055 ケット・シーのペロン
その猫は立ち上がると、流暢に人間の言葉を話し始めた。
「どうもありがとうございますニャ。
僕の名はペロンと言いますニャ。
実は今朝誤って毒草を食べてしまってグッタリしていた所を、このアリスに担がれてここにやってきたのですニャ。
お陰様で毒も治り、体力も回復しましたニャ。
全てアリスとあなたのおかげですニャ!」
二歩足で立ち上がり、深々と頭を下げて礼をしながら、ぺラペラとしゃべる猫に俺は驚いた。
「君は・・・猫じゃないのか?」
「はい、そうですニャ」
俺の疑問にエレノアが答える。
「これはケット・シーですね」
「ケット・シー?」
「はい、ケット・シーは猫でも獣人でもありません。
猫妖精と言う特殊な部類で、名前の通りに人や動物よりも妖精に近い、珍しい種族です。
人やエルフと同じく、二足歩行し、知能も人間並みで、中には魔法を使える者もいます。
そのほとんどが南の海にある島に住んでいますが、好奇心が旺盛な一部の者は、こうして人間の社会に来て暮らす者もいます。
しかし、数が少ないので、滅多に見る事はありません」
「へえ?そうなんだ?」
俺が驚いていると、受付のお姉さんとステファニー部長も驚いて話す。
「私は始めてみました」
「私もです・・・しかしどうしましょう?」
「え?何がです?」
「その、この猫、いえ、ケット・シーですけど、世間的には猫を治してしまった事になってしまうでしょうから・・・」
「そうですね」
ステファニーさんは困り、エレノアも困惑気味だ。
「とりあえず、シノブ治療士と、それとオフィーリア治療士も所長室に来てください。
それとそこのケット・シーさん?」
「はい、ペロンですニャ」
「ペロンさんも一緒に来てもらえますか?」
「はい」
「私も行きます!
この先生は悪くありません」
アリスちゃんも俺を弁護しようと思ったのか、一緒についていくつもりのようだ。
「わかりました、では4人ともきてください」
ステファニーさんに言われて俺とエレノア、そしてアリスちゃんとペロンは後をついていった。
所長室についたステファニー部長が、レオニー所長に説明をする。
「・・・という訳で、シノブ治療士が猫、いえ、ケット・シーを治してしまったのです」
「・・・」
ステファニーさんの説明にレオニーさんは無言だ。
どうもどうしたら良いか悩んでいるようだ。
俺は改めてレオニー所長に聞いてみた。
「あの・・・猫や犬を治すのが、そんなにまずいことなんですか?」
「シノブ治療士、うちの規則では犬や猫を治すのは禁止だという事は知っていますね?」
「はい、しかし個人的に治すのであれば良いかと思いまして・・・
以前、私は知り合いの馬も、治療魔法で治した事もあるものですから・・・」
「そういう問題ではないのです。
良いですか?ここは無料診療所です。
有料で診察をする所なら、割り増し金額で犬猫を診療するのも良いでしょう。
しかし、無料で診療する場所で、犬猫や馬を診たらどうなると思いますか?」
どうなるか・・・?
そうか・・・人間だけでも、これだけ人が殺到するのだ。
犬や猫まで無料で診ていたら当然治療士が今以上に必要になるよな?
「その・・・犬や猫の持込が増えそうです」
「そうです、それどころではありません」
「しかし、これは私が個人的にした事なので、そう説明すれば良いのではないでしょうか?」
その俺の説明にレオニー所長は首を横に振って答える。
「それが患者の皆さんに通用すると思いますか?
明日から犬猫を抱えて来る人たちに、これはあなたが勝手にやった事だと言って、納得すると思いますか?
そしてあなたが個人的にやったと言えば、あなたの診療を待つ犬猫を持った人が、長蛇の列で並ぶ事となるでしょう。
あなたはそれを一人で全て治療する気ですか?
そして、それをうちが見てみぬ振りを出来るとおもいますか?
そして、もしうちの治療士たちが、見て見ぬふりをしたら、患者の人々はどう思うと、あなたは考えますか?」
そうか・・・
レオニーさんが言ったとおりだった。
いくら俺が個人的にやったと言っても、人々は聞かないだろうし、犬猫を持ってきて俺の診療を待つ事になるだろう。
そしてこの診療所の人たちが俺を手伝わなければ、いわれの無い非難をこうむる事になってしまうだろう。
確かに俺の考えが浅はか過ぎた。
「たしかに所長のおっしゃる通りです。
私が浅はかでした」
俺が深々と頭を下げると、それを聞いたペロンとアリスがレオニーさんに説明をする。
「大丈夫ですニャ!
僕はケット・シーなので、猫ではありませんから問題ありませんのニャ!」
「そうです!
この先生は私のお友達を治してくれたので、猫を治した訳ではありません!」
「そこで私も考え込んでしまったのですよ」
なるほど、さっきの沈黙はそういうことだったのか?
一旦、話が止ったところで、誰かがドアを叩く音がする。
「どうぞ」
レオニーさんがそういうと、二人の人物が部屋の中になだれ込んで入って来る。
「やあ、所長!
何でもシノブ君が猫を治しちゃったんだって?」
「所長!どうか許してやってください!
シノブの奴は悪気が有ってやったわけじゃないんです!」
そう言って入って来たのは、オーベル副所長とルーベンさんだ。
「今、まさにその事で話し合っている所です」
レオニー所長が俺を見ながら話を続ける。
「シノブ治療士、あなたがした事は本来でしたら良い事なのですが、現実問題として当診療所としては褒められた物ではありません。
どうか今後注意してください」
「はい、申し訳ありませんでした・・・」
「ははは・・・まあまあ、所長、こういった部分も彼の性格だから。
それに君の弟君だって、昔、似たような事をしていただろう?」
「まあ、それはそうですが・・・」
どうやらレオニー所長には弟がいて、俺と同じような事をしたらしい。
という事は、この人の弟さんも魔法治療士なのだろうか?
「そうでさ、所長、こいつは根が優しすぎるもんですから、人間でなくとも、何でもかんでも助けちまうんでさ。
今後はこんな事もないでしょうから、大目に見てやってください」
そう言って、副所長のオーベルさんやルーベンさんが、ずいぶんと俺を庇ってくれたのが嬉しい。
「それは私もわかってます」
「大丈夫ですニャ!
それは僕も説明しますニャ!」
ペロンが話すのを聞いて、オーベルさんとルーベンさんも驚く。
「うおっ!驚いた!
ひょっとして君はケット・シーなのか?」
「そうですニャ。
今シノブ先生に助けてもらって、お礼を言っていたところですニャ」
「へえ~これがケット・シーかい?
俺も長年生きているが、はじめて見たぜ!」
「はい、このメディシナーでは、僕の仲間は多分一人か、二人位しかいませんニャ」
「なるほど、そりゃ珍しい」
二人が驚いていると、レオニー所長が結論を出す。
「とにかく!
今回は偶然治した者がケット・シーだったので、対外的には猫ではなく、あくまでケット・シーを治したのだと説明しましょう。
それしか方法がありません」
「はい、わかりました」
翌日からレオニーさんの予想通り大変な事になった。
犬や猫、中には馬や牛まで連れてきた人たちで、第3無料診療所はいっぱいになったのだ。
受付のお姉さんたちは対応におおわらわだ。
もちろん俺も責任を感じて、今日は受付で説明をしている。
「ですから、うちでは犬猫の類の診療はやっていないのです」
「何言ってんだ?
昨日は猫を治したって聞いたぞ?」
「あれはケット・シーと言って、猫ではないのです」
「けっとしい?何だそりゃ?」
「とにかく人間じゃないんだろ?
人間じゃない者でも診てくれるなら、うちの犬を診てくれたっていいじゃないか?」
「そうだ!うちの馬も元気がないんだ!
診てくれよ!」
「そう言った訳にはまいりません!」
「不公平じゃないか!」
「そう言われてもですね・・・」
俺たちが困っていると、そこへ朱色の長靴をはいたペロンがやってくる。
今日は頭に洒落た白い羽根の付いた朱色の帽子と、朱色のマントを羽織り、腰のベルトに猫用?のサーベルまで挿している。
ペロンは群れをなしている人たちに向かって話し始める。
「みなさん!
ボクはケット・シーのペロンと言いますニャ!
昨日は毒を食べて倒れていたのをここで助けてもらいましたニャ。
皆さん、皆さんが自分のペットや馬を連れてきた気持ちはわかりますニャ!
しかし、申し訳ありませんが、ボクは猫ではありませんニャ!
見かけは猫ですが、妖精で、むしろエルフやドワーフに近い種族ですニャ。
ですからここで犬や猫を治療してもらえると思った人は申し訳ありませんが、お引取りくださいニャ」
しかし、犬や猫を連れて来た人たちは納得しない。
「何でお前は治療してもらえたのに、うちの犬はだめなんだ!」
「そうだ!そうだ!
見かけは猫のくせに、なんでお前だけは診療してもらえるんだ!」
そう言って、あくまで診療を望む人たちにペロンは再び説明を始める。
「そうですか、では皆さんの連れてきた犬猫、牛や馬でボクと同じように話せる動物がいたら、ボクが頼んでここで治療してもらっても良いですニャ
ボクは昨日、治療していただいた後で、ちゃんとここの治療士にお礼を言いましたニャ。
皆さんの連れてきた犬や猫で、ちゃんと人間の言葉でお礼を言える者がいれば、ボクが治療をしてもらえるように頼んでもらいますニャ。
そういう人はボクの前に並んでくださいニャ」
ペロンにそう言われると、人々が動揺し始める。
流石に猫がペラペラとしゃべるのを見ると、色々と考え始めたようだ。
ましてやその話す猫に、自分の前にしゃべる犬や猫を連れてきて並べと言われれば尚更だ。
「そ、そんな事言われても・・・」
「ああ・・・」
「普通の犬や猫がしゃべれる訳がないだろう・・・」
「しかし、確かにこいつはこうしてしゃべれるんだから、犬や猫ではないんだろうな」
「ぬう、この猫こそは伝説の猫妖精けっと・しぃ」
「知っているのか!ライデーン!?」
「うむ、けっと・しぃというのは猫の形をした妖精だと聞いた事がある。
そしてその妖精はそばに居れば幸運を招くが、逆らえば恐ろしいという・・・」
そのごついおっさんの説明に、そこに居た人々が驚き、動揺する。
「なんだと!?」
「そんな事が?」
「そういえば俺もケット・シーに逆らうと、運が悪くなると言うのを聞いた事があるぞ?」
「あら?それは私も聞いた事があるわ。
何でもケット・シーの言う事を聞かないと、不幸が降りかかるらしいの」
「うちの死んだばあさんも、そんな事を言っていたなあ・・・」
「何だって?そんな目にあってたまるか!
俺は別にうちの犬は診てもらわなくていいよ」
「俺もだ!そんな目にあってたまるか!
俺は帰るぜ!」
「俺もだ」
「私も・・・」
ケット・シーの呪い?を恐れた人たちは一目散に連れてきた犬や猫を連れて逃げ出した。
数人が逃げ出すと、みんな怖気がついたらしく、全員がいなくなってしまった。
犬や猫を持ってきた人たちがいなくなった所で、俺はエレノアに聞いた。
「え?ケット・シーの言う事に逆らうと、不幸が起きるって本当なの?」
「はい、あくまで迷信の類ですが、世間一般ではそう信じられています」
「ケット・シーって、不幸を呼ぶの?」
「いえ、むしろ逆です。
ケット・シーが家にいると、その家に幸福を呼び寄せると言われています。
一般的にはケット・シーは善悪を嗅ぎ分けて、運を上昇させると信じられています。
ただし、そのせいで資産家や貴族たちが、ケット・シーを見つけると、自分の家へ誘導し、あまつさえ軟禁したり、幽閉した例が過去にあります。
しかしそういった事をした場合、その一家はことごとく没落をしています。
おそらくそれが伝わって、ケット・シーの言葉を聞かないと、不幸が降りかかると信じられているのでしょう」
「なるほど」
俺は今回の件で、ケット・シーという物を初めて知ったが、座敷わらしや、招き猫みたいなものなのだろうか?
「これで大丈夫ですニャ!」
「うん、ありがとう、ペロン」
「どういたしましてですニャ」
2・3日もすると、もはや犬や猫を持ち込む人もいなくなり、元の状態に戻った。
その間、ペロンも毎日来て、説明に一役買ってくれた。
中々律儀な奴だ。
ずいぶんと診療所を騒がせてしまったが、何とか落ち着いてきて、動物を持ち込んでくる患者もいなくなったようだ。
俺は今後こんな事がないように反省した。




