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テニスそれは男の勝負 その1

 ボランティア五日目。

 リワークルームに到着すると、普段と違う様子に驚いた。


「……おはようございます。市川さん、今日はどうしたんですか?」


 いつもはカジュアルシャツにチノパンという出で立ちの市川さんが、上下ジャージでスポーツシューズを履いていた。


「おはよう、今日の午前はレクリーエションだからね」

 彼は動きやすい服装の方が便利だよとつけ加えた。


 今日の俺はポロシャツとジーンズを着ている。

 ちなみに足元はスニーカー。


「そうですか、確認しておけばよかったですね」


「いや、こちらこそ伝達ミスで申し訳ない」

 そういって市川さんは顔の前で両手を合わせた。


「――これでお願いします」

 二人で話していると中沢さんが現れた。

 大きめのトートバッグを二つ置いてそそくさと去っていった。


「これはレク用の道具だね」

 市川さんはバッグを開いて中身を見せてくれた。


「グローブに野球のボール、フリスビー、なわとび、バレーボール、テニスのラケット、あとはサッカーボール」


「テニスもやれるんですか?」


「うん、そうだね。テニスに興味ある?」

 市川さんがラケットを手に取った。


「いやまあ、大学時代にテニスサークルに入っていたので。ちなみに今でも練習してますね」


「へえ、経験者なんだ。よかったら利用者さんに教えてあげてよ」

 彼はそういって微笑んだ。


 二人で話すうちに少しずつ利用者が部屋に入ってきた。

 それから朝礼の時間になり、続けてラジオ体操が行われた。


「午前中はレクの時間です。運動公園まで行く人は集まってください」

 市川さんは荷物を手に持ち、リワークルームの出入り口に立った。


 彼の呼びかけに部屋にいたほとんどの利用者が集まってきた。

 二、三人はそのまま席に座ったままだった。


 俺は市川さんの荷物を半分手に取り、一緒に出発した。

 クリニックを出ると外はほどよく晴れていた。


「全員参加じゃないんですね?」


「建前上、プログラムには参加必須ってことになってはいるんだけどね。強制すると来なくなる人もいるだろうから、必要以上に押しつけない方針になってるんだ」


 後ろを振り向くと、利用者の人たちが等間隔で歩いている。

 ついてきた人たちはわりと元気そうに見えた。


「運動公園までは歩いて十分ぐらいかな。コートは予約してあるし、公園自体が広いから、気楽に使える点は便利なんだよ」


「あるのは知ってましたけど、そこのコートは使ったことがないですね」

 市川さんは俺と会話しながらも、全体の様子に目を配っているように見えた。


「……そういえば、一応伝えておくと」

 そういって彼は少し声を潜めた。


「後ろの方に短髪で大柄な人がいるでしょ」


「えーと、はいはい、いますね。今日初めて見た気がします」

 その男は後ろの方で気だるそうに歩いている。 


「大沢さんっていうんだけど、職員や他の利用者に絡んでくるから、なるべく関わらないようにしてもらって。何かあったら声かけてくれればいいよ」


「……そんな、ヤバい人がいるんですか?」

 パッと見た感じ、そこまで危なそうな人物に見えなかった。


「まあ、大したことないよ。念のためってやつ」


「あの向こうが公園だね」

 二人で歩いていると、木々の広がる一角が目に入った。


 現地に到着して人数を確認すると、それぞれが希望するスポーツや運動をする流れになり、公園の管理事務所の前に集合することになった。


「とりあえず、村上くんはテニスを見ててもらっていい?」


「わかりました。適当に練習してもらえばいいですよね」


「僕はテニス詳しくないし、そこは任せるから」

  

 いくつかのグルーブに分かれて散らばっていく。

 すでにテニスの希望者を募ってくれていたので引率するだけでよかった。


 俺を含めて四人だったので、ダブルスのできるちょうどいい人数だと思った。


 公園内は木々が植えられていて、並木道のようになっている。

 頭上に目を向けると木漏れ日が差しこんでいた。


「そうだ、どれぐらいできるか確認しとかないと」

 ちょうど近くにいた女性にたずねることにした。

 年齢は同じぐらいに見えて、やる気があるようでジャージを着ている。


「ええと、テニスは何回かやってます?」

 

「……ここのプログラムと体育の授業でやったことがあります。あの、ボランティアの村上さんですよね?」

 

「ええそうです、……お名前は?」

 何度か見たことがあるはずなのに彼女の名前を知らなかった。


「金田です。村上さんはテニスできるんですか?」

 彼女はショートボブの髪型をして、すっきりした顔立ちをしていた。


「はいまあ、高校の頃からやってるので」

 高校のことや大学時代にサークルで練習していたことを話した。


「あそこのテニス部だったんだー。インターハイとか出たんですか?」

 金田さんは期待に満ちたような目でこちらを見た。


「いやいや、部活内では中の中だったので。レギュラー組の上位だったやつらは全国に行ってましたけど」


「へえ、そうなんだ。コートについたら腕前みせてください」

 彼女はそういって微笑んだ。


 横目でその様子を見ながら、彼女も何らかの治療が必要で通っているんだと複雑な気持ちになった。傍目で見る限り、健康そうで明るい性格に見える。


 平日の午前中ということもあってコートは貸切状態だった。

 ラケットの入ったバッグをベンチに置いて、準備運動をするように促した。


「テニスをする前は体操するんですねえ」

 白髪の目立つ中年男性が誰にともなくいった。


「急な動きがあるスポーツなので、体操しないとケガしやすいです」

 俺はそう答えながら、いつもはどうしているのか疑問に思った。


 全員にラケットが行き渡ったのを確認してから、コートを小さく使うミニテニスを始めることにした。

 金田さんは器用に打ち返せるものの、他の二人は悪戦苦闘していた。


 初心者だから仕方がないだろうと思って、俺は根気強く握り方や振り方、ボールの捉え方などを細かく説明した。


「だいぶ打てるようになりました」


「テニスって楽しいんですね」


 他の二人からそんな言葉が出たので、少し嬉しくなった。

 若い金田さん以外は疲れやすいみたいで、途中で休憩したいと申し出があった。


 金田さんがもっと打ちたいと言ったのと俺自身が物足りなさを感じていたので、コートを広く使うストローク練習をすることにした。


「器用ですね、あんまりやったことがないのに上手ですよ」

 使いこまれて表面のフェルトが削れたボールを打ち返す。


「そうですか~、村上さんの方が上手じゃないですか~」

 ネットを挟んで距離があるので、お互いに声が少し大きくなる。


 栗田やいつもの仲間と比べれば遊びみたいなものだったけれど、ボランティアとしてテニスを楽しんでもらうのも悪くないと思った。


 一旦休憩しようと切り上げたところで、コートに誰かがやってきた。


「……たしか、大沢さんだったか」  

 市川さんが厄介者扱いしていたことを思い出した。

 ベンチに戻ろうとした金田さんも複雑な表情をしている。


「コーチ、自分もテニスがしたいです!」

 俺は少し身構えていたので、フランクな物言いに拍子抜けしてしまった。

 

「ええっと、それじゃあ打ちますか?」


「――お願いします!」


 何から始めるかと考えていると、すでに反対側のベースラインに立っていた。 

 俺はそれを見て、戸惑いながらもボールを出してみることにした。


「……多分、経験者なのかな」

 ラケットの持ち方、構え方は初心者のそれとは違っていた。


 俺が球出しすると、大沢さんは力任せに打ち返してきた

 こちらに返ってきたボールはそこそこの球威だった。


「……よいしょっと」

 それを同じぐらいのスピードで打ち返す。


「村上コーチ、がんばってー」

 ベンチにいた金田さんが声を上げた。

 どう反応してよいのか分からず、適当に聞き流した。

 

 そのまましばらくラリーを続けていたものの、途中から大沢さんの表情が険しくなったように見えて、何か気にさわったのかと気がかりだった。


「――男の勝負をしましょう」 

 一区切りつけてベンチに戻ると、大沢さんからそんな提案があった。


「ええと、勝負、ですか?」

 その腕前で相手になると思う? という言葉が喉に出かかった。


「とりあえず、ダブルスでいいですか?」

 シングルスではやる前に結果が見えていた。


「男の勝負ですから、もちろんシングルスで」

 

「そうですか、わかりました」

 俺はうんざりした気持ちになりながらトスを始めた。


「どっちです?」


「表で」

 確認するとラケットのロゴマークは反対向きになっていた。


「うーん、レシーブでいいですよ」

 一応、相手の出方を見ることにした。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

テニスは好きな球技ですが、なかなか小説に書く機会がありませんでした(笑)

今回は描写しやすかったので経験が役に立ったと思います。

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