奇行幼女と婚約することになった。
前作「いわゆる悪役令嬢の妹の話。」にでてくる次期騎士団長チェスターの話です。あくまで蛇足です。
騎士団長を4代続けて輩出している公爵家の長男として生まれてしまった俺の人生は、生まれた瞬間からすべて決まっているようなものだった。
小さい頃から騎士団の団長を継ぐべく、毎日鍛錬、鍛錬、鍛錬の繰り返し。
団長たるもの頭脳も必要だとかなんだとかいう理由で戦術がどうの政治がどうのとかの勉強も叩き込まれた。
どれも強制なので、楽しいと思ったことなど一度もなかったが、特に苦痛というわけでもなかった。
幸か不幸か俺は騎士団長の息子として騎士団長の後継者になるべく素質を持って生まれてきたので、父や教師から与えられた課題を難なくこなすことができたからだ。
お前は将来、騎士団長として王族の方々をお守りする立場になるのだから、今からしっかり交流しておくように。との厳命を受け、俺は王子二人と初対面することになった。
7歳年上で穏やかな性格の第一王子と2歳年下のくせに小生意気な性格の第二王子。
正直、王子達との交流なんて面倒くさいと思っていた俺は、王子達との会話に適当に相槌を打ちながら会話をしていたのだが、どういうわけだか、最悪なことに、この一回の顔合わせで俺は第二王子に気に入られてしまったらしい。
一体何故気に入られたのだろう、めんどいな。とは思ったが、気に入られてしまったのなら仕方ない。
俺は父親に言われるがままに、第二王子の遊び相手として、城に通わされるようになった。
俺が第二王子クレスの親友と呼ばれるようになったのは、こういう経緯があったのである。
第二王子とベルリア嬢が婚姻を結ぶことは、ふたりが産まれたときから、親同士の間では決まっていたことなのだそうだが、正式に第二王子がベルリア嬢と婚約をしたのは5歳のときだった。
俺が第二王子と出会うのはその1年後であるからにして、その当時のことはよく知らないが、今の第二王子はあまりベルリア嬢を気に入っていないようだった。
王子いわく、真面目すぎて態度も返答もつまらない。らしい。
真面目で美少女な婚約者で結構なことじゃないか、と俺は思うが、第二王子としてはもっと面白さを求めたいそうだ。
そんな第二王子がなんで無口無表情の真面目人間と呼ばれる面白味のない俺なんかを、気に入って側に置いているのか、本当に謎だ。
そんな王子のベルリア嬢への態度が変わるのはそのさらに1年後のことになる。
1年後、王子の様子ではなく、ベルリア嬢の様子がおかしくなった。
いままで、城での勉強が終わったあとは、城の中にある図書館で本を読んだり、今日学んだことの復習をしたりして、ゆっくりと過ごしていたベルリア嬢が、勉強が終わると急いで自分の屋敷へ帰るようになったのだ。
これは何かあるに違いない、と思いついた第二王子は、俺にベルリア嬢をストーキングするように命じてきた。
あの、真面目女が急いで家に帰って何をしているのか、こっそり調べてきてくれ。と。
なんで俺がそんなことをしなきゃならないんだ、と文句をはっきりと第二王子にいいつつ、仕方がないので、一ヶ月、俺と一緒に俺の父親の稽古を受けるという条件で手を打ってやることにした。
泣きそうになりながら俺を城から見送った王子の期待に応えてやるべく、気づかれないよう細心の注意を払ってベルリア嬢の後をつけると、彼女は真っ直ぐに屋敷へ帰った。
その間の行動も特に変わっていた様子はなかったので、やはり、ベルリア嬢は屋敷の中で何かをしているようだった。
これは第二王子の命令、つまりは王族の命令なのだから、不法侵入も仕方がないのだ、と自分に言い聞かせ、裏門の方こっそりと屋敷内に侵入する。
「ほら、こっちですよ。おいで、メリー」
優しげなベルリア嬢の声が聞こえたのは、どうやら2階にある彼女の自室からのようだった。
レディの部屋を覗き見するのは趣味の良いことではないと知りつつも、これは第二王子の命令なので、全部第二王子のせいだ、俺は何も悪くないのだ、と言い聞かせ、近くにあった木に登り、ベルリア嬢の自室を覗く。
彼女の自室は可愛らしい女性の部屋の代表のような、なんとも彼女らしい部屋だった。
そんな部屋の中でベルリア嬢は小さな女の子を抱きしめ、頭を撫でていた。
小さな女の子に微笑みかけるベルリア嬢は、第二王子と会うときの緊張した表情とは違う、優しげで華やかな笑顔で、それを見た俺の胸は高鳴った。
ベルリア嬢は本当に愛らしい。
将来は絶世の美女になることは間違いないだろう。
そんな風にベルリア嬢に俺が見惚れていると、彼女に抱きしめられていた小さな女の子と俺は目が合ってしまった。
俺を見つけたその女の子は、これでもか、というくらい大きくし、口を開けて俺を見つめた。
それから慌ててベルリア嬢から離れると、手近にあったうさぎのぬいぐるみを掴み上げ、全身をつかい、力の限り俺に向かって、投げつけた。
開かれていた窓から跳びでてきた、うさぎのぬいぐるみを思わずキャッチしてしまい。
チビのくせに投げるのうまいなーと思うと同時に、このままではベルリア嬢に見つかってしまう、ということに気づいた俺は木の上からささっと降り、他の人間に見つかる前に急いで彼女の屋敷から出た。
だけど、これだけの情報じゃ第二王子はきっと、欲しい情報がないし、約束は無効だからとかなんとか言って、約束した稽古から逃げてしまうだろう。
そんなことは絶対にさせるつもりはない。
だから、仕方がない。もうひと頑張りするか。
「殿下、どうやらベルリア嬢は妹のメリー様と遊ぶために、毎日早く家に帰ってるみたいですよ」
あの後、使用人達やベルリア嬢の家のお抱え商人なんかに話を聞いたところ判明したのが、この事実だ。
「え?妹?」
「えぇ、妹です」
「え、本当に妹なのか?」
「……あぁ、妹だそうだ」
「ほ、本当に妹が理由なの?」
「だから、そういってるだろう。言っておくが、約束は有効だからな。父上にはすでに話をつけた。明朝から稽古は開始するそうだ」
「え、ちょっ、待ってよ、チェスター!」
しつこく何度も聞いてくる第二王子がいい加減鬱陶しくなったので、言うべきことだけを告げ、城を後にする。
第二王子がまだ何か言っていた?知るか、そんなこと。もう俺は十分働いたんだ。
この話はもうこれで終わりだ。
ベルリア嬢の妹ともしばらく会うこともないだろう。
……そう、思っていたのだが、俺は思わぬところで、再びこの妹と再会をすることになる。
偶然といえば偶然で、必然といえば必然なその再会はこのことからまた、1年後のことだった。
昼の鍛錬が終わり、面倒くさいので第二王子の呼び出しを無視して、自室で睡眠をとっていると、父親がノックもなしに突然、両開きになっている俺の部屋の扉を開き、大声で俺の名前を呼んだ。
「チェスター!」
「おはようございます、父上」
夢の中に突然降ってきた、怒鳴るような大声に慌てて飛び起きた俺は、なんとか、それだけ発する。
一体、なんだというのだろう。第二王子の呼び出しを無視したのがバレたのか?
「お前は、クレス殿下の婚約者ベルリア嬢と妹のメリー嬢のことを知っているな」
「そうですね、一応知ってます」
チラッとみた程度だが、記憶力はいいほうなので顔もしっかり覚えている。
だが、はっきりとした面識はない。
向こうはまだ幼女なので、一瞬目があっただけの俺のことなどはっきりと覚えてはいまい。
屋敷に忍び込んだ際に、見られた相手が幼女だけだったのにはこちらとしては本当に好都合だった。
「そのふたりがどうかしたんですか?」
「おふたりが行方不明になられた」
「……行方不明?」
「あぁ、使用人達が少し目を離した隙におふたりとも居なくなられたらしい」
「護衛は何をしていたんです?」
「護衛達も一瞬目を離したすきに、消えてしまった、といっていた。攫われたのか、ご自分達で出て行かれたのかは定かではないが……。とにかく、ベルリア嬢は殿下の大事な婚約者だ。騎士団の我々としてはおふたりを探さねばならない。人手は多い方がいい。おふたりの顔を知っているお前も一緒に来なさい」
父親はそれだけ俺に命じると、急いで城の騎士団達に合流すべく戻っていった。
なるほど、ふたりを探さねばならないのか。
めんどくさいが、父親の命令なら仕方がない。
俺は素早く服を着替えて、装備を整え、父親に指示をもらいに城へ向かった。
貴族の令嬢、それもしっかり者のベルリア嬢に限ってありえないとは思うが、家の者に何も告げずに街を散策しているなんて可能性もないこともないだろう、とのことで、父親の命令通りに、俺は街中をそれらしき少女らがいないか捜索する。
捜索対象は第二王子と同い年の見目麗しい美少女とおそらく、まだよちよち歩きの幼女の二人組。
そんなものすぐに見つかりそうだったが、意外にも捜索は難航し、ついには日が暮れてしまった。
本格的に街の外に連れ去られでもしたんじゃないのか?と思い始めたころ、俺は視界の端にちらり、と手を繋がれた幼女の姿を捉えた気がした。
一緒に周っていた、欠伸を噛み殺している騎士のひとりに視線で合図をすると、俺は駆け出した。
ふたりが消えたであろう路地裏を覗くと、ルベリア嬢はガラの悪そうな男達のひとりに腕を掴まれて引きずられ、妹の方は、別の男に抱き上げられ、口を塞がれていた。
男に拘束されたままの妹と1年ぶりに視線がぶつかる。
妹は視線で俺に助けて、と訴えているようだった。
「お前達、何をしている!おふたりを離せ!」
そういって、俺の後ろについてきていた騎士のひとりが、男達に向かって叫び、剣を構えた。
男達の注意がそちらへ向いた拍子に、俺は地面に落ちていた石を妹を拘束していた男の顔面に向かって投げつけた。
「ぐっ!」
顔面に命中した石に怯んだ男の拘束が緩み、妹が地面に落ちる。
「来いっ!」
犬猫を呼ぶときのように短くそう叫ぶと、妹は心得たとばかりに、こちらの広げた腕の中へ飛び込んでくる。
飛び込んできた勢いのまま、妹を抱き上げていると、いつの間にやら一緒に来た騎士達によって男達は捕えられていた。
このごたついているときに、この小さい生き物に、大人の足元をウロチョロされては困るので、妹をそのまま抱き上げていると、妹は姉の様子が気になるようで、キョロキョロと辺りを見回した。
「ねえしゃまは、ぶじでしゅか?」
「あぁ、無事だ」
「そうでしゅか……。あの、おにいしゃん」
「なんだ?」
「おろちてほちいでしゅ」
「ダメだ」
俺は妹を降ろす気など一切なかった。
降ろして逃げられれば、今度は俺の失態になる。
そんなことは避けたい。
他の奴らに責められるのは面倒だ。
「ねえしゃまのとこ、いきたい……」
……仕方がない。面倒ごとはごめんだが、泣いて暴れられるのも面倒なので、抱きかかえたまま姉のところへ連れて行った。
そこにはふたりの両親や俺の父親もいたので、俺が妹を渡すと母親が力の限り妹を抱きしめ、なんとも妹は苦しそうだった。
ひと段落つくと、妹はこっそりと俺のほうに手を振ってきたので振り返してやると、涙のあとがついた顔で少しだけ嬉しそうに笑った。
俺と妹の二度目の再会はこんな感じだった。
妹との次なる再会は早めに訪れた。
前回の出来事があって、どうやら妹は俺の顔を完璧に覚えてしまったらしく、なんでも、妹が騎士団ごっこがしたい。のだそうで、第二王子経由で俺に申請がきたのだ。
正直なところ、幼女と遊ぶなんて面倒だが、ベルリア嬢の頼みなので、仕方がなく引き受けることにした。
美少女の頼みを断れる男なんていないだろう。
即答した俺に対し、第二王子は、俺の頼みはそんなに簡単に聞いてくれないのに……。とふてくされていた。
あんた、全然可愛くないぞ。
「でたな、まおうめ!このきしだんちょーこと、ひめきし、メリーが、やっつけてあげる!」
そういって妹は、妹のために用意した小さくて軽い木剣を重そうに持ち上げながら、俺に斬りかかってくる。
それを優しく受け流してやると、何が楽しいのかきゃっ、きゃっ、と笑いながら、また打ち込んでくる。
彼女のは、斬りかかるというより、振り回すに近い。
俺ならば、どんな打ち込みも相手に対して加減して受け流せるので、この遊び自体に特に危険性などの問題はないが、俺としてはこの幼女の作った設定が謎すぎた。
魔王とは、おそらく劇や物語に出てくるなのだろうが、それと戦うのは確か勇者や魔法使いじゃなかっただろうか。
騎士団長がなんで魔王と戦うんだろうか。
騎士団長にそんな職務はない。
そもそもひめきしってなんだ。
姫騎士ってことか?
わけがわからん。
普通に考えてお姫様は騎士にはなれないだろう。
姫には姫の役割があるんだから。
「このまほうのちからをうけてみよー!」
「いや、魔法は反則だろう」
「もんどうむよー!てやーっ!」
問答無用ってどういうことだ、こら。
だけど、子供の遊びとはいえ、次期騎士団長予定の俺としては、こんな幼女に負けるわけにはいかないので、相手の攻撃をうまく避け、いなすを繰り返す。
いい加減、倒れてやらないと小さい子は、やはり拗ねてしまうだろうか、と思ったが、彼女はこれはこれで満足のようで、妹は、疲れて眠くなるまで、俺に向かって何かをいいながら剣を振り回し続けていた。
どうやら、妹はこの遊びに大層満足したらしい。
後日、お礼の手紙が届いた。思いの外、達筆で書かれたその手紙は恐らく、ベルリア嬢が書いたものだったのであろう。
感謝されて嬉しくないわけではないので、読み終えると、机の引き出しにしまって置くことにした。
それからしばらくして、建国祭の日が近づき、城下町はお祝いムード一色に染まり始めた頃、第二王子が今年こそは街にお忍びで降りてみたいと、我儘を言い始めた。
俺の父親から許可が取れたらいいですよ、と言うと、絶望的な顔をされた。
それで諦めたかと思ったが、意外にも王子はそれからもずっと、会う度にしつこく言ってきた。
あまりにもしつこく、鬱陶しい王子に根負けした俺は、祭りの最中、何があっても俺の側から離れないことや、死んでも俺のせいではなく、第二王子が愚かで間抜けだったせいなので、俺に一切罪はない。という念書を書くことを条件に連れて行ってやることにした。
3日かけて行われる建国祭初日は、朝や昼は国王や王妃、王子が祝辞を述べる式典があったり、パレードがあったりする。
しかし、第二王子はまだ10歳にも満たない年齢のため、朝から晩までずっと城で留守番をすることになる。
特に朝と昼はパレードや式典の警備のため、ほとんど人がいなくなるから、城の中は少数の護衛と世話係のみになる。
それは、第二王子からすれば、やはり寂しかったのかもしれない。
俺はといえば、いつも祭りのときは第二王子のことなどすっかり忘れて、朝から晩まで友人達と遊び歩いている。
この日ばかりは夜遅く帰っても、父親も門限がどうのや、騎士として、貴族としての品格がどうのと説教をしない。
これは父親が母親と出会ったのが、建国祭の夜だったかららしい。
第二王子と約束をしてしまった俺は、夜になると、王子をこっそりと城から連れ出した。
庶民は王子の姿をあまり知らないが、祭りの夜は貴族もうろついていることが多いので、念のためフードを目深に被せ、手をつなぐ。
俺としても男と手をつなぐのは不本意だが、迷子や誘拐をされても困るので、しっかりと握る。
あれはなんだ、これはなんだとはしゃぐ、王子の質問に適当に答えつつ、歩いていると、見覚えのある姉妹の姿が目に入った。
こんな夜中に貴族の令嬢がウロつくのは危ないのではないかと思ったが、どうやら護衛がついているようだった。
しかし、思ったよりもじろじろとみてしまったらしく、ベルリア嬢がこちらの存在に気づき、お辞儀をしてきた。妹はといえば姉に手を繋がれながら、俺を驚いたように目を丸くして見つめていた。
はしゃぎまくっていた王子も、ふたりに気づいてしまったらしく、ふたりと合流したそうだったが、俺は護衛の方を気遣い、王子をつれてその場から離れた。
こんな祭日の夜に侯爵家の令嬢たちに加えて第二王子のお守りまでさせるのは、流石に申し訳ないからな。
その後も特に危険な目にあうこともなく、俺は第二王子が満足するまでつきあってから、屋敷に戻った。
俺が帰ると、父親はニヤリと笑って聞いてきた。
「殿下はご満足されていたか?」
……なるほど。最初から危険な目になどあうわけがなかったのか。
それから少し月日が流れ、第二王子がようやく狩りに参加できるようになったころ、妹が大きく動きをみせた。
姉と一緒に狩りに参加をしたいという。
貴族の淑女の嗜みとして、狩りに参加する女性もいるとは聞くが、妹はあまりにも幼すぎた。
もう少し大きくなってからにしたらどうだろうか、と周りが提案してみるが、ベルリア嬢がどうしても、と懇願するので仕方がなく、妹を連れて行くことになった。
護衛もしっかりとつけるし、大丈夫だろう。
しかし、問題は妹ではなく、姉の方に発生した。
ベルリア嬢は、弓の扱いを少し教えただけですぐにある程度、使えるようになった。
しっかりと獲物を仕留めるにはまだ、技量が足りないが、何回も何回も練習重ね、ようやく形になってきた第二王子に比べれば、断然上手いし才能があった。
ベルリア嬢自身も、弓を使うのが楽しくなってしまったようで、なかなか森から離れようとしなかった。
あんなに狩りに同行したがった妹の方はといえば、狩りの途中から疲れてしまったのか、護衛の方に身体を預けてすやすやと眠っていた。
……まったく、侯爵家は娘達に一体どういう教育をしてるんだ。
これだけで済めば、まだよかったのだが、ここでは話は終わらなかった。
ベルリア嬢が弓にはまってしまい、城下にある兵団本部の弓場に行き、毎日のように練習を行うようになったのだ。
最初は、一時的なものだと思ったが、ベルリア嬢がなかなか弓に飽きる様子がないことがわかると、姉妹の両親はふたりの身の心配をするようになった。
騎士団は特に実力を持つものでなければ平民は所属できないが、兵士団は違う。
兵士団のほとんどは平民で構成されていて、平民の中には貴族を妬む者や疎む者も少なからず存在する。
そんな人間達に幼い娘達が傷つけられるのではないか、と心配になったのだ。
ふたりの両親にこのことについて相談された俺の父親は、俺に兵団本部でふたりを見守るようにとの命令をくだした。
おかげで俺は学園の武芸科に入ったばかりだというのに、授業もそこそこに兵団本部に騎士団見習いとして派遣されることになった。
本当に面倒なことになったものである。
訓練に適当に参加しながら、休憩時間はできるだけ妹の側にいるようにつとめた。
ベルリア嬢は周りを気にすることなく一心不乱に弓を射ていたので、気をくばる必要がなかったのだ。
兵団本部に通うようになってわかったことだが、思ったよりも、ふたりは歓迎されているようだった。
全員とまではいかないようだが、多くの者から、特に姉妹くらいの歳の子供を持つもの達からふたりは可愛がられている様子だった。
ちなみに、俺と妹が遊ぶようになったのはこの頃からである。
ベルリア嬢はもうどっぷりと弓の魅力にはまってしまっていて、今では狩りにもよく出かけているようだ。
だが、いつも一緒の仲良し姉妹の妹は、狩りには同行しないようだった。
そうなると、姉がいない間の新しく遊び相手が欲しかったんだろう。
その相手に見事俺は選ばれたようだった。
俺と妹の遊びはもっぱら騎士団ごっこと家庭菜園ごっこだ。
この家庭菜園ごっこを俺が手伝うようになったのは家庭菜園をはじめたが、なかなかうまくできない。と妹に相談をされたからだった。
最初は貴族がそれも名門貴族が農業やってどうすんだ、と思ったが、やり始めたらなかなかに奥が深くておもしろかった。
妹も妹で野菜がすくすくと育っていく様子がお気に召したらしく、俺が来れない間に水やりなどをきちんとしてくれているようであった。
そしてまた、時が流れ、第二王子とベルリア嬢が学園に入学する半年ほど前の話になる。
その日、いつものように屋敷に遊びに行くと、妹は俺に真剣な顔で聞いてきた。
第二王子に姉様以外に恋人、もしくは気になる人がいるのか、と。
それに対して、優しい俺は、即座に否定をしてやった。
第二王子は婚約してすぐの頃はベルリア嬢のことを気に入らない様子だったが、だんだんと好きになっていき、ベルリア嬢が弓をはじめたころにはすでに、完全に惚れこんでしまっていた。
そんな王子が他の女に目移りするわけなんてない。
……ないのだが、いつでもベルリア嬢の弓を射る姿を観れるなんてずるい、だの、俺がベルリア嬢を口説くために、妹と仲良くしてるんじゃないか、だのふざけたことを言いやがっていたので、第二王子はベルリア嬢のことが好きで愛してるんだ。なんてことまでは、姉妹には絶対に俺から教えるつもりはない。
それから数日後、家庭菜園の調子を見るために再び姉妹の屋敷にお邪魔すると、妹は俺の顔をみるなりとても嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た俺は、なんだか、嫌な予感がした。
「お城に行きたいから、馬車に乗せてほしいの」
それは他の人間ならば、ただ、お城に行きたいかという、可愛らしい子どものおねだりのように聞こえたことだろう。
しかし、俺の脳内では、また厄介ごとを持ってきてあげたわ、という台詞に変換されて聞こえていた。
嫌な予感が的中しそうで聞きたくなかったが、聞かないわけにもいかないので、馬車の中で、何を企んでいるのか尋問すると、妹は、ベルリア嬢がいかに弓を愛しているかを語り、だから第二王子に婚約破棄をしてほしいのだ、と一生懸命に伝えてくる。
なんだか、この妹の頭の中では妙なことになっているな、とは思うが、第二王子とベルリア嬢の関係を明確に整理するちょうど良い機会のような気がした。
いい加減、クレスのやつはベルリア嬢に対して素直になればいいんだ。
第二王子へ取り次いでやると、俺に対して話したように、妹は小さな身体全体を使って自分がここに来た理由を第二王子に伝えていた。
話を聞いた第二王子は、えぇー、なんでこんな変な状況になってんのー?って表情で俺を見てくるが、俺は素知らぬ顔をした。
これぐらいのこと、自分で解決してくれ。
ベルリア嬢がやってくると、俺は第二王子に妹と離れているように指示された。
このややこしい思考回路をしている妹に口を挟まれないためだろう。
仕方がない、絵本でも読んでやるか、と手を繋いで近くの部屋へと連れて行くが、妹は絵本の内容などは上の空で、姉と第二王子のほうをハラハラしながら見つめていた。
自分で持ち込んできた話だから気になるのはわからなくもないが、放って置かれている俺は、なんだか少しだけつまらない気持ちになり、妹を無理矢理抱き寄せ膝に乗せて絵本を読み始めた。
抱き寄せられた妹は、一瞬、丸い瞳を大きくさせてから、困ったような顔で俺を見たが、離す気のない俺の様子に、諦めたのか、絵本に集中してくれた。
第二王子は、どうやら自力で上手く話をまとめたようだった。
家庭菜園の草むしりを手伝いながら、事の顛末をしっかりと説明してやると、納得したように頷いた。
安心したように微笑む妹が可愛らしくて、よかったな、と言って、頭を撫でてやると「土、土ぃーっ!」と叫びながら幼女は笑って頭をぐしゃぐしゃにしていた。
……そういえば、草むしりの途中だったな。
それからの第二王子とベルリア嬢といえば、ベルリア嬢は武芸科に入ってますます、弓への愛に磨きがかかったようで、将来は弓兵になります、と毎日鍛錬に励んでいるし、第二王子もそれに置いて行かれないように得意な剣の腕を磨いている。
最近、ベルリア嬢の腹筋が割れたようだが、それをなぜか第二王子が嬉しそうに報告してきたので、ふたりの仲は良好なのであろう。
そして、俺達といえば、たまに妹の奇行に付き合わされることになった以外は、特に今までと変わらない関係を続けていた。
……はずだったのだが、俺達の関係は想像もしていなかった関係性へと変化をすることになる。
なんの前触れもなく、父親から呼び出された俺は、一体、今度は何でのお叱りなのだろうか、とぼんやり考えていた。
メリーの屋敷でキャンプファイヤーなる焚き火をしたことか、もしくは、日本庭園なるものを作るといって石を運ばされたことだろうか……。
しかし、扉を開いた先にあった父親の満面の笑みを見た瞬間、その思考は吹っ飛び、あぁ、また何か厄介ごとなんだ、ということを俺は悟った。
「おめでとう。お前の婚約者が決まったぞ」
「婚約者、ですか?」
「そうだ。聞いて驚け、相手はあのキャスパー侯爵家のメリー嬢だ」
「……そう、ですか」
「なんだ?もっと喜んでいいんだぞ?……いやぁ、しかしお前らがそういう関係だったとは知らなかったな。私はてっきり仲の良い兄妹のようなものだと思っていたのだが」
「父上、あの、そういう関係、とは?」
「ん?お前達は恋仲なのだろう?心配するな、クレス殿下からすべて話は聞いている。殿下は本当に部下思いの優しい方にお育ちになられたな。はっはっは」
「……ははは」
とりあえず、第二王子はシめよう。
パニックになった頭で、俺はそのことだけを考え、父親の話を聞いていた。
父親から話を聞いて数日後、俺は妹に会いにいった。
婚約者になったからではない、会いに行くのはいつものことだったからだ。
数日ぶりに会った妹があまりにも普段と同じように応対するので、婚約のことに関して尋ねると、不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「あー。チェスター様もそろそろ成人ですものねー。ご婚約されるんですか?相手はどなたです?やっぱ美人さんですよね!」
妹はなぜだか、美人というところを嬉しそうに強調する。
「聞いていないのか?」
「姉様からですか?聞いてませんよー。あ、ということは姉様のご友人の方なんですね!どのご令嬢様だろー?姉様のご友人は皆レベル高いですから、どなたでもきっとチェスター様にはお似合いですよ!」
俺は、頭が痛くなってきた。
本当に妹には話が伝わっていないらしい。
そういえば、父親がサプライズがどうのといっていたが、このことか。
なんて面倒なことを。
「それで本当に一体どなたなんですか?絶対に喋らないので、教えてくださいよー。私とチェスター様の仲じゃないですか」
「そうだな。俺とお前の仲のなんだから問題ないな」
そうだ。何をためらうことがある。
もうどうしようもないんだ。
メリーにとっては迷惑だろうが、諦めてもらおう。
腹をくくった俺は、正面に座る彼女の顔を真剣に見つめて、相手を教えた。
「俺の婚約者は、お前なんだ」
「ん?」
「だから、お前だそうだ、メリー」
「……冗談ですか?」
なぜか小声で聞いてくる妹にはっきりと答えてやる。
「残念ながら本当だ」
「な、なんで?」
「簡単に言えば、第二王子のせいだ。あとは、君の姉上の勘違いのせいでもある」
「あー……。なんとかならないんですか?」
「ここ数日、手を尽くしたが、無理だった。あのバカ王子には先日文句を言いにいったが、俺の両親と君の両親と姉上が乗り気でな。もうどうにも止まりそうにない」
「……なんか、すみません」
「いや、それは俺の台詞だ。俺は父親に逆らう気はない。申し訳ないが諦めて俺と結婚してくれ」
「それは、別に私としてはいいんですけど……」
「いいのか?」
「えぇ、まぁ。チェスター様ってイケメンだし、一緒にいても疲れないし、次期騎士団長なエリートだし、家柄も良い。それに、なんだかんだで性格は真面目で優しいし、面倒見がいいからどんな遊びにもつきあってくれるし、姉様のことも大切にしてくれるし?結婚するには最高ですよね」
清々しい笑顔でそう言い切った彼女だったが、その後、急に落ち込み始めた。
「でも、チェスター様としては最悪ですよね。私なんかが婚約者なんて。私って地味だしなんかもう地味だし。姉様と違って地味で全然面白くないし。……チェスター様と友達になれるだけで私としては満足だったのですが」
「……確かに君は外見は地味で、奇行も多い。でもだからこそ退屈しなくて面白いとも思う。それに俺は美人は好きだが、君の姉様を眺めるだけで十分満足しているから、わざわざ結婚相手に求めようとも思わないな。……それから君との子供ができたら、さらに賑やかで楽しい家庭を築けるだろうとも思っている」
へこむ彼女に何を言えばいいのか迷い、困ってしまった俺が思っていたことをそのままに告げると、メリーは頬を赤く染めた。
「チェスター様!子供はまだ気が早すぎます!」
妹にそんな風に指摘されて気づいたが、思ったよりも俺はメリーとの未来を具体的に想像できるくらいには、彼女のことを好いているようだった。
「なんだか俺達、意外と結婚してもやっていけるような気がするな」
「私もなんかそんな気がしてきました……」
そうして、俺達は差し出した右手をしっかりと握り合い、微笑みあった。
こうして俺は奇行幼女と婚約することになったのだ。
終
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。