105 廃村と不思議な泉
サイはクエスト指定数のヘドロ草をしっかり採取用ストレージバッグに仕舞い、ミッツは無事に天の雫 (シャグラス産)をサラダボウルにそっと植え替えてそっと学生鞄に仕舞った。触ったことは無いが1000万円以上の国宝の壺を運んでいるような気持ちになった。
ミチェリアにいざ帰ろうと帰り支度をする途中でミッツが違和感を口にした。
「あれ?なんかチカチカする」
「目にゴミでも入ったか?」
「んー…?いやめっちゃ光が舞っとる!何やこれ!」
サイの目には何も見えず森が見えるだけだが、ミッツの目には森と動く光がたくさん見えていた。ひゅんひゅんと動く光があれば、じっとしている光もある。
「特に何もないが」
「いや、なんかめっちゃ光っとるねん。なんやこっちの方がえらいキラキラしとるんや」
「あ?」
サイはミッツが指を差した方角に目を凝らすが特に光は見えない。強いて言うなら野うさぎが通り抜けて行っただけだ。さらっと仕留めて解体しながらサイはミッツとそのまま話を進める。
「ちょっと気になるから寄ってええ?」
「まあ構わないが…あっちは俺も行ったことはないが、何かあったかな」
「分からんけど、こう、何かがある気する」
「ちょっと待ってろ。もう解体終わるから」
うさぎ肉とそれ以外をミッツの学生鞄に仕舞い、光が強いという方角に歩くこと1時間。
ザクザクと歩いていると、周りの森に飲み込まれかけている村、元村だった場所を見つけた。
ごく普通にある小さな村だったようで、住民がいなくなってだいぶ経つように見える。
「廃村だな。えーと村の名は…看板の字は消えてないな、助かる。…『クピド村』か、知らないなぁ」
「うーん」
「どうした?まだチカチカしてるのか?」
「チカチカどころかめっちゃキラッキラしとるんやけど、どこがキラキラしとるんかはもう分からんぐらい。風景はちゃんと見えとるけど全体的にキラキラし過ぎてえらいこっちゃやで」
ひとまず村を探索してみることにした。
クピド村は本当に一般的な村だったようで、10軒ほどの家と荒れた畑、馬小屋や田舎の村にありそうな物は全て朽ちた状態であるが存在している。
唯一サイが気になったのは、森に飲み込まれかけている廃村にしては些か綺麗に飲み込まれていることくらいだ。
「綺麗に飲み込まれとる?」
「ああ。普通に捨てられた村なら木造の家とか腐ったりするし、魔物に襲われて捨てたのなら魔物が住んでいた痕跡ぐらいあるんだが、これはまるで」
「まるで?」
「森が意志を持ってこの村を自然に還そうとしているような、そしてどことなく神聖な雰囲気もあるような」
見たところ危険はなさそうなので形を保っていた家で少し休憩することにした。大きさと立地的に村長の家だろう。
サイが家の居間に布を敷いている間、ミッツは村をもう少し探索してみることにした。
相変わらずキラキラはキラキラのままだった。
よく見ると彩りがあって違いが分かるし、感情があるかのように翔びはねたりくるくる回ったりしている。
周りを警戒しつつふらふらと散策すると、キラキラがより一層強いところがある。これまでと違い金色に輝くキラキラは村の奥、村外れの方向に続いているようで、とても招かれているように感じたミッツはそちらへ行く…──ことはせず、ちゃんとサイの元へ一旦戻った。
「サイ!奥行きたい!めっちゃ金色にキラキラしとる!」
「は?色もついて見えるのか?」
「うん、なんかめっちゃ呼ばれとる気する!」
「待て待て、行くから。ちょっと待て」
つまみ食いしていたチョコを食べつつ組み立て途中の炊事セットを雑に仕舞うとミッツの元へと急ぐ。
キラキラがすごいという方向へ向かうと、確かに村外れの森に向かっている。
ミッツは金色がますます輝いていてまぶしいし、キラキラなんて見えないサイにも村外れの森に向かうにつれて神聖さがどんどん深くなっているのが分かった。
村外れ、いや最早森と呼べる所には不思議な泉があった。
辺りは虹色の霧が立ち込めていて、気が付くと周りには精霊がびっしりと現れて二人を見ていた。
「これは…まさか精霊域か?」
サイが心当たりがあるかのように呟いたが、ミッツは景色を見渡すのに忙しかった。
二人で泉を見ていると、霧が少しだけ晴れた。
泉の畔には人影があった。
絹のような美しい金の髪をほのかに虹色にも光らせ泉に足首だけを浸けている女性の姿である。
白い緩やかなドレスを揺らしながらパシャパシャと足で泉の水面を乱している光景は高位貴族のご令嬢が避暑地にでも遊びに来ているようにも見える。
だがそれは絶対に違うと言える。
何故なら、彼女の背中には周りの精霊と同じ精霊の羽根を持っているからだ。
他の精霊は透き通った一対の羽根なのに対して、彼女は三対の翠に透き通った羽根を持っている。格が違うのは明らかだった。
彼女は顔を上げると、サイとミッツに対して柔らかく微笑んだ。
ミッツも思わず微笑み返すと、サイは直ぐ様膝をついて頭を深く下げた。
「あらあら、ようこそ人間族の方々」
「これはこれは、精霊女王殿下。ご休憩中に失礼します」
「いいのよ、良き暇潰しになりそうだわ」