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6.蒼海の獅子亭

 割と本気で言ったデートのお誘いだったというのに、本気で怒られて軽く凹んだ。

 どれくらい本気で怒られたかというと思わず剣―――後で聞いた限りでは実は何やら凄い聖剣らしいのだが―――の柄に手を掛けてたくらいだ。さすが聖騎士、なんたる真面目な堅物か!と内心舌を巻いてしまう。

 三大欲求って大事よ?

 まぁそういう免疫ないようなところも楽しそうなんだけどな。


 一応真意としては、何は無くとも空腹のままでは話が進まない、食事と宿探しをしてから今後のことを考える、という意味で、せっかくなので食事ついでにデート出来れば嬉しい、という意味だということを説明。

 まぁそれでも色々言われてしまったが、最終的に食事の同席までは納得してもらうことに成功した。

 向こうとしても、ここでオレが行方を眩ますと困る、という判断が大きいんだと思うけども。

 ただ、アネシュカは他の人間に何も言わずに現場を離れている関係上一度戻らないといけないとのことで、落ち合う場所として、とある店の位置を教えてもらい解散した。


 ざわめく人の波。

 夜にも関わらず喧騒に満ちた繁華街の雑踏は、それまで人気のない場所にいたためか、なんとなく心を落ち着かせてくれる。

 おそらく気が付いてからずっと警戒して緊張しっぱなしだったせいもあるのだろう。


「あー、このへんのはずなんだけどな……」


 小さなメモに書かれた簡単な地図を見ながら進んで行く。

 どうやら先程までオレが井戸を使っていたのは、貧民窟と呼ばれる余り治安のよくない地区だったらしい。確かにあれだけ人通りがなかったり、物陰とか目の届かない場所が多ければ、さもありなんという感じだ。それくらいだからこそ、衛兵たちが言うところの邪教の儀式とやらも出来たのだろう。


 夜だと言うのに繁華街はまだまだ人が多い。

 飲食店が多いこともあるのだろうが、それだけここの街が豊かだということなんだろう。少なくとも食うか食わずかという生活ならば、わざわざ夜に金銭を使って外で食事をしたりすまい。

 そして街が豊かだということは働き口も多いということ。

 具体的にどうということではなくとも、なんとなく明日からの生活にちょっとした安心材料を見つけつつ、目的の店を探す。


「ああ、これが目印の建物か。

 ということは、ここの角を曲がればいいということで………お、アレかな?」


 繁華街の中心部から外れ、表通りから一本裏に入ったところにその店はあった。

 店構えが特に凄かったりするわけでもない。割と大き目ではあるものの、ここに着くまでによく見た三階建てほどの建物だ。

 “蒼海の獅子亭”と書かれた重たそうな看板がかけられた店の扉をゆっくりと開けると、中から賑やかそうな声が出迎えてくれた。

 入口から入ってすぐがホールになっており、そこに並べられた丸テーブルと椅子に各々が座って食事を摂っている。向かって左側は横に長いカウンターがあり、その向こう側で随分と風格のある男性がグラスを磨いていた。

 カウンターの奥からはいい匂いがしているので、おそらくは厨房かな?

 ホールは吹き抜けになっており、そのせいで2階は1階の半分ほどの広さだろうか。

 吹き抜けから見える2階部分は長細い廊下とそこに部屋がいくつも並んでいる構成だ。3階まで飲食店なのかと思ったが、どうも1階のみらしくウェイトレスが行き来しているのは主に1階だけである。


 とりあえずパっと見た感じ客層がおかしい、というのは認識できた。


 武器を帯びていたり、特殊な装備をしている人間がいたり、普通の服装であってもそれなりに心得のある連中が大半で明らかに一般人とは言い難い。

 無論、一般人らしき客もいるものの比率的には2割程度だ。

 しかも恐ろしいことに、明らかにさっきのアネシュカ並みに腕が立ちそうな気配をしている人もチラホラいる始末だ。もっと言えば今のオレより圧倒的に強いというのがわかるだけで、佇まいだけでは両者にどれくらい実力差が合って優劣があるのか判断できない、というのが正解だが。


「おぃ、坊主」


 入口から少し入ったところで立ったままそんなことを考えていると、戸惑っているのを見かねたのかカウンターでグラスを磨いていた男性が声をかけてきた。

 身長2メートル弱といったところで、かなり体格がいい男性だ。見た目の年齢は30前後だが、醸し出している風格はどう見てももっと老成している雰囲気だ。それが経験からくる落ち着きによるものなのか、それとも元から老けている感じなのかはぱっと見たところわからない。

 というか、坊主?

 今のところ自分の顔が見れてないんだが、そんなに若い感じなんだろうか。

 いや、体の動きやら手足を見たところ別段年寄りではないと思うんだが、さすがに自分の顔に関しては鏡とかがないとなんとも言えん。


「そこで立たれていると邪魔だ。食事なら適当に席につきな」


 顎で促されたのと同時、オレの後から外から入って来た別の客がさっきのカウンターの男の人相手にお金を渡し、鍵を受け取って階段を上がっていくのに気付いた。察するに上層階は宿屋になっているらしい。

 アネシュカがどれくらい経ってから来るのかもわからないし、ひとまず先に宿を確保したほうがよさそうだと思い、


「泊まりはいくら?」

「1泊あたり相部屋でもいいなら10人用の大部屋が銅貨8枚、1人用の個室が銀貨3枚、3人用の中部屋は3人分で銀貨6枚だ。今ならどれでも空いているぞ」


 高いか安いかの相場もわからないし、それをイチイチ確かめている暇もない。

 とりあえず埋まる前に大部屋を希望し1泊分の費用を支払う。宿帳に名前を書くときに少し困ったが、面倒だったので、適当に街中の会話で聞こえた名前を書いておいた。

 これで今夜の寝床はOK。

 幸い小銭はまだあるので、明日以降に関してはまた考えるとしよう。

 なお大部屋は単純に素泊まりする部屋で、部屋に行く際に毛布だけ貸出してもらって雑魚寝らしい。そのため鍵などもなし。金のない駆け出し冒険者の使う部屋とのこと。


「冒険者?」

「ここが冒険者に仕事を斡旋してる仲介所だと知っていて来たんじゃないのか?」


 冒険者。

 字面だけから推測すれば危険を冒す者。

 どうやら冒険者とやら志願の駆け出しか、まだまだ経験の足りない新米に見られていたらしい。

 話によると、ここは冒険者と呼ばれる何でも屋に仕事を斡旋する仲介所であり、そこに酒場と宿屋を併設している店とのこと。

 冒険者になろうとする連中は通常冒険者組合に登録されたどこかの仲介所―――ほとんどは宿などを併設している。そのほうが管理が簡単という仲介所側の理屈と、いちいち出向くのが面倒という冒険者側の事情がマッチした結果のようだ―――を本拠に決め、そこで依頼を請けるらしい。


 そんなものもあるんだなぁ、と感心しながらも話をはぐらかしてホールの席へ。

 適当な4人掛けくらいの丸テーブルひとつを見つけ、そこに備え付けられている椅子に腰かける。

 注文を取りに来た店員にオススメのメニューを聞いたところ、パンとシチューのセットが銅貨3枚の割にボリュームがあって評判だ、と教えてもらったところで、ようやく待ち人が店に入って来た。


 ―――先刻会った鎧姿ではなく、帯剣のみの普段着姿のアネシュカが。




次回、第7話 「住所不定無職」

 6月10日10時の投稿予定です。

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