて向かうこととなった。
「競売都ベリベール?」
「そうです。サイさんもミッツさんも、色々やばいのお持ちでしょ?私は忘れてませんよ。天の雫もですが、狼吼里フェリルでの特級薬草も持ってるでしょ!?しかも時間停止ストレージバッグの中に!」
「やばいの言うな」
シャグラス王国では市場の競りなどの日常生活に必要なオークションを除いて、勝手に大きなオークションは開けない法律がある。
勝手に色んな所で開いていたら経済的混乱が生じたりする可能性があるからだ。なので国王が許可を出さない限り勝手にオークションは開けないことになっている。
王国で大きなオークションを行うことが出来る場所は二ヶ所ある。
1つは王都シャグラード。年に2回、主に夏と冬、総合的な大規模オークションを開催することになっている。高級珍味から稀少な魔道具まで、あらゆる分野の物をごたまぜに競り合う一大イベントだ。
もう1つは競売都ベリベール。都の至るところで年中オークションを開催することを認められ、分野ごとのオークションを見るならこちらに来ることが多くなる。
王都開催レベルのオークションを高級オークション、そこそこの規模を中級オークション、生活雑貨などの一般庶民も手を出せるオークションを初級オークションと区別されている。
「ベリベールでは高級オークションが定期的に、そして初級オークションと中級オークションは不定期に開かれるんです」
「あー、そういやそろそろ高級オークションの開催時期だったな」
「ええ!今度のベリベール高級オークションの分野は植物なんです!なので特級薬草や天の雫をオークションに出してみるのもありかと」
「へぇ、オークションなんてネットオークションしかしたことないわ。…ああ、ネットオークションってのは家にいながらオークションに参加出来る便利なオークションやで」
「なんで聞きたいことが分かった?」
「聞くやろなぁって」
「で?本音は?」
「ベリベールまで護衛クエストをご指名です」
「誰からの依頼だ?」
「ミチェリアの領主であるチュルノ伯爵からです。夫人がベリベールで行われるオークションに参加予定だそうで」
「へー、植物好きなんや」
「珍しい観葉植物がお好きなようです。出品はしないそうですが、いくつか競り落とされるかもしれません」
「そういや出品てどないすんの?今からでも間に合うん?」
「あ、そうか。チキュウのオークションとは違うかもしれないもんな。簡単に説明しよう」
オークションは貴族または認可を得た商人の推薦があれば誰でも出品することが出来る。
前日の定刻までに申請をすれば、当日の出品目録に載せることが出来る。そのため、当日にならないと出品物が確実に分からないため面倒な事前トラブルが起きにくくなっている。
尚、この出品目録の冊子については守秘技術が盛られている。出品者には無料、観覧・参加者は一冊3万ユーラで売られる。
「いつその、えーとベリベール?、の高級オークションは行われるん?」
「今から2週間後ですね。ミチェリアからベリベールまで馬車で1週間ほどですので、余裕を見て3日後から護衛をお願いします」
「わあ決定事項」
「ベリベールに着いてからの護衛は?」
「チュルノ伯爵の護衛私兵はもちろんいますので、道中の護衛だけお願いします!夫人からはベリベールでの宿泊や食事の手配は込みで報酬を出すと聞いていますよ」
「ふむ、妥当だな。どうだ?」
「オークション行ってみたい!護衛は…まあ初めてやけどやってみたい」
「よし、受注しよう」
翌日、伯爵夫人が直々にギルドを訪れてサイとミッツと打ち合わせをした。
残念ながらギルドの個室が空いておらず、夫人の希望でモフモフカフェの一階で話し合うことになった。
ベクターが完璧な応対でミルクソルベ、そして新商品である『爽やかスライムゼリー』をテーブルへと運ぶ。
スライム討伐を行ったミッツはある程度のゼリーを手に入れることが出来、商業ギルドへと持ち込んだ結果として、これから冒険者ギルドに持ち込まれるであろうスライムゼリーの3割をミッツ個人及びモフモフカフェ、7割を商業ギルドで分けて買い取り出来る権利をもぎ取った。
数もあるため、ミルクソルベと違って平民も注文出来る。
テーブル席の上座に座った夫人はゼリーをとても気に入ったようでスプーンを手にしたまま、肩にハムスター、足元に狐をモフモフ侍らせながら話を進めた。
「この度はお受け頂き感謝しますわ!改めまして、私はチュルノ伯爵当主の妻 ラフレ・チュルノです」
「お久しぶりです。ご指名頂きました、『世界の邂逅』サイです」
「同じく『世界の邂逅』、いつもモフモフカフェ個室をご贔屓にどうも、ミッツです」
「よろしくお願い致しますわ。いつも個室を利用させて頂いてるけれど、たまにお忍びで一階も利用しているのよ」
「あ、報告は受けてます」
「えっ嘘、知られているのね!恥ずかしいわ…」
「いや、割と町外から貴族の方来られてるんで…。あ、ほら、あれは悪い例やけど」
明らかに護衛に守られながら新品の平民コーデでやってきて、食べたことのない甘味や飲み物を堪能し、モフモフして幸せそうに帰っていく貴族らしき者は意外といる。
もちろん、どう見ても貴族という者が権力を振り翳しながら既に入店している客を追い出して貸し切りにしろ!ということもある。
そんな時は貴族の扱いに慣れているベクターが対処をする。
具体的には、ミッツが知らない間に届いた『シャグラス王族公認状』を見せ、「この店のルールに揉め事禁止とあります。これ以上騒ぎ立てるようならば残念ですが陛下にご報告せねばなりませんな」「おや、ところで貴方様は◯◯子爵の…。確かこれこれこのような実情がお有りの家でしたな」とベクターが述べる。
大体の貴族はその公認状とベクターの追い討ちで帰っていく。
ミッツが指差したのは、大体じゃない貴族の一例であった。
「なんだと!この僕を誰だと思ってるんだ!」
「この御方はピスパ伯爵が次男 ギャック・ピスパ様ですぞ!」
「ですからこの店に入るには最低限のお忍びスタイルとマナーを弁えた方でお願いしております。これは王族であろうと変わらないルールとなります」
「こんな獣人の店なんかに僕が来てやってるんだぞ!さっさと平民を追い出して貸し切りにしろ!」
どう見ても高級なジャケットに半ズボンという生意気貴族坊っちゃんスタイルの少年が、執事と共にベクターへと叫んでいる。
「ピスパ伯爵?」
「あ、ダルダット侯爵の政敵ちゃうん?」
「あー確か長男が幼女趣味でスコルちゃん拉致企ててたあのピスパ伯爵か」
「あらあら、その話は後で詳しく聞かせてちょうだい。少し行ってくるわ」
「夫人、護衛を」
「ありがとう、頼みますわ」
今日は依頼の打ち合わせのためにお忍びスタイルではないラフレ夫人が、護衛を申し出たサイを伴い、ぎゃんぎゃん騒いでいる伯爵子息の元へすたすたと歩いて行く。
「そこの貴方、子息といえど貴族ともあろう者がみっともない事をすべきではないわよ」
「なんだと!?僕を誰だと」
「貴方こそ私を誰とお思いなのかしら?」
ギャックについている執事が夫人の顔を見て、やや遅れてハッと気付いたようでギャックの肩を引っ張った。
「坊っちゃま、まずいです」
「何がだ!」
「この御方、このミチェリアの領主であるチュルノ伯爵の奥方です!」
「ええその通りですわ。それが分かる程度には頭が回るようで何より」
「何?伯爵ならば僕と同じ爵位であろう!」
「同じ?笑わせてくれますわね。当主夫人と次期当主でもない子息が同じですって?それともピスパ伯爵は貴方を次期当主に認めたのかしらね」
「そりゃ笑える冗談ですね。ギャック伯爵子息、道化師の才能があるのでは?」
ラフレ夫人とサイが煽るように会話していくとギャックはますます怒って顔を赤くしている。
「それにしても、そこの執事」
「え、私ですか?」
「貴方、私の身分が分かるのに、このカフェで騒ぐことの重大さを分からないのね」
「は?」
「先ほどベクターが言ってたように、ここには『シャグラス王族公認状』が掲げられているのよ?」
ラフレ夫人が手で指し示した先にある書状を全員が見つめる。
この騒ぎに注目しない者がいるはずもなく、騒ぎを眺めていた一階にいる客や先祖化した獣人スタッフも全員書状を見た。
「この書状があるということは、このカフェは王族御用達ということ。つまりここで騒ぎを起こした貴族は『王族の認めた事に瑕疵あり』と明言するようなものよ」
「「!!」」
ようやく理解したギャックと執事は慌ててカフェを出て行った。
去り際に捨て台詞を吐いたので、たぶん懲りてはいない。
「ふう…騒がせてしまったわね」
「いえ、騒いでいたのは向こうですので」
「でも一般客には関係のないことでしょう?何か皆さんにお詫びでもしなければ領主夫人の名に傷がつきますわ」
「ああ…」
夫人が悩んでいると、ミッツがマンチカンを抱えながらやって来た。
「ほんなら、この一階のお客さんにミルクソルベ奢ってあげたってください」
「あら?その程度でよろしいの?」
「ラフレ様が食べてはるの、皆めっちゃ見とったし」
基本的に貴族や一部の冒険者しか食べられないミルクソルベを凝視していた客はちょっとだけ気まずそうに目を反らす。
ラフレ夫人は笑って、今一階にいる客全員にミルクソルベを作るよう、ベクターへと伝えた。
尚、ミルクソルベは最高級素材を使っているため、お値段5000ユーラという高級氷菓子である。