396 ハーベイ村の攻防 前編
怒涛のごとく、ラーガン伯爵軍が白狼族のハーベイ村に攻めて来る。
俺はその様子を双眼鏡で見る。
その軍容は敵ながら中々壮観だ!
感心した俺は2号と話し合う。
「いよいよ来たね?」
「はい、偵察によれば相手の軍はおよそ3500のようです」
「3500か・・・するとラーガン伯爵領のほぼ全軍だね?」
「ええ、その通りです。
大丈夫ですか?御主人様?」
「もちろんさ。
ま、本気で相手を殲滅する気なら、ここでほぼ空になった敵の城を落とす絶好の機会だが、今回はそういう訳でもないからね。
どちらかと言えば、この敵軍を可能な限り無力化させるのが目的だからなぁ。
まあ、予定通り、全軍で来てくれてありがたいよ。
小出しで来られた方が面倒だったからね。
散々連中を挑発した甲斐があったというものさ。
では全員、予定の配置についてくれ」
「承知いたしました」
俺とても前世を含めて本格的な戦争など、これが初めてだ。
今回は町の顔役との抗争や、前回の小競り合いなどとは規模が違う!
いわばこれが俺の初陣と言う訳だ。
しかし我ながら妙に落ち着いてはいる。
これはやはりエレノアがいてくれる安心感が大きいのだろう。
何しろかつてたった一人でアムダール帝国を含め、数カ国を相手にしてみせたほどの人物だ。
彼女がそばにいてくれるだけで安心感が違うというものだ。
それに俺は兵法で勝つ者は勝つべくして勝つと言う事を知っている。
今回の戦いに関して俺はこの村の戦力と地勢は全て熟知しているし、デフォードの偵察のおかげで、ラーガン伯爵軍の戦力に関してもほぼわかっている。
デフォードは数日前からラーガン伯爵領へ侵入し、敵の状況を逐一鳥型タロスに手紙を持たせて教えてくれている。
まさに有名な言葉の通り、「彼を知り、己を知れば、百戦殆うからず」って奴だ。
これは孫子の兵法の中でも1・2位を争う位に有名な言葉だ。
単純な戦力差で言えば、3500対80程度、こちらは100にも満たない数だ。
しかも老人や奴隷として働かされていて、まだ弱っている人々は数に入らないので、実質的なこちらの戦力は俺たちも入れて70人程度だ!
その彼我の単純な戦力差は50倍以上だ!
いくらこちらが防衛側で有利とは言っても、普通に考えれば勝てる訳がない。
相手も当然そう考えているだろう。
しかしもちろん俺たちが負ける訳がない。
勝つための算段は十分にしてある!
俺たちは勝つべくして勝つのだ!
前回と違い、今回は跳ね橋を上げてある上に、正面も柵で塞いであるので、その手前で敵軍は止まる。
もちろん西門や南門も固く閉ざしてある。
東門の柵の前についたラーガン伯爵軍のドミール将軍が大声で叫ぶ。
「聞け!薄汚い獣人どもめ!
我々はラーガン伯爵軍、私は将軍のドミールだ!
貴様らは辺境の獣人の分際で、よくも伯爵閣下の御子息たちを拉致監禁するなどの暴挙に及んだな!
その罪、浅からず、万死に値する!
だが、今すぐ降伏するなら全員奴隷で許してやろう!
しかし逆らうのであれば全滅だ!
さあ、どうする?」
それに対して俺が返事をする。
こういう時は必ず理路整然と反論をしなければダメだ。
さもなければ相手が正しい事になってしまう。
しかし逆に反論をしてそれが正しければ、相手は萎縮し、味方の士気が上がる。
「はん!誰かと思ったら、ほんの数日前に泣きながら帰って行った小僧どもの手下か?
何をふざけた事を言っている?
先に襲って来たのはそっちだろうが?
それが逆撃を喰らって、間抜けにも我らに捕まっただけだろう?
勝手にそっちから攻めて来た癖に、あっさりと捕まるとは間抜けにもほどがあるぞ?
しかもそんな恥ずかしい事を、わざわざ大声で味方に知らせているのか?
ラーガン伯爵軍ってのはそんな馬鹿の集りなのか?
イライジャとニーリャはどうした?
部下に任せて家のベッドの上で恐ろしくてガタガタ震えて寝ているのか?」
その俺の挑発にのって二人が前へ出てくる。
「誰が震えているか!
我々はこれこの通り、貴様たちを成敗に来たわ!」
「その通りよ!私もここにいるわ!
覚悟なさい!」
だが俺はその二人をさらにあざ笑う。
「ほう?
つい2,3日前までは泣きべそをかいて「どうか助けてください」と懇願していた連中がずいぶんと強気になった物だな?
部下の兵士たちに我々の紹介をしたらどうだ?
あれが寛大にも私達を助けてくださったハーベイ村の皆様です、とな?
お前たちは我々の情けによって命を生きながら得たくせに、もうそれを忘れたのか?
それともせっかく助けてもらった命をまたわざわざす捨てに来たのか?
まったく奇特な連中よ!
しかも和平の約定を結んでから3日と経っていないのに攻めて来るとは、お前たちは字も読めない馬鹿か、それとも約束も守れない恥知らずなのか?
どっちなんだ?
どちらにしても愚かなのは間違いがないな!」
俺の言葉にラーガン伯爵軍の兵士たちはザワザワと騒いでいる。
もちろん兵士たちは詳しい事情などは全く知らずにここまで来たのだろう。
しかしここに来てこれまでの経過と状況を知って、さすがに驚いたのだろう。
勝手に自分たちの方から攻めて来たくせに捕まって、それを逃がしてもらったくせに、再び攻めて来るとは確かに普通に考えておかしい。
しかも和平の約束までしているのに攻めて来るとはどう考えても自分たちに理はない。
俺の説明でそれが兵士たちにもわかったのであろう。
ここから眺めても全体的に動揺が走っているのがわかる。
その俺の状況を説明した言葉に対して、慌ててイライジャが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「おのれ!何と言う侮辱!
この獣人風情がっ!」
よし!まずは口上戦ではこちらの勝ちだ!
俺の説明にイライジャが反論できない時点で、あちらの兵士たちには動揺が走っている。
これで士気はかなり下がったようだ。
そしてイライジャたちは即座に後ろに下がり、盾を持った兵士たちに守られる。
ニーリャが猛り狂いながらイライジャに叫ぶ。
「全く腹が立つ!あんな連中!
とっとと死神にでも食われてしまえばよいのに!」
「身構えている時には、死神は来ないものだ、ニーリャ」
「では、私達がその死神になってあげましょう!」
「その通りだ。ついに本気を出す時が来た、という事かな?
全軍!攻撃を開始せよ!」
イライジャの命令によってラーガン軍は進軍を始める。
こちらへ向かって来るラーガン伯爵軍に対して、俺たちは迎撃を始める。
まずは最初の築地で、もちろん騎馬隊は大方止められる。
その築地を歩兵たちが乗り越えてくるが、次は木の柵で伯爵軍は止められる。
頑丈に作られた柵を越えるのは中々困難で、伯爵軍は苦労しているようだ。
そんな伯爵軍に俺は容赦なく攻撃を開始する!
「村人諸君!今こそ積年の恨みを晴らす時が来た!
今、諸君の目の前に敵はいる!
全員、石と槍が尽きるまで、怒りを込めて投げ尽くせ!
総員投擲開始!」
「総員投擲開始っ!」
俺の命令により、即座に砦の土塀の内側から戦闘タロスと獣人たちによる一斉投擲攻撃が始まる。
戦闘タロスは投石を、獣人たちは槍を投擲し始める。
何しろ投擲用の槍はあちらから1500本調達した上に、こちらでも数百本は用意していたので、数は十分だ。
しかも村人たちは前回の襲撃の時はこれと言った活躍も出来ずにやきもきしていたので、今回こそはと勢い込んでいる!
「こんにゃろうっ!」
「これでも喰らえっ!」
「今日こそ恨みを晴らしてやるっ!」
投石用の石も築地を作る時に作業用タロスで集めておいた石が何万とある。
その石と槍が伯爵軍に襲い掛かる。
平人の数倍の筋力を誇る獣人たちの投擲によって、たちまち伯爵軍の前衛がバタバタと倒れる。
さほど狙いをつけていないタロス群の投石も、数百の数があれば驚異だ。
敵軍に雨霰と石が投げつけられれば、相手も混乱する。
「これは・・・!」
その怒涛の投擲に驚くドミール将軍に、イライジャが叫ぶ。
「ふざけるな!たかが石ころ一つ!ラーガン軍で押し出してやる!」
「はっ!畏まりました!」
「ラーガン伯爵軍は伊達じゃない!」
「その通りでございます!」
慌てた指揮官が魔法部隊を押し出す。
「魔法部隊!前へ!
あの土塀の裏にいる投擲隊を狙え打て!」
ラーガン伯爵軍の虎の子の魔法部隊が出てきて、魔法で攻撃を始める。
「火炎魔法」
「火炎魔法」
「氷結魔法!」
しかしまだ距離が遠い上に、魔道士たちの錬度が低く、素早い獣人たちには当たらない。
もちろん俺たちはそれを計算して、その位置に柵を作ってあったのだ。
逆に村からの投擲で、バタバタと無防備な魔道士たちが倒れていく。
どうやら未熟な魔法使いが多く、俺たちのように攻撃をしながら防御幕を張る事は出来ないようだ。
これは明らかに魔道部隊の運用を間違っている。
慌てた指揮官がさらに命令を下す。
「ええい!何をしている!あのような柵など、ぶち破れ!
魔法部隊は下がれ!
重装歩兵!前に出よ!」
魔法部隊が下がり、また別の部隊が前へ出てくる。
今度は全身を金属鎧で身を包んだ重装歩兵だ。
大きな鉄の盾も持っている。
さすがに重装歩兵に投擲は通じず、伯爵軍は数で押して柵を破り始める。
そこで俺が指示を出す。
「タロス兵はそのまま投石続行、それ以外の者は投射物を鉄槍から油瓶に切り替え、重装歩兵を狙え!」
俺の指示で横に副官兼見習い司令官として控えていたゾンデルが指令を出す。
「はっ!タロス兵は投石を続行、それ以外は総員、投射物を槍から油瓶に切り替えて投擲!
重装歩兵を狙え!」
途端に鉄の槍に代わって、重装歩兵にめがけて油の詰まった瓶が投げられる。
この事を予想して俺が用意しておいた総数1千個の油瓶だ。
それはガラス瓶と言わず、陶器瓶と言わず、大小様々な容器に油が詰まっている。
それを防衛側の獣人たちが砲丸投げの要領で投げ始めた!
ちなみにタロス部隊の方はこの間も投石を続けている。
敵兵たちに油瓶が当たり、それがガチャン!ガチャン!と割れて油がまき散らされる。
「うおっ!」
「なんだ?これは?」
「匂うぞ?」
「油?」
「いや、酒の匂いもするぞ?」
そう、俺は油瓶と一緒にいくつか酒精度の高い蒸留酒が入った瓶も混ぜて放らせていた。
エレノアに頼んでノーザンシティで蒸留酒もいくつか購入しておいたのだ。
敵方に十分酒瓶と油瓶が当たった所で、俺が次の命令を出す。
「次、火矢だ」
「はっ!総員、火矢を放て!」
俺の命令をゾンデルが復唱し、今度は火矢が放たれる。
「ぐわっ!」
「ぎゃあ~!」
「あちゃちゃちゃ!」
十分に油が撒かれた敵陣に火矢が打ち込まれて、途端に敵陣が炎に包まれる。
相手は突然の火事に慌てふためく。
「な、なんだ?何が起こったのだ?」
「油です!油と火矢による攻撃です!」
「何だと?
獣人の分際で小癪な!
しかもこの火の回りの速さはなんなのだ!」
その火の回りの速さに将軍が驚く。
にわかには信じがたい速さで、敵陣が火の海になっていくのだ!
実は俺たちは数日前からタロスと村人たちで村の周囲の草を全て刈っていたのだった。
しかも拳大よりも小さな石は投擲用に村の中へ持ち込み、それよりも大きな石は築地に使用したために、その辺一体は火除け地などなく、全て枯れた草の平原だった。
その上でその辺に防御柵を作った時に余った小枝をその近辺にばら撒いておいた。
その刈った草と小枝はこの数日で良い具合に乾燥し、火の回りを勢いづけた!
しかも投げた瓶の中には揮発性の高い蒸留酒が混ざっていた為に、アッという間に火が燃え広がったのだ!
アルコールは油のように長くは燃えず、すぐに燃えてしまうが、発火性が高い。
その蒸留酒と油と枯れ草の三重奏により、周囲は燃え上がった!
もちろんこの程度の事は俺たちの魔法でやればたやすいが、それでは村人たちの訓練にならない。
今後、俺たちがいない場合でも敵に対応する手段と自信をつけるためにも、まずは魔法無しで迎撃する方法をやらせたのだ。
だから火をつける方法から始め、油瓶を投げて火矢で火攻めをして敵を混乱させる方法を教えたのだ。
ちなみに火炎瓶にしなかったのは相手に学習させないためだ。
あれは一回見れば、誰でも簡単に出来てしまうので、出来ればまだこの世界に覚えさせたくない。
そういった理由で普通に油と火矢で敵陣を攻撃したのだ。
それでも今やラーガン伯爵愚は蒸留酒、油、枯れ草と枯れ枝の三重攻撃で、今や火の海だ!
慌てた将軍が指示を下す。
「急いで火を消せ!
ええい!構わん!多少は柵も壊れた!
歩兵はその部分から侵入せよ!」
将軍の命令により、柵の壊れた部分から歩兵たちが侵入を始める。
しかし得意げに進み始めたラーガン伯爵軍がここで叫び声を上げる。
「うぎゃあ!」
「いって~!」
そこには考案者のポリーナ自身によるポリーナ式針鋲陣が展開、散布されていた!
ポリーナ式針鋲陣が戦争に使われたのは、まずこれが初めてだ。
しかもその針は限りなく透明に作ってあって、見つけづらくなっている。
針鋲本体自体も俺の指示で迷彩色になっていて、草原では見つけにくい。
当然の事ながら全くその存在をしらなかったラーガン伯爵軍が悲鳴を上げる。
「あぎゃ!」
「なんだ!これは!」
「いって~っ!」
「あうっ!」
進んだ自軍が悲鳴を上げて止まるのを見てドミール将軍は驚いて叫ぶ。
「何だ!今度は一体、何が起こっておるのだ!」
「針が・・・地面から鋭い針が突き出ているようです!
それを歩兵たちが踏んでしまい・・・」
「おのれ!小癪なまねを!
ええい!構わん!正面から突き破れ!
多少犠牲が出たとしても奴らは少数なのだ!
力で押せばこちらが勝てる!」
柵の正面が突破されてラーガン伯爵軍が怒涛のように堀まで押し寄せてくる。
この時点でかなりの数が築地の内側まで入ってきたようだ。
しかしその間も迎撃側は油瓶を投げ、火矢を射掛ける。
それにより敵軍は大混乱だ!
ここで俺が合図の閃光魔法弾を上空に打ち上げる。
それは村の内側から放たれ、遥か上空でパァン!と炸裂して合図をする。
いよいよここからは俺たち魔法組の出番だ!




