110 スライムの天敵たる者たち
駆除クエストを終え、夕方に孤児院に『ひっつき種の除去依頼』をクエストの形で出して孤児たちに依頼料という名のお駄賃を渡せたサイたちは、翌日またギルドへ顔を出した。
「ひっつき種駆除は平和に終わって何よりでした。今日はスライム討伐をお願いしたいです」
「これでギルド指名クエストは終わりか?ということはしばらくはゆっくり出来るな」
「今のところは…そうですね」
ナビリスは手元の依頼紙の束を確認しながらそう答える。
ギルド指名は終わりだが、期限がまだ先の個別指名が大量にあることは伝えないでおこうと決めた。
「それにしても…何故スライム系の依頼が増えたんだ?前からあったがここまで集中してなかっただろ?」
「えーと、スライムの目撃情報が増えたのと、スライム討伐が比較的出来るようになったのと、スライム魔石の需要が増えましてね」
「そうなん?需要とかあるんや?」
「確かミッツさんの差し金だったと記憶しているんですが」
「言い方、悪意ある言い方やん」
「『すずか』ってあるじゃないですか。あの冷たい風の出る魔道具」
「それはこいつの差し金だな」
「あれに入れる魔石、どうやらスライムの魔石が一番適しているらしいんです。この前の『パレード』でスライム魔石が大量に手に入ったことで発覚しまして」
「俺の差し金や…!すまんスライム!」
どのみち倒す気満々ではあるが、これまでもミッツの見つけた方法で倒されていったスライムに黙祷を捧げると、ナビリスは一応フォローしておく。
「でも我々、スライムにとても手を焼いていたので本当に助かってますよ」
「ええー?そう?やったー」
「ところで討伐方法ってどんな」
「さてサイ、行くで」
「チッ…!」
「舌打ち?なあミチェリア冒険者ギルド受付嬢が舌打ち?」
例え仲の良いナビリス相手であろうが、スライムに塩は遠距離攻撃専門職だけの秘密なのであった。
尚、サイにも伝えていない。
国王陛下であろうが、100万ユーラを積まれようが、遠距離攻撃職たちが他冒険者に方法を伝えることはこれからもない。
ナビリスから預ったメモを元にミチェリアの北西へ3時間ほど進んだ先の草原で、スライムのよく見かける情報の地点を見つけた。
目撃情報によると、スライムが草原を埋め尽くすがごとく存在していたということで、他にも先行して討伐している冒険者がいると聞いていた。
「あはははは!スライム覚悟!」
「逝け逝け!逃げ惑え!逃がさんがな!」
「ふはははは!!!」
「いや怖…」
「ストレス発散かな?」
スライム討伐を受けた別の冒険者パーティが次から次へとスライムを撃ち抜いていく。正確には冒険者パーティの弓使いと魔法使いがスライムを倒していくのを、剣士や槍使いが離れた場所からぼんやりと眺めていた。
謎の白い粉を付けた矢で撃ち抜かれ、固められた白を魔法でぶつけられて萎み、スライムたちは最大速度で逃げている。
しかし子供の早歩き程度の速度しか出ず、ゆっくりと歩いてきた弓使いに背後から撃ち抜かれた。
「スライムが哀れだな」
「スライムの天敵なんちゃうかな」
「…あ、サイとミッツだ」
「本当だ。あんたらもスライム討伐か?」
「ああ」
ぼんやり眺めていた剣士たちがサイとミッツを見つけて挨拶にやってきた。
冒険者パーティの張った天幕に招かれて支援職の淹れたお茶を勧められ、おやつとしてチョコとクッキーを提供し、一緒に戦闘が終わるのを眺めている。
覚えなくても良いがパーティの名前は『フロス村一同』というらしい。王国東側にあるフロス村の同郷で作られたパーティだ。
「あの白いやつって一体なんなんだ?」
「何やろねぇ」
「いやあんたが発案者なんだろ?」
「教えへんで」
「サイは知ってんじゃねえのか?」
「いや、教えてくれないんだ」
「当たり前やろ」
「俺かて『ナイトパレード』の時に軽く扱われたと感じたんや。俺よりずっとそないな扱いされとる皆なら、そう簡単に遠距離攻撃職が教えるはずないわ」
戦闘がひとまず終わって弓使いと魔法使いが熔けたスライムから魔石を押収していくと、魔法使いが妙なものを見つける。
「なんだこれ?」
「んん?なんだろ?」
手のひらに乗るくらいの大きさで、ぷるぷるした透明な四角い物体をなんとなく見覚えのあるミッツはひとまず鑑定した。
◆スライムゼリー◆
討伐されたスライムから稀に落とされる、スライムの体内にある内臓部分。可食。あっさりとした甘味である。
地球でいうゼリーとほぼ同義。熱にかけて溶かして任意の型を取ることも出来る。
「ゼリー!!!」
「わっびっくりした」
「ゼリーやん!え、スライムゼリーってスライムゼリー?!内臓!?」
「落ち着け」
これまでスライムを確実に倒す方法が無かったため、まだまだスライムの落とすアイテムは解明されていない。今回もたまたまレアアイテムとして発見されただけである。
「サイ!」
「えっはい」
「俺も今からスライム狩ってくる!幕張っといて!」
「お、おう」
「ミッツくん、よく分からないけどこれは捨てちゃダメなのね?」
「あかんよ!?出来ればそれも俺買い取りたいぐらいやねんから!」
「そ、そうなの…」
「いやでも、せやな…分からんよな…先にそのゼリーの真価を見せたろか…!」
ミッツはサイと『フロス村一同』人数分の小さなボウルとスプーン、そして少し大きめの鍋とフルーツをいそいそと取り出した。
既に燃えている焚き火を借りて鍋にスライムゼリーを投入し、ゼリーを溶かしていく。
その間に周りにいた風精霊たちにスマホで指示して、フルーツを小さくカットして貰う。
フルーツを軽くシロップ漬けにしている間にゼリーがとろとろになり、そこへフルーツを投入する。本当は時間をかけて漬けたいし混ぜる順序も逆だが、とりあえずは適当で大丈夫と判断した。
ボウルに分けて入れたフルーツ入りゼリー液を水精霊に冷やして貰うと、即席フルーツポンチゼリーの完成である。
「ほい、フルーツポンチゼリー」
「うわあ!綺麗!」
「華やかで良いね!」
「女子供が喜びそうだな、まあ甘味は男も好きだけどよ」
「うまっ!」
「あっさりしてるな!これなら甘いものが苦手な奴でもイケる!」
「ワインと混ぜたりしてワインゼリーも作れるし、ゼリーそのものに味つけたり出来るで…!」
「なん…だと…!」
全員がスライムゼリーの有用性を思い浮かべていると、まだまだ残っていたスライムたちがうぞうぞと草原へ様子を見に来た。
その場にいた冒険者たちを獲物と見なし、スライムたちが一斉に向かってくる。今まではスライムを見て人間は嫌そうに逃げていたので、そのスライムたちも今までのように人間を追いかけようとしたのだ。
そう思っていた。……冒険者たちがスライムを獲物を見る目で見るまでは。
「来たぞ!ゼリーだ!」
「遠距離職かかれー!」
「3人しかおらんけどなぁ!スライムども覚悟せぇ!」
「うーん、俺らはどうしようかな」
「見守ってるしか出来ないし、帰ってきたら労おう」
「あ、アイテム拾うのは俺らでしよう」
「そうだな…、それにしても」
「あれが…スライムの天敵たる者かぁ」
剣士の言葉に、遠距離攻撃職を除いた冒険者は全員しみじみと頷いたのであった。