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ボランティアのはじまり

 姉から連絡先を聞いて翌日には連絡を入れた。

 ニートだから暇というのもあるけど、単純に興味があった。


 電話の時に院長ではなく看護師から説明があり、まずは来てくださいというアバウトな回答だった。俺は自分が試されているような気がして、細かい質問はせずに現地へ向かうことにした。


 そして当日。

 自宅からバスで三十分ぐらいの距離に目的地はあった。

 

 歩いて近づいていくと駐車場の巨大な立て看板に、大きな丸文字で「よしおクリニック」と書かれていた。きっと院長の名前だろうけど、もう少しマシなネーミングはなかったのか。

 

 平日の朝なのに、すでに何台かの車が止まっている。

 用事がないから分からないけど、そんなに心療内科に需要があるとは。


 複雑な心境になりながら玄関の自動ドアを通り、靴を脱いでスリッパに履きかえたところで、患者ではないのにこっちの入り口で良いのか迷った。


「仮に採用面接に来たとして、正面突破が普通だろう」


 俺は悩むだけ無駄と考えて、そのまま進むことにした。

 

 玄関を通過するとすぐに待合室だった。

 横長の椅子が規則的に並んで、そこに何人かの患者が腰かけていた。


 普通そうに見える人、ちょっと暗そうな人、目を合わせるのはヤバそうな人。

 少し観察したい気分になったけど、見られたくない人もいそうなのでやめた。


「おはようございます。ボランティアの件で伺った、村上と申します」


 とりあえず、受付で名乗ることにした。


「……ボランティア、ええと、少々お待ちください」


 茶髪の若い女性が奥へと引っこんでいった。


「ああっ、どうも、おはようございます。看護師の小野田です」


 二十代半ばぐらいに見える女性がやってきた。


「おはようございます、村上です」

「まずは説明をするから、こちらに来てもらえます?」


 小野田さんに促されて、受付横の通路を進んだ。


「あとで戻るので、そこで待っててください」


 こじんまりとした部屋に入り、二つあるうちの一つの椅子に腰かけた。

 とりあえず、何もわからない状況なので待つことにした。


 ――三十分後。

 さすがに誰も来ないのは変だと思い、一旦部屋を出た。


「……えっ、なにこれ」


 待合室に戻った俺は驚いた。

 看護師を待つ間に患者の数が一気に増えて、並んだ長椅子はほぼ満席だった。


 一応、受付で確認してもらおうと思ったものの、中にいる人たちが必死の形相で会計作業をしているので声をかけるのはためらわれた。


「……うん、仕方がない」


 俺はさっきいた部屋に戻ることにした。


 さすがに暇すぎるので、スマホでよしおクリニックと検索してみた。

 ここのホームページには精神科、心療内科と書かれており、外観と施設内の写真が数枚載っていた。


 ボランティア募集について調べても、特に要項は書かれていなかった。

 もう少し情報はないかと操作したところで、人の気配がしたので中断した。


 ガラガラっと音を立てて扉が開き、向こう側には白衣姿の男性がいた。

 年齢は四十代前後だろうか。見た目の雰囲気から医者と判断した。 


「ボランティア希望の人?」


 男性はそう言いながら面倒くさそうな様子で後頭部をポリポリとかいた。

 右胸には名札がついていて、『院長 吉尾』と書かれていた。


「……はい、そうです」


(よしおは名字だったのかよ!!)と脳内ツッコミを入れていると思わず返事が遅くなった。


「じゃあ早速手伝ってもらえる」


 受け答えに困っていると、院長は俺に白衣を手渡した。


「それ羽織って、検査票はこれ」


 戸惑いながら白衣を羽織ると、街頭アンケートでも始まりそうなバインダー、質問が書かれた紙を受け取った。


「あとは任せたよ、二番だから二番」


 言いたいことだけ言って院長は去っていった。


「いくらなんでも唐突すぎるだろ……」


 そう思いつつ無視するわけにもいかない気がした。 


 俺は再び部屋を出て、院長に指示された部屋を探し始めた。

 そして、すぐにその部屋を見つけた。


「……隣の部屋だったのか」


 最初に看護師に通された部屋が三番だった。

 それぞれの扉には漢数字で二とか三と書かれている。


「ええい、手に職、手に職……」


 自分自身を勇気づけるため、俺は念仏のように同じ言葉を繰り返した。

 そして、深呼吸をしてから扉をノックした。


「(――トントン)失礼します」


 ゆっくりと扉を開けて部屋の中に入った。

 三番と同じような配置になっていて、患者らしき人が座っていた。


「……ええと、村上といいます。よろしくお願いします」

 

「あっ……はい」


 その人は四十代ぐらいに見える男性だった。

 お世辞にも健康そうな印象は受けず、どこかしら不調っぽいことは素人目にもわかった。


 とりあえず自分も座ってみたものの、手順を知らないことに気がついた。

 俺は平静を装うふりをしながら、検査票と言われた紙を眺めた。


 どこかで見覚えがあるそれは、うつ状態かどうかを本人が評価する検査用紙だ。

 ……危ない、危ない。アンケートみたいにこっちから質問するところだった。


 俺は用紙を男性に渡して、記入するように促した。


「……はい、わかりました」


 男性はそう言って用紙の内容を読み始めた。

 

 それを書いてもらっている間に、もう一つの書類を確認することにした。

 不安な気持ちになりながら、そこに書かれた文章を読んでいく。

  

 うーん、こっちはアンケート形式に近いから、なんとかなりそうか。

 質問の意図が理解できなくても、やり過ごせる気がした。



 気がつくと一通りの聞き取りが完了していた。

 緊張と集中で時間を気にする余裕がなかった。


「それではこれで以上なので、待合室でお待ちください」

「先生……ありがとうございました」


 男性は丁寧に頭を下げて部屋を出た。 


「……俺は医者どころか臨床心理士ですらないんだけどな」


 なんとも言えない後ろめたい気持ちがしていた。


 大学で学んだ心理学と営業職で磨いたセールストーク。

 この二つで切り抜けたとはいえ、何だかもやもやしている。


 正直なところ、売りこむ必要がないので複雑に考えなくてよかったし、ヒアリングに集中するだけならわりと簡単な気もした。


「……おやっ、ダメだダメだ。慢心は敵と思え、だ」


 職場で有頂天になった結果、クビになったことを思い返した。


 記入を終えた書類をそのままにできないので、ひとまず院長を探すことにした。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

楽しみながら書いているので、読者の方にも楽しんでいただけたら幸いです。

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