182 エレノアの忠告
エレノアからの凄い餞別には及びもしないが、俺もポリーナにはちょっとした物をあげる準備をしておいたのだ。
エレノアから素敵な餞別を貰って喜んでいるポリーナに俺が話しかける。
「そうそう、ポリーナには僕からも餞別を上げたいな」
「まあ、何でしょう?」
「ジャ~ン!これさ」
俺はテーブルの上に用意して、布を被せて隠してあった物を、その布をバッ!と取って見せる。
そこには丸型蒸篭15個と専用蒸し鍋3つ、それに挽き肉器が2つ置いてあった。
ポリーナはそれに驚いたようだ。
「まあ、これは!」
驚くポリーナに俺が説明をする。
「ポリーナは自分の村でも肉まんを作りたいんだろう?
それだったらこれが必要と思ってさ」
これで蒸し器は三組になる。
とりあえず、これだけあれば当座は凌げるだろうし、複製を作るにも楽だろう。
そう思って俺は予備に作っておいた蒸し器を三組あげる事にしたのだ。
それと大きな町以外ではあまり売っていない挽き肉器も二つあげるので、挽き肉を作るのも楽だろう。
もちろんポリーナは発熱タロスを自分で作る事は出来るし、普通に竈で蒸す事も出来る。
「ありがとうございます!
私も材料はともかく、蒸篭は作り方もよくわからなかったので、出来れば見本にいくつかいただこうと思っていたのです。
それに挽き肉器まで・・・
これがあれば自分の村に行っても、ここと同じように肉まんが作れます!」
「うん、頑張ってね」
「はい」
ポリーナは俺の餞別にも喜んでくれたようだ。
「そうそう、もしメディシナーに行ったら、レオニーさんとレオンにも肉まんを食べさせてあげてよ」
「はい、それはもう!」
喜び勇んで答えるポリーナにエレノアも微笑みながら話す。
「そうですね、是非パラケルスにも食べさせてあげたいです」
「パラケルスさん?」
「ああ、先代の最高評議長でエレノアの弟子なんだよ」
「わかりました!その方にも必ず肉まんを食べていただきます!
それにオーベルさんにも!」
「うん、よろしく」
ポリーナは肉まんの布教活動に余念がないようだ。
しかしそんなポリーナにエレノアが釘を刺した。
「ただポリーナ?
当分の間は自分の村でも、メディシナーや他の場所でも店を開いてはいけませんよ?」
「え?」
そのエレノアの言葉に、ポリーナは不思議そうにしたが、俺にはすぐにその理由がわかった。
「ここでの様子を見てわかったでしょう?
私達がジャベックも入れて、10人以上掛りでもこの状態なのです。
もしあなたが一人で店を開こうとしたらどうなりますか?」
「あっ!」
エレノアに言われてポリーナも気づいたようだ。
そう、確かにエレノアが餞別に上げた、手伝い用のジャベックもいるが、人間が一人ではとても切り盛りは出来ないだろう。
ポリーナは肉まん布教活動に熱心になるあまり、そこまで考えてはいなかったようだ。
「それにあなたはまだ修行中の身なのです。
ですから当分の間は身内や知り合いに食べさせる程度に収めておきなさい。
店など開いたら手がつけられなくなりますよ?
とても魔法治療士の訓練どころではありません」
「そうですね・・・」
ポリーナもエレノアの説明で納得したようだ。
確かに今や専門の店員がいるうちですらこの状態なのだ。
ポリーナが一人で店など開いてしまったらどうにもならなくなるだろう。
「メディシナーでこれをレオニーやレオンに食べさせたら、おそらく店を開く事を薦められるでしょうが、それは修行の妨げになるからと言ってキッパリと断りなさい。
その時は私の名を出して、エレノアにそう厳命されたと言えば、二人とも納得はするでしょう」
「はい、わかりました!
エレノア先生!」
どうやらポリーナも納得したようだ。
「それと作り方自体も、しばらくの間はあまり教えない方が良いでしょう」
「作り方も?」
「ええ、私もこの食べ物がこれほどの商品になるとは思いませんでした。
これはしばらく我々で秘匿しておいた方が良いと思いますがいかがでしょう?
御主人様?」
「そうだね・・・」
確かにこの売れ具合は想像以上だ。
いずれ作り方は一般にも広く公開するつもりはあるが、しばらくの間は秘匿しておいた方が良さそうだ。
「うん、確かにこれはしばらく秘密にしておいた方が良さそうだね。
出来ればしばらくの間はポリーナもあまり人には教えないで欲しいな」
「わかりました」
「あ、でもメディシナーのレオンの秘書にマーガレットさんという人がいるから、その人には教えて良いよ。
後はレオンとレオニーさんが許可した人もね。
但し、その人たちにもしばらくは作り方は公表しないで欲しいと伝えておいてくれないかな?」
「はい、わかりました」
こうして肉まん製法は当分の間、ごく少人数の秘伝状態となった。
俺の説明にエレノアもうなずいて答える。
「ええ、そうですね。
ただ将来に備えて、私があげた四体のジャベックには肉まんの作り方自体は教えておいた方が良いでしょうね」
「ええ、そうですね」
ポリーナがうなずくと、エレノアが俺に向かって話す。
「それとブリジットとホワイティにもこの魔戦士と戦魔士のジャベックを貸しましょう。
そうすれば私達も修行に専念出来ますからね」
「そうだね」
現在ブリジットとホワイティは迷宮の店を運営してくれているが、まだ人手が足りない。
一応、今は家の誰かが手伝っていて、朝の荷物運びと護衛はガルドとラピーダとヴェルダが交代でやっている。
しかしそれも専用のジャベックが何体かいれば、二人で十分になるだろう。
俺とエレノアはシャルルとポリーナを自室に下がらせて引越しの支度を促すと、今度はブリジットとホワイティを呼んだ。
まずはエレノアが二人をねぎらう。
「ブリジット、ホワイティ、毎日ご苦労様です。
最近はますます店も混んできて大変でしょう?」
「ありがとうございます。
でも大丈夫です!」
「はい、私達、今毎日が楽しいです!」
「それは良かったです。
ところで、今後のあなたたちの助けになるように、ジャベックを用意しました。
これをあなたたちに貸し出しましょう。
起動、MBVI3、MBVI4」
すると、そこに黄緑色の髪をしたジャベックが現れる。
例のレベル160の戦魔士型男性ジャベックだ。
「これはレベル160の魔道士級の戦魔士型ジャベックです。
この二体を一体ずつあなた方に貸し与えます。
これは汎用ジャベックですが、主な任務はあなたがたの護衛です」
その性能と目的に二人が驚く。
「え?レベル160で魔道士級?」
「私達の護衛ですか?」
「ええ、今はあなた方の護衛は主にガルドやラピーダがやっていますが、彼らの本来の仕事は御主人様の護衛ですからね。
これからはこのジャベックがあなたがたの護衛を勤めます。
あなた方では森や迷宮の中ではレベルの高い魔物や盗賊にあったら大変でしょうからね」
「ええ、そうですね」
「確かに私達では盗賊には勝てません」
ブリジットがそう答えると、ホワイティもうなずく。
そう、ブリジットとホワイティは魔法士ではあるが、レベルは二人とも25程度なので、森の魔物程度ならば、ほぼ問題ないが、盗賊に会った場合は危険だ。
実際、俺たちも今までに何回か、荷馬車で荷物を運ぶ途中や、帰り道で森の盗賊に遭っている。
街からの乗合馬車が迷宮まで行かず、森の入口で終点なのもそのせいだ。
街道沿いは見晴らしも良いし、盗賊はまず出ないが、森に入れば盗賊が結構居る。
そこそこ強い魔物も出る。
一応、迷宮までの道は整備されているが、護衛付きの馬車でもない限り、森の中は危険だ。
今までは俺たちの誰かが護衛をしていたので問題は無かったが、この二人だけになったら危険なのは間違いない。
魔物はまだしも、盗賊に襲われたら一巻の終わりだろう。
特に帰り道は売上金をたくさん持っているので、盗賊の絶好の標的だ。
最近はうちの店の知名度も急激に上がって来たので、盗賊たちも隙あらばと思っているようだ。
そのためにも護衛は必要だ。
「このジャベックは魔法も魔道士並みに使えるので、戦闘で後れを取るという事はまずないでしょう。
もちろん店の手伝いに使っても構いません。
これをうちで勤めている間、あなた方一人に一体ずつ貸しましょう。
森や迷宮へ行く時には、必ず一人に一体ついて行かせなさい。
出来れば街中でもです。
さもないと危険ですからね。
間違ってもあなた方だけで、森や迷宮に行ってはいけませんよ?
盗賊たちは常にあなた方を狙っていると思っていなさい」
エレノアの言葉にブリジットとホワイティは真剣に答える。
「はい、ありがとうございます」
確かにそうだ。
そういう意味ではこの二人自身のレベルも上げた方が良いのかも知れない。
そうすれば、少々の盗賊たちならば大丈夫にもなるはずだ。
俺がそう考えていると、ふとエレノアが二人に尋ねる。
「そういえばあなた方は、まだタロス魔法は使えないのですね?」
「ええ、そうです。
魔道士とは言いませんが、タロスを作れる事が出来るようになれば、もっと私達も店のお手伝いが出来るのですが・・・」
ブリジットが残念そうに話す。
「ええ、私も使空魔法士か、せめてタロス魔法士になれればと思うのですが・・・」
ホワイティもうなずいて答える。
「使空魔法士」というのは正式な称号ではないが、使役物体魔法と航空魔法を使える魔法士の事だ。
この二つの魔法はかなり難しく、複雑なために、魔法士になるための条件には入っていない。
しかしこの2つの魔法が使えると、非常に魔法使いとしての幅が広がる上に、正規の魔道士になるための必須条件だ。
就職等でも「使空魔法士」と書けば、待遇も違う場合が多い。
魔法世間では一般的に使役物体魔法の6級と、航空魔法の6級の資格を持っている魔法士を「使空魔法士」と呼んでいる。
「タロス魔法士」とは、低位使役物体魔法が使える魔法士の事だ。
ちなみに空を飛べる魔法士の場合は「飛行魔法士」と呼ばれる。
「航空魔法士」と言う場合もあるが、それだと「航空魔道士」と紛らわしくなるので、普通は「飛行魔法士」と呼ばれる。
現在、蒸し器を暖めるための発熱タロスは俺とエレノアが大量に作って、マギアグラーノとして店に持って行っている。
二人はそれを解呪して調理をしているのだ。
確かにタロスを作れるようになれば、この二人も、もっと色々と出来るようになるだろう。
しかし中等魔法学校にでも行かない限り、そうそうこの魔法は覚える事はできない。
残念そうに話す二人にエレノアが問いかける。
「そうですね、では私がタロス魔法を教えましょうか?」
「え?本当ですか?」
「私達、是非覚えたいです!」
思いがけないエレノアの言葉に二人は即座に返事をする。
もちろん魔法学士であるエレノアは、正式に使役物体魔法を教える資格もある。
二人の返事にエレノアはうなずいて答える。
「では、自由日に時間が空いているでしょうから、その時に研修の一環として教えましょう。
そして迷宮に行ってレベルもあげましょう。
そうすれば、多少の盗賊ならば、あなた達でも問題なく相手が出来るようになるでしょうからね。
その方があなたたち自身も安心できるのではないですか?」
「はい、よろしくお願いします!」
「ありがとうございます!」
二人ともタロス魔法を覚える気が満々のようだ。
確かにこの二人がタロス魔法を覚えれば心強い。
エレノアが俺に確認をする。
「よろしいですね?御主人様?」
「もちろんだよ、レベル上げはボクも手伝うよ」
「ありがとうございます」
うん、今でも十分店の戦力になっているこの二人のレベルが上がって、タロス魔法を覚えれば、うちとしても、相当頼りがいのある人材になりそうだ。