260 百科事典
俺はマギアサッコを開けると、一冊の百科事典を出してみた。
もちろん1冊単体版の分厚い方だ。
おそらくこの本はアースフィアでは珍しいはずだ。
それに関してはある程度の確信を持っていた。
俺は自分の屋敷が完成した時に、自分の部屋に本棚を置いた。
俺は本が好きだからだ。
物心ついた頃から本を読んでいたし、集めていた。
前世の俺の部屋にはそれこそ何千冊もの本があり、部屋に置ききれなくて困ったほどだ。
だから俺はアースフィアの色々な本を集めて読んでみたかったし、屋敷に広い書物庫も作ったが、まずは自分の部屋に大き目の本棚を置いてみた。
しかし当然、最初は何もなかったので、まずはこの百科事典と20冊構成の百科事典と、料理や折り紙の本など、神様から貰ったいくつかの本を置いてみた。
その本を何気なく見て、エレノアは驚いた。
どの本にも驚いたが、特に驚いた本が2種類あった。
その一つが百科事典の類だ。
神様が言っていたが、この世界でも一応事典はあるが、まだまだ不完全な物で、間違っている部分も多く、結構いい加減な物らしい。
しかし、俺の百科事典は神様にお願いして作っただけあって、現時点でのアースフィアの状況を広範囲にわたって詳細に載せてある。
もちろん間違いなど一箇所もないはずだ。
しかも項目によっては、まだこの世界では知られていない物すら載っている。
だからそれを見たエレノアが驚嘆の声をあげたのだ。
エレノアに言わせると、20冊構成の方はもちろんの事、1冊の方でもかなり詳しいらしい。
エレノアは是非それを自分に写本させて欲しいと申し出たので、俺は気前よくそれを1冊上げた。
俺がそれを1冊エレノアにあげると、エレノアは喜んで写本用ジャベックに写本をさせて複製を作っていた。
時間がある時は、内容を覚えるために自分でも写本しているらしい。
それを知った俺はエレノアにさらに二冊百科事典を上げた。
エレノアは喜んで1冊を自分写本用に、1冊をジャベック写本用にして、1冊を原本として自分のマギアサッコに保存したようだ。
うん、エレノアは絶対にオタク気質があるね?
ただし、この世界の紙はまだまだ厚く、書く道具も細かくは書けないので、写本すると、数倍の枚数になり、分厚くなるので、全部写すとなると、どうしても5冊ほどになってしまうようだ。
エレノアもどうしてこれほど細かく、整った字が書けたのか不思議に思ったらしい。
それでもエレノアは毎日ジャベックに写本をさせているし、自分でも時間があると写している。
そういえば、神様がこの本は、本当は今のアースフィアでは内容もまだ知られていない部分もあるし、製本や印刷も技術的に無理だけど、これはオマケしてあげると言っていた。
その百科事典を俺はこの世界に30冊持ってきていた。
この本は分厚いので、かなりマギアサッコの場所を取ってしまったが、これもかなり使う時があると思ったからだ。
そしてその価値がわかる人がいれば、分けてあげようとも思っていた。
この本は学問に興味がある者ならば、誰でも欲しがる物だとエレノアは言っていたし、この三人は今話した限りでも、かなり学問に興味があるのは間違いない。
だが、果たしてこの百科事典は総督閣下たち三人の興味を引けるだろうか?
王族の総督閣下ともなれば、ひょっとしたらこれよりも詳しい百科事典を持っているかも知れない。
俺はそう思って、百科事典をこの三人に見せてみた。
それを見た三人が、まずその厚みと製本に感心する。
何しろ総ページ数3000ページ以上の事典だ。
厚みも10cm程度ある。
それが立派な灰色の硬質紙の箱に収まっているのを出して見て、まずそこで感心する。
「ほう・・・これはまた、ずいぶんと分厚い本じゃのう?」
「ああ、これはこの厚さだけでも感心するわい」
「しかもこんな精巧な製本は見た事がないわい」
「確かに飾り気は全くないが、製本技術は大した物じゃ」
「ああ、最近は内容はさっぱりのくせに、俗な者に迎合するために、妙にごてごてと装飾が激しい本が多いからの。
金ピカで宝石だらけの表紙もいただけないが、わしはこの間、表紙にドラゴンの鱗を使っている本を見て呆れ返ったわい!
まあ、確かに表紙は丈夫になるやも知れんがの。
だが本を知識の源でなく、何かの装飾品と勘違いしているとしか思えん!」
「ああ、一部の貴族の子女の間では、いかに立派な装丁の本を持っているかの自慢をする者もおるらしい」
「それで宝石まみれの表紙や、竜の鱗の表紙の本か?
そして中身はスッカラカンじゃ!
馬鹿馬鹿しい!吐き気がするほどじゃ!」
「まあ、それで中身が伴っていれば、別に構わないのじゃが、そんな本は少ないからの」
「全くじゃ、それに比べればこの本は清々しいくらいじゃ。
黒い表紙に題字の金文字だけとは、ずいぶんとスッキリとしておるのう」
「どれ、能書きはそれ位にして、まずは中身を拝見するとしよう。
題名は「アースフィア百科事典」か、なるほど事典の一種か?・・・どれどれ」
そう言って、総督閣下が箱から出した百科事典をパラパラとめくり、それを読むと驚く。
「何っ?これは?」
「どうした?」
「一体何の本なのじゃ?」
二人の質問に総督が簡潔に答える。
「事典じゃ」
「事典?それは題名でわかっておる!何の事典じゃ?」
「何でも書いてある!」
「何でも?どういう事じゃ?」
「わしにも見せてみい!」
三人が奪い合うように額を寄せ合って百科事典を見て、しばらくの間、興奮して読む。
「これは・・・」
「むう・・・これはたまげたわい!」
「これは凄い!アースフィアの詳細な地図まで載っておるぞ!
余のアースフィア儀よりもよほど正確そうじゃ!」
「各国の状況と首都の緯度と経度、それに現在の人口までじゃ!」
「魔法の一覧も載っておるぞ!」
「天文もじゃ!
惑星や主な星など全て載っておるわい!
しかもわしの知らぬ惑星までのっておるぞ!
本当にこんな星があるのか?」
「人体の詳しい構造や動植物の名前、主な魔物の姿と特徴まで!」
「数学の公式に、アースフィアの正確な大きさやルミナまでの距離までも書いてあるぞ!」
「驚きじゃ!これ一冊で、何でもわかるぞ!
なるほど『百科事典』とはそういう意味か!」
「そもそもこの紙の薄さと字の細かさと正確さはどうじゃ?
一体どうやってこの本は作られたのじゃ?」
「わからん!何もかもわからん!」
「謎だらけの本じゃ!」
「ああ、しかしこの本が素晴らしい物である事は間違いがない!」
「うむ、このような本は見た事がないわ」
「全くごてごてと馬鹿な飾りにばかり凝っている連中に、これぞ「本」だと言う事を教えてやりたい位じゃ!」
どうやら百科事典はかなり好評のようだ。
三人は夢中になって百科事典を読んでいたが、しばらくすると顔を上げて、総督閣下が俺に尋ねる。
「ホウジョウ殿はこれを一体どこで手に入れたのじゃ?」
「とある場所で、たまたま知り合いからいただきました。
残念ながらその人物には、もう二度と会えませんが・・・」
「むむむ・・・
これほど詳細な事典がこの世界にあるとは・・・」
ガスパールさんは感心するが、ジーモンさんは疑問を持った様子だ。
「しかしこの内容は本当に信じられる物なのか?
中には初めて知る内容もずいぶんとあるが・・・」
その疑問に俺が簡潔に答える。
「ええ、私が知る限りでは間違いはありません」
俺がそう言うと、エレノアもうなずいて説明をする。
「私が読んだ限りでも間違いはございません。
実はその本の内容には、私も不思議に思った部分があったので、実際に試したり、計測した部分もあったのですが、全てその本に書いてあった通りでした」
「むむ・・・確かに博学な魔法学士でもあるエルフ殿が言うのであれば間違いあるまい・・・むう・・・」
そう言って唸ると、総督閣下が事典を見て無言となる。
どうやら百科事典に相当興味を示したようだ。
それを見た俺が総督閣下に申し出る。
「お気に召したのならば、それも総督閣下に差し上げましょうか?」
「何っ?よろしいのか?
このように貴重な書物を?」
「ええ、どうぞ」
「おおっ!かたじけない!
感謝するぞ!ホウジョウ殿!」
総督閣下が俺に感謝するが、途端に残りの二人も騒ぎ出す。
「おい!わしにもそれを写本させんかい!」
「わしにもだ!」
「馬鹿!引っ張るな!破けたら許さんぞ!」
百科事典は激しい奪い合いで今にも破かれそうだ。
正直これほど大好評とは思わなかった。
どうやら望遠鏡以上の人気のようだ。
この三人にはこの本の価値がわかるようだ。
いや、俺よりも高く評価しているのは間違いない。
これだけ知識の価値がわかる人たちならば、この本をぞんざいに扱ったりはしないだろう。
そう考えた俺が、争っている三人に提案をした。
「あの・・・よろしければ何冊かは予備があるので、御二人にも一冊ずつ差し上げましょうか?」
その俺の言葉に三人が驚いて争いをピタッ!と止める。
「何っ?」
「これと同じ本をまだ持っているというのか?」
「はい、数は少ないですが・・・」
まあ、30冊を多いと取るか、少ないと取るかは人次第だ。
もっとも俺の部屋に1冊置いてあるし、エレノアにも3冊あげたから、残りは25冊だけどね。
「いただけるのであれば、わしもいただきたい!」
「わしもじゃ!」
ジーモンさんとガスパールさんが争うように俺に頼み込む。
「はい、ただ先ほどの望遠鏡やミロ・クーボと同じで、出所の詮索はなしで、私から貰ったという事は内密にしていただきたいのですが?
それでよろしいでしょうか?」
「おお!もちろんじゃ!
わしは家宝にして門外不出にするぞ!」
「わしも数冊写本したら厳重にしまいこむわい!」
「内密に!内密にじゃな!」
「では・・」
俺は2冊の箱入り百科事典を出すと、ジーモンさんとガスパールさんに渡した。
「おおっ!ありがたい」
「全くじゃ!このような貴重な本をいただけるとは!」
「うむ、しかもこの紙の薄さで、これほど字の細かさ、信じられないわい!
印刷したにしても一体どうやって印刷したのか?」
「しかも本を綴じるのに紐ではなく、何か他の方法で綴じてあるようじゃ。
一体、どうやって製本をしておるのじゃろうか?」
その疑問に俺は首を横に振って答える。
「それは私にもわかりません。
しかし、私も数少ないこの本を、価値がわかる方にお渡しできて嬉しいです」
その俺の言葉に三人が大きくうなずく。
「うむ、確かにの」
「これは価値のわからん奴に渡しても、まさに猫に金貨じゃわい!」
「そうじゃな」
猫に金貨?
状況からして「猫に小判」みたいな意味の言葉か?
どうやら総督閣下だけでなく、その友人たちにも百科事典は大好評のようだ。
これほど価値をわかってくれる人たちに渡せたのならば、俺も嬉しい。




