108 次期精霊王候補
2回の取り調べを終えて天の雫はひとまずミッツ預りとなったその日の夜、定宿ライラックのサイの部屋にサイとミッツはいた。
説明にもあったように説明の瞳や宝石の爪を持っていると色んな裏稼業や諸々から目玉や爪を狙われることになる。
ミッツは落ちてきた当初より強くなったとはいえ、まだまだビショップ級である。万が一サイと別行動している時に拉致されたりしたら目玉をさらっとくり貫かれてしまう。痛い。いや痛いどころではない。
そのため、対策を練るために思い付いたことがあったサイは本契約の内の一人を呼ぶことにしたのだ。
「おいで、特級火精霊『ブレイア』」
「呼んだか?久方ぶりだな!サイ・セルディーゾ!」
虹色の炎が部屋の真ん中で弾け、中からは成人男性の姿をとった精霊が現れた。
比較的薄い布を使った衣装を着た、エキゾチックな褐色肌の燃える赤髪を持つ青年調で、精霊女王のような羽根はないが両腕に爬虫類のような鱗がある。
ミッツは (アヌーラさんとかギルさんとは似た系統のまた違ったイケメンやなぁ。施設のみおちゃんの薄い本が厚なりそうやわ) と思ったが、懸命にも口には出さなかった。
どうでも良いが、元施設メンバーのみおちゃんは現在某即売会のアラブ系ジャンルでの人気サークル主である。
「初めまして、俺はミツル・マツシマ。ミッツて呼んでや」
「うむ。俺は特級火精霊イフリートであるブレイアだ。次期精霊王の筆頭候補とされている精霊である」
「次のえらいさん候補やな、よろしゅう」
「うむ、…む?」
ブレイアがミッツの顔をまじまじと眺めていると、サイが本題へと入った。
「この精霊の瞳なんだが、元の瞳の色に戻すか、せめてこの神々しいのを隠す方法知らないか?」
「やはりか!久しぶりに見たぞ。今代の精霊王に気に入られているのだな少年!精霊王の祝福を頂いたのか?」
「そういや測定で、精霊王の贔屓ってのあったなぁ」
「……贔屓…?」
精霊王の祝福ではなく贔屓の加護を持っていると聞いたブレイアは考え込む姿勢を取った。
何事だとサイとミッツが見守る中、しばらくしてブレイアはミッツにいくつか質問をする。
「少年、ちょっと嫌なことかもしれないが聞いても良いか?」
「なんや?」
「少年は割と不遇な環境で育ったりしたかね?」
「生みの親に虐待されて施設の大人に育児放棄される環境を不遇って言うんなら不遇やな」
「…少年、小さき頃は割と可愛いとされる部類であったか?」
「は?うーん、まあせやな。近所のおばちゃんに飴ちゃんとか貰っとったなぁ」
「そういやミッツは女装もなかなか似合うもんな」
「おう、ポメルくんの時やな。懐かしいわー」
「どうしたブレイア、頭抱えて」
ミッツの過去をざっくりと聞いたブレイアは何か分かったようで、客室の床に膝をついて頭を抱えた。
偶然食べたサラダの葉がヘドロ草だったかのような顔をしている。
「あー…えー…言って良いのかコレ…?」
「なんだよ」
「まず、進化した精霊や天使、悪魔には個性が宿るのだ。それは精霊王であろうとも精霊女王であろうとも、特級天使などであろうともな」
「そういやフロイラールさんも世話焼きみたいなとこと女子高生みたいなとこあったなぁ」
「それで?」
「そしてある程度の力を得ると、まあ長生き、というか我らは不死であるからして、渡り人のことも知ったりする」
「せやな」
「つまり、上位の精霊や天使、悪魔は異世界のことを詳しく知ったりすることもある」
「そうだな、あり得る話だ」
「フロイラールさんもキャメロンさんと仲良かったんやったかな。おかげで美容のこととか聞かれたし」
フロイラールにミッツが知る限りの情報は簡単に話してあった。
ミチェリアブランドの化粧品が出来たらフロイラールに届けられるようにするつもりである。
「ちなみに俺は今チキュウの格闘技に興味がある。プロレスやボクシングの大試合なんかは頑張って分身をチキュウに送って観戦しておるぞ」
「へー、送れるんや…。フロイラールさんもそうしたら化粧水とか買って来れるんちゃうの?」
「俺は分身を作り出すのが得意でチキュウには気合いで送っているが、普通は出来ないぞ。確か今代の精霊女王も精霊王もそういうことが壊滅的に出来ないからなぁ。あっ!女王の得意とする癒しが逆に俺は壊滅的に苦手である!」
「で、その個性がなんだよ」
「えーとだな」
ブレイアがちらりとミッツを見る。
「少年、お前にはっきりと分かる言い方と遠回しな言い方、どっちが良いか?」
「え?じゃあはっきりと」
「今の精霊王は……可愛い系大好きなショタコンなのだ」
「は?」
「なんだショタコンって」
「だから、今代の精霊王は…苦手な魔法であるはずの分身を毎年何とか作り出し、俺は詳しくないがコミックバンケットなるものに夏冬に行き、買える限りの書物を厳選して帰って来る、そんなショタコンである」
「うわ」
「ミッツ、なんだショタコンって」
「えー…これは知らんで良かった…!」
「俺も言いたくなかったし、精霊王から一方的に語られた知識がこんな説明に役立てると思ってもいなかった」
「ミッツ、ショタコンもだがコミックバンケットとはなんだ」
「祝福と贔屓の違いだが、祝福は単純に不遇な中で頑張る者に送られる。贔屓は、まああの今代精霊王の琴線に触れた者に送られるのだ」
「うわあ」
「だからショタコンってなんだ」
ブレイアとミッツががっちりと握手し、友情が深まった。
無視されたサイはひとまず待ち、ミッツから簡単に説明を受けて何ともいえない顔をした。
ブレイアの尽力により、なんだかんだで目の色は元の黒色に偽装できた。別に元に戻ったわけでも精霊の瞳でなくなったわけでもないらしいが、難しい説明は聞かないことにした。
「あっ!せやブレイアさん!」
「ん?」
「フロイラールさんに会うことある?」
「あるにはあるがどうした?伝言ならその辺にいる精霊どもに言えば伝えられるぞ」
「え?そうなん?いや今回は渡して欲しいもんがあるというか。あ、こっちはブレイアさん用な」
学生鞄からごそごそと袋を取り出す。
『フロイラールさん用』と書かれた袋とは別に、袋をもう1つ用意してざらざらとチョコや飴を詰めてブレイアに渡す。
「これ、前ゴタゴタしててお土産渡されへんかってん」
「なんだそれ……、いや待て、まさかチョコレートか?」
「え、なんでチョコって知っとるん」
「本当になんで知ってるんだ」
「お前ら、天使に渡したことあるだろ?」
「…あー、チョコが美味しかったから階級上がってトップ階級同士で話題になったんだったか」
「そうそう。相当美味いんだろうなって話はまだ続いててな。そうかこれがチョコレート…」
「飴ちゃんとクッキーもあるんやけどなぁ」
ブレイアは会話を続けながらチョコをつまみ食いする。
「…む!これは美味い!娯楽の少ない俺たちの世界で騒ぎにもなるはずだ!」
「流石に次期精霊王ともなれば感動だけで済むか」
「感情はもう持ってるからな。それにしても美味い。確かにこれを下位の精霊や天使が食べてしまえば感動という感情が芽生えても不思議ではない」
「ほな渡したらまずい?」
「食べるのは上位だけだから問題はないが、もし次に渡す機会があればこのチョコは控えると助かるな」
「せやな、ぽこぽこ上位存在だけになってもなんか困りそうやし」
「…よく分かったな。まあそういうことだ、こちらの菓子袋はこの後精霊女王にちゃんと渡しておくぞ!」
「おおきに!」
ブレイアはまた虹色の炎と共に消えて、ミッツの目は無事に偽装することが出来たのだった。
コミックバンケットはコミケのようなもんです