4月18日~来訪者、ダビデ三席~
どうにか事後処理を終え、特に変わり映えの無い参陸零大隊の日常業務。
第三資料室はシュンヤの万年筆と判子、シリルのタイプライター音だけが響く。
―キーン、コーン、カーン、コーン…
―………は~い! 皆さん15分休憩ですよ~?
―ニエェェェェェーッ?!
―ニェェェット! モット訓練シタイデース!!
―愛を下サイ隊長ぉぉぉ~!!
―ッさいわボケェ!! 命令聞けやゴルァ!!
―ドバババチィン!!
―オ~ゥ! ダァァァァァーッ!
―イーソス! イーソス!
「休むのも仕事なんだよダボがぁ!!」
窓の向こうで繰り広げられる光景にシュンヤは手が止まり、薄ら目じりに涙。
ついつい手を止めて目頭も押さえてしまう。
「…ごめんねユリコさん…ごめんね…マジでゴメンねぇ…
…ごめんねぇ…鞭だけしか残してあげられなくてぇ…」
「閣下、休憩時間ですが」
「あー…悪いな…」
シリルからホットコーヒーを受け取り、
ソファに移ってタバコに火を点けるシュンヤ。
「あんまり出歩けないし…訓練するしかないもんなぁ…」
ものの数秒で吸い尽くして新しい一本に火を点けるシュンヤ。
「あの高級葉巻のせいで俺の新生がマジで安っぽく感じる…」
「いっそのことガムやキャンディに切り替えては?」
「吸わなきゃやってられんよ…」
「そうですか、大変ですね」
「てかお前も休めよ」
懐中時計をチラ見して返事を返すシリル。
「五分あれば良いので」
「若いって…良いなぁ」
「閣下もまだ三十代でしょうに」
「中身はもう還暦過ぎたジジイな気分ですわ」
「そうですか、難儀ですね」
「さいですか…」
窓の外を今一度窺えば気持ち穏やかそうなユリコが見える。
これで目の下にクマが無ければ何も言うことはなかったが。
「失礼いたしますッ!」
ピシッと敬礼とともに入室してくるのはゼラ。
「おう、折角だから休んでけ」
「え? ですが…」
「良い、良い、今は休憩しとけ」
穏やかな顔でシュンヤは程よく冷めたコーヒーを口に含み、
「アルテスラヴィア連邦から公使が面会希望を…」
盛大にブッパして酷く咽る。
「お、総指揮官!?」
「うげっほ! ごっほ!? …あの野郎か!? あの野郎が来やがったのか?!」
「どの野郎かは存じませんが……アルテスラヴィア連邦本州スラヴィア評議国より
ダビデ・ヴェオグラーツォ第三席が准佐との公式面会を希望しているのです」
「マヂかよあの野郎…! 今月は来れそうに無いって…シャイセ!!」
「丁重にお帰り願いましょうか?」
魔改造M50"シドナイ"を片手に眼鏡のズレを直すシリル。
「やめれ…国際問題ってレベルじゃなくなる…」
「あの…オヴェールフューラー…?」
首を傾げて何かを聞きたそうにするゼラ。
「悪いゼラ…25分になったらダビデを応接室に通して待たせとけ、
んでここの留守番頼む…ここのオヤツ好きに食っていいから」
「よ、よろしいのですか…?!」
「ヤー…"おやつ抜き"限定解除」
「ふぇぇ…!! わかりましたっ!! ハイルナガト!!」
ズビシィッ! と敬礼してシュババッと部屋を後にするゼラ。
「シリル…?」
「近接用完全武装してきますか?」
「あー……うん…それなりでいいぞ…でもソードオフとベオウルフもついでに」
「はい、少々お待ちください」
本気出したヘビのように音も無く部屋を去るシリル。
「会いたくねぇ……超マヂ会いたくねぇ…」
他にもブツクサ言いながら部屋のそこかしこに隠してある火器、爆弾、暗器を
隠し持てるだけ隠し持とうと動き出したシュンヤ。
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そんな感じなので、途中ですれ違う隊員たちもビクビクしてたが、
「大丈夫だ、問題ない」と笑顔で応じ事を荒立てぬようにと
都度都度命じていくシュンヤ。
「あのー…准佐…?」
この間と同じかそれ以上に武装しているベオウルフは張り付いた感じの
笑顔のシュンヤに質問をしようとするが、
「そういう姿勢だよポーズ…相手に否応無く空気を読ませる為に、な?」
「えぇ…?」
とりつく島を与えないシュンヤ。
「半分は閣下のため、そして一部は貴方の為ですハイランド少尉」
ちょっとしたボディアーマーに愛用のカスタム銃+ソードオフショットガンで
中々にギッチリした武装のシリルもそう述べて質問を許さない。
「…What do you mean?(…それは一体どういう意味で)」
不可解な言い分に思わず祖国である連合王国の言葉が出てしまうのだが
「着いたぞー」と、答えを聞く間もなく応接室の扉前に立つ三人。
「んー…あー…ドラァ!!」
「ちょッ!?」
少し迷ったかと思えばドアを蹴り開けるシュンヤ。
「何してんですか准佐?! こんな格好とはいえ来客……ひぃぃッ!?」
「やあ、同士ナガト三席、そして可愛い同士ハイランドに………
………麗しい同士サウラ君」
「……チッ」
「僕、帰っていいですか!!?」
「駄目だ…! 特別ボーナスが減給半年になるぞ…!」
「あぁんまりだァァァァ!」
シリルは舌打ちし、ベオウルフは逃亡を宣言するもシュンヤが首根っこつかんで
職権乱用による脅迫で終わった。
「やれやれ…こっちは腰と股間しか武装してないのに…?」
「撃ちますか?」
「止せ止せwwwまだ早い早いwww」
シュンヤ達を待っていたのは一見すると女性は目が覚めるかもしれない
線は細くも体幹からして鍛えこまれた風貌の美青年将校。そんな見た目で
程よく鋭い眼光の男…アルテスラヴィア連邦本州スラヴィア評議国:国家第三席
ダビデ・ヴェオグラーツォに対してしっかりソードオフで狙いを定めるシリルを
笑いながら止めようとはしてみるシュンヤ。
「キミが何も変わってなくて良かったよ。まだ彼女達とは何もないようだね」
「黙れダビデ。何しに来やがったんだこの野郎」
「キミとの友愛―
―チャキン、ガチャリ! ガチャコン!!
シュンヤはAT仕様のM50、シリルは魔改造VSS"レプンカムイ"、
ベオウルフも震えながら試作モデル連射式グレネードピストルをダビデに向ける。
「…はそのうちとして…「永遠にねーよ」…ふぅ、今回は色々と騒がしい
中東勢力圏について話があるんだよ」
「アリースルタン…いや、アリーグラードか…」
かつては旧ボ連に飲み込まれたくない一心を本音に五族協和を建前として
結盟された小五カ国の連盟でしかなかったアルテスラヴィアだが、
旧ボ連崩壊と共にその両方を同盟国である三大強国の大三帝国や神聖王国等から
融通してもらった量産型魔科兵器を駆使し、ある意味では旧ボ連に代わる
一大連邦となって大陸東南部を席巻しつつある。
とはいえ弱小連盟時代から三大強国とは同盟関係だったので、
今のところは良い関係ではある…。
「オリジナル魔科兵器の恐ろしさは知らないが、ヤミ魔科兵器の厄介極まりない
点については公使として強い口上で抗議したいくらいだよ」
ダビデは優雅そうに上座のソファに腰掛けて、皇国でも当然人気である
皇国からの輸入品であるタバコ:七星を懐から出してシュンヤにも勧めてくる。
「ぐぬぬ…!」
何に対しての「ぐぬぬ」かは定かではないが、
シュンヤは自前の新生を吸う事にした。
「最近は皇国から穏七なる品種も入ってきてるんだが、
ボクは七星のほうが好きでね…何というか、少しアッサリし過ぎなんだよね」
「嫌味かこの野郎」
「お隣のライヒでも微妙らしいね?」
「ライヒ人は煙よりビールだからな。それは致し方ない…って、
わざわざそんな話をしに来たんじゃねえだろうが」
「やれやれ、キミは段階を踏まないよね…そういう焦らしは嫌いじゃないが」
シリルが無言でソードオフを今一度ダビデに向ける。
おどけて肩を竦めるダビデだが、その辺は無視したシュンヤ。
「ヴァナルガンドタイプ」
「………」
灰皿に灰を落とそうとしたシュンヤの手が止まる。
「…旧ボ連残党は中々に強靭で困ってしまうよね。どうして五年程度前に
実用化されたばかりの変化型魔科兵器を裏流通化できたのやら」
「全ての亡命セレブリャ・シオン系を疑ってたらキリがねえんだよ…」
思わずタバコを灰皿で捻り潰してしまったので新しいのを点けようと
懐を弄るも、もう空っぽだったようで、微笑んで勧めてくるダビデの七星を
断れず吸う事にした忌々しそうな顔のシュンヤ。
「…くっ…何で本国で流通少ないんだよちくせう…」
「戦後復興というのは同時に新商売の一環だからね。その点では我が連邦も
なるべく輸入品に手を付けたくはないんだが…キミ達の輸入品は
長い目で使える品が多いからついつい我々は買ってしまう…若干腹立たしいよ?
おかげで我々はキミ達の商品を真似したモノで連邦内に回すしかないからね?」
フィルター部分を噛み千切りたくなったが、我慢したシュンヤ。
「まぁ、だからこそ旧ボ連残党等に漬け込まれてしまうんだろうが、
そればかりは我が連邦の落ち度だからキミ達が気にすることは無い…が」
深く中空に煙を吐くダビデは天井を見ながら続ける。
「あの劣化人狼は別だよ。アリーグラードを中心に
最近はエルヴァーナに国境を接するケスヴィオも不穏でね…
我々を打倒するなら彼らの神を否定する旧ボ連の手すら借りたいと見える。
彼らには是非とも皇国武士道の恥の概念を叩き込んでいただけると幸いだ」
「………」
シュンヤはタバコを持つ手を発火させてしまう。
「ああ、その顔だよ同士。初めて会ったときを思い出すねえ…」
ダビデは男から見ると少し殺意が沸くかもしれない恍惚の顔をする。
「テメー大佐の前でも同じ感じで振舞うんだろうな」
「絶対女帝なら尚のことだろう? 腑抜けは彼女のマシンピストルで
見事な蜂の巣顔だったじゃないか?」
「…マジで変わらねえなテメーも」
「全ては約束の国の為さ」
「約束の国とか…マジで頭沸いてやがるぜ」
>>>
その後ダビデはエカテリーナ大佐とも公式で面会し、最後はシュンヤの
行き着けの央華飯店に寄って帰るとのことだった。
「で、シュン…何か言いたいことがあるなら聞きたいんだが」
現在シュンヤは第一司令室にて、とてもいい笑顔のエカテリーナに
首を捕まれながらそのまま持ち上げられている。
「あべべば! あべべばびっべ!!(喋れない! 喋れないって!!)」
「あの男を見ていると嘗ての我が祖国のクソ主席を思い出すんだがねえ?」
「おうぇばんべば…! おうぇばっべばびっべ!!
(それ関係ない…! それ関係ないって!!)」
必死に己の首を掴む手をタップするもエカテリーナは表情さえ微動だにしない。
「せめて国境を越えた瞬間に対戦車擲弾発射器の百発でも
叩き込む手はずを整えて欲しかったねえ?」
「ばべばべぼべばべ! ぼべびびばぶばばびばぶ!! ばびばべびばばばび!!!
(ダメダメそれダメ! それ一番ダメなやつ!! マジ洒落にならない!!!)」
「………まぁ、それは割りと冗談だが」
「ばびぼぼぶべっち!?(割りとじょうdぶべっち!?)」
どうにかエカテリーナの首絞め持ち上げ地獄から投擲で開放されたシュンヤ。
「昔の面影もクソもないが、あれでもアルテスラヴィアは未だ我等が三大強国の
古い同盟者なんだよ…一個人一軍人一大隊で判断しちゃダメだって…」
「どんな理由があろうともアカの魔力に手を出して永らえようとするゴミは
焼却処分せねば数世紀に亘る禍根しか残さないのは私を除けば此処では
お前が一番知っているだろう? 行き過ぎた劣化模造品の氾濫は
正当な完成品を悉く駆逐していくのが世の常だ。それは人間もだ。そうだろう?
何の為に私が嘗ての末期的祖国を死を以って救う為に此方側に来たと思ってる?」
「……それを言われると返す言葉も無い…」
エカテリーナは応接用のソファにドカリと腰を落ち着け葉巻を吹かし始める。
「……新生程じゃないが…気に入らない臭いだね…
いや、あの男の臭いが混ざってるせいかねえ…?」
「勘弁してくれ…」
エカテリーナはシュンヤに向けて煙を吐く。
「が、まぁ公使として私達の自国内での限定的自由行動を事実上認めたのだから…
精々引っ掻き回してやろうじゃないか…表向きは平和継続記念式典での
共同オーケストラ演奏という題目もくれたのだ…ふふふ…
昼は楽器で夜は火器のトランペット演奏だなんて……
楽しみじゃないか…ふふ…うふふふふ…」
「うへえ…」
魔科兵器の存在によってオーパーツであるはずだがやはりもう存在する
こちらでは完全なフランカルム共和国製ではないFAMAS銃を話に出してきたあたり
どう考えても単なる演奏会で済まないであろう予感は
どうしようもなく感じてしまうので、シュンヤは力なく項垂れるしかなかった。