第七話:地味な修行のおっさん
あけまして15日。おそばせながら新年一発目の更新です。
おっさんの弟子となり、剣の修行を初めて1か月が経った。
細かい描写を省いたのには訳がある。毎日同じことの繰り返しだった。全く持って地味。地味すぎる毎日だったのだ。
振り替える事一か月前。訓練初日、つまりは俺がおっさんに脅かされてちびった日だが、おっさんは俺にいろいろな事をさせて、今の状態を確認してきた。
「まずは剣を持ってみろ。体の正面を捉えるように構えるんだ」
おっさんから剣を受け取ると、ずしりと腕に重さを感じる。予想以上に重たかった。とはいえ子供でもぎりぎり持てる重さ。だけど、縦に構えようとするとプルプルと震える。
「ふむ……わかった。じゃあ次は柔軟だな。前屈からいくぞ」
おっさんに剣を返すと、地べたに座るよう指示される。クマの人形のような恰好になった俺は、おっさんに背中をぐいと押された。
「いだだ」
これが全然曲がらない。ぎりぎり足首が触れるか否かといったところだ。ぐいぐいと押してくるが、俺の体はこれ以上は前に進まないぞおっさん。痛いからやめろ。
「おいまじかよ坊主、お前さん今いくつだっけ?」
「12歳」
「固すぎるぜお前さん……ま、まあいい。次は反復横跳びだ。わかるか?」
「なにそれ?」
「あー、じゃあ手本を見せよう」
おっさんはそういうと、木の棒でかららと音を立てながら、地面に三本の線を引いた。
「この線を両の足で素早くまたぐんだ。こんな感じに……ほい、ほいほい、ほいほいほい」
おっさんは高速で三本の線をまたぎ始めた。思っていた以上に素早く動くので、ちょっと気持ち悪いな、と思った。
ひとしきりやると、おっさんは俺にやってみろと促す。これなら簡単そうだ。こくりとうなずいて、おっさんがやったように線をまたいでみる。やってみるとこれが案外難しい。おっさんのようにホイホイと足が動かなくて驚いた。
「ふむ、敏捷はそこそこ……わかった。もういいぜ」
剣を持たせたり、柔軟をさせたり、反復横跳びさせたりと、基礎の運動能力を細かくチェックされた。
元々運動があまり好きではなかった俺。軽く動いただけでへとへとになる。地べたに座りこんで息を整えていると、おっさんは難しい顔をして、俺にこう告げた。
「まあ予想通りだが……ダメだなこりゃ。坊主、まずは基礎作りだ。お前さんにはこれから朝夕の走り込みと、木刀の素振りと腹筋、それから柔軟をしてもらう。剣の技はしばらく後だ。俺もしばらくはこの村に留まることにしたから、ゆっくりやっていこうな」
俺は絶望した。
嫌いな運動を、毎日?しかも、筋トレまでやれって?なんかもっとこう、サクッと強くなれるんじゃないのか?と一瞬思ったが、冷静に考えれば今までろくに急に剣を握ったこともない子供がメキメキ上達する、なんてことはあり得ないな、と考えを改めた。何せ、土台がないのだ。身体もできていないし、何より剣をまともに振れるかも怪しい。実際さっき持った時に、あれを早く振り下ろせといわれても無理だと思った。
俺はいやいや、しぶしぶ小さく頷いた。
それからはもう毎日走り込みと筋トレを続けた。朝早く起きて5キロくらい走る。家のことをやって、昼前にはおっさんと村の外の広場にいって素振りと腹筋と柔軟。夕方前に切り上げて、晩御飯の前に走り込み。晩御飯を食べて、お風呂の後に柔軟運動をして寝る。そんな一か月を過ごした。
おふくろからは、「意外と頑張ってるね。なんか急にマジでいい子みたいになって気持ち悪いけど」と冷たいお言葉をいただく。頑張ってる息子に対してなんて言い草だ。
そうして一か月が経過した。最近は村を徘徊する元気もなく、ただ淡々とトレーニングをこなしていた。最初は辛いしいやでいやで仕方がなかったけど、人間はどうにも慣れていく生き物らしく、一か月たった今では特に苦痛もなく普通に動けるようになってきた。
あと、若干だけど筋肉が付いた。これには思わずニヤッとしてしまった。その姿をおふくろに見られて爆笑されたので、もう鏡の前で力こぶを作らないと決めた。
そんなこんなで、一か月目の昼。おっさんといつもの広場で落ち合って、いつも通り素振りと柔軟を始めた。
素振りのコツだけは教わって、俺の剣筋がぶれるたびに矯正がはいっていた。今では縦に振り下ろすだけなら少し格好も付くと思う。自分の素振りを見たことないからわからないけど。
身体はずいぶん曲がるようになったと思う。とはいえまだ痛いけど、足の指の先まで手が届くようになった。これは自分でも感動したものだ。
「そろそろ頃合いかもな」
おっさんがそうつぶやくと、おっさんが背負ってた革袋から、一振りの木刀を取り出した。それは俺が普段素振りで使っている木刀よりも長く、大人用のモノなのだということが見て取れる。
「一か月頑張ったな。毎日サボらずやっていたおかげで、お前さんの体はようやく下準備が終わった段階になった。今日からはいつものメニューに加えて、型の指南にはいるが、……今のお前さんに教えられるのは、3つだ」
「え、3つだけ?」
少ないと、素直にそう思った。村の守衛のジェスはもっといっぱいの振り方をしてたような。俺がなんとなく不満そうな顔をしていると、おっさんはやれやれといった感じで軽く笑った。
「本当はもっとたくさんあるんだが、お前さんにはまだ早いのさ。もちろん無理すれば教えてやれるが……トレーニングを今の5倍はしてもらうぞ」
「3つでいい。3つがいい。ごめん無理言った。5倍は無理だ」
「ハハハ、まあ、5倍もしたら大変だ。お前さん、背が伸びなくなっちまうぞ」
「え、そうなの」
「ああ、筋肉ってのは小さいころからつけすぎてもよくないんだ。成長を止めちまうらしい。ま、詳しい話は俺も知らんが、俺もお前さんぐらいの時は鍛錬より遊びの時間のほうが長かった。もっと体が大きくなったら、覚えるといいさ。だがな、他の技をやらない代わりに、この3つだけは完璧にしてもらうから、数は少ないがなかなか大変だぞ」
「う、わかった。お願いします」
「……なんかお前さん最近素直で気持ち悪いな」
失礼な、真剣に学ぶ姿勢を見せているというのに。と思ったが、口には出さなかった。おっさんはその様子を察したのか、「まあいい」といって話を進めた。
「お前さんに教えるのは、振り下ろし、切り上げ、横薙ぎ。この3つだ。俺の剣術は、この三つで成り立っているといっても過言じゃない」
おっさんはそういうと、ゆっくりと木刀を構え始めた。
なんかもう少しこう、凝った名前はなかったのかと思ったが、俺は静かにおっさんを見つめることにした。
急に強くならないです。じわじわやっていきます。ただ、剣士のおっさん編はあと数話で切り上げる予定です。これはまだ序章なのだ……。