415 ガレノス六聖
その日、俺たちが家に帰ると、ミルファが俺とエレノアに封筒を差し出した。
「御主人様、エレノアさん、御二人にそれぞれ御手紙が届いております」
「手紙?」
「はい」
差出人を見ると、俺とエレノア宛にそれぞれレオニーさんとレオンからの連名の手紙が届いていた。
中身はどうやら別件のようだ。
俺の手紙の方にはそろそろサクラ魔法食堂のメディシナー支店の準備が整ったので、視察に来て、開店準備を始めてほしいという手紙だった。
すでにクレインからも同様の手紙が来ていて、進捗状況は俺も把握していた。
この1年近くの間にクレインたちは用地の取得から食堂と一連の建物の建築、人員の確保、材料の調達などを俺の指示通りにやっていたようだ。
この様子なら春休み辺りに開店できそうだ。
一方でエレノアは二人から来た手紙を読んで考え込んでいるようだ。
雰囲気からすると、どうやらメディシナーで少々困った事が起こったようだ。
俺が何だろうと思っていると、手紙を読み終えたエレノアが話しかけてくる。
「御主人様、以前、ガレノス様の弟子で、PTMが使える者が6人いた事はお話しましたよね?」
その話は以前メディシナーでエレノアに聞いた事がある。
「うん、確かエレノアたち三高弟以外の他の三人は、どこかにいっちゃったり、どこかに引き抜かれたりしたんでしょ?」
「はい、その通りです。
現在その六人はまとめて呼ぶ時は、「ガレノス六大弟子」と言われていますが、ガレノス様が御存命の頃は「ガレノス六聖」と呼ばれていました」
「そうなんだ?」
「ええ、それには理由があるのです。
その六人とは現在三高弟と呼ばれている私とアスクレイ、フロ-レンス、そしてベサリウス、ライオネル、アルクマイオンの六人です」
そのうちの二人は聞き覚えがある。
「確かアスクレイとフロ-レンスって人は、レオニーさんやレオンの御先祖様なんだよね?」
「はい、そうです。
アスクレイはガレノス様の息子で、フローレンスはその妻です。
パラケルスの曾祖父母に当たります。
我々はガレノス様の指導の下でメディシナーで治療をしておりましたが、PTMの知名度が上がるに連れて、各国からの引抜が激しくなり、まずアルクマイオンがゲーロン王国の示した金額に目が眩み離脱しました。
しかしアルクマイオンは魔法治療士としては優秀でしたが、かなり自己中心的で、人に教えるのは下手でした。
PTMはただでさえ困難な呪文なので、結局彼は行った先で誰にもPTMを伝えられずに終わりました。
そこで彼のPTMの系統は途絶えました。
ベサリウスはメディシナーがきな臭くなって戦争が始まりそうになると、それを恐れていずこかへと消えました。
彼は非常に温和ですが六人の中で年も一番若く、気も小さかったので、帝国や他の国々を敵に回してまで戦争をするという重圧に耐えられなかったのです。
私もガレノス様もそれを責めはしませんでした。
そしてライオネルは非常に優秀な魔法治療士で、人当たりも良く、弟子に教えるのも上手だったので、各国が最も欲した人物です。
そして当時、メディシナーのように治療都市として名を上げようとしていた国、アッタミ聖国が彼に目をつけました。
膨大な支度金と共に、ライオネルに魔法大臣と国家魔法顧問の地位を約束し、彼はその国に引き抜かれました。
しかし不思議な事に、彼はその時点でかなりの弟子がいたのですが、自分の弟子は一人も連れて行かず、一人で赴いたのです。
しかもその弟子たちには決して自分に会いにきてはいけないとまで言って去ったのです。
そして私達にも別れを告げて、一人でアッタミ聖国へと旅立ったのです」
「へえ?なんでだろう?」
すでに気心が知れている弟子を連れて行けば、新天地でも色々と手助けもしてもらえるだろう。
なぜその弟子たちをわざわざ置いていったのかわからない。
「それには後ほど明らかになる、ある理由があったのです。
彼は評判どおりにとても優秀で、アッタミ聖国では彼の指導の下、優秀な魔法治療士たちが育ちました。
アッタミ聖国は元々メディシナーに追いつき追い越して、メディシナー以上の魔法治療国として名を馳せたいと考えていたので、彼の手腕に大満足でした。
そして彼はアッタミでPTMを使える魔道士を僅かな期間で30人も育成したのです」
「ええっ?PTM術者を30人も?」
PTMは非常に困難な魔法だ。
それは自分で学んだ俺もよく知っている。
現在、俺が使える魔法の中でも1・2位を争う位に難しい魔法なのだ。
事実メディシナーでも俺とエレノアを除けば、使える人間は現時点で7人しかいないし、アイザックとPTMジャベックを数に入れても19人しかいないのだ。
それでもアースフィア世界で最大人数なのだ。
他の都市にいる人数は、多くともせいぜいの所、2・3人らしい。
全世界に散らばっているPTM術士を全員集めても50人はいない筈だ。
もちろん当然の事ながら、一人もいない都市の方が圧倒的に多い。
それが30人もいたとは恐れ入る。
俺が驚いているとエレノアが話を続ける。
「はい、しかしライオネルは何故かアッタミの彼の弟子たちには決してメディシナーに行ってはならないし、メディシナーのPTM術士と交友してはいけないと戒めました。
もしそうなればその者は破門して、アッタミ聖国から永久国外追放にするとまで弟子たちに宣言したのです」
「ええ?何でそんな事を?」
「彼の弟子たちもそれを疑問に思ったようですが、その頃にはアッタミ聖国ではライオネルの言葉は絶対でしたので、彼の言いつけを守り、メディシナーとの交流はありませんでした。
しかしある時、一人の弟子がその禁忌を犯してメディシナーにやってきたのです」
「どうして?」
師匠の言いつけを破り、破門されてまでそんな事をするとは意外だ。
「モリエールと名乗ったその弟子は狂信的なまでにライオネルの信奉者だったので、世間でメディシナーがPTMの本家と言われているのが我慢ならなかったのです。
そして自分の師の方がメディシナーの者よりも優秀だと証明すれば、破門も免れると思ってやってきたのです。
そのために言わばメディシナーに挑戦するために来た訳です」
「なるほど」
それなら話がわかる。
自分の師匠がいかに優秀かを、世間に知らしめたかった訳だ。
「メディシナーにやってきたモリエールは、我々にPTMの勝負を挑みました。
私達は最初相手にしませんでしたが、あまりにもしつこいので、仕方なくその勝負を受ける事にしました。
しかしその勝負の結果、重大な事が判明しました」
「重大な事?」
「はい、ライオネルの教えていた物はPTMではなかったのです」
「ええっ?どういう事?」
「ライオネルはPTMを解析し、その呪文から困難な部分、そして滅多に治療に影響のない部分を省いて呪文を組みなおし、それをPTMと称して弟子たちに教えていたのです。
つまりPTMが劣化した、言わば不完全なPTMとも言うべき物です」
「えっ?そんな事を?」
「その不完全なPTMは他の治療呪文よりも複雑ではあっても、本物のPTMよりも遥かに簡単で覚え易く、それ故にライオネルは30人もの弟子を育成する事が出来たのです。
何しろ一番複雑な部分を省いていたのですからね。
しかし当然の事ながら、この不完全なPTMでは全ての患者を治す事は出来ません」
「だけど、どうやってそれを誤魔化していたの?」
「彼はPTMは2種類あると弟子たちに教えていました。
一つは彼が弟子たちに教えた不完全なPTM、そしてもう一つは本物のPTMです。
そして自分の知っている本物のPTMは非常に困難な魔法だとして、決して弟子たちには教えていなかったのです。
そしてこの事、つまりPTMが2種類ある事は門外不出で、決して他に漏らしてはならないと弟子たちには言っていたのです」
「どうしてそんな事を?」
本物のPTMがあるのに、なぜわざわざ偽物の呪文など作り上げたのだろうか?
それを疑問に思った俺はエレノアに聞いた。
「理由はいくつかあります。
一つには実際にPTMの取得は困難なので、彼の弟子には難しかった事。
もう一つはライオネルはアッタミ聖国からメディシナーに追いつき、追い越せと言われて焦っていた事。
そのために膨大な支度金や地位を与えられたのですからね。
そして決定的な事は、彼が自分の地位を、弟子の誰かに奪われるのを恐れていた事です。
また彼は師であるガレノス様を越えたいと思いながらも、決して弟子たちには自分を越させたくはないという矛盾した思いも抱えていました。
さらに彼はガレノス様の跡継ぎであるアスクレイに非常に対抗意識を燃やしていたので、どうしてもメディシナー自体に勝ちたいとも考えていたようです。
それらを全て満たす物として、PTMから複雑な部分を取った不完全なPTMを思いついたのでしょう。
それをPTMと称して大量に術者を養育すれば、世間には治療大国と思われるでしょうし、そうなればアッタミ聖国から責められる事もありません。
そして本物のPTMを教えなければ、弟子が彼を越える事もなく、彼の身は一生安泰と言う訳です。
そしてそれがせめて自分が生きている間はばれないようにするために、メディシナーから一人の弟子も連れて行かず、メディシナーとの交流も禁止したのです。
それをアッタミ聖国に行く前から計画していたようです」
「なるほど・・・・」
色々と自分のしがらみや立場、保身を考えた結果の策という訳か?
しかし当然の事ながらその方法は間違っている。
一体ライオネルとやらはそれでどうしたのだろうか?




