第一話「異世界人になろう」
唐突だが、俺は中学生の時に想像していた楽しい高校生活とはかけ離れた現実に目を背ける様に、今日もネット小説を読みながら「自分だったらこうするのに……」などと呟きながら妄想に耽る毎日にウンザリする病に悩まされている。病名は分からない。
「俺のストーリーは何でこんなにも退屈が沢山なんだ!」
大人が聞いたら鼻で笑われる悩みだが、俺にとっては深刻な問題だった。
今日も日課であるお気に入り作者の更新分を読み終えたところで強烈な睡魔に襲われつつあることに気付く。
(ちょっと読みすぎたな……。いい時間だし、そろそろ風呂入って寝ないとな)
いつもの一日がいつもの様に終わる。
明日はどんな平凡な一日を過ごすのだろうか。
そんな事を考えながら湯船に浸かっていると忘れていた睡魔が再度俺を襲った。
ーーーー
「……ゴボゴボ」
……
「……んぶはぁ! ハァハァ!」
どうやら湯船に顔を浸けてしまったらしい。
危うく格好悪い死に方するところだった。
急速に酸素を肺に取り込み落ち着いたところで異変に気付いく。
風呂場が無機質な広い部屋に変わっていた。
風呂釜には幾多もの太いパイプが刺さっており、巨大な機械へと繋がっている。
すぐに理解した。
俺は風呂場を通じてどう言うわけか異世界に転移してしまったらしい。
「ハ、ハハッ! まじかよ……」
退屈な日常よ、グッバイ!
この世界で小説の主人公の様に俺だけのストーリーがはじまる。そう確信した。
そうとなれば悠長に湯船に浸かっている場合では無い。
現世へ残してきた両親と幼馴染が少し気がかりではあるが今は目の前の非日常を楽しむとしよう。
部屋を見渡す。この部屋には風呂と風呂に繋がった大型給湯器が有るだけでそれ以外は何も無い8畳程の空間が広がっている。
「それにしても殺風景な部屋だな。風呂場にしては広すぎるし……。これが断捨離か」
「断捨離とは何か存じ上げませんが、ここはお風呂場ではありませんよ」
突然独り言に返事が返って飛び跳ねた。
声の方に振り向くと、唯一の出入り口が開き白衣を纏った金髪のチャラ男が立っていた。チャラ男は俺がここに居るのを疑問にも持たず続ける。
「ここは多分貴方のいた世界ではありません」
心の中でガッツポーズをとる。俺の認識は間違っていなかった。これからきっと特殊能力だったりハーレム展開が繰り広げられるのだろう。
「なるほど……。お困りの様ですね。俺で良ければ話してもらえないでしょうか」
「ここまで理解が早い方も初めてです。説明の手間が省けてとても助かります」
「そうでしょうとも。今まで読んだラノベや妄想でこの展開は既に何通りも経験してきましたから」
「素晴らしい!では早速貴方の適正を調べさせていただき、場合によってはすぐにでも前線の部隊所属してもらいます」
「ハハッ! まかせてくだ……前線?」
「ええ、詳しくは後のブリーフィングで話しますが、現在隣国と戦争中でしてね。その戦力として貴方には特殊なスーツを着用して戦っていただきます」
終わった……。
可愛い女の子との異能学園生活を想像していたら真逆の血で血を洗う激しい戦場に放り出されてしまうようだ。
「帰ります」
「申し訳有りませんが、このMTLから現れた方々は数人おりますが、元の世界へ帰る方法はまだ研究段階なのでご希望に添えることができません」
MTLとは何ぞやというところは説明が長そうなので今は聞き流す。
それよりも本当に申し訳なさそうに眉をハの字にして頭を下げるチャラ男が言った先程の言葉が気になる。
「貴方の適正を調べて」って言ったよな?
これはワンチャンある。
狙うは俺TEEEEパターン、からの同じ部隊のヒロインとのラブロマンス。
「帰れないのであれば問題ありません。いち早く俺の適正を調べましょう」
パッと表情が明るくなるチャラ男。
キャラが掴めないので見た目通りチャラチャラしてほしい。
「では早速検査室へ参りましょう! あ、申し遅れました。私、このMTL室の室長をしております、オレハ・シモトです」
「橋本さん、ですね?」
「その呼び名はここへ来る方はみんなそう言いますのでもう諦めました……」
こいつもか、といった感じでガクッと肩を落とす橋本さん。
「俺は二階堂零二です。レイジでいいです。よろしく、橋本さん!」
わざとっぽく橋本と呼んでみるとまた眉をハの字に変えて悲しそうな顔になる。
俺は少し、犬みたいな人だなと思った。
それにしても、さっきから話を聞いているとここに来たのは俺一人ではない口振りだが、もしかしたら既に俺TEEEE計画は破綻しているのではないだろうか。
何はともあれ、俺の適正ってものを見てからにしよう。
何事もポジティブに考えられれば上手くいくもんだ。
ーー
橋本さんに連れられて検査室とやらへ向かう。
意外と通路では様々な人とすれ違ったが、みんな目を逸らして通り過ぎていく。
俺の隠された才能に気付いたのか?
フルチンなのだが、橋本さんは服について特に何も言わず検査室へ案内してくれている。
この世界には裸でも問題ない得意げに肩で風を切りながら歩いていると橋本さんが一言。
「すみません、服、渡すの忘れてました……」
異世界へ転移した初日、俺は変態として有名になった。