103 とても厄介ヘドロ草
「しっかり準備する、前にモフモフカフェ行くぞ」
「え、なんで?」
「心の癒しと、しばらく行けなくなる」
「なんで?」
「あー、モフモフカフェでゆっくり説明してやろうな。俺も今日はちょっと癒されたいからな。うん」
カフェに入って案内されたクッション席で、動物は普通に好き派のサイが珍しく、クッション席で日向ぼっこしていた虎の元へ駆け寄り抱きついた。ほぼ毎日マッサージで揉み込まれているぷにぷにの肉球をふにふにと触っている。
注文したリンゴジュースとソーダ、モフモフカフェクッキーが運ばれてきてもまだ虎に抱きついたままだ。
「そういやカフェの方さみしそうに見とる冒険者まあまあおるなぁ。今ちょっと空いてるから入ったらええのに」
「そうだな」
「そういやカフェに冒険者ちょっと多いな、心なしかみんな疲れとらん?」
「そうだな」
「サイのクッキーの形は何やった?」
「そうだな」
「あかん、聞いとらん」
抱きつくこと10分、ようやく堪能したサイが席に座り直した。
虎は交代の時間なのか、のそのそと店の奥へと消えていった。
「すまなかった、説明する」
「はい」
「ヘドロ草に関して知ってることは?」
「さっき聞いたのがめっちゃ臭い、あとめっちゃ嫌われとる、あと『虚ろ病』とその他の治療薬に必須」
「大体正解」
ルーズリーフを取り出したミッツは、ヘドロ草のメモの上にサイが嫌そう、と書き足した。
「まずヘドロ草は薬草と同じく薬に使われる薬師ギルド御用達の植物であり、薬草と同じく町中には生息しない。だが薬草と違って育てようとされもしない。何故か分かるか?」
「臭いから?」
「まあ、8割それだ。過去に反対を押しきって育てたある町の薬師ギルドがあったんだが、それはもう酷いことになった」
「臭いから?」
遠い目をしながらサイはヘドロ草に関する事件の起きた町を思い浮かべた。
サイは行ったことはない町だが、当時は相当な騒ぎになってその町に来訪者がしばらくいなくなったらしいのはよく覚えている。
「…育て始めて2日目、防臭魔法でなんとか周りに臭いを感じさせないよう育てられる目処がたったところで、薬師ギルドとは正反対の方向で距離もあるレストランで異常が起きた。レストラン裏の井戸で異臭騒ぎがあったんだ」
「まさか…」
「それを皮切りに至るところで異臭騒ぎが起きて、騒ぎが収まるまで人々の出入りが極端に減った。2週間臭いが町に充満し、その後行われた調査の結果全く嬉しくない新情報が分かった」
「うわ聞きたない」
「ヘドロ草は、水さえ近くにあれば種を飛ばし繁殖域を広げられる。あと種の時点でもうすごい。レストランの皿洗いとして働いていた獣人が一人、洗い水に入っていた種1粒の臭いを嗅いでしまって数日昏睡状態になるぐらいにはすごい」
「俺クエストしたなくなってきたんやけど」
「冒険者の通る道だ、諦めろ」
「それで、しばらくカフェ行けなくなるってのは?」
「どれだけ防臭対策をしても、手袋越しにもズボン越しにも臭いが皮膚につく。頭皮もだ。3日はどんなに頑張っても臭い取れないぞ」
「は?!」
「理屈は知らないけどとにかく!クエスト後にここに来ようものなら立ち入り禁止になってもおかしくないんだ…!」
「…おう…なんちゅうこっちゃ…!あっ!?てことは外からさみしそうに見とる冒険者って…!」
「そういうこと。なのでモモチ、お前はお留守番だ。しばらく俺たちと離れて暮らした方が良いのでモフモフカフェと獣人寮で預かって貰おう」
「くん…」
ミッツが膝のマンチカンをもむもむする。サイがクッション席でだらりと横になり交代して来た大きいマラミュートを抱きしめて尻を吸っている。ここがカフェじゃなく且つ先祖化していなければ軽く犯罪である。
ちなみにこのマラミュートは、ハスキー少女ハスナの父親であった。こうして獣人従業員の様子を見て、身内や友達がぞろぞろとモフモフカフェで働くことを決めているため、シフトにもだいぶ余裕が出来た。動物の種類も増えたことによりマンネリ化もまだしていない。
「行きたくねぇ…」
「サイがそこまで言うやなんて…でも明日からって受けてしもたやんか」
「必要だってのは分かるんだ。割に合わないだけで」
「うーん、そんなら…何か報酬が追加されとったらええんか?」
「お?」
ミッツが学生鞄から『カフェ試作品』と書かれた袋を取り出し、テーブルの上に置く。
中はひんやりとした白いものが器に盛り付けられていた。
「なんだこれ、ソルベ?」
「まあとりあえず一口」
「なんだ?貰えるなら貰うが…」
一口分を掬ったスプーンを受け取ったサイは口に含み、目を閉じて黙った。
「サイ?」
「ミッツ、新しいものを作る時は言えとあれほど」
「いや、まあソルベの延長戦みたいなもんやて」
「全然違うぞ、なんだこれ」
「アイスクリーム」
「あいすくりいむ」
「生クリーム作れたのと新鮮な卵貰ったからな、いける思ってん」
「ソルベとの違いは?」
「うーん、牛乳とか使ってるかどうか…?ややこしいかなぁ、ほんならちょっと違うねんけどミルクソルベってことにしよか」
「これ、貴族メニューにでも加えておけ。これはやばい」
「でもこれを、ヘドロ草採取してきた冒険者に提供する言うたらどう?」
「……」
深く考えるサイ。1分ほど考えてから答えを絞り出した。
「ヘドロ草の臭いが取れてから…個室で提供…なら」
「ベクターさーん!サイの許可出たでー!」
「かしこまりました。採取冒険者の個室利用が終わりましたら、貴族向けのお知らせに加えておきます。まずは既に終わっていらっしゃる対象の冒険者がいないかギルドへ問い合わせて参りますので、アヌーラ!接客を引き続き頼みます」
「分かりましタ!」
「おい俺より先にカフェスタッフに伝わってんの、なんでだ」
「ベクターさんはええやろ、機密しっかり守ってくれるし」
「まあそうだけどよ」
「もちろんしっかり守りますとも。これからパスティ兄妹にもレシピを教えてきます」
「お願いしますわ」
ベクターは静かに早足で立ち去った。この後、パスティ兄妹はまた興奮して大変なこととなる。
それはさておき、カフェを堪能したサイとミッツはミチェリアの市場へ向かった。
すっかり復興した中央市場にある冒険者アイテム専門店へ立ち寄る。
主に武具以外の冒険者を助けるアイテムを売る店で、ハニーグリズリーの時に使った煙幕玉や即効性のある止血薬、採取や解体に必要な道具が棚に並べられている。
「店主、採取カゴを3つ。あと採取グローブ2つと上級防臭布2枚も」
「あー…あんたらもヘドロ草か?」
「…ああ」
「大変だな、薬師ギルドの連中もなんとかしようとしてるみたいだけど」
「へー、そうなん?てっきり待っとるだけやと思ったわ」
「まあ何しろクォームの住民の8割が『虚ろ病』らしいからな。ミチェリアの3倍の住民の8割だぞ?そりゃもうえらいことだぞ!薬師ギルドクォーム支部も専属薬師が2人残して倒れちまったみたいだしよ」
「想定より酷いな…」
「でもインフル…ちゃう、『虚ろ病』は一週間くらいで治るんちゃうの?」
「いや?治っても他からまた感染しちまうぞ?」
「あれぇ!?免疫出来ひんの!?というか治ったんやったら患者から離れぇな!もしくは患者は隔離せなあかんやん!あと水分!ゼリーがあったらええんやけど!」
「その情報もギルドに伝えないとなー」
他に客がいないということで、サイとミッツはしばらく店主と雑談をし、足りないアイテムや今回買った防臭布の付け方などを聞いて、再びギルドへと戻って行った。
追加報告の後、久しぶりに測定したいとミッツが言ったので二人で測定することにした。
「まず俺からやな、どんぐらいになっとるやろ」
名前:ミツル・マツシマ 男 16歳 獣使い
種族・称号:渡り人・精霊の寵児・精霊王の加護・導かれた人・神狼王の贔屓
冒険者ランク:ビショップ級
所属:世界の邂逅
レベル:40
体力:C 一般冒険者より少し上
魔力:B+ やや高め
攻撃/防御:C+/B 一人前
特殊スキル:異世界魔道具マスター・■■■■
「レベル27から40に上がっとる!結構上がったわ」
「『パレード』の戦闘があったからな。さて俺はあまり変わらないと思うが…」
名前:サイ・セルディーゾ 男 20歳 獣使い
種族・称号:人間族・■■■・■■■■■■・■■■■■・良き隣人の友・四頂点の一角・古狼の忠誠
冒険者ランク:ゴッド級
レベル:249
体力:A++ もう少しで人族の限界値を越える
魔力:S ハイエルフと同等
攻撃/防御: S/A ゴッド級に相応しい
特殊スキル:■■■■■・■■■
「む、レベル1分上がっている。…そういやフェリルで神狼王様から加護貰っていたのすっかり忘れていたな」
「そういやせやったな」
「嬉しいのは嬉しいんだが、明日のことを考えると嬉しさは半減するな…」
「思い出したらあかんで…」
嬉しいかどうかはともかく、明日のクエストのために今日は早めに帰って体を休めることにした。