第三話「着装」
俺は特撮のスーツアクターのようなものに抜擢されたようだ。
「よく分からないのですが、どう言う事でしょう?」
「私から説明しよう」
ガラス越しに見えるお姉さんが言うなり急に視界から消えた。この世界は忍術の類まで使えるのか。
くノ一といえば鎖帷子。童顔お姉さんの鎖帷子姿はさぞ似合う事だろう。
任務を終えたお姉さんは汗にまみれた上着を脱ぎ鎖帷子一枚でくつろいでいる。鎖越しに地肌が透けていることに気付かず、満足いくまで舐め回すように凝視し、そのことを告げと、彼女は不思議そうな顔をした後、上半身がほぼ丸見えな事に気付き赤面しながら二本の指で胸の先端を隠す。
編み込まれた鎖が乳房に食い込みその柔らかさと豊満さを表現する。
若干俯きながら上目遣いで「ば……、ばかっ! 気付いてたんならもっと早く言いなさいよね……」と顔真っ赤にしてモジモジしている所に、あまりにも美しかったので見とれて言葉が出なかったと伝えると目線を逸らし耳の先まで赤くして「……、ばか」と呟くのだった。
そんな妄想をしていると、勢いよく操作室の扉が開き何者かが顔を出した。
ぴょこん!
とてとてとて……
アニメであれば必ずこんなSEが添えられるであろう場面であった。
何故か目の前には先程のグラマラスボディの童顔お姉さんと良く似た幼女が俺を見上げている。
「さて、レイジと言ったな。お前が身に付ける予定の鎧について説明してやる」
「橋本さん! 迷子です!」
俺の身長は168cm(自称170cm)だが、この幼女はそんな俺の胸にギリギリ届く程度の身長しかなかった。
橋本さんは腕で顔を覆いプルプル震えていた。
「橋本さん! 幼女が何故か俺を睨んでるのですが!?」
「ブフッ! 何と無く想像はできていると思いますが……フフッ、先程からこちらで椅子の上に立って見ていたのは彼女ですよ」
「なっ! お前も笑ったなシモト!」
声をうわずらせながら説明してくれた橋本さん。シモトというちゃんとした名前忘れてました。
すみません、と心の中で謝罪してから改めて幼女を見る。
身長が高いと思ってた時は気にならなかったが、この身長でこの胸のサイズは如何なものか。これがロリ巨乳というものか。
「……悪くない」
「何がだ!」
おっと独り言が漏れていたようだ。
そんな一言にも噛み付く姿はさながらじゃれついて甘噛みしてくる子犬の様でとても愛おしい。
「……ふぅ、レイジさん。彼女はこの鎧の開発者兼、纏手のカーニャ・デリトリッヒです」
「……うー、カーニャだ。これからお前に鎧について説明してやる」
橋本さんからまたよく分からない単語が出た。
それよりも怒りを爆発させる前に話を戻されたので行き場をなくした感情の表現が「うー」なのか分からないが、これがとてもむず痒い気持ちになる。でも決して不快ではない。
なるほど、これが萌えってやつか。
「よろ萌えお願いします。二階堂零二です」
噛んだ。しかもちょっと恥ずかしいタイプの噛み方だ。
「ん? カーニャだ。貴様のせいで話が少し逸れたが本題に入ろう。実物を見せるのが早いからまずは研究室まで来い」
スルーしてくれた。この子、良い子だ!
この子の笑顔を俺は守りたい。そう誓った。一回も笑顔を見ていないのは気づいてない振りをしよう。
「私の仕事はここまでなのでカーニャさん、あとはよろしくお願いしますね」
橋本さんはそう言うとカーニャちゃんと俺を残して部屋から出て行ってしまった。
あの人、結局説明は後程と言うだけ言ってカーニャちゃんに全部丸投げしたな。意外と面倒臭がりなのかな。
「カーニャちゃん、橋本さん行っちゃったけど大丈夫なの?」
「何がカーニャちゃんだ!お前より私は多分年上だぞ!」
「嘘は良くないよカーニャちゃん、なんの研究してるか分からないけど俺が遊んであげるから疲れたらいつでも言ってね」
「ムキーッ」
ぽふぽふぽふぽふ
彼女なりの一生懸命の抵抗。
彼女の拳が小気味よく俺の胸を叩いた。
――
「ここだ」
カーニャちゃんに案内された研究室は必要最低限のものしかなく殺風景ではあったが、微かにいい匂いがした。
きっとこれが女の子の部屋の匂いなんだろう。思わず目を瞑って深呼吸をした。
スーーッ! ハー……
スーーッ! ハー……
スーーッ! ハー……
スー……
「気持ち悪いからにやけながら深呼吸するの止めろ!」
先程の誓いが破られた事に気付く。俺はカーニャちゃんを怒らせてばかりいるな。
この子を笑顔にできる男はいるのだろうか。
まぁ、現世では誓いを立てておいて即離婚する新婚さんもたくさんいる事だし、気にしたら負けだ。
現世の友達が「誓いと膜は破るもんだ!」って言ってたのを思い出した。
「まずはお前に着てもらう鎧についてだが、見てもらうのが早いと思ってな。まぁ、くつろぐ場所はないが適当に座ってくれ」
そう言うと机の上にある黒い液体の入った瓶と手のひらにちょうど収まるサイズの綺麗に磨かれた平たい石を手に取った。
「この石はメタビライトと言って、鎧の原動力となるお前と鎧を繋ぐ導線みたいなもんだ」
不思議な石の登場で今ファンタジーの世界にいる実感が湧いて心が昂ぶる。
「そしてこれが、鎧だ」
携帯用の酒瓶みたいな入れ物の中にどう見ても液状の黒い物体が収まっている。
「飲むんですか?」
「いいや、鎧は着るもんだろ?見てて」
カーニャちゃんはどこか少し得意げな顔しながら掴んだ石を胸元は近づける。すると不思議な事に石が赤い光を放ち指の隙間から光が溢れる。
「着装!」
そう言うとカメラのフラッシュの様に瞬間的に視界が白く染まる。
「どうだ?これがメタビライズだ」
カーニャちゃんの手には漆黒のいかついガントレットがはめられていた。先程掴んでいた石は手の甲側に移動し、最初からそう言うデザインだったかの様に収まり淡い赤色の光を放っている。この厨二心を刺激するそのデザインは正直嫌いじゃない。
「……かっこいい」
ふふん、と得意げなカーニャちゃん。可愛いなぁ、おい!
「さっきの液体の近くでメタビライトを反応させてやるとこの通り、液体が鎧になるわけさ」
「へー、それでメタビライザーと呼ばれてるだね。んで、さっきの着装ってのは言わないといけないの?」
「……あれは雰囲気作りだ」
言わなくてもいいんだ……。
「この籠手を使うと……」
カーニャちゃんが鉄パイプを取り出して握り潰す。
まるでスティックタイプのパンでも握り潰した様な形状になる。
「これが今日からお前の武器になる」
こんなの無敵に素敵じゃん。
俺、始まったかも。