064 エレノアの語るメディシナーの歴史 3
エレノアの話は続く。
「そして、ガレノスの玄孫に当たるパラケルス・メディシナーの代に2つの大きな改革がありました」
「改革?」
「一つはパラケルス・メディシナーその人が、画期的な発明をしました。
完全治療魔法術の魔法結晶化に成功したのです」
「え?」
「PTMは非常に複雑な魔法だったので、魔法結晶化するのは難しかったのですが、パラケルスはその方法を編み出しました。
しかも彼の考案した方法はPTMが可能な術者ならば、必ず可能な方法だったのです。
これによって、往診の方法が変化しました。
それまではPTMができる本人が往診に行かねばならなかったのに対し、ある程度治療魔法の事がわかっている者が、PTM魔法結晶を持って、患者の下に行けば良い事になったからです。
このPTM魔法結晶で治療をする者は、「PTM治療代行士」もしくは単に「PTM代行士」と呼ばれ、二級治療魔道士にその資格が与えられました」
「凄いね」
「はい、これによってそれまでは一日2回か、場所によっては1回しか行けなかった往診が完全に3回行う事が可能になりました」
「まさに革命だね」
「はい、また、それに伴い、この頃からPTMの使用にも大幅な制限をかけました」
「制限?」
「希望者はまず高位の魔法治療士にかかり、その病気や怪我が、通常の治療ではなく、PTMでなければ治らないという判断をしてもらい、PTMの施術許可証をもらう事になったのです。
この認可をして「PTM施術許可証」を発行する者を「PTM許可士」と言います。
この許可証がなければ、クジを買う事も出来ないし、競売や無料治療にも参加できません。
例え金貨1万枚を払っても、PTMは受けられないのです。
そして「PTM許可士」になるには、一級治療魔道士の資格が必要です。
さらに「PTM許可士」に診察をしてもらうには「PTM推薦士」という者の推薦が必要になり、これには三級治療魔道士、すなわち魔法学士が当てられました。
つまりPTMを受けるためには、まず、通常の医療を受け、それで治療が不可能な場合は、「PTM推薦士」を紹介してもらい、さらに「PTM許可士」の許可をもらって、初めてPTMの治療を受ける資格が出来るのです」
一つの治療を受けるために許可が3回も必要とはずいぶんややこしい話だ。
「なんでそんな事を?」
俺はわざわざそんな複雑な許可制にする意味がわからなかったので、エレノアに聞いた。
「それは、あまりにも大量の必要のない者達がPTMを受けたがったからです」
「え?必要がないのに?なんで?」
俺にはそれが理解できなかった。
なぜ必要もないのに、わざわざそんな事をする者がいるのだろうか?
その俺の疑問にエレノアが答える。
「はい、その頃になると、PTMは非常に高度で珍しく、そして貴重な魔法だという事が世界中に知れ渡っていました。
それを知って、自分の好奇心や虚栄心を満たすためだけにPTMを受けようとする者が続出したためです」
「そんな連中が?」
そう言えば、以前エレノアに絡んでいた患者もそんな事を言っていた。
PTMを受けるだけで自慢できるので、それをやって欲しいと。
あんな奴らがたくさんいる訳か?
それは確かに厄介だ。
俺がそんな疑問を持って考えているとエレノアがうなずいて答える。
「はい、彼らは必要もないのに、PTMを受けたという自慢をしたいがために、単なる風邪や、どこも体は悪くないのに、仮病さえ使ってそれを受けようとしました。
またそれとは別に、自らの思い込みで、自分はPTMでないと決して治らない病気だと訴える者も続出しました。
彼らは治療士たちが、どんなに治療が終わった事を説明しても、頑強に自分たちはPTMでなければ治らない病気だと思い込んで、その治療を熱望しました。
さらには死人を運んできて、それを治せという者まで現れたのです。
そういった者を除外するために完全許可制となったのです」
「死人まで?!」
「ええ、それはある特殊な実験が元になって、PTMは死人でも蘇らせる事が出来るという誤った噂が広まってしまったからです」
「ある特殊な実験?」
「はい、ある時、死刑囚を使ったPTMの実験を行いました。
PTM術者を二人用意して、死刑囚の首を切断した直後の首と体の両方にPTMを施してみたのです」
うわあ~!それは凄い実験だ!
21世紀の地球では許されそうにない実験だ。
しかし確かに結果に興味はある。
一体どうなったのだろうか?
「実験の結果、双方とも死亡するという事が確認されました。
首の方は魔法により、肉体は正常に元の体に戻りましたが、PTMには時間が掛かりすぎるために、どうしても体を復元するのに時間が掛かってしまい、絶命する方が早いのです。
そして体の方は、首から上の再生は完全だったのですが、やはりほどなく死亡しました」
「どうして?」
「未だに完全な理由はわかりませんが、どうやら人間の頭には肉体の全てを操る部分があるようで、そこは頭を完全に再生しても、何らかの指令系統が働かなくなるようなのです。
再生された体は数秒から長い場合、数分は生きているのですが、まともな言葉も発せず、まともに立つ事すら出来ずに、無意味に全身が動き、やがて何らかの肉体の拒絶反応のような物が起こり、突然死亡しました」
「なるほど・・・」
「これは頭がない場合は必ず同様の結果となり、例えば腕一本からでも、PTMで体の再生が全て出来た記録はありますが、やはり無意味な行動を取った後に、長くとも数分で拒絶反応が起こり、死亡いたしました。
頭と胴体が完全であれば、残りの肉体は完全に再生し、治療しますが、頭の部分がなかったり、欠損があったりすると、肉体は再生しますが、結局は数秒から数分で死んでしまうのです。
しかしこういった実験の結果が誤って世間には伝わり、PTMならば、死んだ人間でも生き返らせる事が出来ると思われるようになってしまったのです」
確かに今の実験結果が伝言ゲーム状態で伝われば、どこかで死人が生き返ったという話になっても不思議はない。
それどころか見た人から直接聞いても、聞いた人によっては生き返ったのだと勘違いする人もいるだろう。
「なるほど、それで死人でも生き返らせる事が出来ると信じた人間がいたんだ・・・」
「はい、こうして実験結果が誤って伝えられたのと、PTMの評判があまりにも高くなった結果、死人をも治療、つまり完全に死んだ人間でも生き返らせる事が出来ると、誤った噂が世間に流布され、それを信用した者が続出したのです」
「うはあ・・・」
確かにそんな連中まで相手にしていたのではたまらない。
それにしてもこの完全治療魔法術の噂や評判は、俺の想像した以上に凄まじい物のようだ。
神様はとても珍しい魔法程度のように説明していたが、現実にはそれどころではない。
「そしてそういった者達は思い込みが激しい者が多いために、医療側が断り、許可証が出されないと、怒り、妬み、逆恨みしました。
彼らはメディシナー医療協会と魔法協会に様々な妨害や嫌がらせをするようになったのです。
こういった者達があまりにも増えたために、PTM術者だけでなく、その許可を出す高位魔法治療士の詳細さえも秘匿され、術式やその許可を誰が行っているかわからないようにしなければなりませんでした。
そうしないと治療士たちに身の危険さえあるからです。
従って現在は本人が公表しない限り、「PTM術者」、「PTM許可士」、「PTM代行士」は誰がそうなのかはわからないのが普通です。
PTM関係の診療をする時も私がやったように顔を隠し、名前を隠して行います。
私が御主人様に決して私がPTMを可能な事を誰にも話さないでくださいと言ったのは、こういった理由からです。
それでも身元が知られて家に突然来られ懇願されるほどです。
また「PTM推薦士」も通常の治療は普通にしますが、「PTM推薦士」として働く時には顔を隠して診察します。
他にも医療に関する様々なメディシナー特有の法律さえ出来たほどです。
この時期はそういったPTMだけでなく、治療全般に関する規則や法律の制定が見直されました」
「なるほど」
あの母親などは、そのPTM術士に懇願しにいった人間と言う訳だ。
もちろん、俺は誰にもエレノアがPTMを使える事を話すつもりはなかったが、この話を聞いて、その思いはさらに引き締まった感じだ。
「そして世間にはPTMでは不可能な3つの事が、公式に大きく宣伝されました」
「3つの事?」
「はい、遺伝的な病気、老齢による物、そして死者を蘇らす事の3つです。
この3つはPTMでも不可能なのだと強く宣伝したのです。
そうしないとそういった者達が殺到するからです」
「ははあ」
確かにそれは大々的に宣伝をした方がよさそうだ。
さもないと、いくらでも勘違いしたやからが押し寄せてきそうだ。
「特に老齢による物、つまり若返らせろと言う者と、死者を生き返らせようとする者、この二つはどんなに不可能だと言っても納得しない者が続出しました」
「え?なんで?」
俺はまたもや不思議に思ってエレノアに尋ねた。
やる方が出来ないと言っているのに、なぜそこまで納得しないのだろうかと?
「それは治療士たちが、どんなにそんな事は不可能だと説明しても、そう言った連中は信じないからです。
彼らはPTM術者が本当は出来るのに出来ないふりをしていると思い込んでいて、自分たちに対して治療士が差別をしていると喧伝したからです。
彼らはその事で実際に裁判すら起こしました。
つまり自分の希望する死者をPTMで蘇らせる事が出来るのに、それをしないのは差別で許せないと」
「ええ~~っ!?」
これには俺も心底驚いた。
人の思い込みは酷い時は何を言っても無駄だというのは知ってはいたが、そこまで思い込みが酷い連中がいたのかと驚愕した。
もっとも21世紀の地球でも、いくら論理的な説明をしても「アポロは月に着陸していない!」と、納得しないで、そんな事は不可能だとわめいている連中は、こういった連中と同じなのだろうなとも思ったりもした。
そして俺は昔聞いた話を思い出していた。
かつて日本から南米へ移民した南米移民に「勝ち組」という集団がいた。
これは太平洋戦争以前に、日本から南米へ移民した人々のうち、日本が敗戦したにも関わらず、「日本は勝った」と信じ込んでいる人々の事だ。
彼らはどんなに説明しても、日本が負けた事を信じずに、「神の国である日本が、戦争で負ける訳がない、日本は勝っている」と信じ込んでいた、一種の狂信者だ。
この連中がどれほど信じていたかと言うと、それこそ現実に負けた日本から来た人の説明を聞いても信じず、日本のラジオ短波放送で敗戦の報を聞いても、連合国側の策略として信じなかったほどだ。
そして、実際に自分たちの仲間が日本へ行って、負けた状況を見てきて、それを南米に戻って来て、事細かに説明しても信じずに、「それは米英がわざわざ作った、どこかのロケ地のような場所に行かされて、そこで嘘を信じ込まされたのだ」と言う始末だった。
これはまさにアポロが月へ着陸しても「それはハリウッドのスタジオで撮影したのだ」というのと同じ理屈で、もはや何がどうなろうと信じない状態だった。
挙句の果てに「勝ち組」たちが昭和40年代になり、高度成長期を経て復興した日本を訪れた際には「負けた国がこんなに発展しているはずが無い。やはり日本は勝ったのだ」とまで言う始末だった。
PTMで死人を蘇らせる事が可能だと信じ込んでいる連中は、こういった連中と同じで、どう説明しても信じないのだろう。
こういった連中には理屈が通用しないので、対応には恐ろしく困る。
何しろこちらがどんなに論理的に説明をしても、それを理解しないし、信じないくせに、明らかにおかしな自分の理論は、さも得意げに展開するのだ。
何を言っても「そんなはずはない!この状況や条件で、こんな事になるはずがない!」と言って、何を言っても、こちらの言う事が通じないし、聞く耳も持たない。
とにかく一人よがりな持論を展開して、自分の理論を押し付ける事しか、考えられないのだ。
そしてこちらがあきれ返って、返答をしなければ、自分たちが正しい事を言っているので、返事が出来ないのだと、まるで鬼の首でも取ったように周囲に吹聴する、誠に困った存在なのだ。
そしてそういった連中が、最終的に裁判に持ち込んだのだろう。
「もちろんそういった裁判で医療側が負ける事はありませんが、それでもそのような裁判を行う事自体だけで、時間、人材、財政と様々な医療側の負担になります。
そこで、魔法協会が各国に働きかけた結果、今ではアムダール帝国を初め、PTM関係の診療が行われている場所では、PTMの抗議に関する裁判を受けない法律が出来たほどです。
さらにそれでも「国と魔法協会の陰謀だ!」などと言って、騒ぎ立てる人間がいたので「PTM騒乱罪」という罪状が出来て、PTMに関して騒ぎを起こした人間は逮捕されるようになりました。
こういった、言わば狂的信仰のような物は今でも残っていて、彼らは一般には「反PTM信者」と言われています」
「うへえ!」
こりゃまさに「月面着陸は米国の陰謀だ!」という連中と同じだ。
時代や場所が変わっても、人間のそういう変な所は変わんないなだなあ・・と、俺は変な部分に感心した。
全くこういった連中には、全員にオルドリンパンチを食らわせてやりたい!
しかし、そこまでの事態になるとは、このPTMという魔法は本当に凄い魔法だ。
だが、順番に経緯を聞くと、納得もする。
「ええ、そしてもう一つの改革はガレノスの高弟だった一人が、PTMを実行可能なジャベックを開発した事です」
「え?その人って、最初の三人の一人?」
「はい、その一人は長命だったので、まだその時に生きていたのです」
「へえ」
「その高弟が作ったジャベックは一回PTMを使うと、次の日まる1日は魔力の蓄積をしなければなりませんでしたが、それでもそれは画期的だったので、みんなは大喜びでした」
「そりゃそうでしょ」
それほど価値のある魔法だ。
たとえ2日に一回しか使えなくとも、使えるゴーレムがいるというだけで全然違うはずだ。
「はい、そのために彼女は何年もかかって何体もジャベックを作製し、その数は10体にもなりました」
「10体も?凄い!」
「はい、しかし、そのジャベックは複雑すぎて、ゴーレム作製を得意とする彼女以外には作製できなかったのです」
「そうなんだ」
「ええ、何しろそれはPTMを使える上で、高等な魔法ジャベックを作る技能の両方を必要としたので、他の人間たちには無理だったのです」
「なるほど・・・」
ただでさえ世界に10人いるかいないかの術と、さらに高等魔法ジャベックの両方を使える術者など確かにそうそういる訳がない。
一人でもいた事に驚き、感謝すべきだろう。
「しかし、やがて彼女は別の問題があり、メディシナーを去らねばならなくなりました。彼女はそのような場合の事を考えていて、かねてより、PTMが可能なアイザックを作り始めていました」
「アイザックを?」
アイザックを作るのは相当難しいと、エトワールさんからも聞いている。
PTMを使えるアイザックを作るのは一体どれほど難しいのか、俺にはとても想像できない。
「はい、少しずつ作るのに何年もかかり、一体だけでしたが、何とかそれを作製するのに成功しました。
彼女はすべてをパラケルス・メディシナーとそのアイザックに任せ、メディシナーを去りました。
そのアイザックとジャベックたちは、今でもここで働いているはずです」
「そうなんだ・・・」
「こういった経緯もあって、このメディシナーでは、治療魔法、特に完全治療魔法の扱いは非常に特殊で微妙な物となっていったのです」
エレノアの長い話は終わった。
しかしこれほど凄絶な話とは思わなかった。
俺はエレノアに礼を言った。
「うん、よくわかったよ。
エレノア、説明してくれてありがとう」
「いいえ、御主人様に理解していただいて、私も幸いです」
今回の騒ぎと、このエレノアの説明で、俺はPTMという魔法がいかに貴重で、とてつもない騒ぎを起こす可能性の高い魔法だという事を改めて思い知った。
仇や疎かにこの魔法を扱ってはいけないのだという事もよくわかった。
俺は今後この魔法の扱いは、慎重の上にも慎重を重ねようと心に誓った。
今にして思えば、知らなかったとはいえ、単純にエレノアにこの魔法を使わせようとした自分の馬鹿さ加減が悔やまれる。
「やれやれ、本当に自分がいかに馬鹿なことをしていたか良くわかったよ。
でもこれでやっと僕たちも本来の治療訓練に戻れるね」
話を聞いた後、一応、ホッと一安心して話す俺に、エレノアは疑問を投げかける。
「そうでしょうか?」
「え?」
そして俺の考えは、またしてもまだ浅はかだった事が翌日になって判明したのだ。




