一
「ふう…はぁ……」
俺の名は鋼数人。登山家であり、登山を主に取り扱っている雑誌のライターもして居る。現在俺はアルト山という南アルプスの奥の山を登っているのだ。大体長野県の隣あたりかな…すまん場所がイマイチ分からないものでね。
このアルト山と言うのは伝説上の山で冬に登るとかなり綺麗な雪景色が広がるとの噂が巷でちらほら聞いた為、俺は何としてでも取材をせねばいけないとライター魂に火がついて現在12月某日の夜に山の中で必死に歩いている。
夜?景色なんて見れないじゃん。
全くもってその通りである。実は6時間前に登り始めて、雪の量があまりにも多すぎて遭難している始末なのだ。全身は冷たく唇は紫色に変化していてほぼ死にかけていると言っても過言ではない。
兎に角、遭難したら上に登れとよく言われるように、俺もまた必死に生きる為故に頂上を目指しているのだが正直もう限界だ。
「う………はぁはぁ……」
目眩はするし頭は痛い。いい事なんてひとつも無い。雪の雪崩で写真の写りはそこまで良くなく、正直登らなければ良かったと後悔している。人間、諦めかけるその時に過去の事がフラッシュバックするらしいな。俺もその1人のようだ。
俺は高校卒業後に大学に行けと強く言ってきた両親を捨てて家出してきて上京した。当時はスマートフォンなんて便利な物はなく、当然ナビも無かった。だから土地勘が無い俺は相当苦労したのだ。
友人が上京して新聞社に就職していた為、友人の家に転がって頭を下げてなんとかコネでその新聞社に入社させてもらった。そして2年後の20歳に友人の家から出ていって、近くのアパートの一室を借りて生活をしていた。
私は自分が新聞社の記者として生活する一方で本当にこれがやりたい事なのか疑心暗鬼になっていたことがあって、それが20歳の時である。東京に憧れはあるものの、人生は自分がやりたい事を仕事にする方が幸せなのではないかと。
俺の両親はエリート志向で俺も弟も進学校に入れられた。というのも小学受験を無理やりさせられてエスカレーター式で上がった…が正しいが。要領の悪い俺は何度も弟と比べられ、「弟は優秀だがお前はダメだ」こんな言葉は耳にタコが出来るほど聞いてきた。やっぱり心は荒んでいって高校時代は多少荒れてしまった。夜遊びを覚えるようになり、彼女を作って連れ回したり、不良とつるんだり、タバコや酒を覚えるようになった。
今はタバコの規制が厳しい為に未成年は買えないが当時はゆるゆるで簡単に手に入ることが出来たんだ。だからタバコを吸ってる同年代は結構いた。
そんな素行だった為、何度も警察に補導されての繰り返しで定期テストの点数もすこぶる悪く、当然エスカレーターの話は無くなってしまう事に。両親は激怒したものの、「お前はやれば出来る」の一点張りでなんと一般入試で入れようと言ってきたのだ。
俺は別に大学は行きたいと思えなかったし、何より弟が優秀すぎて比較されるのが怖かった。そんな臆病な俺だから家出をしたのだろう。両親に口で反抗するのは気難しいものがあったからな。
今は幸せか?
新聞社に入社して新しく見つけた趣味の登山。好きな登山で仕事に出来る今の現状はとても幸せであり満足のいく現状だ。あの時に友人から見捨てられていたら今頃野垂れ死んでいたであろうとつくづく思う今日この頃。きちんと友人に感謝をしなければいけないな。
親不孝だ
家出した人間にそういう評価を付ける人が殆どだろう。だが親からは勝手に生まれて、自分が選べなかった親から教育方針を無理やり植え付けられる。人権なんてあったもんじゃない。
俺は子は親を選べないの言葉から派生して親ガチャと呼んでるのだが、それらというものは神のお遊びであり、そのお遊びに囚われて今の世界は回っている。親がクソなら苦労するし、親が甘々だったらそのぶん甘やかされるだろう。つまり親がクソなら人生を損するから逃げればいいのだ。
逃げた人生に後悔はないの?
そう問われたら無いときっぱり答える。だって強い意志があるから逃げてきたのだから。ただ勘違いして欲しくないのは俺は両親を憎んではいない。嫌いだが憎むとは別の感情だと思っている。当然殺したいと思った事もないし、ここまで育ててくれたことに関しては感謝しているのだ。まぁ親がいい人のお坊っちゃんお嬢ちゃんには一生分からない感情だろうがな。
話が随分とそれてしまったが、今俺はそんな事を頭の中で説明しているのだ。誰に対してでは無くて自分自身の確認の為、か。それとも自分が生きていた証明をしたいのか。良く分からないがそんなとこだ。
「ふぅ…はぁ疲れた。やっと頂上が……うっ」
目の前には頂上がある。光が見えた。だが体力が尽きてしまい倒れてしまった。意識はまだある。何かが近付いてくる。足跡が聞こえる。怖いけど逃げられない。
「ーーー大丈夫ですか」
か細い女の声だ。視界が真っ暗で良く見えないが、その落ち着いた声を聞く限りお淑やかな人間であるに違いない。そう勝手に自己解釈をしながらとうとう意識が途切れてしまった。
ーーー鋼さん!生まれましたよ!!男の子です!!
ーーーおぉそうか!今行く!!
ーーーあなた!元気な子ですよ!
ーーーデカイな!こりゃあ大物になるに違いない!!!よくやった恵美子!
ーーーふふっ大切に育てましょうね
ーーーあのぉ…おぉい…大丈夫ですかぁ?
何だこの邪魔をしてくる奴は。俺は…俺は……俺は………
「はっ!!」
俺は勢い良く身を起こした。いつの間にか布団の中に入っていて、自分の汗がドバドバ流れている。悪い夢を見ていたようで目覚めが悪い。隣を見ると目を見開いている女性がいた。
「よ、良かったです。生きてましたね」
「あ、助けてくださってありがとうございます。ここは一体…」
「ここは頂上付近にある小屋ですよ。私の家でもあります。あっお粥を作ったので是非!!」
女は立ち上がって奥に消えていった。俺は彼女を見て不審に思う点がある。まず一つに肌が異常に白い事。そしてもう一つに何故か白い着物を来ている事だ。こんな異常に寒い地域に着物をきるのか?そうこう考えている内に彼女が戻ってきた。
「お待たせしました〜お口に合うか分からないですけど。食欲はありますか?」
「あはい。えっと…着物、お美しいですね」
彼女は顔を赤らめながら
「ありがとうございます」
とか細い声でそういった。そして黙ってお粥を差し出され、お腹も空いていた事だから一気に飲んだ。彼女は笑いながら
「お粥は飲み物ではありませんよ。逃げませんからゆっくりご賞味下さい」
とお茶を差し出され、俺はそれを受け取ってゆっくり飲んだ。
器官に詰まったのか咳き込んでしまったが、彼女は優しく背中を叩いてくれた。それが暖かく、そして懐かしく感じた。
ーーーお母さん………
あの人の顔を浮かべながら涙を流してしまう。彼女は慌てながら
「痛かったですか?!」
と俺を心配するが俺は大丈夫と一言言って涙を手で拭った。彼女はおもむろに此方に近付いてくる。そしてゆっくりと抱き締めてくれた。
「泣いてもいいんですよ。だって貴方は人間ですから」
包み込まれた身体はとても冷たかったが、俺は彼女に言われるがままに涙を流しながら声を上げてしまった。
「お母さんごめんなさい…お母さんごめんなさい」
彼女は黙って背中をさすり、また耳元でよしよしと呟く。その母性に俺は鮮明にお母さんから受けた小さな愛情を思い出した。
暫くして俺は落ち着き、彼女から離れる。
「ごめんなさい、なんか色々と」
「大丈夫です。辛いことはきちんと辛いと言わないと!」
俺は立ち上がって外を見る。雪も振り止んでいつの間にか星が盛大に広がる夜空が映し出されていた。
「そろそろお暇します。ありがとうございました」
「えぇ気を付けて下さいね。何かあったら立ち寄っても構いませんから。あっそうだこれをお持ちくださいまし」
彼女は思い出したかの様に部屋に飾ってあったお守りのようなものを渡してきた。
「強いお守りです。きっと安全に下山する事が出来るでしょう」
俺はありがとうとそれを受け取りポケットにいれ、カメラを持って彼女に一礼し小屋を出た。やっぱり冬の夜風は冷たかったが先程とは比べ物にもならない程度。俺は夜空を写真に収めて下山した。
「あっそう言えば彼女の名前を聞くのを忘れていた」
思えば彼女との話が楽しくてつい名前を聞くのを忘れてしまっていた。まあまた会えるだろうと思いながらそのまま下山した。
「おぉ綺麗ですね! これで今月号のアルト山特集はバッチリですね。しかし鋼先輩、よく撮れましたねえ。遭難しないか心配していたんですよ?」
後半であり、編集担当の鈴木が興奮気味に話している。
「遭難しかけたぞ? だが優しい人に助けられたんだよ。頂上の小屋の」
俺の一言で周りが凍りついた。そして青ざめた顔で口を震わせながら俺に確認を取る鈴木。
「本当なん…ですか?」
「あぁ、白い女の人だ。とっても美しかったな」
鈴木は周りを見渡すと、周りは目を伏せながら逸らす。俺はなんか不味いことを言ったのか不安になって聞いてみた。
「どうしたんだ?」
「鋼先輩は頂上で…遭難して死んだ女の事件を知らないんですか?」
「…えっ」
俺は顔を青ざめた。確かにおかしな点は幾つかあった。着物姿に白い肌。異常に伸びた髪。まるで雪女の………雪女?
「まさか俺は…雪女に?」
「その女性が化けて出たとしたらそうかもですね。一応お祓いはしといた方がいいですよ。こちらが負担しますから。てかいってください今すぐに!」
そう言われて俺は部屋から追い出されてしまった。すると少しドアが開いて5枚の野口英世を投げ捨てて早く行けと言わんばかりの目で睨みを聞かしてくる。俺は苦笑しながら鈴木の好意を汲み取ってお札を拾い集め、早速神社に行くことにした。
「なんもついとらん」
金を払って見てもらった結果がこれだった。自分でも体が軽いし特に変な部分は無かった為、こんな事だろうと思っていた。
俺はそのまま会社に戻ってことの経緯を鈴木に説明するが信用ならないと駄々をこねるばかり。俺はため息を着きながらデスクに戻った。
「大丈夫ですかあ?」
「あぁ鈴木の奴、霊が怖くて仕方ないんだと。ガキだよなぁ」
隣に座っている鹿島が声を掛けてきた。彼女は霊に関する記事のライターで霊なら詳しい。雪女のことを聞いてみることにした。
「雪女…ですか。そもそも雪女は霊じゃなくて妖怪の部類なんですがねぇ…」
「あ、妖怪なのか。じゃあ別に害はないんだね?」
「えぇ。まぁ…」
彼女はメガネを人差し指で持ち上げた。
「害はあるっちゃありますけどね」
「えっ!?」
「と言っても彼女を怒らせた場合ですよ? 冷酷な妖怪なので怒らせたらどんな事が待ってるか…考えただけでも恐ろしい」
「なるほど…」
「おーい鹿島ぁー! シラド墳墓の取材に行くよー!」
「あっはーい! じゃあ私はこれで!」
同僚に呼ばれて早足でいく彼女。どんだけホラー系が好きなんだか…俺には理解し難いが彼女の生き生きとした姿を見ているとこちらも元気になる。
「さぁて俺もひと踏ん張りしますか」
文字を打ち込み初めて数時間が経過しただろうか…急に眠気が襲ってきた為、仮眠室までいって眠り始めた。
ーーーなんだこの点数は!
ーーーあなたやめて!
ーーーちゃんと勉強しろ!!俺の家系の面汚しが!!
ーーーーー悲しい
ーーーーー悲しい
ーーーーー悲しい
「お〜い、大丈夫?」
「あれ? 鹿島? なんで…」
「なんでって…時計見なよ。もう夜の8時だよ。それより涙流してたけど怖い夢でも見たのかな?」
「ん? いや懐かしい夢を見ただけさ。さぁ帰ろうか」
「…そうだね」
彼女は暗い顔をしながらコクリと頷いた。俺は特に気に止めずカバンを手に取って部屋を出た。