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後世(ぐぜ)のアクシズ  作者: 白黒闇理
皇紀2615年【照波30年:俗暦1955年】
7/7

4月24日ー26日~光と闇の演奏会~

 アルテスラヴィア連邦は大戦終結十周年と中東勢力圏拡大を併せて記念した

平和継続・奮戦喚起式典を行うとのことで、連邦領内各地から各州長官らや

三大強国の政府高官などに片っ端から招待状を送り、連邦内だけでなく

同盟国と敵対国全てに「アルテスラヴィアこそ大陸東南部の一大指導国である」と

国威を示す気満々であった。


「あー…スラヴィアの最強酒ラキアを死ぬほど飲んでやりてぇ…」

「ついでにウォッカでも煽って嫌味も加えたら?」

「ひっでえ…」


 何だかんだでお祭りである。それも社会主義体制なので基本配給と倹約節制が

連邦民の美徳と口酸っぱく連邦上層部は言っているので普段は

そういうことが出来ない連邦民はここぞとばかりに記念式典で

大いにはっちゃけてやろうという気構えが凄い。元々が言語からして異なる

五つの民族の共同体であるため、一応はスラヴィア語と相互コミュニケーション

円滑化のために大三帝国語を主要公用語に定めているが、早々母国語を

捨てるなど土台不可能であり、それ故に沢山の言語が入り乱れている…

のだがシュンヤは完全に別系統語圏である皇国出身者なので全部同じに聞こえる。

なのでたまに聞こえる大三帝国語くらいしか判別が出来ない。

そのため今回は祖国がスラヴィア評議国と近い分割国ペールラント出身の

マヤを伴っているが、基本シュンヤの為にマトモな通訳などする気はないようだ。


「……この人たちって中東勢力圏の…アリーグラードの情勢知ってるのかしら」

「知ってたらこんな風にはっちゃけられねえよ」


 アリーグラード…俗暦1919年にアリースルタン王国として独立したが、

俗暦1938年に旧ボ連が支援するアリー人民民主党リュディデモクラチスカヤ子飼いの

大陸西部帰りの元傭兵アサド・カジル大佐が起こしたクーデターによって

ごく僅かな期間ではあったが旧ボ連衛星国アリーグラード共和国となるも、

僅か11年後の1949年の旧ボ連崩壊に伴いアリーグラード共和国への

反抗を続ける数多くのアリースルタン旧王国派閥群の包囲戦を受け、力を付けた

アルテスラヴィア連邦が長年小競り合いを続けるアリースルタン旧王国を含めた

中東地域で広く信仰される唯一太陽神の同属宗派信仰国でもある

エルヴァーナ共和国にある意味で国威を見せ付けるための

軍事介入をするまで完全なる無政府状態にあった。


 と、言うのが連邦の流布統制する情報であり、実際はその時から既に

死に体であるが最後の嫌がらせかという感覚で旧ボ連残党が流しに流した

ヤミ魔科兵器が氾濫し、血で血を洗う大内戦状態である。


「……嫌なものね…旧ボ連が崩壊した意味が無い気がするわ」

「…すまん」

「何でシュンヤが謝るのよ」

「…完全な他人事には出来ないから、かな」

「………そう」


 マヤは少し目線を下げてシュンヤの前を歩くが、シュンヤはマヤに

何も声を掛けられないでいた。


「……こっちはこっちで核拡散が早まったような感じでやってられんな…」

「何か言った?」

「うんにゃ? 何も?」

「………そろそろ時間になるわね」

「そうだな」


 シュンヤはタバコに手を伸ばしそうになったが、そういえばタバコは

宿泊先の部屋に置いたままだと思い出して手を腰に戻した。


>>>


 アルテスラヴィア連邦国家主席~ダビデ含む上位七席の挨拶もそこそこに、

参陸零サブロクゼロ大隊から選抜された(という形の)使節音楽隊と連邦防衛軍の軍楽隊による

平和記念式典のメインイベントの一つである共同演奏会が始まる。

参陸零大隊からは主にタカノ部隊の面々が出ているので、かなり強烈な印象である。


「あ~…ユリコさんが凄く生き生きしてるなぁ…」

「それはそうでしょうね…まるで年相応な反応をしてるゼラさん達みたいですよ」


「いやいや…屈強なセレブリャ系のオトコ達が混じる皇国平和維持大隊の音楽隊…

なかなかどうして良い演奏っぷりじゃあ無いか…ねえ?」


 いつの間にか来賓席に来ていたダビデに思わず尻に力を入れてしまう

シュンヤとベオウルフ。


「んでここに来てんだクソ野郎…!」

「わざわざ男女で席をギッチリ分けてあるのはまさか…!」

「男女別にはそんな意味は無いよ? ボクが此処にいるのも個人的な事だよ?」


 皇国陣営の座席は多めに用意されていたので、開いている隣にダビデは座る。

ちなみにシュンヤの隣であるため、シュンヤは何時でも片手を

火炎の拳に出来るよう軽く力を込めている。


「良いね、その力の入れ具合は…こっちも楽しくなるじゃないか」

「お前を焼き殺せたらどれだけ最高かこっちも楽しくなるわ…!」

「ははは…怖い怖いw」


 軽く笑ったかと思えばダビデは表情が少し鋭くなる。


「我等が連邦の精鋭諜報員達が中東勢力圏から漸く戻ってきたのでね。

とはいえ若干予定時刻はズレるが、打診したとおり今夜にも

夜間迷彩輸送機に乗ってアリーグラードに行ってもらいたい。

ああ、一応ボクも随伴するから安心してくれたまえ」

「いや来んなよ連邦トップ3っつーか実質天辺だろうがテメーは…!」

「敵主力がキミ達の手でどれ程悲惨な目にあうのか興味があるんだ。

もちろん勝利の美酒をキミ達と直ぐに酌み交わしたいというのもあるがね」

「そういうのはテメーの妻と娘と家族水入らずでやれや…!」

「どうしてこの人が普通に異性と結婚できたのかが謎過ぎる…!」

「そんな固いことを言わないでくれたまえよ」

「触ったら火傷じゃ済まさねえ…!」


 シュンヤはダビデ側の半身の温度を能力で少し…といっても触ったら

火傷する程度には上昇させるが、ダビデはあまり意に返さないようだった。


「…うん…キミのそういう所は我が妻のようで…滾るじゃないか…」

「………オェ…」

「ははは…同士ハイランド…まるで私の娘が偶に見せる顔みたいじゃないか?」

「准佐…僕はもう…懐の銃をこの人に全弾撃ち込みたいです…!」

「耐えろベオ…もうすぐ演奏も終わる…!」


 終始ニヤニヤしながら此方にねっとりした視線を向けつつ

気色悪いことをゴチャゴチャ抜かしてくるダビデにシュンヤとベオウルフは

いつか必ずこの男ダビデをブッ殺してやろうと目と目で誓った。誓えてしまった。


>>>


 現在地は定かではないが、雲より上の夜空を夜間仕様の輸送機が飛ぶ。


「………もう少し…航空機には慣れておくべきだったね…」


 連邦の特殊部隊と共に随伴してきたダビデではあったが、彼は文系の軍人であり

そしてシュンヤたちのような魔科兵器適合者ではないため青い顔をしている。


「……ねえシュンヤ。どうしてこの人まで来てるの?」

「しょうがねえんだよ。こいつ…この方は何だかんだで連邦のトップ3だからな。

連邦内じゃこの方が黒と言えば白も黒なんだわ」

「しかしオヴェールフューラー…この高度ですし、如何に対応装備をしてても

この様子では…その…申し訳ないのですが凄く邪魔なのですが」

「ハッキリ言うなお馬鹿ちゃんが…ほれ見ろ連邦の兵隊さんが中々に怖い顔だぞ」

「確かに我が大隊と連邦防衛軍の方々の軋轢を生む要因になってますね」

「だからハッキリ言うなっつーの」

「…お兄ちゃん。この連邦三席の人は乗員室で安静させたほうが良い」

「そうしろと言いたいがな。さっきも言ったがこの方が自発的に動かない限り

俺らじゃどうしようもねえんだわ」


 とはいえ、連邦製の輸送機では乗員室で安静にしてても

あまり意味がない気がしたシュンヤ。そもそもが表向きは補給用の

輸送機なので、最低でも操縦関係補助じゃない人員が待機できるような

仕様ではないのである。


「…魔科適合者というのは…本当に羨ましいね…」

「あのなーダビデ…魔科適合者なんてそんな良いもんじゃねえんだぞ?」

「ボクは…良いと思うよ…あの旧ボ連の人外級の赤軍特殊部隊の連中さえ…

みっともなく泣き喚いて嘘じゃない命乞いをさせたんだろ…最高じゃないか…?」


 シュンヤは溜息をついて、ダビデを心配そうに見ている連邦特殊部隊員の数人に

彼を少しでもマシな場所に無理やりでも連れてってやるべきだと説得を試みる。


「ですが…第三席は…」

「このまま完全な高山病で大変なことになっちまったらヤバいだろうが…」

「………」


 何かを言いたげだがもう声を出すのも億劫そうなダビデに、

シュンヤは連邦の兵士達にもう一回注目させた。


「上司を守るためにも逆らうってのも連邦じゃ悪いことなのか?」

「そ、そんな事は…!」

「んじゃー運んで無理やりにでも休ませろ。ここでぶっ倒れられたら

それこそ今後の介入作戦に無視できない支障が出るだろうが」


 その言葉に仲間内で話し込むが、連邦特殊部隊長が責任を負うと断じて

ダビデを少しでもマシな場所へと運んでいった。


「あー…なんつーか…ハァ…」


 色々な事が頭に浮かんでくるので凄くタバコが吸いたかったが、

輸送機内で吸うのは色々と宜しくないので自重せざるを得ないシュンヤだった。


【Guze no Axis】


 明けて翌日の夕方。シュンヤたちはアリーグラードの連邦勢力地帯である

東部前線作戦司令部にて復活したダビデ率いる連邦特殊部隊員達と

作戦前の最終作戦確認を行っていた。


「まぁ、作戦とは言っても東部前線で展開している我が連邦の

アリーグラード攻略本部隊に一時合流して彼らの突撃に併せて

敵部隊を別方向から叩くだけなんだがね」

「絶賛大混戦中だもんな。実際作戦もクソもないわ」

「普通に誤射されそうで煩わしいですね」

「その辺りは厳命してあるし、識別用の装備も抜かりは無いよ」


 シュンヤは自分達の頭と腕に巻かれた、かなり派手な色合いの連邦五色縞旗に

渋面を隠せない。


「敵味方にハッキリ認識され易くてクソ有難いな」

「悪いね。我が連邦はキミ達ほど余裕が無いのだよ」

「知ってた」


 元々が三大強国と比べてタカが知れてる軍備であり、三大強国の払い下げ品と

それを頑張って模倣した武具で武装しているのが連邦防衛軍である。

しかし人的資源の数だけは旧ボ連もかくやであり、その数の暴力を以って

アルテスラヴィア連邦の脅威性を内外に知らしめている。どこの世界でも

人間の世界において数の暴力は絶対に侮ってはいけないのだ。


「では、時刻一六〇〇を以って作戦を本格開始とする。何か意見は?」

「ねーよ…」

「そうだろうね、うん。悪いとは思うよ? では、10分後に会おう」


 口では言いつつも悪びれた様子を見せないダビデは自分の部隊と共に

作戦司令部を後にしていった。


「……んじゃ、俺らでちょこっと確認な」

「ダビデ三席が言うように、敵主力であるアリースルタン解放軍アズライールは

ベ…失礼しました第二級変化型魔科兵器ヴァナルガンドラウプニル模倣型…

通称ボルゾイ毛皮の悪魔メヒュジアブル…以降呼称赤人狼を用いて

本作戦戦場内を大いに掻き乱し殺戮しているとの事です」

「性能は?」

「全てが連邦諜報員による連邦部隊との直接戦闘の目視からの観察結果ですが、

赤人狼の戦闘力は一体につき通常兵装部隊三小隊~五小隊、

連邦の量産型魔科兵器武装者では四人一組に匹敵するとの事」

「量産型は三大強国内でもかなりムラがあるから判断めんどくさい」

「言ったところで情報は連邦頼りだからねえ…」

「第一連邦に正規魔科武装者がいたらそれはそれで後々面倒だわ」

「通常兵装部隊での換算ですと…そうですねぇ…一応近接ですからぁ…

私とアリアちゃんで組んで30殺せるかどうかってところですわねぇ?」

「と、なると問題は件の赤人狼の総数か…」

「観測段階では最大70~120と中々にアバウトです」

「オリジナルだと普通の観測兵じゃ碌に数えてられる余裕も無い。でも劣化版も

やっぱり唯の観測兵じゃ把握しきれない機動力は有してるっぽい」

「…シリル、大丈夫か?」

「やれるだけのことをするのみです」

「そか…今回はお前が一番の頼みだ…が、やばいと思ったら一番に下がれ」

了解ヤポール、閣下」


 シュンヤは腕時計を見て残り時間を確認する。


「あと7分か…ゼラ、アリア、サツキは先に行け」

「了解いたしました!」

「ん、状況しだいではサッサと先攻して駄犬の数を減らすことにする」

「劣化ですからその辺の野良ワンちゃんくらいの可愛げがあったら良いですねぇ」


 ゼラたち三人もダビデ達の後を追った。


「さて…んじゃー今回は俺はお前らマヤとベオ中遠距離の広域殲滅特化者についてくわ。

んでシリルはしんどいかも知れんが、通信中継と戦場俯瞰に集中よろ」

「はい、閣下」


 シリルも一足先に戦場へ向かう。


「そういえばシュンヤと一緒に戦場で動くの久しぶりかも」

「あのー、僕もなんだけど…?」

「だから何よ?」

「…ごめんなさい」


 シュンヤは一呼吸を入れ、マヤとベオウルフに向き直る。


「乱戦必須だから、かなり気を遣う事になる。まして今回は俺ら以外は

同盟国の友軍陣営。誤射マジふざけんな洒落にならねえ級だ。

だから俺らが一番敵陣と友軍陣営に挟まれかねない…だから三つ言っておく。

死ぬな、迎撃優先、可能なら敵陣殲滅みんなぶっころせ…以上だ」

「あたし基本空飛ぶから大丈夫よ。まあでも基本頑張って飛んできた奴だけを

確実にブチ殺してやるわ」

「僕の場合は…最大限善処ですかね」

「それ言ったら俺なんか一番自重しないとダメなんだけどなw」

「そうね。ホントに自重しなさいよ?」

「すみません准佐…フォローできません」

「………どいひー…」


 げんなりしたが気を取り直してシュンヤとマヤ、ベオウルフの三人も

連邦のアリーグラード攻略本隊への合流を急ぐことにした。


>>>


 銃声と殆どが悲鳴と狼のような鳴き声に満ちた前線を数百メートル先にして、

シュンヤ達とダビデらを含めたアリーグラード攻略本隊後方部隊は合流する。


「耳だけでも前線の悲惨さが知れるね。やるせないよ」

「言うんじゃねえよ。お前の部下の前だろうが」

「最近は文官仕事ばかりだからかな…気を付けよう」


 ダビデは灰が伸びっぱなしのタバコを咥えながら申し訳なさそうにする。


「さて…当たり前だが戦闘中だから大したことは言わない。

我々に課せられるは唯一つ。我らに楯突く愚か者どもに連邦人民の怒りと悲しみを

弾丸と刃に乗せて連中に叩きつけろ! 広がる屍山血河しざんけつがは先んじて

我等が連邦の為に散華した愛すべき同志達の遺した勲章だ! 恐れるな!

我らが連邦人民は敵を敵の神諸共全て殺せる! いかなる手段を以っても

我ら連邦を止められるものは同じ連邦民のみであると知らしめろ!

連邦に栄光あれ! 連邦人民の敵に死と地獄あれ!」

「「「連邦に栄光あれ! 連邦人民の敵に死と地獄あれ!!」」」

「全軍出撃! 偉大なる同士兄弟ビッグブラザーは我らと共にある!!」


「「「敵を叩き潰せユダリネプリャテーレえええええ!」」」


 連邦のアリーグラード攻略部隊には通常兵装歩兵は殆ど居ない。

そのため叫んだ掛け声の多くは旧ボ連等から接収した軍用車両と戦車が多数を占める

かなりの大規模部隊が進軍する音でかき消される。


「防御面では悪くないだろうが…機動力的にキツくないか?」

「勘弁して欲しいね。我々はキミ達ほど適合者は居ないし貴重なんだ」

「まぁそりゃそうか………んじゃ。俺らも行くぜ…あばよ」

「寂しいことを言う…死ぬんじゃないぞ、同士シュンヤ」

「その台詞はそっくりそのままテメーに返すぜ…じゃあな」


 立場が立場なのでダビデは連邦の魔科適合者の精鋭部隊に守られる形で

ゆっくりと進軍していくので、シュンヤ達は彼らより先に…かつ

友軍本隊とは別方向から敵に攻撃を仕掛けることになる。

そもそも本来シュンヤ達は此処には存在しない、していては色々と面倒な立場だ。

なのでそういう意味諸々も込めてシュンヤはダビデを突き放す物言いをして

彼らより先にアリーグラードの市街を突き進んでいく。


「シリル!」

<現在敵の部隊は赤人狼含め、進軍を開始した連邦後方部隊に齧り付いてます>

「了解。ゼラ達はベオの前には出るな! 脇の迎撃を警戒しろ!

マヤ! お前はシリルのフォローを中心に動け! 行くぞオラァ!!」


 シュンヤは利き腕を能力で激しく発火させて先陣を行く。


<能力が能力だからって隊長のあんたが前にいきなり出ないでよ?!>

馬糞ばふたれやこのッ!! 性能がハッキリしないとしても

人狼の殺傷力と再生力はアリア以外には十分に脅威なんだぞ!!」

<そんなに怒らなくたって良いじゃないのよ…>

「お前らから死人なんて絶対出したねえんだよ馬鹿が!!」

<閣下、赤人狼の一部が此方に反応しました。接敵エンゲージまで推定20秒>

「上等だコラああああああ!!!」


―ウォオオオオオオオオン!!


 シュンヤの目の前には三体の赤人狼、便宜上赤人狼と言ったがこれまでに

沢山の返り血を浴びているらしく、彼らは酷く紅く汚れていた。


「さあ…! 紅く染まったんならお次は真っ赤に染まってみようぜええええ!!」


 シュンヤは赤熱するまで燃えている腕を振るう。

 振るわれた赤熱する腕から少し青も混じった火炎の波が赤人狼を襲う。


―ギュオゥ!?

―ッウォンン!!

―ゴアアアアアッ!!


 一番近い一体はその波に飲まれ、酷くのた打ち回るが残りの二体は

素早く回避し、シュンヤを切り刻み食い殺さんと牙と爪を剥いて来る。


「オリジナルと比べると…ホントに唯の二足歩行の狼だな!」


 シュンヤに爪を立てた赤人狼は、そのままシュンヤの体から迸る業火に包まれ

その様にビクリとしたもう一体はシュンヤの赤熱する腕に顔面を鷲掴みにされ

生きたまま焼かれる本物の生殺しの憂き目に遭う。


「ぐぎゃああああああああ!?」


 生殺しにされた赤人狼から人間の声がするが、そんな事で今更シュンヤは

躊躇はおろか良心の呵責すら見せない。


「(でもな…この臭いは何時だって嫌だ…!)…楽にしてやるよぉッ…!」


 だが、せめてこれ以上苦しまないよう一気に高温化した蒼炎で骨も残らず

一気に焼ききってやることは忘れない。


「恨むなら好きなだけ恨め! 地獄か神のお膝元かは知らねえがな!!」

「ギャボッ!?」

「うぎぇ!?」


 焼ききられることの無かった火達磨の残り二体の赤人狼は、

火炎手刀とでも言うべきシュンヤの一撃で首を刎ね焼ききられて絶命する。


「出て来いやライカンどもおおおおおおお!!」


 シュンヤの怒号に主には連邦後方部隊が展開している方面だが、そこかしこから

血走らせた目に口角泡立った大口から叫び声を出しつつ赤人狼の群れが

シュンヤに殺到してくる。


「オヴェールフューラー…」

「グアッ…ひぎぃえ?!」

「ゴォォォアアアア!! ッ!? ギャオオオン!?」

「が、がうう…!? …な、何だこいつらァ…連邦の異教徒ズィンミーじゃないぞ!?」


 赤人狼の群れをほぼ一手に引き受けてるシュンヤを

少しだけ悲しそうに見るゼラに、物陰から五体ほどの赤人狼が強襲するも、

彼女の背面から展開する千本義手足タウゼントファウストに絡め取られ、

抵抗も空しく首と心臓をゴキリバチュリと千切られ抉られ死んでいく。

その様に人としての正気を取り戻してしまったのも居たが、

ゼラもまた意に返さず、視線は主にシュンヤに向けたまま

どんな状態だろうがそばに居る赤人狼を絡め取って千切っては投げていく。


「グラアアアアアア!!」

「…うるさい」

「キュッ!?」


 ならば弱そうな奴から先にとばかりに別な赤人狼達が

獣の本能でアリアドネに狙いを定めるが、彼女は羽虫でも払うかの様な言動で

手からぞるりと出した両手剣ツヴァイハンダー波型刃大剣フランベルジュで彼らの首を刎ね飛ばしていく。


「な、何だよこいつらぁ!?」

「あ、悪魔シャイターンだ…! 人の姿をした悪魔だ…!」

「嫌ですわぁ…まるで自分達が無辜の人々のような物言いだなんてぇ…」

「は」


 飛び掛るだけで傷一つ付けるどころか殆ど一撃で殺される様に

人間としての心が戻り、思わずそんなことを口走った赤人狼の一人が

後ろから聞こえたサツキの声に反応した頃には首が胴体からコロリと落ちる。


「ひ、ひいいい!?」

「あら…もしかして変化中は自分達のしてることも自覚できないんですかねぇ?」

「ひゃ―「あら御免あそばせ、もう斬ってしまいましたわぁ」―

ばふゅ…!?」


 別に相手が覚えていようがいまいがサツキにはどうでも良かった。

自他共にこれまでの行いを鑑みれば、サツキにとって重要なのは相手が

此方を害する意図が見受けられさえすれば、自覚も殺意もどうでも良いのだ。

無論戦場で無様に逃げ出そうとする相手もまた然り。


「……まして…武器を手にしてるのですから…ねぇ? そうは思いませんかぁ?」


「……ば、化け物め…!」

「あらぁ…御自分の事を棚に上げる殿方は……………八つ裂きで黄泉行きですわ」


 サツキの姿は相対した赤人狼から消える。彼がサツキの姿を捉えるのは

最期に己の視界が縦に別れた一瞬だけであった。


…。


「……どうなのかしら…実際」


 時々建物の屋上などから此方に飛び掛る赤人狼を時にグレネードピストルの的に

時に大口径ハンドガンの練習台にしながら、超能力で滞空するマヤは

意識を戦場から逸らさない程度に思索する。


「ぞの武器ざえええええ!!」


 相手マヤが攻撃手段に銃火器しか使用してないのを見て、

それさえどうにかできれば殺せると踏んだ赤人狼が飽きもせず

高いところに上っては彼女の居る高度を目指して跳躍襲撃を繰り返す。


「……折角だから行っておくわ」


 ちょうど弾切れになったようで、さっきから銃さえ銃さえと煩い赤人狼に対して

わざと銃をホルスター等に収納して現在無手状態であることを示すマヤ。


「バアアアアガニゾルアアアアアアア!!」


 やはり変化したことで思考が獣のそれに近づくのか、単に馬鹿にされたと

憤る赤人狼がさらに数を増やしてマヤに飛びかかろうと高所から跳躍する。


真理の雷光グズモープラウデ


 マヤは両手を上に向け、言葉を呟けば…彼女の手からバチバチと雷が発生し

次から次へと赤人狼がその雷に打ち落とされていく。


「あたしだって雷電中佐並の芸当は出来るわよ?

っていうか天然の超能力兵なのよ? 空飛んでる段階でそれなりに聡く

気づいて欲しいものだけれど……やっぱりオリジナルより大分劣化してるのね?」


 口ではそう言うが、彼女は決して相手を侮蔑するような表情は浮かべない。

侮蔑とは即ち油断である。だからゆっくりと銃器の弾をリロードしていくマヤ。


「ガアアアアアアア!!」

「違和感を持ちなさいよ」


 マヤは凄まじい表情で後方から飛んできた赤人狼を睨むと、赤人狼は

地面に叩き落される。


「……考えたら…形振り構ってられないのよね。この人たちも」


 地面にめり込んでいた赤人狼はピクリとしたかと思えば直ぐそこから抜け出す。

しかしその頃には彼の足元にグレネード弾が炸裂していた。


「それでいて、劣化とはいえ変化型魔科兵器使用だし…ショウガナイのかしら…」


 流石にもうマヤに迂闊に飛び掛るのはやめた赤人狼たち。よく見ればもう

尻尾は巻いてしまっているが、だからといって引く気は無いようで、

怯えこそ隠せないがどうにかして彼女の隙を窺っているのが見て取れる。


「貴様…ナゼ、何故連邦のような神を恐れぬ外道に手を貸ス!?」


 意図は不明だが、冷静に人の言葉を掛けてくる赤人狼の一人がいたので、

それに一応答えることにしたマヤ。


「仕事だから」

「ふ、ふざけるな!! そんな理由で…!!」

「そんな理由と言われても困るわよ。あたしだって好きではやらないわよ?」

「お、お前はまだ子供だろう!? お、親が悲しまないのか!?」


 その言葉にマヤから表情が消える。その人形じみた顔を見て赤人狼達の幾人かは

人のようには動かせないが顔を思い切り引きつらせる。


「どうしてこう、察しが悪いのかしらね? 昔に無理やり戦わされてた…

ってのは否定しないけど? あたしはね…


 言葉を切ったかと思えば赤人狼が反応できない速度で

銃火器の乱射に加えて雷撃もお見舞いするマヤ。


分割国ペールラント出身なのよ? 親なんてあたしを差し出すか売るかとっくに殺されたか…

その程度の存在でしかないの…ねえ、やっぱりあなた達って馬鹿なの?

蹂躙された祖国から敵国に捕まり扱き使われた年少兵の悲愴を察しろ糞がクルヴァ!」


 赤人狼が何を言おうがもうマヤは聞く耳を持つのをやめた。何か声がするたびに

彼女はそれを掻き消すのを兼ねて銃撃と雷撃を乱射し続ける。


…。


 ああ、やはり銃撃だとどうしても狙いが逸れる…。ベオウルフはそう思ったが、

だからこそ自分には連射式グレネードピストルという最新鋭装備を貰ったのだ、

だからこそちゃんと戦果を挙げねばと思ってしまうので、余計に狙いがブレる。


「やっぱりこれを…嫌ダメだ…これは使わないほうがいい…」


 ベオウルフは思わず銃を持っていない手で己の胸板を触る。それを好機と見て

一気呵成に赤人狼達は彼に殺到する。


「うわっ!? まっ!? うわわわッ!?」


 しかし赤人狼の何体かが同様を隠せなくなるほどにベオウルフは彼らの

攻撃を悉く回避していく…とはいえ、ベオウルフも完全回避とはいかないため

少しずつ彼の体には赤人狼達の攻撃が掠っていき、ベオウルフは

少しずつ傷ついていき、血が滲み出てくる。


 その様に獣の本能を突き動かされてしまう赤人狼達はベオウルフの少女然な

見た目も相まって益々興奮して動きが激しくなってくる。


「やめ…! や、やめてよぉッ!!」


 ベオウルフは必死に叫ぶ。しかし叫んだところで人の良識など存在しない

戦場であり、まして変化型魔科兵器の使い手である敵が、獣の本能を

着実にむき出しにしつつある敵が、攻撃の手を緩めるなどありえない。


「畜生…畜生…畜生…何時だって…何時だってそうだ…お前らは…

オマエラハ…僕を…ボクヲソウヤッテ…ソウヤッテ…ウグググ…

ウグルルルルル…! ううウウグルルルルルルアアアアアアアアッ!!!」


 ベオウルフは段々声からして異変が起きていた。赤人狼の中でまだ

彼の見た目と漂う悲壮感から少し人の心が残っている数人がそんな彼の異変に

何か嫌なものを感じ取って彼から少し距離を置いたのは、今この瞬間に限り

幸運だったのかもしれない。


「モウイイモウイイモウイイ…面倒くさい面倒くさいメンドウクサイ…!

ソウダソウダソウダコッチノホウガ男ラシクテイイジャナイカアアア!!」


 ベオウルフの口にはいつの間にか異様に発達した犬歯が見えていた。

そして一体の興奮しきった赤人狼が迂闊に彼に飛びかかったその瞬間。


「ヴァアアアアアアアッ!!」

「グァオオオン!?」


 ベオウルフはおぞましいまでに裂けた大口で赤人狼の首に喰らいつき、

その体格からは想像できない程の力強さでそのまま自らの首を、

それこそ赤人狼以上に狼らしく振るって、喰らいついたままの赤人狼を

ゴギュルリと鈍い音と共に首を圧し折ってあまつさえソレの肉の一部を咀嚼した。


「オイシクナイケド、マアイイカァ…あ、あああああアアアアアアアアア!!!」


 ベオウルフの髪の毛が逆立ったと思えば、彼は見る見るうちに体毛が濃くなり、

体格も倍はあるかと思うくらいに筋骨隆々と膨らみ、赤人狼が子供だましに

思えるくらいに大きく、そして銀色に輝く人狼になっていた。


「ああ…でも、やっぱり良い気分だよ…声だってすごく男って感じで好きだな…」


 確かに別人と思えるくらいに太い声で流暢な人語を話すベオウルフは、

首をコキリと鳴らすと、赤人狼達の前から掻き消える。


「!?」


―フォンッ!


 ある一体の赤人狼が気づいたとき、横や後ろに居た仲間たちが

銀の人狼に喰われ、裂かれ、楽しむように引き千切られていた。


「どうしたの? 折角の人狼同士なんだから…楽しまないと損だよ?」


 先ほどまでの狂相はなんだったのかというくらいに冷静な口調で、

だがその姿は赤人狼とは比べ物にならない風格と体格の銀の人狼ベオウルフ

慈しみを感じる一鳴きを上げた後に、


 その場にいた赤人狼を全て肉片に変えてしまった。


【Guze no Axis】


 ……とりあえず、周りにはもう居ないとシリルが言うので俺は

全員に集合するよう通信した。


「あれ…ベオがいねえんだけど?」


「じゅ…准佐ぁぁぁ…」


 そう遠くない物影から、ベオウルフが顔だけを此方に見せた。

あ、やっちまったのね。オッケー。俺の上着…能力で焼けて

タンクトップみたいになっちまったけど…前は隠せる…か?

おk頭に巻いてあるお味方識別用のミニ連邦国旗スカーフも渡そうか。

もちろん他の面子からも協力は募るとも! っておいサツキ!

笑顔で断るんじゃねえ! そしてベオウルフを凝視すんな!!


「お前もお前で面倒くさい能力で難儀だよな」

「悲しくも本家ヴァナルガンドラウプニル…それも第一級認定の

フェンリルモデルなので…どうあがいても服が…うううッ…!」


 うまいこと大事なところとか色々絶妙な隠れ方してるので、傍目から見ると

服剥かれて途方にくれてる美少女がどうにか尊厳を守られた様相に見えて

こっちの精神がいろんな意味でキツい。この姿は絶対にダビデには見せられん…。

だが…一応持ってきてた着替えは…東部前線作戦司令部…ッ! シャイセ!!


「ええい! どっかにベオの全身を隠せそうな布とかシーツとかカーテンとか!」

「そうそう都合良くは見つからないと思う」

「激戦区なら尚の事でしょう」

「かといって…上着を貸すなんて死んでも嫌ですオヴェールフューラー」

「でも隠れてるから大丈夫なのでは無いですかねぇ?」

「隠れてるっちゃ隠れてるけど…結構際どいわよ。下半身は厳重だけども…

上半身が何か普通にクルヴァ級で何か淫靡なんだけど」

「ふぅぅぐゅ…! 申し訳ありません准佐ぁ…!」


 …合流するとしてもダビデが居ない方の前方部隊…いや、でもあっちは

普通に壊滅してる可能性が…


「空恐ろしいね…敵主力の人狼達の何割かが此方とは違う方へ戻っていったきり

帰ってこないから、こちらも犠牲を減らして掃討できたが…キミ達は僅か七名で

あの人狼達と戦って犠牲者ゼr…ウホッ!? とぉ…言いがたいのかな…ッ!!」


「キャアアアアアアアアッ!!」


 毎度毎度何処から沸いたんだと思うダビデの登場と案の上あの野郎は

色々際どい格好であるベオウルフを見かけたから語調の最後が酷いわ。

そしてベオウルフが全くもって美少女おとこらしくないチックな叫び声で

俺の背後に隠れる。しょうがないので俺も庇うしかない…サツキ…

お前が脇を固めただと? 何のつもりだ?


「私にも組み合わせの好みが御座いますわ」

「やめろ心を読むなっていうか口を慎め今に限っては!」

「あーっと…同士ナキリ君だったかな…? なにやら素敵な物言いに聞こえる

何かを感じたんだがね…?」

「くふふ…一つ仰っておきますと…私は貴方の外見はともかく、その

ガチでオラついた汗臭そうな性分は好きじゃないんですのよ?」

「そうなのかい? まぁキミに言われても何も感じないが」

「あらあらまぁまぁ…くふふふふ…」

「ふむ…何故だろうね? キミがもしも男であっても相容れない気がするよ」

「それは大変結構で御座いますわ…くふふふふ…」

「ははははは…面白い部下が沢山居るね…同士ナガト…?」


 え…なにこれ…何で俺に向くの? それとも何かにつけて

ksmsな大儀名分を狙ってたりすんのかこの野郎は? 焼くぞこら?


「…まぁ、その件に関しては近い将来決着を付けるとしてだね」

「いや真面目に今なら連邦と敵対も辞さねえぞ?」

「ふむ…やはりキミは様々な方向から探らねばダメらしいね」

「いや探るなっつうかテメーよくそれで妻と娘作ったな?」

「ボクの妻は理解があるボクが欲情できる世界で数少ない稀有なひとだからね。

娘は汚物を見るような視線が年々酷くなってるが…まぁ、娘だから気にしないよ」


 うわこいつマジどうしようもねえ…!! 真面目に連邦がヤベぇ気がする!!


「しかし…この目であの人狼達が蹂躙される様を見れなかったのは残念だよ。

やはりこの目でキミ達の脅威性も確認したかった立場としては特に」

「マジでハッキリ言うなら俺もハッキリ色々言って良いかこの野郎?」

「はははwそれはこの後の酒席で聞かせてもらいたいね…無論大人の男だけでね」

「おい一辺死ぬか? なあ?」

「閣下、心中お察ししますがその辺りで。そろそろ連邦の生存部隊も来ますよ」

「おいダビデ。テメーの悪運が何時までも続くと思うなよ?」

「それくらいは見誤らないつもりだよ。これでも第三席だからね」


 …殺したいくらい絵になる微笑を浮かべ、遠めに見えてきた残存部隊の方に

手を振るダビデに俺は必死で内から沸く激情を抑えるのが辛かったわ。

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