109 ひっつき種の駆除
精霊の瞳騒動が落ち着き、ヘドロ草採取から規定の期間を隔てて久しぶりに再会出来たモモチに顔中を舐められ、久しぶりにモフモフカフェを訪れたサイとミッツは個室へと案内され、ヘドロ草クエストクリア冒険者限定のミルクソルベをしっかり味わっていた。
他の冒険者たちもミルクソルベの存在をぼちぼち知り始めたらしく、ヘドロ草の採取を受け付けてくれるようになったとナビリスから報告はされている。
エルフのカフェ店員として地味に客層を広げることに成功しているクドゥールが運んできたミルクソルベは、ミッツが伝授したアイスクリームより更に進化しており、濃厚だが嫌味のない味わいと添えられた特製クッキー、そして口直しのミントで洗練された一皿となっていた。
ミッツの感想を聞くべく入室してきたベクターの前で二人はスプーンを進める。
「うん美味しい!お高いアイスや!やっぱりアイスとクッキー合うわぁ、どこの世界でも考えること一緒やな!」
「貴族の口にも合うように厳選された卵と牛乳を使用しておりますので。ミッツくんの口に合うなら大丈夫そうですね」
「なあこのクッキー、俺の目には王国の紋章の型に見えるんだが?」
「この度、このモフモフカフェは王族御用達の書状、『シャグラス王族公認状』を頂きましたので。貴族や大切なお客様向けに王国紋章の型をナルキス村へ発注致しました」
ミッツが咳き込む。
「待って俺も聞いてへん」
「ちなみに公認状は一階の会計所の壁に最上級の額縁に入れてかけており、最上級の防御結界を施しております。こう見えて私、防御魔法も得意でして」
かつて貴族の執事だったベクターに納得の顔を見せた二人はゆっくりとミルクソルベを食べ、今日も冒険者ギルドへと出向いた。
「今度こそ平和にクエストしたいな」
「せやなぁ」
次のクエストを受けるために受付へ向かった二人は、ナビリスから次のギルド指名となる『ひっつき種の駆除』について聞くこととなった。
「ミッツさんのために、ひっつき種クエストについて詳しく説明しますね」
「お願いしまーす」
「ざっくり言うと、ひっつき種と呼ばれる種を飛ばす木の駆除がメインのクエストです」
「種やなくてその元凶ってことやね」
「それで種の見た目ですが、ちょうど良いところに。後ろをご覧下さい」
「え?うわぁ」
人の顔ほどの大きさのある三角形の種を至るところにくっつけたまま、目が据わっている冒険者が後ろに並んでいた。
緑の種と茶色の種を全身にひっつけて、取ろうともしていない。
「おう、こういうことだ。渡り人は初めて見たか?めちゃくちゃ面倒だぞ」
「あーひっつき虫のでっかいやつやん」
「虫…!?チキュウではこれ虫なのか!?」
「え、ちゃうちゃう!虫に見えるって昔の人が言うてたからそう呼んどるだけ!正式名はヌスビトハギ!くっついて遠くに運ばれようとするやつやったはず。あと緑のイガイガのやつもひっつき虫って俺のおったとこでは呼んどったで」
「「へー」」
「とりあえず鑑定」
◆ひっつき種◆
正式名称ユラヌスビトハギノキという木の種。ユラ大陸全土に生息し、最大の特徴は『種を飛ばし、動物にひっついて遠くまで運ばせる』ということ。春から夏にかけてひっついてくる。種は特に素材になるようなものではない。種は増えやすいので、ひっついた種は剥がしてまとめて処分しよう。
あまりにひっついてくるし意思があるかのような動きに苛立ったエルフが星魔法で真意をユラヌスビトハギノキに聞いた所、「だってあんたらがうちの子を運んでくれるし楽じゃん?」とだけ返ってきたという逸話を持つ。
「めんどくさがりってことでええんかな」
「そうだな…」
「でもそんだけ大きいんやったら取りやすいんちゃうの?」
「渡り人、よく見てろ」
冒険者がお腹のひっつき種に手をかけてペリペリと種を剥がした。
大きい種の剥がした下には冒険者の服が見えると思ったが、大きい種の跡にはびっしりと親指サイズのひっつき種が大量に服にくっついていた。
「飛んできてくっつく直前に、こう、くっつく側の皮が剥がれて対象にくっつくんだ。今俺の服にひっついてるのを剥がすと全部こうなる」
「…ぉぅ…」
「ちなみにこの種の下には更に小さい種がこの面積分くっついている、大中小の三重構造だ」
「面倒臭っ!!!なんやそれマトリョーシカか!スーパーのお得大量パックか!悪意あるぅ!」
「まとりょーしか?」
「地球のおもちゃや、気にせんといて。それで、もしかしてその種の下全部そないなことなってんの…!?」
「うん…」
「取っていけばいつかは服から種は取れるが、いかんせん数が多くてな。冒険者の多くはせっかちだから…まあイライラする奴が多い」
「へー、じゃあどないすんの?」
「どない?えーと、普通に取るだけだな。イライラすっけど」
「そうだな、イライラするが」
「見てる側もちょっとだけイライラしますねぇ」
冒険者と受付嬢がため息をつきながら対処法について悩む。
「んー、ちまちました作業好きな人にクエストとして任せたらまあまあな収入源になりそうやのに」
「え?」
「え?だから、こう、足悪ぅした引退しかけの冒険者とか、力作業出来ん人に冒険者登録して貰てクエストを頼むとか。ああ、それこそ孤児院の子供らにお小遣いクエストみたいな感じとか。そないなことで経済回すんもええんとちゃうの?」
「…なるほど」
「ミッツさん、その案頂いても?」
「頂くも何も普通の考えやし、好きにしたらええんでは…。というかほんまに誰も考えんかったんか!?」
「なんか、取るだけだしなって。クエスト料金どうなるんだ?」
「服なら500ユーラで全ひっつき種撤去とか、もっと大きいのにひっついてるんなら追加料金とか?ああ、どんくらいついてるかで値段決めてもええやろしな!なんぼまでやったら出すからとにかく取って欲しいとかいうお急ぎクエストもええんちゃうの?」
「ナビリス」
「クロルドさんに伝えてきまーす」
「ではギルド指名クエスト、お願いします!」と別職員に笑顔で見送られたサイとミッツはのんびりとミチェリアを出て北上した。くっついている種を取るのはおまけのようなもので、本番はあくまでもひっつき種の元凶の駆除なのだ。
大街道を西に進むと、賑やかな声が草原から聞こえてくる
「ぎゃー!背中!背中に入った!」
「くそがぁああ!」
「焼け!焼け!」
「焼いたら弾けるわよ馬鹿!」
「きゃあ!髪にひっついた最悪!!」
「わあ賑やか」
「賑やかという表現で良いのか?あれがひっつき種の木だ」
「おーあれがユラヌスビトハギノキ」
5メトーほどの高さの木で、太さは成人男性の腕ぐらいの細さである。
意思を持つかのように枝をしならせ、種を周りの冒険者たちにぶちまけ、風上に種を蒔いたりしている。
「木、ひょろいな」
「あの大きさが標準でな、種が土に蒔かれて一晩でああなる」
「悪意あるぅ!」
「なので事前にユラヌスビトハギノキを伐採することは出来ない。全ての種が木になるわけではないのが救いだ」
「さっき焼いたら弾けるって…」
「そう、焼けばあの大きい種が弾けて中サイズの種が冒険者たちに降りかかる。ちなみにあの木は急成長のせいか、中は空洞でな」
「へぇ。ほんなら軽いし衝撃に弱いんちゃうの?」
「突風ぐらいなら木自体がしなるんだよ。あととても燃えやすく、もう一度言うが熱くなった種が辺り一面に弾けて地味に攻撃となる」
「ポップコーンか!悪意あるぅ!」
「ぽっぷこーん?」
「ここにもトウモロコシあったから今度作ったる。じゃああれどないして駆除すんの?」
「ちょうどあのパーティが駆除する所だ」
枝の猛攻を避けた木の根元に魔法や物理攻撃を当てている。
しばらくするとビクリと枝を硬直させたユラヌスビトハギノキが止まり、薙ぎ倒された。
「根元に種を飛ばす機構があるらしくてな、そこを潰すと動きも止まる」
「なあ、あれ魔物か何かなん?」
「残念ながら本当に植物だ」
「ええー?」
「さて、俺たちも駆除するぞ」
「駆除ってかほぼ討伐やん」
「はぁ…はぁ……もしもし、『この辺りにユラヌスビトハギノキは?』」
【周囲3キロにユラヌスビトハギノキは生息していません】
「お、終わったぁ…!」
4時間かけて総数180本のユラヌスビトハギノキが殲滅された。
携わった冒険者は全員ひっつき種にまみれて座り込んだりしている。召喚された天使や悪魔、幻獣も鬱陶しそうに種をガリガリと取っていた。
こればかりは渡り人としての知識も通用しなさそうなので、各自ミチェリアへと帰還していく。
冒険者ギルドで既にクエスト化していた『ひっつき種をお取りします』貼り紙の文字に冒険者たちが群がるのはすぐであった。