106 精霊女王と精霊の瞳
「んー?貴方、よく見たらイフリートの長の契約主じゃない!元気にしてた?お名前なんだっけ?」
「サイ・セルディーゾと申します。以前一度だけお目にかかったかと」
「ええそうよね!こんな因果の持つ人間族もなかなかいないからよく覚えてたわ!」
「すみません、その辺りはあまり口に出さずにいて頂けると…」
「あらそう?そっちの人間族には話してないのね?人間族って秘密にすることが多くて不便そうよね」
朗らかにサイと言葉を交わしていた精霊はミッツを見て小首を傾げている。
「えっと、初めまして?」
「はい初めまして!貴方はサイのお友達?ということはイフリートのお友達かしら?でも何かちょっと違うわね?」
「彼は渡り人です。この世界で生まれた者でも殿下のおられる『良き隣人』世界の者でもないので違和感があってもおかしくないかと」
「渡り人!ならユーヤやキャメロンの世界チキュウかしら?それともべべロス?あそこならシャグラスの王都にまだ生きてるわよね!それとも妖精世界のピオライアーかしら?」
「えーと、地球です」
「チキュウ!キャメロンが言ってたわ!すごく大きな建物がいっぱいあって、すごくたくさんの人間族がいて、戦争もしているけど文明は発達してるって!」
「まあそうやけど…今は大きい戦争は無いねんけど、キャメロンさん?は初めて聞いたなぁ」
「そうなの?あら、そういえば貴方のお名前は?」
「サイ、名乗ってもええの?不敬ならん?」
サイは呆れた顔をする。
「問われて名乗らない方が不敬だから」
「それもそうやな。ミツル・マツシマと申します、今はミッツて名乗って冒険者してます」
「そうなのね、あらわたくしも名乗っていなかったわ。初めまして若き渡り人ミッツ。わたくしはフロイラール、精霊を統べる者、精霊女王の座を継ぎし者よ」
「フロイラール様、いや精霊女王殿下、とお呼びすれば良いです?」
「ええー?渡り人くらいには気軽に接して欲しいのに。キャメロンも女王統治の国だったからって最後まで女王殿下って呼んでてちょっと寂しかったのよ」
「女王統治の国…イギリスとか?」
「そうそうそんな感じの名前!ピピビルビは女王の概念がなかったからそこそこ仲良くしてくれてるのよ」
「ピピビルビ?」
聞いたことがない名前にとりあえずルーズリーフを取り出す。
「ああ、ワクセイベベロスからの渡り人だ。ご長寿の種族らしく未だ王都シャグラードにいるぞ」
「ワクセイ……惑星!?てことは宇宙人!?うわめっちゃ気になる…!」
「で?ミッツはどう呼んでくれるのかしら?」
「え?えー、敬意も込めつつフレンドリー…、ほなフロイラールさん」
「まあ嬉しい!ちょっと親しそうね!」
フロイラールが喜ぶと泉の周りにいる精霊たちも光ったりして喜んでいる。
サイは改めて疑問をフロイラールに聞いた。
「それで、なんでこんな廃村の近くに?」
「廃村?あら、近くにあるの?道理で寂しい森と思ってたのよ!自然が豊かだから心地良いのだけれど」
「ココ、精霊の泉18番地だヨ!」
「女王サマのオ気に入り!」
「精霊の泉っていうん?」
「あ、ミッツ初めてか。本来ならこんな打ち捨てられてるはずないんだがなぁ、帰ったらすぐ知らせないと」
精霊の泉とは、『良き隣人』世界とこの世界を結ぶ門のようなものである。
この精霊の泉が存在し、周りを自然が覆う場所のことを『精霊域』と呼び、向こうに住む精霊や天使、悪魔、幻獣は精霊域にある泉を通り抜けてこちらへ遊びに来たり、契約出来そうな者を探したりする。
尚、精霊の泉を見つけたら近くの町に報告し、泉の周りを壊し過ぎない程度に綺麗にして奉るのが基本だと言われている。
現在50超の精霊域がユラ大陸に確認されていて、神々の像と同等に丁寧な扱いを受けている。
「んん?ミッツ、ここには精霊たちが連れてきてしまったのね」
「え、そうなん?」
「そういえば無法帯にいた俺の前に、大勢の精霊が集まってミッツを下ろしてましたけど」
「それって…春頃かしら?」
「そうですね、そのぐらいです」
「あら…ごめんなさい、もしかしたらわたくしの為にやったことかもしれないわ」
「「え?」」
「調子悪い時があって。別に大したことでもなかったし『良き隣人』の世界で眠っていたらすぐに良くなったのだけど」
「そうだったのですか、それは良かったです」
「その時ぐらいかしら、こっちの世界で揺らぎがあった気がしたのよ」
「揺らぎ?」
「わたくしたちにしか分からないと思うわ。でも特に何も起こらないし、たまにあることだからそのまま確認しなかったのよね。たぶんそれがミッツを連れてきてしまった時のものよねぇ…それより!ミッツの世界は美容に対してかなり進んでいると聞いたわ!キャメロンに!」
「へ?」
「知ってる限りで良いから、教えなさいな!」
ぐいぐいと迫るフロイラールにミッツは説明を出来るだけ行った。ちなみにミッツの数多い元施設の仲間の一人には美容アドバイザー見習いがいる。
そのため男子高校生にしては詳しく説明が出来、今ミチェリアで化粧品の試作をしていると締めくくった頃、まだチカチカしている目を擦った。
「あ!中途半端に開いちゃってるわね!」
「え?何が!?口?社会の窓!?」
「シャカイノマド?なぁにそれ?」
「なんでもあらへんです。で、何が開いてへん?」
「瞳よ、瞳!今見えにくいのではなくて?」
「ミッツ、どこかケガでもしてたのか?」
「ううん、違うわよ。…ああ、人間族には分かり辛いかもしれないわね。ちょっとごめんなさいね、すぐ終わるわ。ちょっと怖いかもしれないけど目を大きく開いててね、痛くはないわ」
「えっ何、怖」
訳が分からないまま目を見開いたミッツの目の前にフロイラールが手を翳すと、手から水球のようなものが現れた。
球がミッツの両目に触れると光が弾け、ミッツの視界はキラキラやチカチカが綺麗に無くなった。
「あ、目ぇすっきりした!」
「良かった!これで『精霊の瞳』開花ね!おめでとう」
「?なんか分からんけどおおきに!」
「待て待て、待って下さい、今何と?聞き間違いですよね?!精霊の瞳!?」
「え?だってミッツ、精霊の力で魔法使ってるわよね」
「え、そうなん?俺いつもスマホにこう、『もしもし、ちょっと水出して』とか言ったら魔法使…おわ?!」
実際にスマホで水を出そうとすると、周りにいた水精霊たちがわらわらとやってきて水をミッツの前に出した。
「普段なら見えないんでしょうけど、いつもこんな感じで貴方のスマホというものを通して精霊が魔法を放ってくれるのよ」
「ええ!?ほんなら俺本人の実力やないってこと!?」
「んー違うわよ?ミッツの魔力がねぇ、とてもわたくしたち好みなのよ。その魔力をスマホ越しに貰って、その精霊たちが魔法を使ってるの。だから貴方の実力ではあるわよ」
「等価交換か。ちゅーかそんな好かれるような覚えは…」
ミッツがちょっと悩むと、水精霊たちも悩む仕草を真似ている。
「精霊王の祝福、持ってるんでしょう?なら間違いないわよ。あの方、不幸な中で必死に生きる者が大好きなのよ。気に入った者には精霊の瞳を授けるから」
「祝福やったっけ…?なんかちょっと違うかったような…」
「とにかくミッツの魔法は…言うなれば、全ての精霊と仮契約しているようなものなのよ」
「仮契約…ってサイみたいな?」
「サイは神獣も幻獣も精霊も仮契約出来るでしょう?ミッツは精霊においてのみ仮契約出来るの。魔法を柔軟に肩代わりしてくれるのよ!あれよ、えっとー、そう!下請け!」
「急に現実的な言葉使ってきた…まあなんとなく分かった!」
「それに奇跡とか?良いタイミングとか?色々恩恵あるわよぉ」
「あっ!?もしかしてさっきの!」
「ヘドロ草の開花もですか!?」
「ヘドロ草?…ああ、天の雫?咲いたの?すごーい!わたくしたちも滅多に見られないわよ!とても良いタイミングね!そうね、ざっくり言ってしまえば『割と幸運に恵まれやすい』の!」
「へー!」
「あとは…そうね、目利きが良くなるわね」
「目利き?」
「例えば、2つある食べ物のどちらが美味しそうか、とかね」
「ああ、そういえばミッツは採取でも上級や良質なものをよく採ってくるな。そういうことだったのか」
なんとなく諸々の疑問が少し晴れた所で、フロイラールが帰る時間を迎えたらしく、この辺りでお別れとなった。
「じゃあねー!また精霊の泉に遊びに来てね!」とフロイラールが泉に消え、改めてミッツの目を覗き込んだサイは珍しく顔色を変えて悲鳴を上げた。
何と言っているかは泉に反響して聞こえなかったが、直後にミッツのフードを乱暴、且つ問答無用で被せ、ミチェリアへ早く帰ることになった。