102 嫌われクエストと虚ろ病
「依頼が溜まっとる?」
「はい、それで…『世界の邂逅』にもギルドから指名をさせて貰いたく」
「そんなに溜まっているって余程厄介なのか?」
「いえ、あの、まあ…」
『神送り』クエスト達成の翌日、改めてギルドにやってきたサイとミッツを呼び止めたナビリスはちょっとだけ気後れしてそうな顔をしつつ、ギルドからの指名依頼のお願いをしてきた。
カウンター上に座って掻いてるモモチを撫でながら、もごもごしながら伝える様子を見てサイは何か心当たりがあるのか、嫌そうな顔をしながら聞く。ナビリスも質問がもう分かっているのか目が死んでいる。
「まさかと思うんだが…あの3つか?」
「…はい…それぞれ依頼が割とたくさん……2週間ほど前から…はい。パーティを指定したり、悪さした冒険者に強制依頼したり…色々…」
「みっつ?」
「お前のことじゃないぞ?人気がないクエストってのもあってな」
冒険者ギルドに依頼されるクエストは多種多様なものがある。中には大人気のクエストもあるが、もちろん嫌われているクエストもある。
それらのクエストに関しては嫌われクエストランキングというものがあり、そのトップ3は10年間不動となっている。
1つめはスライム討伐とスライムの魔石回収。
万年1位の嫌われクエストだったが、これはミチェリアの『ナイトパレード』のミッツによって、遠距離攻撃職にとってはむしろ人気のクエストになりつつある。本当はあの油と塩を使えば剣士でも倒せるはずだが、散々不遇な目にあってきた遠距離攻撃職たちが頑なに口外しないので門外不出の謎の技術になりつつある。
このクエストは大陸の遠距離攻撃職に広まりさえすれば、ランキングから外れることになるかもしれない。
2つめはヘドロ草の採取。
獣人冒険者は拒否指定制度を使う者も多く、人間族でも依頼をスルーしたくなるほど臭くてドロドロの草をかき集めなくてはならないのだ。薬師ギルドが定期的に求めるので、クエストがなくなることはない。
報酬はまあまあ普通で危険性は少ない、しかし臭い。困窮した冒険者が一晩悩んで仕方なく受ける、そんなクエストであった。
3つめはひっつき種の駆除。
正式名称は別にあるが、ある特徴を持つ植物の種を駆除するのがとてつもなく面倒な処理になる上に報酬もいまいち。そして種は特に素材として使えない。新人冒険者たちも一度こなせばもう受けないという程の不人気である。
悪さをした冒険者たちには主にこれを押し付けている、とナビリスは語った。もちろん普通の冒険者にも指名依頼をしている。
「今一番急ぎなのがヘドロ草採取です」
「…」
「嫌な顔をするなミッツ。俺も嫌だよ」
「なんも言うてへんし、よく分かってへんもん」
「顔が言ってんだよ。これも良い機会だ、受けてみような」
「サイもするんやろ?」
「………………そろそろお前もソロでクエスト出来るだろう…」
「そんなに嫌なんか?ゴッド級でも嫌なクエストってなんやねん」
「ゴッド級だろうが王族だろうが孤児だろうが嫌なもんは嫌だよ!誰が好きであんなもん集めなきゃならんのだ!なんでヘドロ草が感染病の高級治療薬に使われんだよ!いっそ薬師ギルドがどこかで育てておけよ!」
「サイさん無茶言わないで下さいよ。あんなもん町中で育てられたらミチェリアに人が寄り付かなくなりますし、過去にあった例を忘れたんですか!町の近くであったとしても嫌ですよ私!そんなヘドロ草畑が近くにある町!」
冷静(?)なナビリスにツッコミをされながら、溜まっている嫌われクエストを少しずつ受けることになった。
「ではひとまずヘドロ草採取を…明日から進める。というか明日で終わらせてくる。明日からにしてくれ」
「準備もありますものねぇ…いつでも大丈夫ですが、3日以内に出来ればお願いします」
「ああ」
「あっ!納品は薬師ギルドですからね!?絶対ここに持って来ないで下さいよ!!絶対ですからね!」
「というかなんでヘドロ草がそんな大量にいるんだ?」
「せやせや。俺、ここに落ちてからヘドロ草なんて聞いたこともなかったんに」
「あー、それはですね…」
ちらりとナビリスが横を見ると、横のカウンターでも似たようなやりとりがされている。
いかつい顔のソロ冒険者がぎゃいぎゃい言っていた。
「おい職員、ひっつき種駆除終わったぞ!もう充分だろ!」
「サイン確認しますぅ!…はい、お疲れ様でした!でもここで続報ですぅ!今度はヘドロ草の採取が指名依頼ですよぉ!採取カゴ2つ分を薬師ギルドに!ですぅ!」
「はああ!?ふざけんな一度休ませろ!」
「もちろんですぅ!でも一週間以内にお願いしたいですぅ!私たちもまさかこんな依頼が来るだなんて思ってなくてぇ!」
「分かってる分かってる!泣くな!俺だって別にあんたらに怒ってねぇから!な!?」
「はいぃ!」
「とりあえずなんでそんなにいるんだ?他にもヘドロ草採取してる奴いるんだろ?横のゴッド級渡り人コンビもそんな話をしてるしよ」
「あ、聞かれとる」
「そうだな。疑問に思っている奴もいるだろうから、説明を頼めるか」
周りの冒険者も見つめる中、職員は説明を始める。
「あのですねぇ…瑞花都クォームってあるじゃないですか」
「あー、ミチェリアのだいぶ北だったな」
「年中ずっと寒いって都だったか?」
「そうそう、その寒いクォームでですね、『虚ろ病』が流行ってましてぇ」
「「「げっ」」」
「各地の薬師ギルド全てに治療薬を作るよう言ってるみたいでぇ。クォーム付近のヘドロ草はもうないみたいでぇ」
「サイ、『虚ろ病』て?」
「高熱が出て体の震えが止まらず、暑いのに寒い状態がしばらく続き、幻覚・下痢・嘔吐なども起こりやすく、食べる気力もなくし、大体の者が意識がぼんやりする感染病のことだ。治癒魔法が何故か効き辛くて薬に頼るしかない」
「なんやそのインフルエンザ」
「いんふるえんざ?」
「似たような感じ、なんかな?寒い時にようなるし。でも風邪って感じもするなぁ?うーん、防がれへんの?」
「仮に『虚ろ病』がそのインフルエンザと同じだとして、チキュウではどのような対処をするんだ?」
いつの間にかギルド職員数人が筆記用具を持って周りに集まっている。
「え?うーん、病院行って検査して薬貰う…いやこの場合はあれか、こっちでも出来るような対処か」
「そうだな」
「えー、なんやろ。薬は出来るんやろ?そのヘドロ草で」
「防げるんなら防ぎたいだろ」
「確かに。うーん、予防接種を基本的に受けるんやけどな。なってしもたら薬飲んで水分取って柔らかいごはん食べれたら食べて寝るだけやわ。あと治ってから3日は人に会ったらあかん、まだ完全に治っとらん思ってええ」
「ふむ、予防が出来るのか。それは羨ましいな」
「あとは、普段から規則正しい生活かな?あとあったかくする。そんで除菌!マスク!一定の距離!」
「じょきん?ますく?」
「ええとな、アルコール…お酒!お酒あるやろ?あれの酔う成分を集めて薄めて、外出から帰ってきたら手ぇにちょっとつけて『虚ろ病』の原因を防ぐんや」
「ほう」
「マスクはなぁ、沸騰したお湯で湯がいて…えーと煮沸!煮沸消毒して綺麗な室内で干した布で口と鼻を覆ったらええわ。その使った布は患者と触れおうたらまた煮沸や!それでええはず…や。
…あかん、自信ないわ、俺医療関係者でもあれへんし」
「いや、情報だけでも有難い。魔法とその対策を合わせれば効果は出るだろ、な?」
「はい!カレン、至急クロルドさんにこの情報を。その後はクォームに情報提供!」
「了解ですぅナビリス先輩!」
バタバタと奥に駆けていき、ひとまず解散となる。これ以上冒険者に出来ることないし。
色々とあったが虚ろ病のことはプロの医療ギルドに任せ、サイとミッツが出来ることをしようとクエストの準備をすることとなった。